罪ぶかい深夜のピザトースト
「おい、転校生!」
「はっ?」
「うおっ、怖い顔。」
昼休みの間に、誰かに声をかけられた。
割と眠いと思いながらも、呼ばれたから、僕は反射的に顔を上げてしまった。
すると、耳に入った言葉を聞いて、少しイラっと来て、僕は二度寝しようと机に伏せた。
「あっ、悪い悪い、冗談だってば冗談!」
僕の机を揺らし、執拗に起こそうとする怨念にも似た意地を感じて、仕方がないから僕は顔を上げた。
目の前にある頭を細目で見て、起こされた事については少し怒ってるけど、それでも僕は一応聞いてみた。
「何が用か?」
「おっ、おう、……機嫌が悪い?」
「言わないなら僕はこのまま寝るけど。」
「ああ!ちょっと待ってください!お願いしますから寝ないで!」
必死にそう言われて、残った昼休みが潰される予感をしずつ、僕はメガネをかけた。
声では一応判別は付いたけど、やはり目の前にいるこの人は、あまり話した事が無いクラスメイトだった。
話した事がないと言うか、最初に自己紹介した時、『名前が呼び辛いから転校生でいいや』と言ったのがこいつだったので、正直苦手意識があった。
一応あだ名だけは覚えているから、とりあえずそれを呼び、僕はそう聞き返した。
「で、キュートくん、僕に何か用か?」
「あーと、転校生さ、予定とかある?この日曜日と翌日の月曜日。」
「んー、ないけど、どうした?」
僕の返事を聞き、そいつは両手を『パッ』と合わせて、僕に頭を下げながら、大きな声でそいつは言った。
「お願いだ!僕の代わりにバイトのシフトに入ってくれ!」
「……いやちょっと待て、話が見えない。」
「あいや、その、つまり、日曜日と月曜日、代わりにバイトして欲しいんだ。」
キュートくんにそう言われて、僕は両手を組み、どこか呆れた感情を抱きながら、僕は聞き続けた。
「言い方が悪かった、何故いきなりバイトを頼んできたのかと聞いてんの。」
「あっ、えっと、親戚が急に今週末来るってさ、家族サービスで出かける事になってて、そんでシフトとぶつかったから、代わりの人を探さなければならなかった。」
どこか恥ずかしそうに指を弄り、頭を下げたキュートくんの話を聴いて、僕は少し考えた。
バイトより、家族サービスを優先すると言うのなら、僕はそれを手伝いたい。
働く時間を考えて、月曜日は授業が一緒だから、多分時間的には間に合う場所だし、問題はない。
けど、日曜日は違う。
勤務時間とバイト先によって、引き受けても、時間を守れない可能はある。
そう簡単に思考をまとめると、僕はキュートくんを見て、彼に質問をした。
「まず、なんのバイトか教えてくれる?」
「あっと、デパートのイタリアフェスのブースお手伝い。」
「何をすればいい?」
「えっと、客との対応とブースのオーナーの手伝いと会計をするだけ。」
「どこのデパート?」
「都心のデパート。」
心の中で都心の駅を思い浮かべ、交通的には便利な場所でよかったと思いながら、僕は最後の質問をした。
「で、時間は?」
「時間、んっとね、時間なんだけど、日曜日は朝の十時から午後の五時、月曜日は午後五時から夜の十時。」
「月曜日の時間遅くないか?」
「そりゃ夜シフトだから遅いよ?」
そう言われて、時間にはやや納得はしなかったが、デパートならそういう物なのかと、僕は思う事にした。
時間は遅めだけど、駅もまだ営業しているし、イタリアフェスというのが気になるから、僕は引き受けようと決めた。
「わかった、二日だけならいいよ。」
「本当に!ありがとう転校生!あっ、そうだ!」
「また何があるのか?」
「イタリアフェスは今日からなんだから、学校が終わったら一度来てみる?」
「えっ、今日?」
「そうそう!バイトの入口とかも教えなきゃだし、それにオーナーさんにも一応挨拶しとこうと思って。」
