仲のいい親子のように3人で……
「それじゃあ雪ん子ちゃんは自分で歩けるみたいだからこのままついてきて」
ゆかがそう言うと雪ん子はそのまま俺の手を強く握って俺の顔を覗き込みにこりと笑う。
「雪ん子は話せるの?」
雪ん子は首を横にゆっくりと振る。どうやら自我はあっても言葉は話せないらしい。
「もし、歩くの辛くなったら教えてくれな。まだ小さいんだから無理しなくていいからね」
雪ん子は大きく嬉しそうにうなずいてくれる。
「そういえば名前は?」
「そうだね。いつまでも雪ん子って呼ぶのもね。名前はあるの?」
雪ん子はまた首を横に振る。
「じゃあ……雪ん子は肌が白いから……真白からでマシロっていうのはどうだ?」
「ちょっともっくん! 私だって色白いですよ。でもマシロちゃんっていう響きはいいですね」
マシロは笑顔で足に抱き着いてくる。マシロも気に入ってくれたってことだろう。
「よろしくな、マシロ」
「よろしくね」
マシロはゆかと俺の手を握り、仲のいい親子のように3人で歩き始めた。
「それで次はどこへ行くんだ?」
「えっとそれじゃあ次は織鬼を買いにいきましょう」
「織鬼?」
「はい。織鬼は15㎝くらいの大きさの鬼で織物を得意とする鬼なんです。裁縫がとても得意で服とかを作ってくれたり、靴の修理なんかも得意なんですよ。雪ん子ちゃんの服とかも生地があれば作れますし、服を買う必要がなくなりますので」
「そんな便利な鬼がいるんだな。鬼っていると怖いイメージしかないんだけど」
「人間にも色々な人間がいるように鬼にも色々な鬼がいますよ。人間が見ている世界とこの世界は似て非なるものですからね。もっくんが知らない世界が沢山ありますよ。それに織鬼は鬼といっても人形の一種です。まぁ説明するよりも見てもらった方が早いです」
ゆかに案内されて迷路のような露天商の中を進んでいくと、今まで見たことがないような変わったものが沢山売っている。何と説明したらいいのかヘンテコすぎて説明ができない。
今度時間があれば一軒、一軒見て回りたいくらいだ。
見たことのない変わったものから、徐々に織物や布が売っている露店が増えていく。そのさらに奥に織鬼を売っているお店があった。
そこには本当に小さな鬼のような可愛らしい人形が沢山並べられている。
鬼と言われると怖いイメージを思い浮かべていたが、ここの鬼はどれも可愛くて本当の人間を小さくしたような感じがする。
見ているだけでちょっと楽しい。
「織鬼を欲しいんですけど」
「何体だい?」
「1体で大丈夫です」
「予算は?」
「できるだけ少ないとありがたいです」
店主は短めの言葉で的確にこちらの欲しいものを探していってくれた。
「ってなると……俺たちが一度育てた熟練度が高い鬼よりは自分たちで育てていく方が安いぞ。最低価格だとこの辺りだな。その変わり育て方次第では、裁縫の得意分野と苦手分野ができるから気を付けてくれな」
店主が指し示した場所には他の鬼よりも小柄な鬼が置いてある。
「織鬼は技術があがればあがるほど成長して大きくなっていく。まぁ大きくなっても15㎝くらいだけどな」
店主の後ろには10㎝以上の織鬼が置かれている。今回紹介されたのは手前に置かれた5㎝くらいで大きさだった。
「どれがいいんだ? 見ても全然わからない」
「織鬼は身体が大きいほど潜在能力が強いと言われています。なのでこの中でも……」
ゆかが説明をしてくれ、大き目の織鬼を手に取ろうとした瞬間、マシロは一番小さな織鬼を手にとってしまった。
「マシロ? できる限り大きな織鬼の方がいいんですよ。身体が大きい方が魔力を貯められますし、技術も早く覚えるんですから。それに成長した織鬼には相手が欲しいと思う服を作る能力があるの。その服を見た相手は感動して人格まで変わるって話よ。それくらいすごいの。だからその子は返してあげてください」
