置いて行かれたり、霧の魔物と会ったり
マシロがさっき走って行ったときにちょっと思ったことがあった。
みんな普通に僕のことを置いていく。まぁ別に気持ちはわからなくはない。今一番に考えなくちゃいけないのは雷象だ。
さっき雷象を見つけた時には竹林までの距離が近かったからよかったがここから幽霊横丁までは結構距離がある。
「ちょっと待って!」
僕は大きな声でゆかたちを呼ぶが、もうすでに僕の声は全然届いていなかった。
僕は途中でもう走るのを諦めた。呼吸が上がってしまってダメだ。そんなに年齢を重ねているわけではないけど、幽霊と魔力で動く人形相手に同じペースで進めるわけがない。
先ほど雷象を見つけたところから竹林へ行くときに走っていっただけでも、呼吸がきつかったのに、ここからさらに幽霊横丁まではその倍以上あり走ってたどり着くなんていうのは無理だ。
なんとか、一人で川まで戻ってくるとちょうど川に霧がかかっていた。1m先も見ることができない。
先ほどから何回か通ったところだから霧がでていたところで問題がないだろうと思い、そのまま進んでいくと川の中をピチャ、ピチャと走り回る何かの気配がある。それも複数だ。
「誰かいるの?」
怖くなりいったん足を止める。ここで出会ったのが優しい人ばかりだったから忘れていたが、ここは異世界だ。僕が知っている世界ではない。急に先ほどゆかに言われた『足の指1本くらい無くすだけだから』という言葉が思い出される。
「ガルルルルルルル」
低いうなり声が聞こえ、僕から少し距離を取りながら複数の気配が周りを走り回っている。
ある一定から近づいてこない。向こうも警戒しているのだろうか? 霧のせいで姿が見えないのが余計に恐怖心を煽ってくる。
どうしたらいいのかわからない。だけど、ここでじっとしていてもいいことはない。少しでも幽霊横丁の方へ向かわないと。
ゆっくりと川を渡り進んでいく。相変わらず僕を中心にぐるぐるを回っている気配があった。こっちが油断するのを待っているのだろうか?
その時、ふんわりとイチゴの匂いが僕の服からしているのを感じる。
これはさっきの熊さんの匂い……?
この匂いが僕を守ってくれているのだろうか。それなら……匂いがあるうちに急いでここから離れないといけない。
僕は少し小走りに川を走りぬける。相変わらず一定の距離を保っていたが川からあがりしばらくすると、急に霧が晴れていった。少し高台まであがってくると霧の全貌が見えてきた。
そこには大きな霧の塊があった。なんて説明すればいいのだろうか。大きな箱にでも入っているかのうに霧との境界線がしっかりしているのだ。
その霧の塊はそのまま川下の方へ下っていった。
あれも何かの魔物の集団だったのだろうか? 襲われなくて本当に良かった。
幽霊横丁へ戻ると、入口のところにマシロが迎えに来ていた。僕のことを発見すると今にも泣きそうな顔で抱き着いてくる。そして僕の身体を一通り触って確認をしだした。怪我がないか見ているようだ。
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫だよ」
僕が優しく頭をなでるとほっとした感じで胸をなでおろす。
「僕よりも雷象をの様子はどう?」
マシロは思い出したように僕の手を握り走り出した。今度はちゃんと加減をしてくれている。何度も振り返るのは置いていったことを気にしてくれているようだ。
幽霊横丁を走っていくと、先ほどマシロを買ったお店のすぐそばだった。
案内された場所の扉をくぐると、淡い光を放つ青い魔法陣の上に雷象が寝かされている。
その横でゆかが心配そうに雷象を見つめていた。
「お待たせ。雷象の様子はどう?」
「あっ……もっくん置いていってごめんなさい。途中大丈夫でした?」
「大丈夫と言えば大丈夫かな? 途中で霧に覆われたりしてなんかうなり声が聞こえたときはビックリしたけど」
「えっ……もしかしてミストドッグに集団に囲まれたってことですか?」
「ミストドックかは知らないけど、集団でうなり声あげられただけだよ」
ゆかが驚きの表情で固まる。
「もっくん、よく死なずに幽霊横丁までたどりつけたね。それはミストドックって言って致死率70%を超えるかなり危険な魔物よ」
どうやら、雷象の心配をしているどころではなかったらしい。
俺の方が死に近づいていたようだった。
「どういうこと?」
「ミストドックは集団で狩りをすることで有名な魔物なのよ。おもに川や森の中で不思議な霧とともにでてくるの。まぁ普通の人はそんな怪しい霧がでてきたら避けて通るんだけど……」
つまりはそういうことだろう。僕はためらわずにその怪しい霧へ突っ込んでいった。
無知は怖すぎる。
「お前さんはついてるよ。森の守り神ベアーランドにハグされたんだろ?」
どこからか僕に話しかけるような声が聞こえる。だが姿が見えない
「ここだよ! ここ!」
よく見るとテーブルの上に小さな椅子と机があり、そこに小さなティーカップをもったネズミが立っていた。
「ベアーランド?」
「森の守り神と呼ばれていて、一種の神様みたいなもんだな。彼にハグをされると悪意をもったものたちから守ってくれるんだよ。君は運がいいってことだな」
彼はティーカップを置きゆかの方を見る。
「あっ紹介が遅れました。こちらがこの霊界横丁で診療所をひらいてる、ドクターガッツよ。こっちが人間のもっくん」
「なに人間? これは珍しい……それならこの雷象を助けられるかもしれないぞ。もっくんとやら少し協力してくれないか? 君なら雷象を助けることができるかもしれない」
どうやら、僕が雷象を助けることができるらしい。こんな僕でよければもちろん、断る理由なんてなかった。だけど、安全な方法にしてくれると嬉しい。
ここに来てから気が付かないことを含めて何度も危険な目にあってるからね。