キュートくんにそう言われ、話が早すぎたせいでちょっと驚くけど、間違った事は言ってなかった、と思う。
だから、僕はスマホを取り出して、アプリを開きながら、僕はキュートくんにそう言った。
「多分行けると思うけど、一応父に聞いてみる。」
「そう?あっ、じゃあ、授業が終わったらまた来るから。」
「え?ああ……そういう事な。」
普通に会話していたのに、いきなりキュートくんが離れようとした事に気づき、僕はその視線の先を追った。
すると、少し遠い場所で手を振り、いつもキュートくんと一緒にいるその友達が彼を呼んでいるのが見えた。
ため息をつきたいのを我慢して、もう一度メガネを外し、机に伏しながら、僕は彼にそう言った。
「後で結果を教えるから、さっさと行け。」
「おう、悪いな、んじゃ!」
軽い感じでそう言い、さっさと行ってしまったキュートくんを見て、やはり彼が少し嫌いだった事に、僕は気づいてしまった。
スマホのキーボードを触り、僕は少し迷った。
けど、自分で約束したから、言葉を選びながら、僕は父さんにメッセージを送った。
『今日の夜は遅くなるけど、晩ご飯どうする?』
『今日は取引先との飲み会を入れられたから、準備しなくていい、気をつけて。』
『わかった、父さんも気をつけて。』
すぐに返されたメッセージに驚きながら、僕はため息をついた。
返事が来ない、または断られたらいいなと少しは思ったのに、こんな時に限ってと、少し嫌な気持ちになった。
沈んだ気持ちを追い払うように頭を横に振り、いっその事残った時間で不貞寝しようと、僕は机に伏し、目を閉じた。
キュートくんに連れられて、僕は都心のデパートを社員出入り口から入った。
制服のエプロンをつけたキュートくんと一緒に社員専用通路を歩き、チーフっぽいデパートの人から簡単な説明を受けて、僕はキュートくんと一緒に担当のブースへ向かった。
「ここだって、うわ!マジで外人だ。」
「キュートくん、それ結構失礼だから、口にしない方がいいよ。」
「ええ?別にいいじゃん?転校生ってば厳しいね。」
その口ぶりを聞き、やっぱりキュートくんが苦手、いや、嫌いだとわかり、これが終わったら絶対に近寄らないでおこうと思いながら、僕は改めてブースを見た。
透明な展示棚の中を見て、僕は思わず目を見開いた。
様々なチーズとソーセージが並べられていて、品種ごとに多分イタリア語と訳された説明文が書かれており、僕はそのかわいい丸い文字に目を惹かれた。
チーズとか、ソーセージとか、僕はスーパーで見た物しかわからなかった。
説明を読み、作り方だけでなく、材料や場所が違うだけでも、色や味が変わってしまう事を理解し、僕は少し興奮した。
そうやって説明を読んでいると、突然陽気な声が響き、僕はすぐに頭を上げた。
「チャオ!おいしいソーセージ、おいしいチーズ、おためしできますヨ!」
「あっ、こんばんは。」
「はい、こんばんは!あいさつ、いいですネ!これたべて!」
「あ、ありがとうございます。」
勢いよく渡された紙の皿をそのまま受け取ってしまい、切られたとは言え、色んなチーズとソーセージを見て、僕は思わずそう聞いた。
「あの、本当に食べていいんですか?」
「うん?たべていいヨ!おいしいたべて、たのしいなる!」
何故か少しわざとらしいと感じる訛りを聞き、僕はイタリア人っぽいその人の顔から視線を皿へ落とす。
手に持っている皿から血みたいな色をしたソーセージを取り、口を開けて、僕はそれを食べてみた。
ソーセージを歯で噛み切り、口に含んで後、それを咀嚼する。
すると、普段口にする事のないスパイスが、一気に口の中へ飛び込んだ。
噛み締めれば噛むほどに、スパイスと一緒に塩味のある肉の味が溢れて、僕は思わず固まった。
どちらかというと、乾いている風に見えるソーセージは、肉汁なんて物があるようには見えなかった。
なのに、香辛料の風味に引き出されたように、塩辛くもちゃんとした肉の味が唾液と交じり合い、僕の口の中で暴れ回った。
