鮭とブリの切り身の漬け焼き
終着までついたバスから降りて、僕は欠伸が出るのを抑えて、スマホの画面を確認した。
時間は五時三十分、友達やクラスメイトからの新しいメッセージはあるけど、『父』の方を見ると、既読のマークだけがついていて、返事はなかった。
「今日も残業か、飯、どうしよう。」
軽く伸びをしたあと、カバンを背負い直して、僕は目的のスーパーの方へ歩きはじめた。
平日であり、晩御飯の時間が近いから、野菜や肉が並んでる場所は人が少なかった。
人は少ないし、それなりに食材の量もまだあるけど、僕の狙いは一番新鮮なものではない。
僕はカバンを開けて、『食費』と書いた封筒の中身を確認したあと、特売品コーナーの方へ先に行った。
ここのスーパーの特売品コーナーは結構面白くて、見ているだけでも楽しい。
というのも、一番新鮮でなくなった食材はまとめて食材特売品コーナーに入れられるけど、『野菜』と『果物』が同じ緑色の布の上に置かれて、『肉』は赤い布の上に並べられて、そして、魚は青いビニールの上に、氷と一緒に冷やされている。
季節に応じて、スーパーの人が飾り付けをしたり、おもちゃのような野菜や果物を置いたり、遊び心が溢れていて、僕はかなり気に入っている。
かわいらしい豚さんの置き物を見て、僕は改めて品物と値札に目を向けた。
目当ての野菜の方では、半分に切ったキャベツや色合いが少し暗いブロッコリーがあり、肉コーナーの特売品では、脂身の割合が半分を超えた豚の挽き肉や鳥の手羽先がパックに詰められている。
家の冷蔵庫の中にを思い出して、そう言えば前に買った人参がまだあるから、すぐにハンバーグにしようと僕は思った。
ぱっと見て、挽き肉の脂身が少し普段買うものより多いけど、肉と野菜の炒めなどの料理に使ったら、ある意味油の節約にもなる。
まあ、最悪脂身の多い部分だけ取り除いて、豚脂とかを作ってみるのも、一つの手でもあるかもしれない。
そう思って、僕は挽き肉の方へ手を伸ばそうとしたけど、突然魚売り場の方からメガホンの音が鳴り、エプロンをつけたお兄さんが咳払いをしたのを見て、僕は少し近づいた。
『さあさあ本日の最後の特売!魚の切り身が大サービスだ!どの魚でも一パックで二割引き、三パックで五割引き、五割引き、半額だ!』
その言葉を聞いた近くの奥さん方はすぐに魚コーナーの方へ駆け寄り、その瞬間、魚コーナーが戦場と化した。
いつ見てもその勢いには圧倒されそうになるが、幸い僕の身長は百七十を超え、奥さん方の頭の上からでも、僕は並べられている魚が見える。
「あっ。」
色と形を見た瞬間、思わず前へ進み、僕は鮭を二パックを手にした。
そして、周りにある新鮮そうな魚をもう一パック掴んで、僕はさっさと奥さん方から離れて、魚コーナーの計量係の方へ歩いた。
「すみません、この三つにします。」
「へーい、シール貼ったげるな。」
そう言いながら、『計量担当』の札を安全ピンでエプロンの上に止めたおじさんは手を伸ばして、僕の選んだ魚を受け取った。
ビニール袋を取って、おじさんは保冷剤をいくつか中に入れたあと、魚も一緒に入れて、そして袋を機械で閉じて、上に『特売』と印刷されているシールを貼ってくれた。
「んー。……すぐに帰るん?」
「はい、魚を買っちゃったから、早めに帰ろうと思います。」
「もう料理しちゃうん?」
おじさんから袋を受け取って、僕はもう離れようとしたが、いきなりそう聞かれて、僕は少し驚いた。
少し訛りがある人だから、その言葉の意味を間違ってないかと一瞬勘ぐってしまったが、普通に料理の事を聞かれたのに気づき、僕は正直に答えた。
「調理方法は考え中ですが、特売品ですから、早めに料理した方がいいかなーと思って。」
「ほっか、なら漬けはどう?調味料のセールやっとるよ。」
これもまたいきなりの提案で、僕はビックリしたけど、おじさんにそう言われて、僕は真剣に漬けの可能性を考えてみた。
漬けと言えば、味噌漬けを先に思い浮かぶけど、調味料のセールがあるのなら、もしかしたら他の料理方法もあるかもしれない。
「わかりました、レシピを考えてみます、ありがとうございます。」
「ええって、俺も昼のテレビで見ただけだ。」
一体なんの番組かと少し気になるけど、段々と奥さん方が集まってくる事に気づき、僕は魚を持って、魚コーナーから出た。
