捨てる神があれば拾う神あり。幽霊が住む家を借りることになった。
「出火の原因はわからないんだ。1階の家には誰も住んでいなかったからね。だけど、君の家が原因ではないことは消防でも確認をしているから。それと、ストーカーの件は警察にまでは連絡がきていない。きっといたずらのつもりだったんだろうけど。どうする訴えることもできるけど?」
僕はそのまま力なく首を横に振る。今さら会社にいたずらだと言ったところで、クビという判断をした会社はわざわざ僕を復帰させたりはしないだろう。
「まぁ、そうだな。辛いこともあるだろうけど、君はまだまだ若いんだからそんなに落ち込むことはない。今日のところは帰ってゆっくり……うっゴホッ、ゴホッ近くにホテルとかあるからそこで少し今後のことを考えてみたらいい。大丈夫だ。君には未来があるからな」
僕は火災の事情聴取のために警察署へきていた。
火災の原因はわからないらしいが、どうやら僕の部屋の下で何かあったらしい。
詳しくはまだわかっていないらしい。僕の部屋は完全に燃え尽きるのは避けられたが、家の中は水と煤で汚れてしまって使えるものは何もなさそうだった。
なんとか手元にあったのは通帳と薬缶と財布にスマホ……もう、心折れてもいいだろうか?
そんなことを思ってしまう。本当に身体に力が入らなくなることってあるんだな。
「まぁここにも長くはいられないからな」
警察官はどう見ても僕がそこにいるのが邪魔だと言わんばかりの空気を醸し出してくる。
「はぁー」
僕は大きく息を吐きだす。
ここまでくればいっそ開き直るしかない。どこか楽しいところにでも旅行に行こうか。
そうだな。樹海でのハイキングや断崖絶壁から海を眺めるなんていうのはどうだろうか?
僕を縛るものは何もない。守るもののない人間ほど強いものはないのだ。
警察から出たその足で近くにあった漫画喫茶に入り、僕は足をまっすぐに伸ばせて寝れないフラットシートを借りて仮眠をとる。
明日から僕の素敵な人生が始まる。もう引きこもる場所さえなくしたんだから、行動するしかないのだ。
翌日漫画喫茶からでると、空には快晴が広がっていた。
空には雲一つない。とても気持ちがいい。
「さて、今日行くのは不動産会社からだ」
僕は漫画喫茶で調べておいた不動産会社を一軒、一軒回って行くことにした。
どんなところでもいい。
まずは拠点を決めないことには住所も移せないし、仕事にもつけないのだ。
だが、家を借りる作業はめちゃくちゃ難航した。
僕には保証人になってくれる人がいない。前回の家の時には、仕事をしていたので保証会社が
間に入ってくれることで、なんとか家を借りることができていた。
だけど、今回は無職で宿無しでは保証会社も難しかった。
不動産屋を回りだして5件目で田崎不動産という、地元密着型の不動産屋へ行ったところで、店のオーナーが初めて僕の話を聞いてくれた。
「……というわけで一文無しになりまして、今家を探しているんです」
「それは……可哀想にね」
田崎オーナーは目に涙をいっぱい浮かべて話を聞いてくれた。
「そうだな……このアパートなら一カ月5万円だけど、私がオーナーに交渉して4万円までまけてあげられると思うよ」
「できれば……もう少し安い方が……」
「安くてもここの3万円かな。だけど、ここは駅から遠くて車がないとちょっと厳しいんだよ」
地図を見せてもらうと、確かに歩いて駅まで行くのにはかなり時間がかかる。
「オーナーそれなら駅まで歩きで行けて1万円のあの家なんてどうですか?」
「いや、美咲ちゃんあの家はダメだって」
事務の子がオーナーに資料を渡そうとするが、オーナーはそれをダメだと返してしまった。やっぱり、僕のような人間には貸せない物件というのもあるのだろう。
「だって、これも人助けですよ。最上さん幽霊とかって信じますか?」
「幽霊? 信じてはいないですけど。それが何か?」
事務の子はオーナーを無視してそのまま話を続けた。
「さっきの物件よりも格段に駅までは近いです。そして一軒家です。ただ、庭の草刈りなどの手入れが必要なのと、築年数がたっているのと、幽霊がでるっていう話なんですけど、1万円でどうですか?」
「そこは何かいわくつきとかなんですか? 誰かが亡くなっているとか」
「いや、まったくそれがないんですよ。ただ、住んだ人がなにか幽霊を見たとかって言いだし
て、それから何人か住んでみたんですけどやっぱりダメで、長らく借り手がつかないんですよ」
「借ります!」
「ちょっと! 最上さん何を言うんですか。幽霊がでるんですよ。僕は反対だな。他の物件なんとかならないか聞いてみるからね」
「でも、オーナー最上さんは今家事道具ないんですよね? あそこならいくつか家財道具がありますし、引っ越すにしても最上さんならすぐに引っ越せますよ。今日から入居可能なんですよ」
「うっ……確かにそう言われると……」
「最上さんも幽霊と多少同居しても家財道具があって固定費を抑えられて、なおかつ自分の住所が手に入った方がいいですよね?」
「もちろんです! オーナーさん僕をその幽霊屋敷に住まわせてください」
僕はテーブルに頭をこすりつけて、靴でも舐めますよってくらいにお願いした。
「わかったよ。その変わりもし嫌になったり、変なことあったら言うんだよ? 僕は今そんな不幸な目にあったのに幽霊がいるような物件を貸してさらに不幸なことにならないか心配なんだ」
オーナーはその物件で死なれたりして本当の事故物件になってしまうことを危惧しているらしい。だけど、僕には他に選択肢とかない。
「大丈夫です! 霊感とかまったくないんで!」
僕は、オーナーのおかげで敷金礼金などもすべてなしで家を貸してもらえることになった。
本当に助かる。