ハッキリ言って美味しい、とっても美味しい。
これなら僕も買いたいなと思って、値札の方へ視線を落とすと、そこに書かれた数字を見て、僕はすぐに諦めた。
うん、そりゃそうだ。
香辛料といい、作り方や保存にかかる費用、そしてここまで運んでくる代金を考えると、そこそこ値段がするのは当たり前だ。
でも、それはそうとして、本当に美味しかった。
ゆっくりソーセージを食べていると、キュートくんが僕の方を見て、真っ直ぐこっちに指を差し、彼はそう言った。
「という事で、日曜日と月曜日は転校生が来るので、よろしくお願いします。」
「おお!あなたもバイトですか!」
「っっ、はい!代理で来てっ!」
「そんな事言わなくていいから、ともかく、そういう事で、もう他の場所に行ってもいいよ。」
急いで返事をしようとすると、キュートくんにそう言われて、僕は思わず彼の方を見た。
けど、もう既に僕に興味がないように、キュートはブースのオーナーに振り向き、そのまま彼は仕事の話をした。
正直に言うと、こうされた事で、キュートくんが更に嫌いになった。
とは言え、オーナーさんはいい人そうだし、それに、一応チーフの人にもシフトの事確認されたから、頼まれた分はしっかりやる。
そう思い、僕はイタリアフェスの他のブースを見ようと周りを観察し、まずは一番端っこから行こうと僕は決めた。
「じゃあオーナーさん、他の場所に行ってきます、日曜日と月曜日はよろしくお願いします。」
「おお、いいネいいネ、おいしい、たのしい、いっぱいあるヨ、いってらっしゃい!」
「はい、行ってきます!」
素敵な笑顔のオーナーと別れを告げて、僕はゆっくりと足を動かし、デパートのイベント会場を歩いた。
よく考えてみたら、これは引っ越してからの、僕にとっての初めてのデパート巡りだった。
イタリアフェスももちろん楽しかったけど、食品以外は全部高価なブランド物販売で、僕は早めに他の階へ行く事にした。
おもちゃ屋で新しい玩具に驚いたり、服屋で流行りの服を眺めてたり、本屋を通りかかった時、ちょっとだけ入りたかったが、散財しそうなのでそれをやめた。
少し見て回り、お腹が空いてきたのを感じて、僕は地下のフードコートへ向かった。
デパートの店だから、てっきり高い物ばかりだと思っていたけど、案外普通な価格な所が多くて、僕は安心した。
イタリアフェスを見てきたから、無性にパスタかピザが食べたくなり、フードコートの中で探していると、見覚えのある姿が目に入った。
『いや、だから米がいいって。』
『おう、これ、ぜんぶコメちがう。』
『だーかーら、米が食べたいって。』
『オッケーオッケー、めんとかどう?』
店の人も英語を喋ってるのに、何故か平行線な会話が続けているオーナーさんの悲しそうな顔を見て、僕は二人の方へ歩いた。
「すみません、店員さん、少し失礼します。」
「えっ、あっ、はい。」
『こんばんは、米が食べたいですか?』
『はい、そうでっ……ああ!先のえっと、テンコウセイさん?』
『名前はそうじゃないけど、まあ、とりあえず注文しよう。』
僕の英語を聞き、どうやら伝えた事はわかってくれたようで、オーナーさんはどこか不満そうに僕に言った。
『そうだった!私は米が食べたいのに、全然米の料理がない!』
『ここはパスタ専門店だから、米はないよ。』
『でも、イタリア料理って書いてあるじゃないか!』
『えっと、ちょっと待て。』
そう言われて、僕が店の看板を見てみると、確かにそこにはイタリア料理と書かれていた。
しかし、その下の方のポスターにはパスタ専門店って書かれていて、僕はその文字を指しながら、オーナーさんにそう教えた。
『ここを見て、パスタだけって書いてある。』
『あー、そういう事だったのか、残念残念。』
『あの、もしかして、リゾートが食べたかった?』
