激しい戦闘チュートリアルですこと
世の中そんな甘くない、逃げるは逃げられないんだ。
非力でも戦え、勝って明日を手に入れろ!!
――どこからともなく轟音は響き渡る。
フレッチャーはどこか隠れられそうな場所を求めると工房の床が微かに動くことに気がついて脚を止める。
よく見てみるとタイルの1枚だけが若干色が変わっていることだということで、良く目を凝らしてみなければわからないほどのカモフラージュだ。
「もしかしたら地下室でやり過ごせるかも。」
床板は動くがいかんせん取っ手がついていないため持ち上げることはどうにもできないらしいし、あいにく昨日切った爪がここでも反映され短くなってるとなればそこまでだ。
ものの三分程度しか経って居ないというのにも関わらず、嫌な感覚が後方から伝ってくるのがフレッチャーに理解できた。
(なっ、なに……?)
ボムの工房はレンガ作りでがっしりとしていながらも隙間さえ存在していれば粘体生物のスライムなんかの侵入はゆっくりながらも容易い。
少しずつレンガの壁に染み込んでくる緑色のドロドロが床に垂れて来ては、流体とは思えないように明確な意思をもって蛇行し、フレッチャーの足元に徐々に近づいてくるではないか。
こんなおぞましい光景を見るならば、精神的攻撃を仕掛けてくるならスライムですら強敵のようなものだ。
余りの恐怖さにガクガクと脚が震えて言うことを聞いてくれないが、二度も死ぬのはさすがにまっぴらゴメンなのか無理にでも安全な場所を求め避難するしか、戦うすべの無いフレッチャーに出来ることはない。
(どこかに使えそうなものは無いの!?)
避難することだけを考えていたが、窓の外をみるとそこら中にスライムがワラワラと群がっているのが嫌でも目に入ってくる。
それは逃げて隠れても時間の問題だということでしかない、圧倒的な数の暴力。
結局は工房に逆戻りしてきたがここはもうダメなのは明白な光景を目の当たりにする。
小さなスライムがウジャウジャと蠢いている姿が精神をゴッソリと削り取り、長い間居座ると気が狂いそうになるが、自身で頬を強くパシーンと打って気付け。
「あ、あれだわ!!」
ボム爺さんがコレクションと称して集めていたのかは知らないが、剣や戦斧なのが壁に掛けられ飾られている。
あれさえ手に取れれば自分も身を守れるに違いないと思いたいが、まずはスライムの向こう側に行くしかないのだ。
ジャンプ?
踏んづける?
なるべく近寄りたくないのだが選択肢はこれだけしかない。
躊躇いながら飛び越えることに決意しようとしたまさにその時だった。
【ビキビキ……ドガシャアァアア!!】
後ろから追ってきたスライムがとうとう壁を破壊しフレッチャーに追い付いてしまったようで、最悪なことに身体も全部こちら側に通り抜けて集合体となったのか、推定1メートルの緑色の球体がモゾモゾと蠢きながら確実に迫り込んできた。
「きゃあっ!?」
破壊された壁が瓦礫のようにフレッチャーに襲い掛かってくる。
(助けは運良くやって来ない……絶体絶命の時に私はまずどうするべきか?)
土ぼこりが視界を奪う中で崩れた壁が功をなしてくれたのか、飾ってあった身の丈ほどのハンマーがゴロリと転がり込んできたではないか。
これってもしかしてチャンス到来!?
フレッチャーは両手で柄を握っては工房の床が破壊することも躊躇わずに力一杯降り下ろす。
壊れたってスライムのせいにしてしまえば万事オーケーなんだから。
「とぉりゃああぁぁああああっ!!」
【ガシャァアッ……メシメシバキッ!!】
【3DAMAGE ‼《耐》】
盛大な破壊音と共にハンマーの重りの部分がスライムを直撃し、床が砕ける程の威力でめり込ます。
だが、頭上に表示されたダメージを見る限りだと完璧に倒しきれたわけではないみたいで、耐性のマークがあるということはスライムには打撃が通りづらいことを表している。
(……ハンマーじゃダメ!! けど他の武器を取りに行けるほど悠長な時間は無い。 っきゃあ!?)