特売品コーナーからブロッコリーを一パックを掴んで、買い物カゴを手に取り、僕は調味料が表示されてある棚へ歩いた。
棚の前に足を止めて、僕は特売の値札を確認したあと、魚の漬け方について調べてみた。
『ブリ 漬け タレ』
簡単な単語を入れたら、すぐにサーチエンジンがかかり、数え切れない程のレシピが飛んできた。
科学が発達している現代では、料理方法はスマホ一つで簡単に調べられて、本当に便利だ。
そう実感しながら、僕は簡単に検索に出たタイトルを確認し、そして、一つのタイトルが、僕の興味を引いた。
『簡単!魚の漬け焼き!』
その文字をタップして、僕はそのサイトに乗っているレシピを見て、少し驚いた。
なんと、材料は『切り身、みりん、めんつゆ』、それしかなかった。
こんなに少なくていいの?と驚く反面、これだけでも充分なんだと思い、僕は他のレシピも少し確認して、そして家にある調味料の在庫を思い出してみた。
……確かに家にめんつゆはなかった、というか、引越して以来、一度も麺を茹でる事はなかった。
今日は作れなくても、また別の日でも、うどんを打とうかな。
そう思って、僕はめんつゆをカゴに入れて、そして気になった調味料もいくつかカゴに入れて、僕は自分の財布も取り出して、会計へ向かった。
「ただいま。」
玄関の電気をつけて、扉を自分で締めたあと、エコバッグを一度床に置き、僕は靴を脱いた。
予想はしていたけど、父さんの革靴がなく、下手すると、今日も終電ギリギリで帰る事になるかもしれない。
僕が言うのもなんだけど、大学生になった僕が暇を持て余し、長い間社会人をやってる父さんが未だに疲労を持て余すのは、何かおかしいと思う。
そう考えると、心配で胃が痛くなったような気がして、僕は一度深呼吸をして、厨房へ向かった。
買ってきた調味料を棚や冷蔵庫に仕舞い、僕は使う予定の人参と卵を取り出した。
そして、棚の方にタブレットを置き、パスワードを入力して、音楽を流しながら、僕は料理を始めた。
二つのコンロを見て、僕は片方に鍋を置き、片方に深めのフライパンを置き、水を入れて、とりあえず沸騰するまで、人参とブロッコリーを切っていた。
実は厨房のコンロは、ひょっとすると一口すらもなかったのかもしれない。
僕の強い要求の元に、厨房のコンロは二口になった。
理由はというと、この家には、僕と父さんの二人しか住んでいない。
引越しをする時、僕の『コンロは二口』という要求に、父さんは最初困惑していた。
けど、『一人一口、二人二口でいいんじゃない?』と職場の人の冗談を真に受けて、父さんは僕の要求に答えてくれた。
……正直、その話を聞いた時、僕は思わず飲んでいたお茶を吹き出した。
が、こうして大半の家事を担当するようになって、一気に二つの工程ができるから、今でもその職場の人に「グッジョブ!」って言ってやりたい。
野菜を切り終わって、魚の切り身を両面とも塩を振り、じーと待っていたら、水が沸騰し始めた。
段々と水面に大量な泡が浮かぶのを見て、僕は鍋とフライパン両方に塩を入れ、そして切ったブロッコリーと人参を別々に入れた。
一度スマホでタイマーを設定して、火を少し弱め、僕はジップロックとさじを取り出して、先にジップロックの中に調味料を入れた。
色んなレシピを漁った結果、僕はとりあえずみりん、めんつゆと醤油の組み合わせにしてみた。
違う種類の魚を一緒のジップロックに入れる、のはまずい気はして、二つのジップロックを用意して、同量な調味料を入れた。
一度ジップロックを閉じて、タイマーが鳴る前に、僕は晩ご飯の為に用意したご飯を一人分だけ冷蔵庫から取り出して、それをレンジに入れ、加熱した。
スマホのタイマーが鳴ると、僕は野菜を取り出して、水を切って、食べる分だけ皿に乗せて、僕はわさび塩と醤油を上にふりかけた。
魚の方へ目をやると、水が出てきたのを見て、僕は水気を拭き取り、鮭とブリを一切れずつジップロックの中に入れて、残り一切れの鮭をフライパンに入れた。
火をつける前に、ジップロックを冷蔵庫の中に入れて、そしてフライパンに火を着け、鮭から油が出て来るのを見て、僕は横に卵を入れた。
普段なら別々で料理するけど、別に手を抜いても変な手順で調理しても、食べるのは僕だし、いいかなと、少しそう思う気持ちはあった。
結構いけない事はしていたのかもしれないけど、鮭の脂で目玉焼きを作るのは、僕は結構好きだ。それに油の節約にもなるしね!