『ヴェ?いや、アジアの米だったら、どれでも興味深い、なんかおすすめないか?』
『え!?』
まさかそう聞かれるとは思わなくて、フードコートの店を思い出しながら、僕は脳内で絞った店を口に出した。
『米なら、丼と海鮮三昧って和食はあるし、カリー専門店ならカレーライスもあるし、あとは台湾夜市料理店と言うのもあってな。』
『たいわん、夜市?なにそれ気になる!』
子供みたいにはしゃぐオーナーさんを見て、なんだか少し和んでしまい、僕はフードコートの向こう側を指しながらそう返した。
『じゃあ、こっちにあるから、一緒に行こう。』
『ウィ!っと、時間は大丈夫なの?』
『ここで食べるつもりだったから、大丈夫だよ。』
『そうか、ありがとうね。』
『どういたしまして。』
そうして、僕はオーナーさんと一緒に台湾料理の店まで行き、僕はチャーハンを頼み、オーナーさんはライスケーキのセットを頼んだ。
席を取る為に僕が先に離れ、暫くすると、オーナーが食べ物を運んで来てくれた。
その時、金を払おうと僕が財布を取り出すと、オーナーは僕の手を抑えて、彼はそう言った。
『待ちたまえ、素敵な子とのデートでお代なんか出させたら、男が廃るぜ。』
『えっ、廃る?ん?あいや、払うよちゃんと。』
『ちょっと難しかったかな?男が払うのがイタリアの流儀……ルールさ、おじさんも、若い子と一緒に食事ができるのは嬉しいからね。』
そう言って、オーナーさんは一つウィンクを飛ばし、それを見た僕は、思わずドキっとした。
『イタリアの伊達男』と言う言葉を聞いた事があったが、まさか目の前に直に見れるとは思わなくて、少しだけ僕の心拍数が加速した。
そんな僕の顔を見て、オーナーさんはいたずらっぽく笑い、そして彼は食器を握り、彼は食事を始めた。
すっかり金を渡すタイミングを逃し、仕方なく僕は財布を仕舞って、同じように僕も食器を握り、静かに僕はチャーハンを口の中に運んだ。
と、そんな事があったのも三日前。
オーナーさんと会えるのが楽しみで仕方なかったから、僕は朝一で起きてしまった。
それでも、家を見てみると、父さんがいない事が分かった。
または休日出勤なのかと思いながら、僕はクロゼットの前に立ち、中の服を見つめた。
かっこいいオーナーさんの服装を思い出して、ちょっとだけ格好つけようと、僕は持ってる服の中から、それっぽい服を選んだ。
着替え終わったら、冷蔵庫の中からパンと取り出して、それを食べながら、僕は出かける準備をした。
列車に乗り、デパートにたどり着けて、僕は社員出入り口から入った。
フェス用のエプロンをつけて、もう一度だけ裾を正し、僕はオーナーさんがいるブースの方へ向かった。
ブースに近づくと、どこか疲れているようなオーナーの姿が目に入り、僕は思わずそう声をかけた。
『おはよう、あの、大丈夫ですか?』
『ヴッ、あっ、君か、うーん、大丈夫だよ、ちょっと疲れたけど。』
『ああ、昨日は土曜日だからね、今日は僕が頑張るから、休んででいいよ。』
『……君はいい子だね。』
どうしてそう言われたのが分からなかったけど、褒められたのは嬉しいから、僕は普通にそう返した。
『まだまだ始まってないけどね!今日と明日は頑張るから、よろしくね。』
『ああ……こっちこそ、よろしく。さって!』
オーナーさんが両手で頬を叩き、そして僕を見て、彼はどこか嬉しそうに言った。
『おっ、今日の服、決まってるな!素敵だ!最高!』
『あ、ありがとう、頑張って選んできたから、そう言って貰えて、すごく嬉しい。』
『おう!最高じゃんか君、いい子だね、うん、いい子だ。』
何度もそう言われて、いよいよ恥ずかしくなってきた所、彼は英語から切り替えて、僕に今日のリストを渡しながら、オーナーさんはそう言った。
「がんばろうな、バンビーナちゃん。」
「えっ?あ、うん、頑張りましょう!」
