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僕と父さんの食卓  作者: マサ
11/13

季節の簡単かぼちゃパイ

「こちらお品物です、どうもありがとうございました。」


お客さんに買い物を入れた紙袋を渡して、深く腰を曲げた後、客が遠ざかる姿を見て、僕はホッと息をついた。


最初はクラスメイトに頼まれて、デパートのアルバイトのヘルプをやっただけだった。

けど、デパートで働く事が少し増えてきて、気づいたらアルバイトの仲介人からの連絡が来るようになった。

正直に言うと、接客は苦手で、どれだけ勉強をしてみたって、未だに言葉がうまく出ない時もある。

でも、大体お客さんは皆そこまで気にしないから、気持ちは少し楽になる。


「ああ、新人ちゃん、もうちょっとでシフトが終わるでしょう?商品の数を確認してくれ。」

「はい、分かりました。」

「それと、一ついいかな?」

「えっ、なんですか?」


ペンと商品リストを手にした時、ブースの責任者さんの言葉を聞いて、僕は少し止まった。

そのあまりにも真面目な表情を見て、一体何を言い出すのだろうと身構えていると、その眉が一気に下がり、頭を下げながら責任者さんはそう言った。


「私にはあなたくらいの子供がいるけど、最近ケンカをしてしまって、今はずっと無視されているんだ。」

「ケンカ、ですか?」

「はい、もう一週間無視され続けてて、とても辛い。」


分かりやすく項垂れた責任者さんを見て、たった六日の付き合いしかない僕に何が出来るのかは分からないけど、話くらいなら聞いてもいいかなと思って、商品の在庫を確認しながら、僕はその続きを待った。


