クラス発表
改めてみるとすごい人数だな。
看板の前にクラス発表で集まった同級生の数に改めて感嘆する。
毎年相当数がウイバースに入学するとはシドに聞いていたが、聞くと見るとではやはり雲泥の差だ。
検査の時に水晶前から、会場を見下ろしたときにもすごい人数だなとは思ったが、同じ目線位置に集まった顔、顔、顔。
もはやこの場に今何人の子供が集まっているのかわからないくらいだ。
さてと、それで僕たちのクラスはどうなっているんだろうか。
看板に記載されたクラスと名前を確認する。
どうやらクラスは10に分かれているようだ。
分かれ方は周りの生徒の話している内容から察するに、どうやら一番適性属性が高いものを基準に、火、水、地、風の属性ごとに2クラスで8。
クルナのように灰濁状態の生徒が集まるクラスが1。
そして、天恵持ちの生徒だけを集めたクラスが1つといった具合に分かれているようだ。
火、水、地、風、灰濁の9つのクラスは多少の偏りはあるものの、ある程度人数は均等に分けられているが、やはり天恵持ちのクラスは他のクラスと比べると少人数であった。
(なるほど、てことは天恵持ちの僕とリリア、そしてナナリーは同じクラスで、アデュアスは火のクラスになるのかな?)
そう思い、天恵持ちのクラスはひとまず置いといて、順番に火クラス?の方から名前を見ていこうとすると、隣からうめき声が上がった。
「うげっ、おめーと同じクラスとかマジかよ。」
同じように看板を見ていたアデュアスが一点を指してうめき声をあげた。
その指の先は天恵クラスを指しており、そこにきれいに四人の名前が並んであった。
よくよくみると天恵クラスと呼んでいたが、実際には天恵がない生徒の名前もちらほらある。
アデュアスはどうやらそのちらほらの中の一人みたいだ。
「しかも、お嬢まで一緒かよ。つーか、なんだよこのクラス。天恵持ちのやつばっかりじゃねえか!」
いまさら気づいたのか、あ、こいつはあいつか!あ、こいつはあいつだ!などと言いながら今度は看板に描かれた名前たちに食い入るように見ている。
「当たり前でしょ、あなたは私の従者。そして護衛としての役割があるのよ。私の居るところにあなたは居なければならないの。クラスが一緒なのは初めから決まっていたじゃない。」
ナナリーが看板に引っ付いているアデュアスの首根っこを引っ張ってはがす。
「え、まじかよ・・・。」
「何を今さら、事前に全部説明していたじゃない。あなた忘れたの?」
「き、きいてなかったぜ。」
「・・・。」
この馬鹿狼と言わんばかりに白い眼をアデュアスに向けた
。
どうやら、アデュアスは入学前の段階でナナリーと同じクラスになるようになっていたみたいだ。
考えれば確かに護衛の任があると言っていたしわかる話ではある。
そう思うとクラス分けやその他もろもろもある程度入学前に希望を申請できるのかもしれない。
もちろん、何でもかんでも要望を聞いていては学園側も処理しきれないだろうから、ナナリーのようにいろいろな事情の中でも超特殊なケースだけ、文字通り特別に対応しているのかもしれないが。
「でもねでもね、すごいんだよ。中庭ではびっくりしたけど、やっぱり、私たちにはきっと何か縁があったんだね。まさかみんなして同じクラスになるなんて!」
天恵を持っている3人と、ナナリーの護衛があることを踏まえて考えれば、ばらばらになる確率の方が少ないのはわかることだが、二人の空気をあえて割るためか、リリアが場を和ませながら明るく言う。
この二人のこういうやり取りはいちいち付き合っていたらキリがないが、僕もあえてリリアの空気に乗ることにした。
「そうだね。それに、少しでも知った人がいるってそれだけで心強いしね。でもまさか全員同じクラスだなんて。天恵持ちが貴重だということはわかるけど、こうもはっきりと分けられるとなんだか、変な感じがするな。」
