二話
ナオが目を覚ましたのは昼を少し過ぎた頃だった。
昨日のことがあったせいか、心無しか気分が晴れている。
起きたはいいものの何をしていいか分からず、眠い目をこすっていると、メグが話しかけて来た。
「おはよ。今、お昼ご飯の時間ぐらいよ。ご飯の準備出来てるし、食べる?」
ナオは無言で頷き、顔を洗って食卓についた。
メグは、ナオが起きるまですぐ近くで待ってくれていたらしかった。 鼻歌を歌いながらメグも食卓につき、食べ始めようとしたその時、ナオはふと疑問に思った。
ここは旅館である。 なのに、従業員さんも居ないのに私に付きっきりでこの旅館は大丈夫なのだろうか、内装は綺麗だったから、他に泊まっているお客さんも居ると思うのに…と。
そこで、
「メグさん、私にばっかりで…大丈夫なんですか?」
「んー?」
「いや、あの…ここ、旅館…ですよね?」
「あぁ、そういう事ね。店番やらなくて大丈夫かって心配してくれたの?」
ナオは頷く。
「大丈夫よ。昨日はお客さんなかったし、多分ここ数週間ぐらいはお客さんは一人も来ないと思うわ。魔物が凶暴になってるんだし。」
「えっ…魔物って…居るんですか……?この辺に…?」
「あら、知らなかったのね。そうなのよ、ここ数年でね、この辺に狼だの、よく分からない生物だのが出るようになったのよ…。しかも、定期的にそれが凶暴化するの。」
「うわぁ…。町の人が襲われたりしないんですか…?」
「あ、ナオちゃん、この辺りの風景見てなかったのね。ご飯食べたら外に出て散歩しましょうか。」
「はい!!!」
朝兼昼ごはんを食べ終え、外に出た。
すると、大きな城が目に入ってきた。メグによると、ここはいわゆる王都で城下町だという。かなり大きな外壁も見えた。
「ね。これだけ頑丈に作られてるんだから心配しなくても大丈夫よ。」
ナオは周りを見ながらうなづいた。
「…綺麗な町ですねー。」
宿屋の前へと戻ってきたナオたちだったが、それを見計らったかのようにフラフラっと誰かが近寄ってきた。
それに気付いたメグが、
「ナオちゃん、先に戻ってゆっくりしてて。」
と優しい笑顔で言ったのだが、メグがどことなく何かを隠そうとしていることに気づいた。何を隠しているかがどうしても気になってしまったので戻ったフリをしてこっそり窓から覗くことにした。
声が少しだけ聞こえる。
「いやー、もう諦めてうちにきた方がいいですよぉ。待遇はそれなりによくしますからね。」
「嫌だ。絶対持ち直すから。」
「もーほんっとに諦めないですねぇ。いい加減にして欲しいです。…もうこちらとしても、待つのが面倒なのです。だから、こうしましょう。二週間後に私と決闘しまして、勝った方の意見を通すということで。相手は誰でも構いません。お客さんを説得してもいいですし、なんならアナタでも構いませんよ。フフフ…」
「っ…」
メグは何も言い返さずに戻ってきた。
なんと声をかけていいかわからず、悩んだが顔には出さなかった。メグがさも何も無かったかのように、まるでナオに悟らせまいとするように、
「さ、何しようか。」
と、笑顔で明るく話しかけて来てくれたから。
「えっと、お仕事の内容を教えて欲しいです。お手伝いしたいので!」
「あぁ…わかったわ。じゃあ、この旅館の周りを掃除してもらおうかしら。あっ…えっと…や、やっぱりちょっとゆっくりしましょう。散歩の後だからね。」
「あ、はい。」
おそらくさっきの人がまだ外にいたらと考えたのだろう。焦りながらキッチンへと向かっていったメグをゆっくりと追いかけて居間に入っていった。
それから当たり障りの無い会話がしばらく交わされたのち、二人は仕事を始めた。
ナオが外に出た時にはもう既に日が落ちかけていた。
旅館の周りに溜まった落ち葉を集め終えた時にはもう完全に日は落ちており、辺りは暗くなっていた。ナオが戻ろうとしたその時、
「アノー、ちょっといいカナ?」
とえらく変わった言葉で声をかけられた。
声の主を探そうと暗闇の中、必死に目を凝らした。すると狙っていたかのようなタイミングで街灯が光り始め、声の主とナオを明るく照らしていった。
そこには漫画に出てきそうな旅人の装束をし、白と黒のデフォルメされたような虎の仮面を付けた謎の白髪の人物が立っていた。
突然の出来事に驚いたまま固まっていると、
「ア、いや、別に怪シイ者ではないンだ。」
どこからどう見ても不審者にしか見えないだろと心の中でつっこみを入れつつ、疑問を投げかけた。
「どちら様…ですか?」
「んーとナ、ただの旅人ダ。突然なんダがこの辺に泊まれルような所ナイか?こんな時間に泊めてくれるような所知ラないカ?」
見た目と言葉のぎこちなさに圧倒されて話がほとんど入ってこなかったため、この旅人が泊まれる場所を探しているだけという事を理解するのにそこそこの時間を使ってしまった。
何とか理解が追いつき、やっとの事で発せたのが、
「メグサンニ、確認取ッテキマス。」
という向こうよりもぎこちない言葉だった。
「ホントか!?てカ、旅館の人だったノカ!」
旅人のテンションが爆上がりするのが見て取れた。
咄嗟に出た言葉にこれ程までに期待され、引こうにも引けなくなってしまったナオは、旅人をその場で待たせ、メグの元へと向かった。 そこにはどことなくローテンションなメグがいた。
声をかけるのに若干戸惑ったが、それでも尚、ナオは
「メグさん、あの…、旅館探してる旅人さんっぽい人が居たんですけど…、ここに案内していいですかね…?」
と要件を伝えた。
すると、光よりも速くナオの眼前に移動し、さっきまでのローテンションが嘘のようにキラキラした目で
「ホント!!?いいよ!歓迎するから呼んできてあげて!!」
と、早口で話しさっきと同じくらいの速度で旅館の奥へと消えていった。 きっとこんな日に来ると思ってなくて何にも用意してなかったんだと思ったが、それでも嬉しそうなメグを見てナオも嬉しくなった。