しばらくして、ほどよく鮭と卵が焼かれて、僕は火を止め、それを温まったご飯の上に乗せた。
そして、僕はフライパンに水を入れて、大体な片付けを終わらせたあと、皿とお椀を持て、居間へ移動した。
棚の方に置いたタブレットをテーブルの方へ持ってきて、気になる料理動画を再生しながら、僕は食事を掻き込んだ。
他の人の料理動画を見ていると、メイン以外にもおかずは何品が用意されていて、すごいといつも思う。
けど、今の僕では、一品だけでも、上手く、美味しくできたら、万々歳としか言えない。
二人暮らしになって日が浅く、まして普段は大学に通うから、朝市まで買い物だとかは、ほぼ無理と言っていい。
だから、まずはスーパーの買い物から頑張ろう。
幸い、と言ってはダメな気がするけど、父さんは定時で帰ってくる事があまりないから、僕が父さんに料理を直接作る機会があるとすれば、基本朝しかない。
だから、一人だけの時間なら、大胆にやった事のない料理を試してもいい、失敗しても誰も傷つけられないから。
あ、いや、僕は落ち込むけど、誰かに直接のダメージを与える事はない、はずだ。
考え事をしていると、いつの間に食事を完食してしまい、僕は別の料理動画を開いて、別の事を考え始めた。
漬け魚を作ってみたのはいいけど、おかずは魚で、合わせの野菜が人参とブロッコリーだけと言うのは、少し寂しいかもしれない。
なら、もう少し手を加えるか?調味料を入れて漬け物にするか?それともいっそのこと切って炒めて野菜炒めにしてしまうか?
そんな事を考えていると、そう言えば今日作った料理の記録を忘れた事を思い出して、僕は急いてボールペンを取り出して、漬け魚の事を書き留めた。
「さあて、片付けるか。」
元気を出すために声を出し、残った家事を片付ける為に、僕はまず食器を持って、厨房に入った。
時計が午前一時ぐらいに回った時、玄関の扉が開かれた。
部屋の中からでも聞こえる重ったい足音がゆっくりと居間の方へ進み、そして何かが落ち、倒れる音がした。
スマホのゲームアプリを閉じ、部屋から出てみると、居間にソファーに顔を突っ込んでいる父さんがいた。
その姿を見て、僕は電気をつけて、落ちた物を一回ローテーブルに置いてから、父さんにそう聞いた。
「もう寝る?」
「もう、ねるぅ。」
「風呂入らないのか?」
「いらない……。」
「飯は?」
「食べて…ない……。」
今にも死にそうな父さんの声を聞いて、僕はため息をつくのを我慢して、父さんにそう言った。
「暖かい飲み物入れるから、せめてそれ飲んで。」
「んん……。」
ソファーにもたれ、半分寝落ち状態の父さんを見て、僕は急いて厨房に入り、『大人のための栄養たっぷり粉ミルク』を棚から持ち出した。
大きいなマグカップに分量通りの粉ミルク、そしてお湯を入れて、はちみつも大量に混ぜた。
これをホットミルクと言っていいのかは疑わしいけど、それを持て、僕はうたた寝している父さんを少し揺らし、マグカップを父さんの方へ向けた。
「ほら、飲んで飲んで。」
「おぅ……。」
のろのろと体を起こして、父さんはソファーに座り、マグカップを受け取った。
眠たそうにしながらも、父さんは僕の入れたホットミルクを飲んで、僕は時計を見て、父さんにそう聞いた。
「明日は何時起き?というかいつになったら定時に帰れる?」
「いつもとーり、……今回の仕事、妙に揉めててな……ふあぁぁ。」
いつも通りの出勤時間ということは、少なくとも七時に起こさないとヤバイ。
そう思うと、僕は浴室に入り、タオルをお湯で濡らして、水を絞ったら、居間に戻った。
「風呂入らないなら、少なくともタオルで足拭いてから寝てくれ。」
「んん?おう…。」
ホットミルクを飲み干した父さんはマグカップをローテーブルに置き、そして左の靴下を脱ぎ、タオルを受け取って、うとうとしながらも左足を拭いていた。
僕は空になったマグカップを持って、それを厨房に持っていき、それを洗った。
蛇口を捻り、綺麗に洗ったマグカップを置き、居間に戻ると、タオルが床に落ち、父さんは足を組んだままの体勢で、ソファーの上で寝ていた。
