身体を奪還せよ
スライムに補食されるなんてとんでもない!!
フレッチャーはここで死ぬわけにいかないんで期待のシーンは今はないぞ!!
――なんだか騒がしいな。
もうまぶたを開けられないほど蕩けそうで気持ちが良いのに、私の睡眠の邪魔をするのは誰?
そう思った矢先にとても熱い感覚と頬に伝わる強烈な痛みが心地良い微睡みを感じているフレッチャーの脳を叩き起こす。
「起きろっ、諦めるんじゃないわよ!! ほらっ、べしべしっ!!」
パァン!!
パァン!!
べしべしっというその発言よりオーバーな衝撃であったが、それでも麻酔をかけられた身体は鈍くてまだ微睡みから解放されるにはいたらず相変わらずボーッとするが赤い髪の巨乳のお姉さんが前にいることだけは何となく理解できる。
助けに来てくれたということもわかったが、悪く言えばこのまま終わりを迎えるというのも悪くはなかったな……と内心思っていたのは内緒だが、とても嬉しかった。
けど、こんないい雰囲気を邪魔されて嬉しくないのは1匹。
《邪魔を……………………スルナァアアァァッ!!!!!!!!》
スライムの大きな怒りがまだ半分意識がリンクされてるフレッチャーの脳内に大きく響き渡る。
生易しい触手等ではなく、先程取り込んだハンマーやブレード……アックスなどの形に変形させては容赦なく赤い髪の女性に闇雲に降り下ろし、叩き付けたり斬りつけたり。
まともに受ければミンチだろう。
激しく叩きつける爆音と土ぼこりで、辺り一面なにも見えなくなるまでスライムの乱打は止まらない。
《ようやくジャマ者が消えてくれたね。》
スライムの嬉しそうな声が脳内に響いてくれた。
私自身も嬉しいような、けどその救出劇が失敗してしまったのが悲しいような気もする。
首から下がスライムに包み込まれていた身体もさっきのお姉さんが若干引っ張ってくれたらしく、上半身はなんとか脱出することには成功したが下半身はいまだに包まれたまま。
服もかなり溶けてあまり人前には出たくないくらいには露出してしまった。
こうなれば死んだ方がまだマシなんじゃないかなって……思えてくる。
けど、またゆっくりと身体が沈んでは埋もれるのも時間の問題だろう。
「子供の肩叩き……いや、アリの肩登り以下だわ。」
晴れた土ぼこりにはあのお姉さんのがなんともまあ無傷でつっ立っているではないか。
これにはさすがのスライムも大慌て。
だって、手応えそのものはあったのだから倒したと確信しても良かったと言うのに……。
それなのにこの女は【何事もなかった】かのように仁王立ちして、あまつさえふんぞり返ってすらいるのだから。
《なぜだっ!! なぜ死んでない!?》
困惑するのも無理はない。
先程の攻撃こそ武器を取り込んだ最大の一撃、それなのになぜ。
「なぜって言ったって、私運営の公式だしぃ? 私以外の全てはザコ……って公式が成り立つって学校で習わなかった? あ、習ってないか……スライムだし。」
そのお姉さんは懐から真っ赤に燃えるような一枚のカードをこれ見ようがしに見せつけてくる。
ネーム【サティ《運営》】
性別 【女】
パーソナルスキル
【七曜神の唯我独尊】
《すべて思い通りになる、つまりは絶対無敵☆》
サブスキル
【火曜神の暴圧】
《相手に絶対的なスタンを永続して与えるよ》
【不明】
《不明》
【不明】
《不明》
と記されたカードだ。
運営の公認マークがついているだけで反則級なのに、サブスキル……とかいうそれだけでもバランス崩壊レベルなものだろう。
まぁ、パーソナルスキルというものだけで充分すぎるのだが。
これにはさすがのスライムもたじろぎを隠せないどころか命乞いすらしてくる始末。
圧倒的な差で押し潰す圧力と妖艶な笑み、そして真っ黒な微笑み。
この場合どちらが悪役になってしまうのかはこの際おいておくが……。
《た、頼む……見逃してくれ!! 命だけは。》
「えっ? ダメだけど?」
命乞いすら許さぬその心。
お姉さん、もといサティの背後には超高温の陽炎が揺らめいたと同時にその揺らめきが大きなブレードと具現した。
何をするのかフレッチャーにも理解はできただろう。
《待て! このまま俺を斬るとフレッチャーまで死ぬぞ、良いのかなぁ?》
勝手に人質にされてしまってるがまんざら嘘ではないようだが、サティの口からは信じられない言葉が。
「良いんじゃない? モンスターと半分だけど同化しちゃってるならこのまま切り捨てても……ねぇ。」
「えぇー、それ私が一番困るんだけど。 生身だよ?」
《この女さらっととんでもないこと言ってるぞ!!》
もはやスライムですら私と同意見のようだ。
誰だってこんな場所で終わってたまるかって話だが、あちらも大剣を構えているのだから。
「とりあえず、人間一度は死ぬものよぉ?」
「いや、さっき死んだんですけどね。 二度はごめんだけど。」
そんな会話を挟んだとしてもお構いなしだ。
サティは一歩一歩ゆっくりと歩み寄って来るのだが、逃げたいのに下半身はスライムに沈んで逃げることが敵わない。
それどころか、スライムの思考が流れ込んでくる。
目の前の絶対的な暴君には勝てないことがわかっているし、このままでは殺られる。
そうとわかっててなお身体は逃げられないのは、圧倒的な暴力を目の前にただただ腰(?)を抜かして、身体が動くことを許してくれないのだ。
「じゃ、サヨナラね。」
人の身長より大きなブレードを片手で持ち上げては空に掲げる。
髪の毛より紅く燃えるような瞳はただ私を獲物としか見ていない本物の狩人の視線。
ライオンはウサギを狩る時も常に本気とはまさにことことだ。
「待って、話をきい……!!」
「【火曜魔法・絶炎】ッ!!」
言い終わらないうちに眩い閃光が辺り一面を包み込み、何か温かいものに包まれて逆に心地いいと感じられた。
ただ、それ以外はわからない。
何が起こったのか、何をされたのか……わからない。
――なぜ目が覚める毎に騒がしいんだろうか。
あの閃光よりあとの記憶が途絶えてしまって、そのあとは何がどうなってるのかよくわからない真っ白の部屋のベッドで横 たわっている自分が居るのがわかる。
「う、うー……何が起きたんだ? って、おわぁ!?」
身体に重い倦怠感が走るがよくよく見ると10㎝程度の小人が目の前を飛んでいったり、床下を忙しなく走っているのが視界に飛び込んできた。
赤や黄色に緑、見てみるも七色の髪の毛や服装をした小人がウジャウジャと湧いて出てくるわ出てくるわ。
「?」
「!?」
「……!!」
そこら辺にいた三人の小人が起きたフレッチャーに気がついたのか、リアクションをとるとそのまま硬直してこちらの顔をじーっと見つめてくるも全員が全員同じ顔なのに気がつく。
まあ、気がついたからなんだと言うわけでもないがしばらく見つめてると通路の方からコツコツと靴の音が聞こえてくる。
「誰か居る? こっちに来るのかな?」
耳を済ましているとどんどんこちらに近づいてきているのがわかり、もしかするとこの部屋に入ってくるのではないかとドキドキしてきた。
小人は相変わらず扉の下の小さな扉から出入りを繰り返したり目の前を飛んでたり暇なのか忙しいのかよくわからない。
そうこう眺めているうちに、足音は部屋の前で止まった。
いうてフレッチャー死亡してしまったぞ?
まぁいいか。