「最初は私も意地になって話しなかったけど、今は逆にどう話しかけていいのかわからなくなった。」

「それはその、向こうは話しかけてくれないのですか?」

「最近は何度も目は合うけど、どうしても話せなくて、つい目が逸らしてしまい、その、困っている。」


二人の目が合う事を聞いて、この人のお子さんも、もしかしたら、わざと無視している訳ではないと思った。

だって、目が合う事はつまり、お子さんも何か話したいと思って、こっちを向いていた事だ、内容はともかく。

これは無視と言っていいのかは分からない、でも、思ったより話がそんなに深刻じゃなさそうで、少しだけ安心して、僕は最後の商品の確認を進めた。

けど、話にはまだ続きがあった。


「実は妻にも仲直りするようにと言われたけど、こういうのは初めてで、どうしたらいいのか全く分からない……あなたのところはどうやって仲直りしているんだ?」

「はえっ!?僕のところ、ですか?」


あまりにも予想外な質問だったから、うっかりペンを落としそうになり、変な声も上げてしまった。

責任者さんも驚いてしまったけど、すぐにまた真剣な顔に戻ったから、これは僕からの答えを待ってるだろうと判断して、僕は考えた。


子供の頃は父さんがいつも忙しくて、あまり会う事が出来なかったから、ケンカをした事はなかったかもしれない。

引越しをして、大学に入った今、父さんと一緒にいる時間が増えて、ゆっくり食事出来る機会も増えた。

最近となっては、やっと纏まった休みが取れるようになって、一緒にどこか遠出でもしようと話していた……


あれ?こう思い返してみると、父さんとはケンカらしいケンカをした事がない。気がする。

記憶にないだけなのかもしれないけど、とりあえず何か言わなきゃと思って、僕は本で読んだ事を話すことにした。


「直接に言えないなら、カードとかはどうですか?」

「カード?カードを書くのか?」

「はい、丁度今は秋やハロウインで色々売っていますし、選びやすいかと。」


そう答えると、更に不思議そうな顔を向けられて、何がまずかったのかなと戸惑っていると、責任者さんにこう言われた。


「文字で伝える方法は確かにいいと思う、でもまあ、あなたみたいな若い子なら、てっきりメッセージとかで済ませてるのかと思ったよ。」

「うーん、そうですね、メッセージの方が良いのでしたら、それでも大丈夫と思いますけど。ただ、通知を切っていると、メッセージって気づかない時もありますからね。」

「通知?」

「ええと、仕事中とか、授業中とかで音が鳴ったらまずいから、ミュートしている事があります。」

「ちょちょちょちょっと待って、じゃあメッセージを読んでいるのかどうか確認できる方法があるのか!?」

「えっ、はい、何を使ってるのかによりますけど、基本は確認できる筈ですよ。」

「少し待ってくれ!ええと、携帯携帯……」


そう言うと、責任者さんはジャケットのポケットを漁り、すごく大事そうにピカピカなスマートフォン取り出してきた。

たどたどしい動きでロックを解除した後、その画面を僕に見せながら、彼はそう言った。


「これ、娘に教えてもらって使い始めたけど、分かるかな?」

「はい、大丈夫ですよ。」


個人情報の管理ィッ!!と心の中で叫びながら、僕の知っているアプリを使っているから、とりあえず見分け方は分かる事に安心した。

今開かれた会話の画面を見て、出来るだけ内容を読まないように意識を逸らしずつ、会話欄の横にあるマークを指して、僕は説明を始めた。


「このアプリですけど、メッセージを無事送った後、ここにマークが付きます。」

「ほう、メッセージを送ったら、このマークが付くのだな。これは一体なんなのかずっと気になっていたよ。」

「あとですね、実はこのマーク、今は灰色ですけど、相手が読んだら、色が変わりますよ。」

「相手が読んだら、色が変わる……つまり、メッセージを送った後、ここについたマークの色を見たら、読んだのか読んでないのか分かるのか。」

「はい、そうなります。」

「という事は、これはまだ読んでないって事であってる?」

「このマークは灰色だから、まだ読んでませんね。」

「そうだったのか!」


衝撃を受けたような顔になりながら、責任者さんは頭を押さえて、何があったのか少し焦ってしまったが、すぐにその理由が分かった。


「じゃあ、本当は見てなかったんだな、私のメッセージ、ちゃんと謝らないと。ああそうだ、あなたにもお礼をしないと。」

「えっ、いいよいいよ、ただ話をしただけだし!」

「まあまあ、どうせ私は使わないから。」

「えっと、どういう事ですか?」

「まあ、見てなって、確かこの辺に……。」


正直僕には話が見えてこないけど、責任者はそう言い終わると、商品の陳列台の裏に置いてあった道具箱を開いた。

中から仕事道具や紙類を探った後、何かを掴んで、僕の手は彼に引かれて、気が付くと、手のひらには一枚の割引券があった。


「えっ、待って待って、受け取れませんよ!」

「いいから受け取りな、私使わないから。」

「いやでも、割引券でしょう?」

「ああ、と言っても使用期限近いし、うちの買い物は大体家の近くで済ませるから、使う機会は本当にないんだよ。知り合いにもちょくちょく配ってるから、遠慮せずに持って行きな、あ、だったら残り二枚もやるか。」

