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78.勇者は特訓に成功する

 リムとの戦いから一週間ほどが経過し、俺達は未だアルオムの町に留まっている。


 そして俺達は今、アルオムの町の訓練場にいた。


 そこにいるのは俺と、ルーとリムの三人だけで、他には誰も居ない。兵士達の訓練が終わってから、俺達は訓練場を借りて特訓に明け暮れていた。

 流石に褌スタイルではない……と言うかあれはルーに不評で却下されてしまった。身が引き締まるから好きなのだが、あぁまで拒否されては仕方ないと、今は普通の服を着ている。


 目の前にはルーとリムが居て、タイミングを計るかのように俺に向けてそれぞれが魔法を放とうと構えている。


 俺は迎え撃つように聖剣を構え、腰には聖具の鞘を帯びている。聖具の鞘は金属製であり、今までは皮製の鞘しか使ってなかった俺は、当初はそのバランスの矯正に苦労したのだが……最近やっと慣れてきた。


「フッ!!」


「ハァッ!!」


 ルーは俺に魔力弾を、リムは炎の魔法を同時に放ってくる。


 螺旋を描くような軌道で放たれた魔力弾と、一直線に放たれる炎の塊が同時に俺に向かって来る。二人とも本気で魔法を放ってきており、当たれば無事では済まない。


 そうでなければ訓練の意味は無いが、いつもこの瞬間は緊張する。


 俺は聖剣ではなく、聖具へと魔力を通すように腰の鞘の方へと自身の魔力を通す。腰に帯びているだけであるため接触部分が少ないが、それでも聖剣に魔力を通したときと同じ感覚が発生し、俺の目の前に光の壁が発生する。


 放たれた魔力弾と炎の塊が光の壁に触れた瞬間……その威力が弱まった。以前にリムが見せたように触れた瞬間に魔法が消失することは無いが、先ほどの勢いは微塵も感じさせない、弱弱しいものだった。


 魔法が弱った瞬間、聖剣に魔力を流す。すると聖剣から光の刃が出現し、俺は目の前に来る弱弱しい魔法を聖剣でかき消した。俺が聖剣を振ると同時に汗が飛び散り、周囲を濡らす。

 そして……目の前の光の壁は消失せずに、その場に残っていた。俺が鞘に魔力を流すのをやめると同時にその光の壁は消失する。


「……あー……やっと成功したー……かかったなー……」


 俺は目の前の結果に対して一息つくと同時に、その場に座り込んでしまう。


 離れていたルーとリムの二人が駆け寄ってきた。その顔には俺以上に笑顔が浮かんでおり、この結果を喜んでくれているようだった。こちらもつられて笑顔になる。


「ディさん!! やっと成功しましたね!!」


「ディ様、お見事でしたわ」


「あぁ、ありがとう……二人とも」


 二人はそれぞれ手に持ったタオルを手渡してくるので、俺は聖剣を鞘に収めると二人のタオルを同時に受け取ると、一つを首に巻いて吹き出す汗を押さえ、もう一つの方で顔や身体の汗を拭く。

 ニコニコと笑顔を浮かべる二人だったが、成功はしたものの俺は内心でまだまだ甘いと感じていた。これが初めての成功であり……ここまでくるのに数多くの失敗をしているのを忘れてはいけない。


 今回は予定調和の訓練で成功しただけであり……成功したという事実は非常に嬉しいが……実戦で使えるようになるにはまだまだ慣れが必要だろう。ただまぁ、今回ばかりは素直に成功を喜んでおこうか。


 実戦に使えるようになるにはまだまだ長い訓練が必要そうだし……それには気兼ねなく組手のできる相手が必要だった。実戦さながらの、緊張感のある訓練のできる相手……その相手の姿を俺は思い浮かべた。


(あー……クロがここに居ればなぁ……)


 俺はここにはいない仲間である戦士の姿を思い浮かべる。


 遠慮なく組手をできる相手と聞いて真っ先に思い浮かぶのはあいつだ。俺が勇者に選ばれて、王国を出る時から一緒に来てくれた、俺の兄貴分でもあり、大切な仲間だ。

 本当に遠慮なく、お互いをぶん殴りあっての組手を幾度となく繰り返していた。実戦さながらのその組手のおかげで、俺もあいつも強くなれた。時には一緒の師匠に師事したりもしたものだ。懐かしい。


 俺達の戦績は五分五分……いや、俺の勝ち越しだったはずだ。うん、確か俺の方が勝ち星が多いはず。


「ディ様? 何を考えられてたんです?」


 不意にリムが首を傾げながら俺を覗き込む。ルーの方も不思議そうな目で俺の事を見てきている。唐突に黙り込んだので、少し不審に思われてしまったようだ。まぁ、大したことを考えたわけでは無いのだが……。

 俺に視線を送ってくる二人を見て、俺は彼女達と組手をすることを想像するのだが……流石に彼女達を相手に本気の組手をするのは少し気が引けてしまう。


 いや、二人の実力を疑っていたり、侮っているというわけでは無く、やはり女性と組手と言うのは……どうも苦手だ。本気でこんなこと言ったら二人に怒られそうだから言わないが……やっぱり組手は遠慮なく戦える相手じゃ無いと厳しいと思うんだ。


