一話
はっと気づいて目を開けると、そこはもう嫌になる程見た世界では無いのが肌で感じられた。 周りを見渡すと森のような風景が広がっており、自分はその中の落ち葉溜りのような所に座っていた。
「えーっと、どうしよう…。」
と、不安気な声が口から漏れた。
すると、後ろから声がした。
「おーい!」
振り向くと、女性がこっちに走ってきている。
身なりは決して綺麗とは言えないが、顔立ちはそれなりなのが遠くでも分かる。
その女性は、近づいて来るや否やナオの頬を優しく撫で、
「どうしたの?危ないわよ…こんな森の中で。」
と声をかけてきた。不思議そうな表情だった。
「あっ、えっと、あの…別に…何も…無い…ですよ。」
と当たり障りのない事を言った。
「ほんとに?最近、この辺りに凶暴な動物が多いし、見回りに来てみたらあなたが居たんだけど…。大丈夫?私はメグよ。あなたは?」
メグという女性はナオに優しく微笑んでくれた。
「ナオ。アガミ ナオと言います。あの、唐突なんですけど、ここって何処ですか?」
まず初めに一番気になっていたことを聞いた。
「あら、ナオちゃん迷子なの?お家は?」
「家は…無いんです。親も…もう居ません。」
メグはとても驚いたのか目を大きくした。
「孤児…なの?あなた。」
「まあ…そういう事です…。」
すると、メグの顔が険しい表情だったのがとつぜん何かを閃いたかのようにぱっと明るくなり、
「それならあなた…私のところに来ない?」
「えぇ…。」
ナオの反応は当たり前のことである。
知らない場所に飛ばされ、そこで会った初対面の人からこんな事を言われれば誰だって警戒はする。
さらに言えば、ナオは心の状態が正常とは言いがたく、若干人間不信気味になっている。 それにより、幸か不幸か相手が嘘をついているかがある程度分かるようになっていた。
それにより、メグが善意の提案をしてくれていたのもちゃんとわかっていた。
それを見越してか、メグは続ける。
「あのね、もちろん今ここで私の事を100信頼してって言っても無理なのは分かってるの。でも、ここさっきも言ったんだけど危ない場所なの。だから一旦私のお仕事の所に着いてきてくれない?そこからどうするかは、ナオちゃんに任せるから。」
とりあえずナオは頷き、ついて行くことにした。
移動している間、湧き上がってくる色々な感情や情報を整理していると、突然、自分の中に
「メグを信頼して。大丈夫。」
という言葉が浮かんできた。
確かに、さっきの言葉に悪意は一ミリも感じられなかった。居るかもしれない誰かのために見回りをする様な優しい人なのも分かっている。 でも、あの言葉が浮かんだ理由が全く分からない。
結局、結論が出ないまま目的地に着いた。
メグに声をかけられた気がして思案からふと我に返ると、そこには古風な旅館が立っていた。
驚いたナオが旅館からメグに目線を移すと、
「ここ!私の旅館!」
腰に手を当てて少し得意げになっていた。
「えと、メグさんって…旅館のオーナーさんだったんですか?」
「おっ、察しがいいね。まぁ…そういうことになるかな。お客さんは…ぼちぼちだけど…。とりあえず立ち話もなんだし入って入って。」
不安のせいか少し心配そうな顔をしているナオに気づいたメグはとりあえず暗くなり始めた空から逃げるように旅館へと案内し、色々と情報を交換した。
ナオとメグがある程度互いの事を理解し終えた頃にはほかの住居の灯りがほとんど消えていた。
その事に気づいたナオが、自身の中にある不安の根源を吐き出した。
「あの…私、何にも持ってないんです…。だから、その」
とまで言ったところでメグが遮った。
「あ、その事なんだけど、」
なにを言われるか分かりきっていたナオはキュッと体を小さくして目を閉じ、次の言葉を聞こうとした。
「あなたは一切気にしなくていいからね。ここにいる限り衣食住は保証するわよ。」
「…え?」
「ん?まさか、さっきから浮かない顔してるのってそれを気にしてたの?」
「はい…。」
「そんな鬼畜な事求めるわけないでしょー。あ、もしナオちゃんが良かったらでいいんだけど…手が空いた時に少しでいいからお仕事…手伝ってくれないかな…?」
「え…?」
「あー、えっと、その、あの、い、嫌だったら嫌って言ってくれていいのよ!!強いるつもりは1ミリも無いの!!」
悪い事を言ったかと焦って早口になったメグにナオは続ける。
「本当に…、ほんとにいいんですか?」
「んぇ?」
予期せぬ返答だったのか変な声がメグから発せられた。
「だって、そんな事でいいんですか?どう考えても釣り合わないじゃないですか!私ばっかり得して!」
「そう…なの?いや、仮にそうだったとしても私はこれでいいと思うんだけど…。というか、なんなら何もしなくてもただただ居てくれて私の話し相手になってくれるだけでもいいんだけど…。」
「っ…。」
何か話そうとしたナオだったが、メグの母のような優しさに言葉が詰まり、泣き出してしまった。
ナオがとっくに忘れ去ってしまった人の優しさ、暖かさ。
それを目の当たりにしたナオには嬉しくて――、ただ泣くことしか出来なかった。
そんなナオを優しく抱擁し、頭を撫でながらメグは我が子をあやす様な声で優しくなだめた。
「泣かないの。そんな事気にしなくてもいいのよ。」
ナオの気持ちが少し落ち着いて泣き止んだ頃、メグがきりっとした顔で、
「ご飯、食べよ、お腹、スイタ。」
とふざけだしたのを見てナオはふふっと笑った。
それを見て安心したメグは、ササッと手際よく料理をし、ナオに振舞った。
それからしばらくして、二人の寝る準備が終わり、メグが寝息を立て始めた頃、ナオもすっかり寝てしまっていた。
その光景を傍からみれば、母娘のように見えたかもしれない。