「いやいやいいんですいいんです!一枚で結構です!」

「そう?」


思わず全力で頷いてしまい、首がちょっと痛いけど、追加の割引券が乗せられて来ない事に安心して、ちょっとホッとした。

そして、スマホの時間を見てみると、僕のバイトの時間はもう終わっていて、それに気づいて、急いで商品のリストを仕舞い、僕は責任者さんに頭を下げた。


「あの、在庫を確認し終わった、そろそろ時間なので帰ります、割引券、ありがとうございます。」

「あっ、もうこんな時間になった。はい、今日もお疲れ様でした、残り二日もよろしくね。」

「はい、では、失礼します。」


そう言って、僕はスタッフのエプロンを外して、それを責任者さんに渡すと、陳列台の裏のカバンを掴んで、僕はブースから離れた。


スタッフのネームカードをポケットに仕舞いながら、今渡された割引券を見て、僕は少し考えた。


使用期限が短いって言われたけど、よくよく見てみると、今シーズンのセールに合わせたのか、本当にあと数日しか使えない。

一応地下の飲食店でも使えるみたいだから、何か買って帰ろうかなと思って、僕はエレベーターで下の階へ向かった。


「わあ、広いなここ。」


エレベーターから出た瞬間、思わずにそう言ってしまった。

アルバイトの時、いつも同じフロアで同じ会場だから、すっかり慣れてしまったけど、他のフロアに行くと、全然広さが違う事を知って、驚いてしまった。

最初は何かあればいいなくらいの気持ちで来たけど、あまりにも沢山の店が並んでいるから、逆に何に絞って行くのか、悩ましくなった。

手元にある割引券の内容をもう一度確認して、このフロアなら一部の店を除けば、大体どこでも使える事が分かった。


こうなれば、フロアを出来るだけ見てみようと思って、僕は一番近い店の中に入った。

エレベーターの近くはケーキなどの洋菓子系で、次にチョコレートやパン屋、更に見ていくと、沢山の惣菜が並び始めた。

普段見れないような栗、芋、かぼちゃのメニューも結構あって、秋だなと思いながら、腹が鳴った音が聞こえてきた。


元々栗とか芋とかすごく好きだったから、美味しそうな匂いにつられて、段々と腹が減ってきた。

夕食の時間も近いから、あまり沢山は食べないけど、一つくらい大丈夫かなと思って、つい芋のパンを買ってしまった。


普通芋のパンと言ったら、アンパンみたいに丸くて、中身が芋あんのパンを想像する。

でも、デパートだからか、今回のパンはデニッシュと言って、サクサクとしたバターたっぷりなパン生地で、濃厚で甘い芋のあんと合わせて、すごく美味しかった。


父さんにも買ってあげたいなと思ったけど、父さんが帰ってくるのはいつも遅いから、サクサクなデニッシュも、その時になったら餡子で柔らかくなってしまう。

温め直した所で、一度水分を吸ったら、そう簡単には今のようなサクサク感は出せないと思って、しばらく悩んでいると、チョコパイの広告が目に入った。

パイといっても、普段見れるような三角形ではなく、それは四角形をしていて、見た目は少しだけパンみたいに見える。


「……あっ、作ってみるか。」


唐突に閃いてしまって、僕は割引券を仕舞い、そして簡単にレシピを検索して、僕はスーパーへ行こうとデパートから出た。


最初は冷凍のパイ生地と芋を買おうと思ったけど、野菜コーナーについた時、半分に切られているかぼちゃに半額のシールが付いているのを見て、思わず買ってしまった。

アルバイトのお給料もあるし、いい芋も普通に買えたけど、思いつきで初めてのレシピに挑戦するなら、高い食材じゃなくても良いかなと、ちょっと思った。

それに、僕と父さん二人だけなら、これぐらいのかぼちゃの量が丁度いい。


買い物を済ませて、家に帰ると、荷物をさっさと部屋に置いて、僕は厨房に入った。


蒸し器はないから、炊飯器を開いて、切り分けたかぼちゃを入れて、かぼちゃのレシピを参考にしながらタイマーを設置して、スイッチを入れた。

初めて炊飯器でかぼちゃを蒸したから、ちょっとワクワクするけど、かぼちゃを一旦放置して、僕はかぼちゃの餡子のレシピを探した。


「……よし、これで行こう。」


軽くレシピを決めて、練習に使う分のパイ生地をパッケージから取り出した後、残っ生地を冷蔵庫に突っ込んで、僕は砂糖の瓶を取り出した。


最初に1キロの砂糖を買って、一体いつ使い切れるのが不安だったけど、お菓子はもちろん、案外色んな料理でも砂糖を使ってて、気づいたら小さな容器ではなく、大きな瓶で取り分けるようになっていた。