「あぁ……戦士……クロのやつの事を考えてたんだよ。……あいつも俺を追いかけて来てるのかなって」


「……えぇ、きっと追いかけて来ているはずです」


 俺の言葉に同意しつつ柔らかく微笑むリムだったが、唐突に少し視線を上に向けながら考え込むような仕草を見せる。


「ですけど……きっとプルと新婚旅行も兼ねてるはずですから、追い付くのはもうちょっと先かもしれませんわね。きっと二人でイチャイチャしながら旅をしているはずですわ」


「結婚したのあの二人?! 自分で選んだこととはいえ、結婚式に出られなかったのは申し訳ないなぁ……」


「あぁいえ、そう言う事ではなく。私が置き手紙でどうせ来るなら新婚旅行も兼ねなさいと書いただけで。たぶんまだ結婚はしてないはずですわ」


 まだ結婚前なのに新婚旅行も兼ねろと言ったのか、でもまぁそれを兼ねての旅行ならばきっと楽しみながら俺達を追いかけていることだろう。本当に、その文面通りにあいつが受け取っているとすればの話だが……。再会した時には色々な土産話を聞かせてもらおうかな。楽しみだ。


「ちなみに、ディ様の事を十発はぶん殴ると言っていましたので……お気を付けてくださいね」


 ……前言撤回、俺はもっと強くなっとかないとな。


 あいつが十発ぶん殴ると言ったのなら、たぶんその十倍は殴ってくる。そして旅の最中であろうともクロの事だ、旅行中だろうと絶対に訓練は欠かしていないだろう。


 ここで俺が強くなることをサボったり、もう十分だと考えてしまったらあっと言う間に追い抜かされてボコボコにされる。それだけは阻止しないと……俺が悪いけど……ただ黙ってぶん殴られるわけにはいかない……!


「あのー……知らない人の話題で盛り上がられると寂しいんですけどー……」


 おずおずと手を上げながらルーがほんの少しだけ頬を膨らまして不満気に漏らす。あぁ、しまった。確かに知らない人の話題で盛り上がられると寂しいよな……。


「ごめんごめん。えーっと……俺と一緒に魔王城に来ていた戦士の事、覚えてる?」


「いえ……流石に全然覚えてないです」


「ディ様、ルーちゃんは私の事も覚えて無かったんですから、流石に無理だと思いますわ。」


 それもそうか、ではどう説明したものか……まぁ、ありのままを説明すればいいか。


「そうだな、あいつは……」


 俺がクロのやつの説明をしようとした瞬間に、訓練場に入ってくる男性の姿があった。それはこの町の領主であるパイトンさんで、その手には一枚の手紙を握っていた。開封された形跡があり、すでに中身は読んでいるようだった。


 その顔は少しだけ険しいものになっていた。


「三人共、訓練中にすまない……今、少し良いかの?」


 俺はルーの方をチラリと見ると、彼女は小さく頷いてきた。クロがどういうやつかについての説明は後回しで良さそうだ……リムも頷いているので、俺達はパイトンさんの話を聞くことにする。


「大丈夫ですよ。ちょうど、訓練も終わったところですし……何かあったんですか?」


 ほんの少しだけ言いにくそうにしたパイトンさんは、手の中にある手紙を俺達に見せながら口を開く。


「あぁ……ニユースの町からやっと手紙が届いた。内容は……奴ら三人の件についてじゃ」


「ニユースから?」


 しばらく聞かなかった町の名前が唐突に出てこなかった事に、思わず俺は聞き返してしまう。確か……例の三人組の出身だという町だったはずだ。確か、三人の起こした事件に対しての責任を取らせると、パイトンさんはまずは手紙で抗議文を送っていたと聞いていたのだが……。


「随分、返事が返ってくるの遅くないですか?」


 抗議文を送ったのは確か、この町についてすぐのはずだった。あれから色々とありその抗議文がどうなったのかを聞く機会を逃していたが……まさかまだ返事が来ていなかったとは。対応が遅いのか、それとも遅い理由が何かあったのか……。


「そうじゃな……少し長い話になると思う……。そのままでは風邪をひきかねないからな、少し時間を置いてから儂の部屋に来てくれ……」


 パイトンさんは俺の状態を見て、改めて提案をしてきてくれた。確かに、訓練場では腰を据えて話をするのには向いていないし……俺も汗をかいた状態で長い話を聞いて体調を崩しては元も子もない……。


 俺達はその言葉に同意して、この場を解散し改めてパイトンさんの部屋へとお邪魔することにした。しかし彼の表情を見る限り……あまりいい話ではなさそうだとは思いつつも、俺達は彼の話を聞くことにした。

今日から勇者サイドのお話となります。

活動報告でも記載しましたが……ちょっと修正しながらなので頻度が下がってしまいます。申し訳ないです。お読みいただけましたら幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] とてもテンポが良くて読みやすく文章が上手で雰囲気作りも丁寧なので展開に期待が持てます [一言] 楽しみにしてます。大変かもですが更新待ってます。
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