バンビーナの意味は分からなかったけど、オーナーさんが楽しそうに笑ってるから、僕も笑い、元気を出して、オーナーさんにそう答えた。
デパートのアルバイトだから、ちょっと緊張してしまったが、実際なところ、他の店のアルバイトとあまり変わらなかった。
人が寄ってきたら接客をして、そうじゃなかったら事務的な仕事をこなす。
初日からの会計金額を統計しながら、僕は度々起こるミスを記録し、それをオーナーさんに伝えた。
すると、オーナーさんが何度か眉間にしわを寄せたが、頭を横に振って、彼はまた接客に戻る。
そして、いいお客さんが来る時があれば、嫌なお客さんが来る時もある。
散々試食やら会話やらしておいて、何も買わずに去っていく人もいれば、フラッと近づき、手早く買い上げたらそのまますーと姿を消したる人も居た。
そして、一番厄介な、無理な値下げを要求してくるお客さんと、僕は遭遇してしまった。
一枚のレシートを僕の目の前に突きつけて、唾を吐き散らかしながら、なんか偉そうな女の人はそう言った。
「昨日も買ったけどさ、この値段だったんだよ?だったらもっと安く出来たよね?」
そのレシートに書かれた値段を見て、簡単に計算しても、それが有り得ないほどの物だとわかる。
不思議そうにオーナーさんの方を見ると、オーナーさんも驚いた顔でこっちを向き、僕はなんとなく察してしまった。
「あの、すみません。昨日お買い上げになられた際は、どちらが対応をなさいましたか?」
「はあ?そりゃあの笑顔が素敵な可愛い坊やに決まってるんだろう、てか今日はいないの?」
「あ、ああ、そうでしたか。」
その話を聞いて、すぐに僕は事情を把握した。
会計の金額が所々おかしいのは、あのキュートくんが適当にやったせいだった。
女性の『笑顔が素敵』という発言を聞き、キュートくんがもしかしたら客数を増やす為に、適当に値段を決めたのではないかと、そう邪推する事も出来た。
いずれにせよ、もしここで割引きを許してしまったら、オーナーさんには悪いし、良くない噂も立ててしまうかもしれない。
そう思うと、僕は言葉を考えながら、昨日の会計リストを取り出した。
そして、顔を上げて、出来るだけ嫌味を含まないように笑い、僕はその人にそう言った。
「実は昨日の会計の帳面が合わず、僕たちも困っていました。申し訳ございませんが、金額を間違っていましたので、差額をお支払いいただけませんか?」
「は!?」
威嚇を含んだ声を聞き、出来るだけ笑顔を崩さないまま、僕は言葉を続けた。
「と言うのは流石に無茶でしょうから、そうは致しませんが、代わりにこれからの買い物は割引きを一切付きませんので、ご了承ください。」
「あ、あんたね、客をなんだと思ってんの!」
「買い物をして頂ければお客さん、何もしないなら普通の人、です。失礼ですが、今日は初めて会いましたので、あなたはまだ普通の人ですね。」
「きー!そう言って許されると思いますか!?ただのバイトのくせに!何を偉そうに!」
「バイトだからですよ、お姉さん。商品を勝手に値引かない、ちゃんとルール通りに販売する、それが普通のバイトがする事です。」
「なっ!?あったま来た!たかが食べ物くらい、グダグダ言わずにまけなさいよ!」
自分でも割とキツイ言い方をしたとわかっているけど、ここまで粘られるとは思わなかった。
彼女の顔を真っ直ぐに見つめ返して、昔父さんから聞いた『クレーマーは冷静な態度と法律に弱い』と言う話を思い出しながら、僕はそう言った。
「……値段を偽ったら書類偽造となり、それは立派な犯罪です。あなたは僕に犯罪者になれと言うのですか?」
「へっ?」
「金銭利益も発生しますから、更に僕の罪状が深まりますね。あっ、そうそう、犯罪って実行する方も指示した方も罰せられるってご存知でした?」
「っっ!な、なによ、ケチならケチでそう言え、生意気な真似をするな!」
