98.勇者たちは報告書を読む
取材を終えたその日、お礼も兼ねて一緒に食事をどうかとピルムさんに誘われたのだが……俺達はそれを丁重に断った。
何よりもまず、報告書の事が気になったからだ。
俺達は帰りがけに、調理をしなくても食べられる屋台の料理を買い込んで足早に帰宅する。
そして手早く食事を済ませると、早々に報告書に目を通すことにした。
とにかく今、この街で何が起こっているのか……それを少しでも早く知りたかった。
その時に気づいたのだけど、ご丁寧に俺とルーの分で、報告書を2冊用意してくれていた。
ありがたい。それぞれで読むことができる。
やたらと分厚いと思っていたのだが、それが要因だったか……お礼を言い損ねてしまった。
今度、仕事場で改めてお礼を言おう。
そして今……俺達はいつもなら雑談をしたり、リムに連絡したりしている時間だというのに、口を開くことなく黙々とそれぞれが報告書を読んでいる。
今までの仕事のおかげか、それともピルムさんが気を使ってくれたおかげか……報告書の内容は俺でも理解できる内容になっていた。
こんな時になんだけど、ちょっとだけ自分の成長を嬉しく感じながら……俺は報告書の内容を読み続ける。
まず……この幽霊の噂話を最初に誰が目撃して広めたのか、それは流石に特定できていなかった。
そもそも、幽霊が出るとかそういう類の怪談話、噂話は、以前から少しはあったのだ。
だから、最初に誰が話したのか、目撃したのかと言う点を遡ることはできないし、そこはあまり意味はない。
だから意味があるのは、この噂話が広がりだした日がいつからか……。
ピルムさんが取材をして分かったのは……ある日を境に、幽霊を見たという目撃者が爆発的に増えている。
そして、その目撃したと言われる人々は口々にこう言ったそうだ。
『処刑されたはずの罪人が、恨みがましそうな目でジッとこちらを見てきていた』
ソレは、ただそこにいるだけなのだとか。
青白く、半透明で、見るからに人間ではない存在が立ち尽くしている。
魔物のように襲ってくることもない。
ただ立ったまま……じっとりとねばつく様な、恨みがましい目をこちらに向けてくるだけらしい。
それは当初……夜の街での目撃談だからか、仕事帰りの酔っ払いの戯言だと思われていたのだけど……。
特定の日に、爆発的に目撃した人物が多発したことで……噂は一気に広まった。
それはあいつらを埋葬してから……ちょうど一週間後。
学校で、職場で、道行く人の間で……噂話として不気味なくらい街に一気に浸透していったのだ。
そして、目撃されたすべての存在が……処刑されたはずの犯罪者だったらしい。
最近になって捕まって処刑された悪党達。
歴史の中でしか名前が出てこないような実在したかも怪しい凶悪な殺人鬼。
戦争時に英雄と呼ばれながらも、人を殺し過ぎて人殺しの毒に酔って守ったはずの市民を殺し続けた元英雄。
帝国では教育が行き届いているからか、目撃した人はその存在を知っていたようだ。
きっと恐ろしかっただろう。その恐怖が、さらに噂話を加速させる。
結果として、街全体に噂が広まるまで時間はかからなかったそうだ。
ただ、あくまでもそれは噂だ。
噂の……筈だった。
「幽霊……かぁ……魔物とは違うんだよなぁ」
俺は幽霊の存在……と言うものを実は信じていなかった。
もちろん、そういう系統の魔物もいることはいるが……だいたいが魔力で形作られた、疑似的な生命体だ。
人間は死んだらお終い。
兵士として訓練していた頃は、だからこそ死なないための訓練を継続していた。
死んでからも先があるかもなんて、そんな希望を持っていたら戦地では戦えないという教えも受けた。
それに幽霊がいるなら……母さんは俺が子供の時に、俺に会いに来てくれているはずだから。
そう思って、幽霊を信じていなかった。
魔法はあっても、魔力はあっても、幽霊はいない。それが俺の考え方だった。
