蛇女に絡まれたんだが、どこの世界にでもいるんだな。
「さぁさぁ、織鬼たちの祭典! 刺繍大会の受付はこちらだよー」
幽霊横丁の広場ではかなりの数の織鬼たちが集まっていた。
「すごいな。これ全部が大会に参加するのか?」
「いや、全部は参加しないとみたいですよ。織鬼は目で見ても技を盗んだりするみたいです。なので、自分の織鬼に競技にでている子の技を見せて成長させるみたいです」
「それって、技の流出になったりしないのか?」
「あっ人間的な考えになるとそうなるんですよね。だけど、幽霊横丁は技の伝承を推奨しているからどんどん技をまわりに教えて行くみたいですよ」
ゆかはパンフレットみたいなものを片手に持ちながら僕たちに説明をしてくれている。
「そうなのか? そうすると自分だけの技術で食べていく人とか……あっなるほど……」
幽霊横丁の露店の価格はかなり抑えられていることが多い。
お金を儲けるとかっていう発想よりも、みんなが協力して分けあうという方が強いのだ。
「そうです。誰かの技術として独占するよりも、みんなで協力した方がその先へ行けるんじゃないかっていう考えなんだと思います。かといって突出したからといって足を引っ張られることもないでしょうし。人間だと無駄に足を引っ張る人がいますからね」
僕のイメージとしては、自分で見つけた技術は自分で使った方がと思ってしまうが、それを公にすることで、その発想を元にさらに新しいものが作られていくってことだろう。
なかなか面白い考えだと思う。ただ、これが成り立つのもお互いが切磋琢磨していく環境が成り立っているからだろうけど。
怠け者ばかりの種族だったらきっと衰退の一歩をたどっていくに違いない。
「それじゃあアヤちゃんも受付してきましょ」
ゆかに促されて刺繍大会の受付に行くと、受付はアヤを売ってくれた露店の店主だった。
「おっなんだもう、刺繍大会に参加するのか? 見ると全然成長していないみたいだけど大丈夫か?」
「いやー大丈夫かはわからないですけど、それでも周りとの力量差を知っておくのも大切かなって。やる気は十分ありますので。ところで具体的にどんな勝負をするのかわからないんですけどそれって教えてもらえます?」
アヤは俺の頭の上で仁王立ちしてやる気を店主にアピールしている。
「はぁ」
大きなため息をつく店主にアヤやる気がちゃんと伝わったかはわからないが。
「参加は誰でも可能なんですよね?」
「あぁもちろんだ。参加費に1織鬼に対して1000円払ってくれ。ひいきはできないがルールくらいは教えてやろう」
「ありがとうございます」
やっぱり最低限のルールくらいは知っておく必要がある
「まず、1回戦目は刺繍のスピード勝負だ。課題になっている絵をどこまで写せるかの勝負だ。綺麗にうつすか、それともスピードを重視するのか。それは作戦次第だ」
「刺繍をするのに道具とかって何か必要なんですか?」
「お前ら……本当になんも準備しないで来たんだな。織鬼たちは基本的に向上心の塊だからな。そういう態度を気に入らないとおもう奴もいるから気をつけろよ。ちょっとそっちで待ってろ」
店主のおじさんは僕たちの後ろから来た人たちの受付をすます。僕たちが少し待っていると、店主はわざわざ他の人に受付を変わってもらって僕たちのところへきてくれた。
「仕事中だったのにすみません」
「いや、お前たちがあまりに何もできないと織鬼を売ったうちの店の評判にもつながるからな。でるからには最低限やってもらわないとな」
「ありがとうございます」
「今回は織鬼たちの刺繍勝負だ。大会によってやる内容は変わるからな。だから今回の大会用だと思って聞いてくれ」
「あっ今回は刺繍大会だから、刺繍についてなんですね!」
「そう、1回戦はさっき説明したからいいな。大会は全部で3回戦まであって、2回戦目は今度は刺繍対決だ。ルールはシンプルで相手の服に先に刺繍を完成させた方の勝ちだ。3回戦は……」
ちらりとうちのアヤを見る。
「多分3回戦まであがることはないだろうからいいか。とりあえず1回戦を勝ち上がることを考えろ。普通は自分用の道具を持ってくるのが普通だけどあそこで無料貸出しもしてくれる。じゃあ頑張れな」
アヤは僕の頭から飛び降りると、そのまま資器材の無料貸し出しのところまで率先して歩いていった。
お金がないから負担をかけたくないっていう配慮だろう。優しい子だけど僕だってアヤにはお世話になっているわけだし値段次第では買ってあげてもいい。いや、多少高くても買ってあげたい。
アヤが無料貸し出しへ走っていくと、その途中でいきなり知らない織鬼から蹴り飛ばされた。
蹴ったのはうちのアヤよりも背がかなり大きい織鬼だった。
「あっ悪いわね。うちの子の長い脚が当たってしまったみたいで。それにしてもあなたたちも織鬼を大会に参加させるつもりみたいだけど、織鬼の特性を知らないのかしら? 織鬼は体格に比例して魔力と技術があがるのよ。それに……」
僕たちに絡んできたのは下半身が蛇で上半身が人間のような女性だった。彼女は無料の貸し出しキットを借りることをわざわざ笑いにきたようだ。
「飼い主が人間なのに、満足にお金もかけてもらえないなんてかわいそうね。まぁ頑張ったところで私のニードルちゃんの優勝は決まっていますけどね。今回の優勝商品の魔法の生糸はニードルちゃんが頂くわ。おっとあなたのような雑魚にかまっている暇はなかったんでした。これで失礼」
僕が織鬼を助けに行こうとすると、織鬼は僕たちの方へ向けて手をだし、大丈夫だと合図をしてくる。
「おりっ!」
アヤはそのまま自分よりも倍くらい背が高い織鬼の前にいくと、思いっきり脛を蹴り上げた。不意を突かれた相手の織鬼は一瞬空中に浮かび、顔面から地面に落ちていった。
「キャッ! うちのニードルちゃんになんてことをしてくれるのよ! これだから人間のような野蛮な種族にかかわるのは嫌なのよ」
「おばさん! 先に絡んできたのはそっちでしょ! 何を言ってるのよ!」
「おっ……おば……おばさんって言ったわね。そんなことを言ったあなたたちを後悔させてやりますわ。ニードルちゃんそんな馬鹿相手にしては格が下がりますわ。いきましょう」
ゆかとおばさんは睨み合い、織鬼たちもお互いが熱い視線を交わしていた。
完全に僕は空気だった。いや、僕みたいなただの一般人に人外の戦いに参加するのは無理でしょ! 蛇女なんて初めて見た。石にされなくて本当に良かったなんて真剣に考えていた。