口では思い通りでになれず、怒った彼女は手を挙げて、僕を叩こうとした。
メガネが吹っ飛ぶだろうと思いながら、僕は避けようともせず、真っ直ぐに彼女の手を見ていた。
けど、突然肩を掴まれて、僕は後ろへ倒れた。
『パンッ』
かなり大きいな音が響き、僕をオーナーさんを見て、血が引いていく感覚がした。
本当なら僕が叩かれるはずなのに、オーナーさんが前に出たから、女性の手のひらはオーナーさんの顔を直撃した。
周りで見ている野次と同じように女性も驚き、空気が固まっていると、オーナーさんは頬を撫でながら、大きく笑いながら彼はそう言った。
「いかんいかん、みなさん熱くなりすぎ!きっとハラが減ったのだ!こんな時はおいしい物を食べよう!バンビーナ、チーズとソーセージの試食をどんどん出して。」
「あっはい!」
「さあ、ドンナも、おいしい物食べて、怒ってるのやめなさい、せっかくキレイなんだからね。」
「えっ、あ、その。」
「おっ、かわいい顔だね、ドンナ。僕が作った物を食べて、もっと笑ってほしいな。」
「え?いやその、……はい。」
「ほらほら、見ているお兄ちゃんもお姉ちゃんも食べて食べて、チーズもソーセージも全部おいしいよ!」
不思議なことに、オーナーさんが笑いながらそう言っただけで、一触即発の空気が一気に楽しそうな雰囲気へと変わり、次々とお客さんがチーズとソーセージを買っていく。
その間に、僕は何度もレジとブースの間を走り、増えた客の会計を済ましていく。
走っている途中で聞いた噂だが、誰かがネットに『イケメンのイタリア店主がいる』と言う情報を上げたらしく、それが原因で、客がある程度維持した。
SNS社会の威力を体感しながら、僕は昼休みをする暇もなく、ただただ会計を続けた。
「ありがとうね、シニョリーナ。」
「あの、写真いいですか?」
「こんなおじさんでいいの?ならいいよ。」
「あの、俺もいいですか?」
「おう!もちろんオッケーさ!」
いつの間に囲まれたオーナーさんを見て、僕はその魅力に感心しながら、次のお客さんの注文を用意して、僕はまたレジへ走った。
午後はお客さんで混んでいたが、いよいよ晩ご飯の時間帯になり、お客さんが減っていた。
やっと落ち着けられるようになり、息抜きに水を飲むと、オーナーさんは僕を見て、彼はそう言った。
「君、自分の事をさ、どうでもいいと思ってないか?」
オーナーの声を聞いて、僕は、すごく驚いた。
こんな事を言われたのが初めてで、何を返したらいいのか、僕は本当にわからなかった。
そして、気がついた時、ふっと右目から涙が溢れた。
何故こうなったのかわからず、慌てて手で涙を拭こうとしたら、突然頭がぐしゃぐしゃと撫でられた。
オーナーさんの顔が見たいのに、彼の手のせいで見る事が出来ず、怒られたら嫌なのに、どうしてか涙が右目から溢れ続けていた。
息を吸う音がして、その瞬間血が引いていくけど、オーナーさんが僕の背を叩きながら、彼はそう言った。
「よーしよし、バンビーナちゃんはいい子だね、休みは取ってなかっただろう?少し休んでこい、ついでにおじさんになんかおいしい物を買ってきて。」
「え、でも。」
「いいからいいから、あっ、五時で上がるんだったな、なら五時になる前に荷物を取りに戻ればいいよ。」
エプロンを取られて、手に札を何枚か握らされた僕は、お客さんを呼び込むオーナーさんの背を見ていた。
けど、そう言えばオーナーさんも休んでなかった事を思い出して、僕はブースから出て、買い物しに行った。
晩ご飯の時間に近いせいもあり、結構混雑してて、買い物を済ましたら、もう三十分も経ってしまった。
慌ててブースへ戻ると、時間はギリギリ五時前ではあるけど、もう次のシフトの子がエプロンをつけて、オーナーさんと話をしていた。
息を切らしながらオーナーさんに買ってきた食べ物を渡すと、オーナーさんは僕を見て、テーブルの下から僕のリュックと、一つの紙袋を僕に渡した。