だけど、今は幽霊の存在は信じている。
ルーとの戦いの結末が、それを証明してくれたからだ。
きっと……母さんが幽霊として俺の前に現れなかったのは、それ相応の理由があったのだろう。
俺が見た幽霊たちは、ルーの装具に宿っていたわけだし。
俺の家にはそんなご立派なものは無かったからな……。
……話が逸れたな……ともかく、なんでそんな目撃談が増えたかだ。
それについては分からなかったという結論だ。
でも事態は、徐々に……本当に徐々に進行している気がすると報告書に書かれている。
この幽霊の目撃情報は最初は夜のみだと思っていたのだが……最近では夜のみだったと言うのが正確な表現のようだ。
今では昼間にも、目撃されるようになってきているのだとか。
ただじっと、こちらを見る幽霊。
幸いにしてまだ俺は目撃していないけど……嫌な予感がヒシヒシと伝わってくる。
いや、いっそ目撃していた方が良かっただろうか。
そして……最後の写真だ。
「どう見ても……あいつだよな……」
虚ろで濁った眼、不健康そうな青白い肌、以前の自信に満ちたあの姿からはだいぶ様変わりしている。
しかしそれは、処刑されたはずのニエトにそっくりな男だった。
こちらをジッと見て……恨みがましそうな眼を向けつつも……口元を笑みの形に歪ませている。
向こう側が透けて見えることから、こいつも幽霊なんだろうけど……。
「手を合わせて、化けて出るなよってお願いしたのになぁ……」
さっきも言ったが、幽霊の目撃情報が増えだしたのは、あいつら三人が埋葬された日から一週間後……。
つまりは……あの埋葬をきっかけとして、この街に何かが起こった。
多少強引かもしれないけど、そう考えられなくもない。
「……でも……なんかおかしい……と言うか違和感が……」
写真は他にもいくつか取られているが、ニエトのような嫌な笑みを浮かべた写真はこれだけだ。
他の撮られた映像は不鮮明だけど全部虚な表情だ。
「ディさん……ちょっといいですか」
「ん? ……どうしたルー……って……え? ……本当にどうした?」
ルーの声が聞こえてきたと思い俺は報告書から視線を外すと……そこには顔を青白くしたルーが立っていた。
声も心なしか……いや、明らかに元気がない。
その様子は、今にも倒れそうに見えてしまう。
「どうしたルー?! インタビューで疲れた後だったもんな……今日はもう……すぐに休むか?」
「いえ……違うんです……ディさん……この写真……ディさんには……どう見えました?」
ルーが指さしてきたのは、報告書の最後のニエトらしき男の写真だ。
そいつだけ口元を嫌らしく歪ませていた気にはなったんだけど……。
どう見えるとは、どういう事だろうか?
「処刑されたはずの……ニエトのやつだろ? あいつが化けて出たってんなら……」
「……そうですよね、ディさん……そう見えますよね」
よく見ると、ルーの身体は小さく震えていた。
寒いのかと思い俺は毛布をかけてやるのだけど……それでも身体の震えは止まっていなかった。
「……どうしたんだルー? この写真……何かあるのか? いや、嫌なら無理て喋らなくていいぞ……今日はもう休んで……」
ルーはしばらく震えていたのだが……その震えは俺が毛布をかけたからか、それとも俺と喋っているうちに不安が無くなったのか、徐々に止まっていった。
「……いえ……聞いてください」
そうして俺に顔を向けてきたルーの目は……何かしらの決意を含んでいる。
その目を見て、俺も少しだけ緊張するが……彼女の話を聞くことにした。
「わかった、聞くよ。この写真が、どうかしたのか」
「この写真の確かに見た目はニエトなんです……でも……この笑み……このいやらしい笑み……。この笑みは……私の父のものと……そっくりなんです」
ルーの父親……先々代の魔王。
死んで幽霊になって、ルーに消滅させられたはずの魔王とそっくりの笑みだって?