先ほどアデュアスが騒いでいた間にざっくりとほかのクラスの名前に目を通したのだが、ほかのクラスには全く天恵持ちの生徒の名前がなく、逆に天恵持ちではないものの、適性検査で目立った評価を受けていた生徒の名前が、天恵クラスに混ざっているようだった。
つまり、自分が仕分けされたクラスは明らかに、特別な人材として分けられた、文字通り特別なクラスであった。
今までが今までであったため、急に別待遇を受けて違和感を感じざるを得なかった。
「おい、あれ見ろよ。天恵持ちだぜ。」
「ほんとだ、エルフの子と、やたらとかわいい子だ。」
「最後にぶっ倒れたやつもいるぞ。」
「あれ、でもあの獣人族のやつって確か天恵なかった気がするけど。」
僕たちに気づいた生徒たちが、なにやら色々言っている。
僕の覚え方に少しばかし不満を感じるような気もするけどある意味正当な意見であるし、仕方ない。
「な、なんだか私たちちょっと目立ってる気がするんだよ。」
かわいい子と言われて頬を赤く染めたリリアは小さくなりながらこぼす。
「そうね、リリアに私、そしてクルナ。アデュアスはおまけだとしても、あれだけ目立った人間が一緒にいたら仕方ないわ。」
対してナナリーは凛とした佇まいで、こちらを見ている生徒一人一人を観察している。
…目を向けられた生徒がさっと視線を外したのは気のせいではない気がする。
「お、おい、誰がおまけだよ。」
そしておまけ扱いの狼。
いや、犬か?
「あら、ちゃんと言ってあげたじゃない、わからない?」
「・・・・。」
「はいはい、そこまでそこまで。とにかく、僕たちはも移動しよう。」
パンパン、と手をたたき、二人を鎮静化させる。
「ほらあっちの方に、みんな集まってるみたいだし。」
どうやら天恵持ちの生徒は他のクラスから少し外れたところに集まっているようだった。
他のクラスの子たちが騒ぎ始めたのが聞こえたのか、こちらを遠巻きに見ている。
その集団の傍らにはすでに先生もいた。
※
「おーい、お前ら、こっちだぞー。」
僕たちに気づいた大人の男がこちらに手を振っていた。
それは先ほど中庭で会った男の先生だった。
「うし、やっときたか、これで最後の4人も到着したな?」
僕たちが集団の後方に加わると、先生が手元の名簿に目を落として、顔を名前を照らし合わせていく。
そして全員をチェックし終わると、名簿をぱたんと閉じて、集団に向き直った。
「よし!注目!俺がお前ら、特進クラスを担任するラッドだ。これから卒業までお前たちの面倒を見ることになる、よろしくな。」
先生、ラッドは若い男性教員だ。
年齢はパッと見た感20前後だろうか?
金髪の程よい短髪に青色の瞳がいかにもイケメンって感じだ。
がたいは太くも細くもないかんじで、教員用の制服に身を纏っていた。
ラッド片手をあげて軽く挨拶すると話を続ける。
「これからここにいるメンバーは各自卒業まで、苦楽を共にすることが多くなることだろう。競い合い高めあい、時にぶつかることも多いと思う。特にお前たち特進クラスは、目立った能力を期待されているものが多い。お互いを強く意識しているものも多いだろう。」
そういって生徒の一人一人に視線を送る。
さすが天恵持ちのクラスだ。
先入観もあるかも知れないが、他のクラスにも比べて個性的なメンバーが集まっている気がする。
視線の先の生徒達はやはりお互いを意識しているのか、ラッドの視線を、横目でそれぞれ追っていた。
そしてラッドは最後に僕の方をじっと見つめてニヤッと笑う。
「中には未発見の天恵を持っているものもいるからな。正直俺もお前たちの担任をすることができて、とてもこれからが楽しみだ。」
…目の色がそれぞれな気がするが、アデュアスみたいなやつがこれ以上増えませんように…。
「さて、改めてお前たち特進クラスの説明をする。もうなんとなくわかっているとは思うが、このクラスは、天恵持ちとそれに匹敵する可能性がある潜在能力を見込まれているものが集められている。ざっくりいうとお前たちはこの就労者養成学園【雛鳥の揺り籠】においての優良株にってことだな。」
おーー!