何故紙袋を僕に渡すのかと驚いていると、オーナーさんは人差し指を唇の前に当て、彼はいたずらっぽい英語でそう言った。
『頑張った子にちょっとしたプレゼント、明日もよろしくね。』
なんて返せばいいのかと戸惑っていると、オーナーさんはもう他のお客さんの方へ向き、彼の話し方はまたわざとらしい物になった。
『あれ?さき僕に話した時は流暢な……英語じゃない!』
オーナーさんがわざと話し方を切り替えて使ってる事に気づき、何か知ってはいけない秘密を知ってしまったような気がした。
もう一度オーナーさんの背を見て、僕はリュックと紙袋を抱えて、デパートから走って行った。
家に帰ると、誰もいなかった。
本当は晩御飯を食べる時間だったけど、何故か食欲が湧かず、僕はリビングに入り、ソファーに体を沈ませた。
しばらく時計の音を聞き、段々と意識が落いて……、そして…………。
目を開けると、夜の十一時になっていた。
ハッとソファーから飛び上がり、ずれたメガネを直して、僕は慌てて鳴っているスマホを手に取った。
「はい!」
『よかった、まだ寝てないのか。』
「父さん!?何があったのか?」
『実はな、予定だった飲み会がキャンセルとなったから、これから家に帰れる。』
「それは良かった……あれ待って、父さん食べた?」
『少しは、でも、何かあると嬉しいかな。』
「あっ。」
本当は今日で食材の買出しをしに行く予定だったのに、爆睡してしまったせいで、冷蔵庫はあまり食材はなかった。
そうやって慌てていると、リュックと紙袋がソファーから落ち、視線でそれを追うと、僕は紙袋の中身に気づいた。
『ん?どうした?もしもーし。』
「あ、その、ピザトーストでもいいかな?」
『帰ったらもう深夜だけど、うん、たまには悪くないな。』
「わかった、じゃあ、用意するから。」
『ありがとう、じゃあ、後で。』
「うん、後で。」
電話を切って、僕は床に落ちたリュックをソファーに投げて、そして落ちた紙袋を拾い、僕はその中身を覗いて。
今日のフェスで使ったプラスチックの箱に、様々なチーズとソーセージが詰められいた。
それを見るだけでも、申し訳ない気持ちが一杯になった。
どうしたらいいのかと考えていると、更に折りたたまれた一枚の紙に気づき、僕はそれを手に取り、そのまま開いた。
視覚に飛び込んできた文字はすぐに言葉へと変換され、それを読んで、思わず涙が出てきた。
『自分の為の人生を生きなさい、君には頭脳と度胸がある、後はたくさん経験し、成長しなさい、君は素敵な大人になれる、おじさんが保証するよ。あとは美味しい物を一杯食べて、元気になりなさい。』
「それでチーズとソーセージか、惚れてしまうだろう、こんなの。」
半端呆れながら涙を拭き、僕はその紙をリュックの中へ仕舞い、紙袋を抱えて、僕は厨房へ歩いた。
今回の準備は極めて簡単だった。
チーズとソーセージを口に入れやすい大きさと薄さに切り、種類を分けて、大きいな皿に並べる。
そして、冷蔵庫からトーストとケチャップを取り出して、塩と胡椒をトレーに並び、トースターも一緒に用意したら、それを全部食卓まで持っていく。
夜食は正直あまりしないし、今回は買い物を忘れたから、罪悪感はあった。
けど、たくさんあるチーズとソーセージを見て、父さんが帰ってくる前に、僕は先に一枚だけ焼いてみた。
トーストにケチャップを塗り、上にソーセージとチーズを載せて、それをトースターの中へ入れる。
段々と融けていくチーズを眺めながら、ミルキーな匂いとスパイスの香りが漂い、腹から大きいな音が鳴った。
『チーンッ』と鈴のような音が小気味良く響き、熱いのが苦手だけと、何度も息を吹きかけながら、僕はピザトーストを食べた。
本当に適当だったのに、ただケチャップを塗って、チーズとソーセージを乗せただけなのに、すごく、とても美味しかった!
