ベアの過去 記憶の中へ
そこは今までいた庭ではなく、どこかわからない森の中だった。
日本とはまた違った木々が生い茂り、違った植生ができあがっている。日本でよく見る杉や檜などはまったくない。
その森の中に一人の美しい女性が立っていた。
「あれは……ベアか? おい、これはどういうことなんだ?」
先ほど会ったベアよりも少し幼い感じがするが、どこかあどけない表情を浮かべたベアは森の中でにこやかにダンスの練習を始めた。
その姿はとても楽しそうで、踊るのが本当に好きなようだ。
額から流れ落ちる汗が光る。
先ほどの子とは別人のように目を輝かせている。
「ベア! これはどういうことだ? なんの魔法なんだ? 俺をゆかのところに戻してくれ」
彼女は僕を無視したまま踊り続ける。本当にいい加減にして欲しい!
僕は彼女に触れようと手を伸ばした。だがその手の先には身体が触れることはなく通り抜けてしまった。
「嘘だろ……」
まるで僕自身が幽霊にでもなったかのようにベアには認識されていなかった。
これは……魔法使いのベアが少し若くて、僕のことを見えないってことはベアの思い出の中に入っているってことなのだろうか?
「さて、そろそろ戻るか」
ベアは汗を軽くふくとそのまま歩き出した。
どうすることもできない僕はそのままベルの後ろを歩いていくことにする。記憶の中の出来事だというのであれば、それはやがて終わりを迎えるなり、なんらかの決着があるはずだ。
できないことはできない。黙って見届けてやろう。
しばらく進んで行くと先ほど見た大きな屋敷があった。
僕が見た屋敷と違うのは、庭に咲いている花が違うくらいだろうか。こっちの庭には綺麗なバラが咲きほこり、綺麗に整備されていた。
その庭の中を進んでいくと庭では庭師が木の選定をしているところだった。
「おかえりなさいませ、お嬢様。今日も森の中での特訓ですか?」
「えぇ、森の中の空気が私に力をくれるのよ。ジョン、今日も庭の花がきれいね。あなたのおかげで今日も私の心は癒されるわ」
「お嬢様にそう言って頂けるだけで、仕事に精がでるってもんです」
庭師の男性はベアに頭を下げる。
ベアはそのまま屋敷の中にへと入っていく。
屋敷の中にはベアが描かれたあの大きな絵が飾られていた。
僕が絵を見ていると、ぐにゃっといきなり場面が変わった。
「ベア! あなたまた一人で森へ入ったって本当なの!? 森は危険な魔物がいるからダメだって何度も言ってるでしょ!」
ベアの母親だろうか? 顔立ちがベアにすごく似ている。
「わかってるわよ! でも、私だって子供じゃないんだから。この銀色の呪われた髪の毛のかわりに私は力を手に入れたの」
「そんなこと言わないで! あなたのその力は希望の力なんだから」
「希望の力……そうよ! 希望の力よ、だから私が証明してあげる。希望だけじゃなくてちゃんと使える力だってことを!」
ベアはそのまま家を飛び出して森の中へ入っていく。
「お母様のバカ! 私だってもう一人前の魔法使いなんだから!」
森の奥へ進むと空は木々に覆われ太陽の光を遮る。
さらに、奥に進んで行くと何かあからさまに僕でもわかるくらい空気が変わる。
「ほら、大丈夫じゃない! 私だって森の奥まで来ても大丈夫なのよ!」
ベアが大声で叫ぶ、だけど、そのベアの後ろから1匹の大きな兎がベアを狙っているのを見つけてしまった。その兎は大きな猪くらいあるだろうか。
別の世界だとは聞いていたが、まさか本当に全然違うらしい。
「ベア危ない! 後ろだ!」
もちろん、僕の声はベアには届かない。
兎は音を立てずに少しずつ近づいていく。
そして残り10mまで来た時……やっとベアが気が付くが、兎も大きく飛び跳ねた。
跳躍力が常識では考えられないほど高い。
「私だって……私だってできるんだから!」
ベアが両手を前にだすと同時に強い突風がおき風の刃が兎の頭にはじけ飛ばした。兎は少しピクピクしていたがびやがて動かなくなった。
「ほら……大丈夫。私だって魔法が使える」
ベアは自分の身体を抱きしめながら震えている。本当はかなり怖かったに違いない。
魔法は使えるようだが、慣れていないようだ。一人で戦ったのも少ないのかもしれない。
でも、自分の力を見せられない方が彼女にとっては辛かったに違いない。誰かに力を認めてもらって信じてもらうだけで全然違うものだ。
だが、そんな彼女を森の魔物は休ませてくれなかった。
「うそ……」
ベアのまわりには先ほどよりも体格のいい兎が11匹あらわれた。
逃げられる数ではない。かとってベアがまともに戦える感じではなかった。
ベアは狙いも定めずに魔法を放つ。風の刃は木々に当たりながら大きな兎へと向かっていく。でも一向にまったく当たらなかった。先ほど当たったのは相手も油断していたのがあるのだろう。
兎たちは徐々にベアとの距離を近づいていく。
そして1匹がベアの真正面まで距離をつめた。ベアは両手を前にして魔法を放とうとしているが……まったく手からは何もでない。
ベアの表情が悲しみから絶望へと変わる。もうあと数秒でベアの命は終わりを告げる。
「嘘こんな最後は絶対に嫌!」
ベアは目をつぶり、その時を震えながら待っている。
1秒……2秒……3秒。いつまでたってもベアに兎たちの攻撃が届くことはなかった。
「ベアトリーチェ様大丈夫ですか?」
ベアの目の前には髭を生やしたおじさんの顔があった。
「いやー!!」
叫び声とともにベアは最後の魔力を拳に乗せてパンチを繰り出した。まるで予想をしていなかったせいか、そのおじさんは派手にふっとび背中を木に打ち付けていた。
他の兎たちはおじさんの仲間4人と白い尻尾の狐が倒していた
「ロベルト隊長! 大丈夫ですか?」
「ハハっ! 女の子から拳で顔面殴られていやがんの」
森には隊長を心配する部下の声とロベルトと呼ばれた男を馬鹿にすうような声が響いていた。