「どういうことだ?」
「わかりません……なんでこの写真が父とダブるのか……分かんないんです……」
「ルー……お前、顔真っ青だぞ。待ってろ、いま温かいお茶を入れるから。少しは落ち着くだろう」
俺はルーの震えが止まる様に、温かいお茶を入れて俺は彼女に飲ませると……ルーはほんの少しだけホッとした表情を浮かべる。
それでも完全に不安を払拭できたわけではなく、彼女の震えはまだ止まらないようだった。
「なんでこんなことになってるのか……これはもうちょっと詳しく調査してみないと……。例の共同墓地に行ければ何か分かると思うんですけど……」
「あいつらが埋葬された墓地か……。何か起きるとしたら、確かにあそこしか考えられないな」
「明日……仕事場に休みをもらいます。それで行ってみて調査を……」
「いや、今から行こう。ノストゥルさんには俺から言うよ。ちょっと遅いけど、あの墓石を動かしてもらって、調査を少しでも進めよう」
ルーは少しだけ驚いたように目を見開いているが、その間に俺は通信用の水晶を使用して連絡を取る。
何かあった時にと、彼から渡されたノストゥルさんとの連絡用のものだ。
使うことは無いと思ってたんだけど……使うなら今だろうな。
俺は通信が繋がると、現状をかいつまんでノストゥルに説明する。
彼も最初は訝しんでいたのだけど、例の幽霊騒ぎを調査するためと言ったら了承してくれた。
「よし、許可は得た。ルー、今から行こう。ノストゥルさんとは現地で落ち合う」
「ディさん、いいんですか? 明日の方が……その……ご迷惑にならないんじゃ……」
「大丈夫だよ。ノストゥルさんも、幽霊騒ぎは気になってたみたいだ。向こうは調査を始めたばっかりらしく、こっちの情報と擦り合わせもしたいそうだ」
俺とルーは簡単に身支度を整えると、そのまま共同墓地へと移動を始める。
ノストゥルさんが幽霊騒ぎを気にしていたのは事実だけど……なによりも、こんな状態のルーを一晩でも放置していたくない。
こんなに辛そうなルーを見るのは……あの戦いのとき以来だ。
だからこそ、早めに解決しておきたい。
「移動しながらでもいいから、マーちゃんに連絡しておきましょうか」
「あぁ、そうだな。リムにも連絡を……」
そう言いかけたところで、リムとの通信用の水晶から彼女の声が聞こえてきた。
『ディ様!! ルーちゃん!! いらっしゃいますか?! こちらで調査して分かったことがありましたので、それをお伝えしたいのですが!!』
珍しく酷く慌てた様子のリムに面食らいつつも、俺は通信口の彼女に応答する。
「リム、今からちょっとあの三人が埋葬されている墓地に行くところだ。何かあったのか?」
『それならちょうど良かったですわ。処刑の前日……あの三人は仲間割れを起こしてたらしいのです。 それも、全員の全身が返り血で真っ赤に染まるくらい、一方的にニエトが殴られていたって!!』
はぁ? なんだそれ、仲間割れ?
「なんだってそんな……。あの三人、クズだけど仲間意識だけはあるように見えたぞ?」
処刑前日に気でも触れたんだろうか?
よくわからない報告に、ルーも、焦ったような声を出す。
「ディさん、マズいです。一般には知られてないですが、血液を媒介に使える魔法もあります。ほとんど碌な魔法じゃありませんが、体内に封印されている魔力を血液に乗せて、無理矢理に使うためにわざと仲間割れのフリをしたなら……」
『私も、ルーちゃんからそれを聞いていたから気づけましたの。公主様のところまで報告は来てたらしいですが……ただの悪党の仲間割れだと処理されてたみたいで……』
そんな方法があるのかよ!?
クソ、多分……パイトンさんは俺たちに気を使って伝えてこなかったんだろうけど、裏目に出た。
この状況を考えると、それは偶然じゃないだろう。あの三人、最後の最後にやりやがったのか?
「リム! 俺達はこれからこの街で起きてることを調査するから、移動しながら現状を説明する」
『分かりましたわ。場合によってはそちらに参ります』
「ルーは、血液を媒介させた魔法に何があるのか思い出してくれ、多分それがこの街で起こっていることに……」
「一つ……心当たりがあります」
足早に移動しながら、ルーはその目を鋭く睨むようにさせながら心当たりを口にする。
そして、自身も気づかなかったことを悔しがるように歯がみしつつ口を開いた。
「それは……怨みを持った死者の魂と繋がり……自らを悪霊化させて……巨大な力を得る魔法です」
ルーの暗く沈んだ言葉の迫力に、俺もリムも思わず喉を鳴らして、黙りこんでしまうのだった。
もうすぐ100 話です。
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