糸を引くチーズを指で切り、行儀が悪いけど、ソーセージを吸い込むように、僕はトーストを齧った。
柔らかいパンにスパイスが効いたソーセージ、そこに焼かれたチーズが加えられて、本当に最高。
猫舌という事もあって、舌が火傷しないように、僕は結構ゆっくりしたベースで食べていたけど、少し冷めてきても、ピザトーストは美味しかった。
もう一枚焼こうと思った時、『ガチャッ』と玄関の扉が開かれた音がした。
なら、父さんの分も一緒に準備しようと思い、僕は二枚のトースト皿に並べた。
その時、『トントントントン』と足音が響き、音が近くなるにつれ、カサカサとビニール袋の音も聞こえた。
「もう焼いてるのか?もう?」
「今父さんの分を準備しているけど、どう?自分で具材決める?」
「決める!あっ、コーラとサイダーを買ってきた!」
「おお!じゃあグラスを持ってくるよ。」
「わかった!」
弾み気味で父さんにそう言われたから、思わず僕も浮かれ気味でそう答えて、結構本気なスピードで、僕は厨房へ入った。
グラスを手に取り、何か野菜もあった方がいいと思って、明日のおかずの予定だった野菜を手に掴み、僕は食卓へ戻った。
椅子に座ると、父さんがすぐにペットボトルの蓋を開けて、僕のグラスにコーラ、自分のグラスにサイダーを入れた。
思い思いに自分の好みのピザトーストを作り、それをトースターに入れると、父さんは僕の顔を見た。
そして、少し驚いたように目を丸くして、父さんは僕をみつめながら、そう聞いてきた。
「どうした?何があったのか?」
「ん?ああ、大丈夫、ちょっと今日嫌なクレーマーに遭遇しただけだよ。」
「本当に大丈夫だったのか?」
父さんに泣いた痕を触られて、僕は少し驚いたけど、息を吸い、大きく笑って、僕はそう答えた。
「平気だよ、ブースのオーナーさんに助けてもらったし、実はこのチーズもソーセージもオーナーさんから貰ったんだ。」
「そう、だったのか。……昔から妙に大人に好かれるな。」
「えっ。」
「でも、その理由はわかる、真面目に頑張ってる子を嫌がる大人なんて、そうそういないからな。」
「えっ、ちょっと待って。」
「私も時々『お前は別にいい、あの子だけでいいから顔を出しに来い』と姉さんと兄さんに言われるよ、ひどいよね。」
「待ってそれ初耳。」
思わずまた泣きそうになる所を堪え、僕はコーラを一気に飲み干した。
丁度その時トースターから『チンッ』と焼き上がる音がして、僕は皿を手に取り、二枚のトーストを乗せた。
「それより、焼きたてのピザトーストだ、早く食べよう!」
「それもそうだな、では。」
『いただきます。』
まだまだたくさんあるイタリアの食材だ、次は何を作ろうかな。