そして、今回のかぼちゃの重さで使う砂糖の量計算すると、次の1キロ砂糖の購入まで遠くないと気づいた。


お菓子をカロリーの暴力という人もいるけど、その気持ちが少し分かるような気がした。


「よーし、やるか!」


蒸せたかぼちゃを炊飯器の中から取り出して、一欠片を味見した後、僕は今使う分のかぼちゃを取り分けで、フォークを手に、そのかぼちゃを潰しにかかった。

思ったよりかぼちゃが甘かったので、砂糖は控えめだったけど、もう一口味見すると、これでも充分甘い餡子になる事に気づいた。

幸い僕は甘党だし、父さんも仕事帰りで疲れているなら、甘い物は効くだろうという暴論を構えて、僕はこのままかぼちゃの餡子の作成を続けた。


マッシャーみたいな物じゃなく、フォークを使っているから、正直手は少し疲れた。

けど、ホカホカと湯気を漂うかぼちゃを見ていると、なんだか少し癒される。

程よくかぼちゃを潰したら、他のかぼちゃの粗熱が取れた事に気づき、一回容器の中に入れた。


「あれ?まだ食べてないのか?」

「あ、父さん、お帰り、一応パンは食べたよ。」

「それで足りるのかい?何作ってるんだ?」

「あっちょっと。」


ひょいっと容器の中にあるかぼちゃを摘んで、それをもぐもぐ食べている父さんを見て、父さんこそ食べてないのではないかと思い、そのまま聞く事にした。


「父さんこそ食べてないじゃないのか?かぼちゃをつまみ食いするなんて。」

「いやあ……食べたって言えば食べたけど、食べた気がしないんだよな。」

「何があったの?」


珍しく煮えきれない態度でそう話す父さんを見て、パイ生地を並べながら、僕はそう聞いた。

すると、鞄を持ったまま手を組んで、少し考えた後、父さんは首をかしげた。


「なんか今日ハロウインのパーティーって言って、皆で焼肉食べに行ったけど。」

「焼肉か、それじゃあ逆にお腹一杯にならないか?」

「なんかその、結構食べた気もするけど、ハロウインの特製ソースとか色々つけて、もう何を焼いたのか、というか何を食べたのか、全く分からない。」

「どういう状態なんだよそれ、じゃあまだ何が食べたいのか?」

「うん、口直しに何か食べたいけど、飯とか麺とか入れる程じゃない気もする。」

「あっ、じゃあ今かぼちゃのパイを焼くから、それ食べる?」

「パイ?パイは流石に多くないか?」

「手作りだから、小さめに作れるよ。ええと、これぐらいはどう?」


そう言って、僕はパイ生地をさらに半分に切って、それを父さんに見せた。

小さくなった四角い生地を見て、それがどうやってパイになるのか、父さんは不思議そうに思っている顔をした。

そこで僕はかぼちゃの餡子を生地の半分乗せて、そしてパイ生地を折り畳み、フォークでくっつけているところを見て、なるほどと言うように父さんは頷いていた。


「確かに、これくらいのサイズなら食べられそう……どうなるのかは予想できないけど。」

「じゃあ、今パイを焼くから、せめて鞄を置いてきて。」

「あっ、分かった。」


ハッと鞄の事に気づき、父さんは中から飲みきれてないお茶のペットボトルを冷蔵庫に入れた後、素早く自分の部屋へ向かった。

ちょっとだけ笑って、このままパイをオーブンに入れようとしたけど、ハロウインという単語を思い出して、僕はフォークとパイ生地の切れ端で顔を作った。

それが出来ると、オーブンの中にパイを入れて、僕は簡単に片付けをした。



「おお、いい香り。そうそう、洗濯機を回したよ。」

「そう言えば忘れてた、ありがとう。丁度パイも焼きあがったよ。」

「おっ、これ、ジャックオーランタンか?」

「そう、ハロウインって言ったから描いてみた、普通のはこっち。」

「なんかパンみたいだな。」

「実はこのパイ、今日デパートで見たパンから発想を得たんだ、あっ、そうだ!」


そこまで言って、僕は貰った割引券の事を思い出した。

最初はサプライズに何か買ってこようと思ったけど、あと数日しか使えないなら、いっその事相談しようと僕は話した。


「実は今日バイト先で割引券を貰ったんだけど、期限が近いから、もう使っちゃおうと思って。」

「そうか、何か買うのか?」

「折角だから、普段買わないような物がいいと思って、明日とか明後日に時間があるなら、一緒に来る?」

「明後日なら時間はあると思う。」

「じゃあ、明後日デパートに行こう。」

「ついでに冬の服とかも買おうか、他に何かいる?あと、もう食べていい?」

「他に買う物って待って、まだ熱いよ!?」


直接素手で小さいパイを掴み、それをペロッと食べた父さんを見て、少し驚いたけど、グッと親指を立てるのを見て、苦笑いをこぼしながら、僕はそう言った。


「ご満足頂けたようでなによりですね。」

「こ、これ、はふはふ、美味しいよ、はふ。」

「だから熱いって、待ってて、冷たい牛乳入れるから。」

「ああ、ほふほふ、ありがとう。」


熱気を逃すために、口を開けながらも食べようと奮闘する父さんを見て、吹き出さないように頑張りながら、僕は父さんと自分のコップを用意して、そして冷蔵庫を開けた。

行儀が悪いけど、たまにもこういうのは良いかな。


さってと、使い切ってない食材もまだあるし、明日は何を作ろうかな。

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