両足の靴下が脱げたところを見て、多分頑張って両足を拭き終わったけど、眠気に勝てなかったと、僕はそう思った。
先に父さんの部屋に一回入って、最低限の明かりをつけ、扉を開けたままにして、僕は頑張って父さんの体を起こした。
父さんをベッドまで運んで、ちゃんと毛布をかけてやったら、僕は電気を消して、一回居間に戻り、タオルを拾った。
それを浴室で洗って、きちんと干したら、僕はコンタクトレンズを外した。
自分の部屋に戻って、一回目薬を点したあと、僕はスマホを手にして、目覚ましのアラームを見ていた。
明日に午前の授業はないから、早めに起きても大丈夫。
僕は父さんと同じように優柔不断なんだから、朝ごはんの献立を考える時間は長ければいい、料理時間もあるから。
そう考えたら、結局アラームの時間は五時半になった。
二時になりそうなのを気づいて、起きない可能性を考えて、追加で六時にもアラームをセットして、僕はベッドに入り、目を閉じた。
好きな曲が流れ、僕は目を開けて、手を伸ばした。
スマホを掴んで、それを止めたあと、ボヤける視線の中で、僕は時間を見た。
あと七分で六時になる事に気づいて、メガネをかけて、僕はタブレットを掴んで、厨房の方へ走った。
とりあえず二人分のご飯を出して、それから昨日漬けた魚と、卵を二つ。
レンジにご飯を入れて、温めている時、僕は冷蔵庫の前で蹲って、何か作れるのか真面目に考えてみた。
魚は父さんの好物だから、元気付けの意味も兼ねて、魚は絶対外さない。
それから、昨日も晩ご飯食べてなかったみたいだから、ブロッコリー、人参と玉ねぎを取り出して、炒め物にしようと今考えた。
魚、野菜、卵、ご飯はある。スープ系は食べる時間が長引くから作らないと思ったけど、ほっと出来るような暖かい飲み物が欲しいから、それならお茶を入れようと、今決めた。
フライパンを出して、まずは野菜を炒めて、それを大皿に盛ると、フライパンに新しいオイルを引き、僕は漬け魚を入れた。
漬けてあったから、魚の色はいつもと違い、僕はレシピに書いてあった時間を参考にしながら、じーと魚が焼きあがるのを見ていた。
美味しそうな匂いが強くなってきて、僕は溢れる油を見て、少しお腹が減ってきたのを感じた。
もう少し様子を見て、魚に火が通ったのを確認したら、僕はそれをフライ返しで持ち上げて、皿に乗せた。
このまま卵を焼こうとしたけど、時間の事を思い出して、僕は一度調理道具を置き、手を洗って、父さんの部屋へと向かった。
「……あっちゃー。」
確かに昨日は服を脱がすのを忘れたけど、床に落ちるネクタイを見て、僕は思わず声を出した。
皺になったスーツを拾い上げて、ついでに他に散らかっている服を拾っていると、昔の事を思い出した。
『コラー、また服を脱ぎ散らかして、ママに怒られるぞ!』
『だってあついんだもん!』
『わかる、その気持ちはわかる、でも、脱ぐなら自分の部屋で、ね。』
『おへやならいいの?』
『うん、部屋の中なら、散らかっていてもいいし、だらしない格好をしても大丈夫だから。』
『おこられない?』
『うん、パパは怒らない、怒らないと約束するから、お前も服を勝手に散らかさないと約束してくれるか?』
『わかった、やくそくする!』
何故か落ちている枕を拾い上げて、僕は思い出した子供の頃の約束で少し笑った。
僕の笑い声を聞いて、父さんは枕と毛布を抱えたまま、寝返りを打っていた。
頑張って笑い声を止めて、僕はゆっくり近づき、拾った枕で父さんの腕を突きながら、僕は父さんにそう聞いた。
「まだ寝る?」
「んー、今何時だぁ?」
「もう少しで七時になる。」
一度枕を掴んで、それを抱きしめた父さんは少し考えて、僕にこう答えた。
「んじゃ、寝る……。」
「朝は焼き魚だよ。」
「……魚、魚!」
「あうっ!」
「ご、ごめん。」
父さんが抱いてた枕で腹を当たられて、ビックリして僕は声を出したが、同じように驚いて、父さんは慌てて僕にそう言った。
