幽霊横丁は面白いものが沢山あった
「さっさ、こっちですよ」
案内されたのは2階の2つある洋室の一つだった。
「ここのクローゼットが次の入口です。じゃ行きますよ」
ゆかは僕の手を握りクローゼットを開ける。そこは先ほどと同じ空間ができていた。
今回は……やっぱり僕の足に躊躇という言葉はなかった。
そのまま歩いていくと世界が反転する。そして、そこには露天商のような市場が広がっていた。
「もっくん、ここが霊界横丁です。珍しいものが沢山売っているんですよ」
露天商をやっているのは人間のような感じだったり、いわゆる亜人と呼ばれるような変わった恰好しているもの、羽が生えているもの、皮膚が鱗のものなど色々な人がいた。
僕が驚いていると、ゆかはさっそく歩きだしてしまう。
こんなところで迷子になってしまったら大変だ。慌てて後ろについて行く。
その慌てたのに気が付いたのかゆかが僕の方へ振り返る。
「迷子にならないでくださいね。人間がこんなところに一人でくるなんて滅多にないんですから。一人でウロウロしたら大変ですよ。もしかしたら食べられてしまうかもしれませんので」
ゆかは楽しそうに言っているので冗談だと思いたいが、冗談にしてはブラックジョークがすぎる。
「あっはぐれないように手を繋いであげるしかないですね」
そういって僕の手を優しく握って人ごみをかき分けていく。ゆかの手はもっと冷たいかと思っていたが予想外に温かかった。どうやらこの世界では幽霊にも温かみがあるらしい。
そのまま僕を一つの露店の前まで連れてきた。
「ここすごくオススメなんですよ」
そこには雪ん子販売所と書かれた看板が置かれており、それ以外にも、あなたの感性にビビット来る雪ん子あります。安くて燃費がいい雪ん子いりませんか? 欲しい雪ん子が見つかる専門店。雪ん子と言えばここ。業界ナンバーワン雪ん子そろえてます。冬に一緒にいたい雪ん子。彼が振り向く雪ん子オシャレ。などなど、なにかのキャッチフレーズのようなものが沢山書かれている。
「雪ん子? っていうのは?」
「雪ん子っていうのはですね。子供の姿をした雪の精霊みたいなものを本来は言うんですけど、実は冷蔵庫や冷凍庫の変わりになるんです。これってあっちの世界でも使えるのでかなりお買い得なんですよ。普通の人間には見えないので安心ですし」
「うん。全然何を言っているのかわからないんだけど」
「この雪ん子があれば冷蔵庫も冷凍庫も必要ありません。わざわざ高い電化製品を買う必要がなくなるってことです。しかも、食材をしっかりと冷やしてくれ電気代もかからない。お金のないもっくんにピッタリの商品だと思うんです」
いくらそんなことを言われても上手い話には必ずデメリットがあるものだ。
「でも、電気代かからなくても他に何か必要なんじゃないの?」
「大丈夫ですよ。ちょっと寿命を与えてくれるだけで簡単に使えますから」
「こえぇよ! なんだよ寿命って」
「えっ? 早く死んだらそれだけ早く私と一緒に色々なところに旅行へ行けますよ。幽霊ならお金も必要ないですし。でも、そんな私と一緒に旅行に行きたくないんですね。悲しい」
「いや、死ななくても旅行にはいけるでしょ。逆に怖いわ。俺の寿命を実は狙ってここへ連れて来たってことでしょ?」
「いやもちろん冗談です。幽霊ジョーク」
まったく笑えないだが……。
なんだしかも幽霊ジョークのところはやけにノリノリで言ってるけど。死への概念が薄すぎるだろ。いやそこは幽霊だから仕方がないのか。
「冗談に聞こえないから怖すぎるわ!」
「雪ん子は完全に空中に浮遊する魔力のみで動かすことができますので大丈夫ですよ。しかも、もっくんの部屋は龍脈ですからね。魔力に困ることはないです」
たしかに龍脈そんなことを言っていたけど……雪ん子っていったいいくらするんだろうか。そもそもこの霊界横丁で日本のお金が使えるかが疑問しかない。
「いや、いくら経済的とはいってもそんなにお金ないし。そもそも日本円使えるの?」
「それは大丈夫ですよ。普通に日本のお金使えますから」
「へっ? 霊界なんだろ? それこそさっき言っていたみたいに寿命とかでやり取りみたいな……」
「魂を刈り取るのは死神さんだけですね。でもこの辺りの死神さんってやる気ないんであまり魂刈り取っていくことないんですよね。査定の時期が近づくとたまにやってきますが」
「査定のために刈り取るとか怖すぎだろ」
「あれですよ。あれ。交通安全週間になると急に検問とか職質とかに力をいれだす警察官みたいなもんです」
「いや、そんなわけないだろうけど。むしろ、その感覚で魂刈り取られた方が嫌だわ」
「まぁ普通に亡くなる人を連れて行くくらいですからね。もっくんは心配する必要はないですよ」
俺とゆかが店の前で話をしているとしびれを切らした店主が話しかけてきた。
「あんたら、昼間っからそんなところでいちゃいちゃしているのはいいけど、雪ん子買うの? 買わないの?」
「買います! 今オススメなのはどれですか?」
「そうだな。最大の霊力を求めるならこの子だな。この雪ん子は色々な悪霊にも目を付けられるくらいの雪ん子で力はその辺にいる悪霊よりも強いぞ。ただ、力が強すぎて……」
そう店主が話をしていると、急に店主が紹介した雪ん子が誰もいないはずの道へ向けて大きな氷の塊を放つ。
ベアが使っていたような魔法陣が彼女の手の前にでてきていた。
何もいなかったはずの道からは、黒板をひっかいたような音とともに何かが倒れる音がして、地面が紫色の毒々しい色にかわっていった。
「あんな感じに悪魔がたまに狙ってくるんだよ。まぁ自動でほぼ倒してはくれるけどな」
「怖すぎだろ。もう少し制御したやつないのか?」
それから店主と話し合いをしたが、なかなかいい雪ん子は見つからなかった。
どうも、僕たちの基準とこっちでの販売基準に差がかなりあるらしい。
店主はかなり職人気質らしく力が強いハイパワーな雪ん子を勧めてくるのだ。
僕たちとしてはそんなに強いのは必要ない。
「困りましたね」
「うちとしても変なものを売るのはな。まぁちょっとゆっくりやろう。お茶でも飲めや。おい茶!」
店の奥から一人の雪ん子がお茶をもって運んできた。
今まで説明を受けた雪ん子はただ設置をするだけのタイプで動くタイプはいなかった。
だけど、この雪ん子は他の子たちよりも一回りくらい小さい。
「こんな可愛くて動くタイプもいるんだね」
彼女はいきなり声をかけられて動揺したのか、俺の目の前で盛大に足をひっかけて転んでしまった。スローモーションで湯呑が飛び俺の顔の方に向かってくるのが見える……。
完全に火傷コースだ。