マシロは首をブンブンと振り、その一番小さい織鬼を渡さないと力強く抱きしめる。
「そいつは……もう数百年売れ残ってる織鬼だぞ。身体が小さくてな売れ残ってしまっている奴だからやめておいた方がいいじゃないか?」
店主までもやめるように言ってきた。言われて気が付いたが、その織鬼は他の織鬼が赤やピンクなどカラフルな着物を着ているのに対して茶色などがメインの少し古ぼけた感じだ。
だけど、マシロのことを考えた時に、ちょっとマシロの気持ちがわかるような気がした。
マシロ自身、先ほどまで邪魔者扱いをされていた。この織鬼だってずっと売れ残ってしまっていて、何か感じるものがあるのだろう。
まぁ社会からはじき出された僕自身もそうだ。
それにさっきのマシロの件もある。売れ残りであれば安く買える可能性があるのだ。
「この織鬼は普通に布を縫ったりすることはできるんだろ?」
「まぁ小さいだけですからね。できますが……その子は……他の子と比べなければって感じになると思いますよ」
マシロの方を見ると、もうその子を離す気は無いようだった。
「ちなみに値段はどれも同じなのか?」
「あぁそうだな。悪いがうちは値引きをしないんだ」
「もっくん、同じ価格ならやはりいいものを買った方がいいかと……。織鬼はいい織鬼にあたるとそれこそ一流の人が作ったかのようなものも作れます。ですがその……外れだと作れるものも限られます」
可能性が高いものが一番かと言われると……ふと自分のことに置き換えてしまった。僕は就職に失敗して生きていくのにもやっとな状況だ。
自分自身に可能性がない中で他人の可能性だなんて言っているのもなんか笑えてくる。
「いや、いいよ。雪ん子が選んだ織鬼にしよう。可能性なんて目に見えないものよりも仲間が受け入れてくれている方がいいよ」
「それは……でも……もっくんがそういうなら」
「織鬼はいくらだい?」
「15万だ」
「おっ……なかなかな価格だな」
「だけど……通常価格は15万だ。だけど本当にその子を買ってくれるなら1万円でいいよ。そのかわり才能がなかったとしても大切にしてくれるとありがたい。なんだかんだずっと売れ残っていただからな。変に愛着があってな。それとうちで値引きしてもらったって話はするなよ。それが条件だ。うちは絶対に値引きをしないからな」
「大丈夫だ。俺もうちの子も優しくするよ。約束する。ただ……もう少し値引きできないか?」
「お前ら……いったいいくらで織鬼を買うつもりだったんだ? 普通に来たらただの冷やかしだぞ」
「いろいろあったんだよ。彼女にフラれて、ストーカー扱いされて、会社をクビになって家が燃えた」
「それは……冗談だろ?」
「あぁ冗談だったらどれだけよかったか」
「わかった。8千円でいい。ただお前の境遇でもこれ以上は負けられない」
「本当に助かる」
マシロは嬉しそうに織鬼を抱きしめている。
マシロとは裏腹にゆかは少し心配そうに見ていた。
「大丈夫だよ、ゆか。それなりに作くれればいいんだから」
「はぁ。まぁそうですよね。あっちで服を着れるのはもっくんかマシロだけですからね」
「あぁそれに……残念だけど正規の値段では織鬼買えないからな」
「えっ……そんなにお金持ってないんですか?」
「当たり前だ。お金なんてほとんどないからな。あそこの家賃だって月1万円で住んでるんだから」
「まさかこんなにお金が……でも、確かにあそこの部屋を借りるってことは……そうですよね。把握です」
なんか非常に悲しい気持ちになってくるが、だけどない袖は振れない。
「それじゃあ織鬼に心を入れるから30分ほどどこかぶらぶらしてきてくれ」
どうやら織鬼は意思の疎通ができるらしい。それは今から楽しみだ。
店主は店の前に準備中の看板を置くとそのまま店の奥に消えていった。
俺たちはそのまま別の買い物をしにいくことにした。