やったぁ!
優良株だって!
ま、あたりまえだね。
ゆうりょうかぶってなぁに?
ラッドの物言いに歓声が上がる。
中には意味が分かってない子もいるみたいだが、大半の生徒が明らかに浮足立った。
それを先生は指をふりながら戒める。
「はいはい、そうだな、嬉しいよな、だが、しかし。今はお前たちは期待をかけられているが、もしも見込みなしとなった場合には、通常のクラスへと転学する場合もあるから注意しろよー?常に向上心を忘れずに、自分に向き合い、堕落せずに、己を高めるんだ!ま、って言っても、まだお前らは7歳。この話もよくわからんかもしれないが、とりあえず、一生懸命頑張っていきましょう。わかったか?わかった人は手をあげましょう。はーい!」
「「「「「はー--い!」」」」」
「…クラス変わっちゃうこともあるんだね。」
周りに合わせるように手を挙げていた、リリアが表情を曇らせて呟いた。
同じく小さく手を挙げていたナナリーが、大丈夫よと言いながら手を下す。
「まあ、よっぽどのことがない限りは大丈夫じゃないかしら?家でクラスのことを少し教えてもらったのだけど、このクラスに振り分けされた時点で、特進クラスの生徒は色んな所から注目されるみたいだから将来安泰なのは間違いないし、そもそもクラスを変えられた生徒なんてのは今まででもほんのわずかしかいないみたいよ。退学処分クラスの問題を起こしたとか、病気とかが原因で色々問題が出ちゃったとか。」
「そうなんだね。じゃあすごーく何か良くないことがない限りは、一緒に入れるってことだね!」
「えぇそうね。ただ、問題起こし過ぎて転学なんていうありえなさそうなことが現実を帯びている人が一人、いる気がするけれど。」
リリアの笑顔に同じく笑みを返して、その表情のままアデュアスに面を向ける。
急に自分の方を見てきたナナリーの視線の先を振り返り、誰もいねーじゃねえかと再び向き直る。
「あ?どこにそんな奴いるんだよ?俺様が事前に忠告しといてやろうか?」
「んーん、大丈夫よ、ありがとう。」
アデュアスがナナリーに向き直ったときには、ナナリーはすでにその表情のまま先生の方に向き直っていた。
どういうことだよ、とアデュアスが僕とリリアに眉を寄せながら表情で聞くが、僕たちは苦笑いするしかなかった。
「そして大事なことがあと2つあるぞー、よく聞いてくれー。」
ざわざわと騒いでいた生徒たちに再び注目するように言う。
「うむ、でだな、まず1つ目に、このグループは普段は特進クラスとして、ある程度皆まとまって行動するわけなんだが、学園行事の時は、火、水、地、風のクラスのどれかに改めて振り分けられるんだ。つまり毎日の授業などはクラスメートで仲良くしようなーって感じなんだが、イベントの時はライバルだぜって感じだな。」
ここまでわかるかー?
と皆に投げかけ、皆もうなずいてそれにこたえる。
「よしよし、そして2つ目。今日の一日の行事なんだが、入学式、クラス分けは知っての通り、大体滞りなく行われたわけなんだが、、、実はこの後に、早速その学園行事、クラス対抗の模擬戦があります。はい、ぱちぱちぱちー。」
・・・・・えー--っ!?