そして、寝ている間も外してなかったメガネを直して、父さんは体を起こしながらも、僕にそう聞いた。
「なんの魚だ?」
「見てのお楽しみに、先に風呂に入って来て、昨日も結局風呂に入れなかっただろう?」
「そうだな、うん。」
大きく欠伸をした父さんを見て、僕は服を抱えたまま扉の方へ歩き、部屋から出る前に、父さんにそう聞いた。
「そう言えば、明日は休みのはずなんだけど、休めそう?」
「休めそう、かな?」
「そうか、わかった。」
不確かなその答えを聞いて、僕は今晩の買い物を少し豪華にしようとこっそり決めながら、父さんの部屋から出た。
厨房に戻って、僕はフライパンに火をつけて、目玉焼きを作った。
完成した目玉焼きを皿に乗せて、僕は棚の奥からビスケットの箱を掴んで、それを取り出した。
蓋を開けて、中にある違う種類の調味料を見て、僕は真面目に悩み、そして、ゆず塩とレモン塩を取り出した。
それもトレーに乗せて、ご飯を茶碗に盛り、僕は少し考えて、自分の茶碗をトレーに乗せなかった。
野菜炒め、焼き魚、目玉焼き、ご飯と食器を持って、僕は居間に入り、それを食卓に並べた。
もう一度厨房に入り、僕は茶道具を取り出して、湯呑を二つ用意したあと、それらをまとめてトレーに乗せて、食卓に運んでいく。
電気ケトルにコンセントを差して、水が沸騰するのを待ちながら、僕はスマホを取り出して、アプリゲームを開いた。
「お、いい匂い、鮭とブリか、うんうん、どれもおいしそう!」
「まだ食べてないんだけど、味の感想は後で、はいお茶。」
「ありがとう、うん、じゃあ、いただこう。」
そう言って、父さんは箸を手に取り、片手でご飯を一杯に盛った茶碗を持ち、もう片手で魚を箸で分けて、それをご飯と一緒に口の中に運んだ。
驚いたように父さんは目を見開き、次は魚だけ口に入れて、あっという間にブリが半分消えてしまった。
「思ったよりもさっぱりした味だな、最近ちゃんと食べてないから、濃い味だったらどうしようと思ったけど、これぐらいなら丁度いいな。」
「そうか、味付けはよかったって事だな。」
父さんが満足しているのを見て、胸を撫で下ろすけど、その言葉を聞いて、僕は少し心配した。
昨日も一昨日も終電ギリギリで帰ってきて、おまけに先の発言、晩ご飯を抜きにしたのは二日だけじゃなさそうだ。
会社にクレームの電話でも入れられたらいいけど、そんな事をしたって何にもならない事は、バイトしかやった事がない僕にだって分かる。
とびっきりいいお肉を買って、美味しく調理しようと心の中で決めて、僕はお茶を飲みながら、父さんを眺めていた。
風呂を浴びって、ちゃんとヒゲも剃ったから、外見は綺麗に整っているけど、こっちに引越してきたばかりのように、顔が痩せていた。
今月に入ってから定時で帰って来れることはなく、最近になっては終電ギリギリで帰ってくる始末、目の下のクマを見ていると、趣味のために夜更かしするのが少し申し訳なくなる。
「あっ。」
気がづくと、茶碗の中が空になっていた。
僕は少し落ち込んだ父さんの顔を見て、笑い出しそうになるのを抑えて、僕は父さんに聞いた。
「おかわりは?」
「!もらおう!」
「わかった、ちょっと待てね。」
立ち上がると同時に皿の中身を見つと、いつの間にか野菜炒めも目玉焼きもほぼ全部なくなり、魚も残り半切れしかなかった。
厨房に入り、取っておいたご飯を温め直しながら、僕は胡瓜の漬け物が入っている瓶を冷蔵庫から取り出した。
漬け物を小皿一杯に盛り、それをご飯と一緒に持って、僕は食卓へ戻った。
「お待たせ。」
「ありがとう!」
茶碗を受け取り、食事を頬張る父さんを見て、僕は自分の湯呑にお茶を入れて、のんびりお茶を啜った。
「ご馳走様、そろそろ出ないと。」
「うん、いってらっしゃい。」
最後に残ったお茶を飲み干して、仕事用のカバンを掴んで、父さんは家から出ていった。
食卓に残された食器はどれも空になっていて、僕はそれを見ながら、自分の湯呑の中身を飲み干して、全ての食器をトレーに乗せて、厨房へ向かった。
次は何にしようかな。