めり込んだスライムが勢い良くハンマーを持ち上げてはその反動でフレッチャーは吹き飛ばされる。
鳴き声も感情もわからないが相当お怒りのようで球体からムチのように何本もの触手がウネウネと気持ち悪く蠢いており、それを認識する前に勢い良く伸ばしてきたではないか。
「あぅううっ!?」
腕や脚を縛られては身動きできないように拘束されてしまったフレッチャー。
良く見るとズブズブと沈んでいったハンマーはスライムに取り込まれ融解されているのが目に見えた。
(嫌っ、溶かされちゃう!?)
抵抗しようにも動かぬ身体。
そしてゆっくりとフレッチャーの身体はスライムの冷たさを感じた瞬間、とろんとした膜を突き破ってはゼリーのような感覚に包まれながら溺れていった……。
――初めの内は呼吸もできずに苦しくて暴れだした。
(苦しい……呼吸ができない、辛い……苦しイ……クルしい、シニたくなイ……。)
液体ではないためゼリーのようなものがドロドロと肺に流れ込んできて気持ち悪くて苦しい。
そう思えたのは30秒ほどで、フレッチャーの身体に異変が起き始めたのだ。
(あれ……苦シく無いナ……。 頭がクラくラして……、身体が暖カクて気持ちがイイな。)
ピリピリと痺れるような感覚が甘美な電流となって脊髄を通して脳を刺激し、フレッチャーの顔も心なしか紅く紅潮している。
それになんだか意識も混濁してきたようだ。
《フレッチャーチャン、カワイイ……ユウゴウシテ、ハヤクヒトツニナリタイ。》
スライムの考えてることが手に取るようにわかる。
それは、自分の身体がスライムに吸収されようとしてお互いの 意識が混ざりあっている為なのだろうと本能的に理解した。
フレッチャーは喋れないながらも心のなかに文章を想い、それをテレパシーと言わんばかりに念じ続けてみた。
(さっきはハンマーで攻撃してごめんね?)
敵なのにどうしてこんな事を話し掛けてしまっているのかフレッチャーにもわからない。
これから溶かされてしまうというのに、どうしてこんな優しい言葉を?
こんな状況で、もはや逃げられるわけもないし考えるだけ無駄だったと諦めた方が得策なのだと。
《イイんダヨ、あア見エテあまリ痛ク無かッたしね。 こチラも痛くナイようニ済まシてあげるかラね。》
そんな言葉が脳に直接返ってきた。
要するに身体を痺れさせて気持ち良くし、痛覚を遮断させて眠気を誘う。
そして眠ったところを吸収……というわけみたいだ。
嬉しいのか悲しいのかスライムの言ってることもだんだんとクリアに聞こえてくるようになって、同化は近いんだと悟った。
もはや希望の灯ってない瞳孔の開いた瞳を微笑みながら閉じては、押し寄せてくる眠気に任せようと。
少しでもゲームの体験ができて心置きなく天国へと行けるとなると、みんなにも自慢したい気分だがこんなあっけない死に方……、それもスライムに殺られるとなると厨二病をこじらせて独特の戦闘スタイルで無双をすることを夢見ていたのも現実では、なんの役立たずなのだと痛感させられる。
《だんだんと眠くなってきたでしょ? フレッチャーちゃん、一緒になろうね!!》
(……うん、私……食べても経験値の足しにならないけど、美味しく食べてね。)
頭のピリピリがだんだんと気持ち良くてまぶたが重すぎて、もうどうでも良くなってくる。
死ぬのは気持ちが良いと聞くけど、こんな極上のポカポカのスライム布団に包まれて逝けるのはまさに夢のような体験であった。
フレッチャーあわや絶望のピンチ!?
諦めちゃう?