笑顔で発表する先生。
そして少しの間を開けて、上がる驚声。
僕ら4人も各々の表情で固まっていた。
「クラス分けの後に毎年催し物があるとは聞いていたのだけれど、まさか初日で本当に模擬戦があるなんて。家でも流石に的当てとか、体力測定とかそういった簡単なのがほとんどっておっしゃっていたのに..。」
1人早めに我に帰ったナナリーが、1番無さそうだった模擬戦に驚いている。
ナナリーのつぶやきを拾ったラッドが頷いた。
「あー、君はナナリー=アル=シルヴァミリアだな。さすが、前情報を知っているだけあるな。もちろん、そういった基本的な測定も行うぞ。勘違いがないように補足すると、今日の対抗戦は、各チーム代表者4名による模擬戦だ。その4人以外の他の生徒は、その4人とは別の基本的な測定を行う、というわけだ。」
確かに、今日この場に集まって間もないクラスでは、まともなクラス対抗はできないだろうし、そもそも全員参加のクラス対抗戦は時間がかかりすぎる。
(となると、クラス対抗は、今回特別なケースということになるのかな。・・・もしかしなくても、僕を含めて、天恵持ちの人たちの実力をみてみたいということか?だとすると、)
「先生、肝心な代表の4人ってもしかして、このクラスから選ばれる感じですか?」
クルナが手を挙げてラッドに質問を投げる。
「おー、クルナ=セフィロス。察しがいいな。そうだ、この特進クラスの中から代表4人を選抜している。」
親指を立てて白い歯を見せるラッド。
それを聞いたクラスがまたもや騒然とする。
「誰だ!?んな、楽しそうなこと、ぜってー出てえじゃねえか!」
クルナの隣で、威勢のいい狼が身を乗り出す勢いで目を輝かせた。
周りの生徒も、誰が出るんだ?自分か?などとそれぞれ騒いでいる。
ラッドはそんなクラスを見渡すと、再び注目するようにと咳払いをした。
「コホン。それでは栄えあるクラス代表に選ばれたものを発表したいと思います。まずは、風のクラス代表、ナナリー=アル=シルヴァミリア。水のクラス代表、リリア=セフィロス。」
ラッドが一度そこで区切り二人を見やる。
「えー!わ、私たち!?」
「まあ、この流れなら当然よね。」
名前を呼ばれた二人の反応はそれぞれであった。
リリアはまさか自分がと両手で口元を覆い驚いていて、ナナリーは察していたのか、ほらねとばかりに肩の髪をさっと払った。
(4クラス代表という段階で、恐らくそれぞれの属性おいて、現状一番高い適性値を出している生徒が選ばれるとは思っていたけど、やっぱりリリアとナナリーが選ばれたか。)
クルナは名前を呼ばれた二人を見て自分の予測が当たっていたなと思考する。
(となると、火のクラス代表はアデュアスで、地のクラス代表は、、、確か、、、)
「続いて、火と地のクラス代表を発表する。」
二人を見て賞賛や、羨望の眼差し、声を発する生徒を律するようにラッドは声を張った。
再びラッドに注目が集まる。
「火のクラス代表、アデュアス=レオフ。」
「よっしゃー!」
名呼びに応えるように、両手でガッツポーズをしながら喜んでいる。
(呼ばれるとは思ってたけど、そんなに代表になりたかったんだ。)
この狼くんはどれほど血の気が多いというか目立ちたがりというか、見ていて飽きないやつだなとクルナは小さく笑った。
「お嬢!みたか!俺様が火の代表だ!どうだ、すごいだろ!」
くるりとナナリーの方を見て自慢げに胸を張る。
対するナナリーは、体はラッドの方を向いたまま、静かにしろと目線を送った。
ちっ、と相手にされなかったアデュアスは今回はおとなしく同じく前に向き直った。
