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楽園地獄  作者: a.t.
1/1

満足しない彼女


あれは本物の『地獄』だった。絶対に行く様なことがあってはならない。これからも、誰も、どんなことがあっても。


そんなふうに言われた覚えがある。どこだったか、それが誰だったか


覚えはない。


========================



「この世界に神様がいるのなら、ボクは恨んでも恨みきれないだろう…」



「今月も美味しそうな新作は無し、またいつものだったんだぁ…」

彼女の言う『美味しそうな新作』というのは配給日にお店に支給される菓子パンなのだが、いつも通りミルクパンを数袋片手に(なんならもう一袋開け始めているが)持ってスーパーから出てきた。

僕は不服そうな待ち人が横に並んだのを確認して歩き始めた。

僕と並んで歩き項垂(うなだ)れている彼女、名前を 詩良(しら) と言う。焦げ茶色の髪を肩ぐらいまでで短く切りそろえた同い年の女の子で僕にとって今や家族のような存在。家族のようなというのも本当に血が繋がっている訳では無いからだ。

四六時中一緒にいるせいか、最近は異性であることもあまり意識しなくなってきた。どこか凛々しさを携えた風格や一人称が『ボク』であると言うことなども多少関係していそうだが…

「しょうがないでしょ。偉い人達もそんな所に気を使っている暇は無いんだろうし」

「そんなところって君ねえ!美味しいものはボクにとっての最大の娯楽!三大欲求に食欲が入っているように食べ物というのはとても大事なものなんだぞ!」

ムキー!と横で膨れているのを宥めると彼女はイジけたようにそっぽを向いてしまった。

「…どうせ『計画』自体長くなるんだろうしそのぐらい用意してくれても良いじゃん」

そう言われると返す言葉が無くなってしまう…

それに僕は『計画』に対してあまり否定的なことを言いたくないのだ。

『計画』は長くならない、すぐに元の生活に戻れる、そう信じたい自分がいるのかもしれない。

「うーん、まあ確かに僕達が生きている間に完遂されるかどうかも分からないけどさ…」

これから日本は、この世界は、どうなってしまうのだろうか。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


彼女と知り合ったのは6年ほど前に遡る。

ただの気まぐれで『もう一度』僕が中学校に足を踏み入れたあの日。校舎の屋上で僕と同じ歳の女の子を見つけたあの日からふたりの生活は始まったのだ。


「ボク1回やって見たかったんだよ。こんなことにでもならない限り、学校で寝泊まりなんて出来ないぜ?」


あんな状況でそんな事を笑顔で語った彼女は今考えてみても少しおかしい。というか大分おかしい。

彼女と僕はこの近辺で空いている部屋を借りて過ごしている。この日本で起こったある事件の影響で、無法地帯に近づきつつあるこの周辺には放置された空き家など万とあった。


かく言う僕も親がいない。彼女と同じく


あの事件が起こらなければ…僕達は…


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


いつしか僕達は自分たちが通って『いた』学校の前まで来ていた。いや、期間としては短すぎるので通っていたとも言い難いような気もする。

「ほらやっぱり誰もいない。無駄足だって言ったのに…」

僕に対して詩良はふん、と鼻を鳴らし、胸をそらしながら堂々と言い放つ。

「昔から貧しく治安も悪い国なんて沢山あっただろう?通学路でテロが起きるかもしれない、それでもその国の子供たちは学校に通うよね。それと同じさ」

中高一貫校であった我が校。

本当であればこの時間、ここには生徒が賑わっていたはずだ。相変わらず誰も居ない通学時間の校門。中学に入学してまもなく起きた『あの事件』から6年、本当であれば今日は僕達が高校を卒業する日だった。

「まあうちは元々自由な校風が売りだったからね!」

「だとしても自由すぎない…」

どれだけ校風が自由でも登校すら自由なのは頂けないのでは…それも卒業式…

僕達はそのまま校門を通り高校の校舎に入っていく。

校舎内にはだれも居ないようだった。

長い間整備など全くされていないせいかかなりホコリっぽかった。

事件以降登校する人間も驚くべきスピードで減っていき、いつの間にか教師も来なくなっていた。

そもそもこの付近でやっている学校なんてものはもう無いのだろう。少なくとも僕は聞いたことがない。


『国防区画』


以外でやっている学校などあるのだろうか。

勉学より必要とされている能力が存在する今、やっている学校があるからなんだという話だ。政府に必要とされるほどの勉学の才があれば別だろうが少なくとも高校卒業程度では必要とされないだろう。

まあ、僕らにとっては今更だし、あまり関係がないか。

「これで満足した?」

僕はこの場所に来ることを提案した彼女に問いかける。

「不服だけど、満足した」

すごい矛盾だが彼女が良いなら良いだろう。

不服と言っている割に彼女の顔はどこかスッキリしているように見えた。

「でもせっかく卒業だし欲しかったなー」

「卒業証書?」

「いや、紅白饅頭」

「なんと言う食い意地…」

そう言うと彼女は「だから食べ物というのは!」とまた始めてしまった。

そんなことを話しながらいつものように、帰る場所など無くとも僕達は帰路に着いた。


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