(全く、いちいちうるさいのよ、ほんとにもうっ)
無反応に見えたナナリーの耳を見るとほのかに赤くなっているのが見られる。
どうやら声高々にお嬢と呼ばれて、恥ずかしかったようだ。
周りの生徒たちも、え、お嬢??とナナリーを見てひそひそしていた。
「さて、そして最後だな。地のクラス代表、ペトラ=スピレーシェ。」
「え?」
次の代表者の名前が呼ばれ、か細い返事が聞こえた。
声の方を向くとそこには驚きのあまり雷に打たれたように固まっている小柄な女の子がいた。
片目をうっすらと隠す、明るい亜麻色の髪。
柔らかだが、どこか力強さを感じさせる桃色の瞳。
肌は、健康そうなツヤのある褐色肌。
声色と似つかわしい細いシルエットとは裏腹に、その身の引き締まり、特に筋肉の付き方は同年代と思えないほどしっかりしている。
「ペ、ペティが代表??」
固まったままの姿勢で少女―自分のことをペティといった―が、指だけ動かして自身を指した。
(あの子は確か…)
検査の時に、天恵持ちであることが分かり、さらにかなり高い数値で地属性に適性が出ていた子だ。
どんな天恵だったかはちょっと緊張しすぎて覚えてはいないが、それでもこの特進クラスに選ばれた人物だ。
「おう、そうだ。水クラス代表、リリア=セフィロス。風クラス代表、ナナリー=アル=シルヴァミリア。火クラス代表、アデュアス=レオフ。そして、地クラス代表、ペトラ=スピレーシェ。以上4名が模擬戦の代表だ。お前たち、異論はあるか?」
ラッドはそれぞれに視線を送り確認をとる。
「せ、先生、その、、えっと、、模擬戦って、、どんなことをするんですか?」
何から言おうか、とあれやこれやと表情を変えながらペトラが訊ねた。
自らが選ばれたことに疑問もあるのだろうが、それよりも模擬戦自体がどんな内容なのかが気になるようだ。
「なんだ、ペトラ。そんなに不安がらなくてもいいだろう。お前ならほかの3人に引けを取らないと思って選出してるんだ。」
「そ、そう言われましても・・・。」
ラッドが気付けの意味で肩を軽く叩くが、ペトラは模擬戦に対してよっぽど不安があるのだろうか、その表情をさらに曇らせていた。
「はぁ、わかったよ。改めて内容を説明すると、今日の模擬試合は、水のクラス対、風のクラス。そして、火のクラス対、地のクラスで、そうだな、風船割りゲームをしてもらう。」
「ふ、風船割りですか??」
さすがに予想外だったのかペトラの目が点になった。
「ああ、そうだ。まあ風船といっても、実際に割るのは、簡単な防御結界の魔法を練り込んだ魔法の泡だな。」
「先生、それってヴィクターってことですか?」
ナナリーが一人挙手した。
大半の生徒が、ラッドの説明に疑問符が浮かんでいたが、ナナリーはどうもその模擬戦の形式について知っているみたいだ。
「おお、さすがだな、ナナリー。よく知っているな。そうだ、模擬決闘-ヴィクター-だ。魔法、物理、その両方のダメージを一定値無効化する効果を持たせた風船…今回、君たちは子供だからな、そもそものダメージも大人程でないだろうから、守護魔法の中でもこれは結構特殊な魔法なんだが、【レッサースケプゴート】という魔法を付与した風船を、お互い3つずつ背負い戦ってもらう。この魔法の風船は一定のダメージを無効化し終えると弾けてしまうようになっている。先に相手の風船をすべて潰した方の勝ちってことだな。風船があるうちはダメージはすべて風船が引き受けてくれて無効化されるから、殴られたりしても痛くはないぞ。ただ、痛くないから大丈夫だと思って、受けすぎるとアッという間弾けてしまうから、うまく立ち回りながら相手へダメージを与えて、相手より早く風船を割る。な、簡単だろ?」
「…ぇー。」
キラッと軽くウィンクをして説明を締めくくるラッドとは対照的にペトラは意気消沈だ。
そして、意外にも意外な人物がラッドに声を上げた。
「おい、先生よ。俺は、これとやりあうってのか?」
不満を表すように藍色の髪をガシガシと掻いてペトラを指差すアデュアス。
そんな彼の粗暴な態度にペトラはまたしても小さな悲鳴を上げた。
「一応、そういう方向で進めようとしているが、不服か?」
アデュアスの抗議に、ラッドは一息の間をあけて小さく嗤った。
それを挑発と受け取ったのか、狼君は語気を荒げてさらに噛み付いた。
「不服かって、あったりめーだっつーの。こんなやる気も根性もなさそうなチビ?相手になるわけねーだろうがよー?」
「ひぃいい・・・」
一語一語にブンブンと指を突きつけ、ラッドに向かって唾を飛ばすアデュアスを見てペトラの顔が引きつっていく。
そして、それを横睨みしていたナナリーが遂にキレた。
「アデュアス、言い方というものがあるでしょう」
お怒りの言葉と共に、眼光が飛んだ。
「うぎゃ!お、お嬢、でもよ?俺にこんなやつ相手にしろってのかよ?}
「そういうところよっ!」
「みぎゃっ!ひ、ひでえ、あんまりだ…。」
ナナリーからの躾けに涙を浮かべ小さくぼやきながら、恨めしそうにペトラを見るアデュアス。
クルナとリリアは、この短期間でアレが、ただ単純に自分の仕打ちに対する不満の目だということが理解できるようになったが、どうやペトラという少女の目にはそうは映らなかったみたいだ。
アデュアスの形相に、引きつっていた顔が今度は青ざめていき、終いにはその目端に大粒の涙が浮かんでいた。
「…ぅ、うええぇぇ~…。」
「お、おい。そんな、泣くこと…。」
「ひええええぇぇん!」
突然のことにペトラを宥めようと一歩二歩と近づいたアデュアスであったが、ペトラは今度こそ悲鳴を上げてラッドの後ろに隠れた。
「マジかよ、そこまでの事か…?」
ペトラの反応に、アデュアスは愕然とした。
「そこまでの事よ。急に模擬戦なんて言われたら普通の人なら誰だって驚くし、戦えなんて言われたら、どこかの誰かさんみたいに血の気の多い馬鹿じゃない限り、特に普通の女の子なら不安や恐怖を感じるはずよ。それをあなた、捲し立てるように声を荒げて。」
もっともな意見にリリアも隣で首を縦に振っている。
「そ、そうか。それはすまなかった。」
アデュアスにしては珍しくナナリーにお咎めに素直に謝意を表した。
「前から言ってるじゃない、そういう態度は、内輪だけにしときなさいって。あなたの素行はね、基本的によくないの。ちゃんとしとかないと、誤解されて嫌われるし、敵だって多くなるのよ。これを機にもう少しちゃんとして欲しいものだわ。」
「そうだねー、アデュアス君の口調はちょっと強く感じやすいからもう少し、優しい感じで話してくれるといい感じかもしれないねー。」
「お、おう、、、ここに来るまでお嬢とその周りのやつらとしか関りがなかったから、、、俺様もちょっと反省してる、、。すまん。」
どうやら学園に来るまではあまり身内以外の人間との関りがなかったみたいだ。
なるほど、確かに多少?の粗暴があったとしても内輪なら許されることも多かっただろう。
「って、おいおい。それじゃあ僕の時はいったい何だったんだよ」
自分の時とはあまりに違う反応にクルナは思わず文句を言う。
反してアデュアスは、あぁ?と言ってゆらりとクルナを睨み返す。
「おめーだけは別だよ別。」
「・・・・・。」
「んだよ?やんのか?」
「はいはい、喧嘩しない二人ともー。」
またもや火花を散らしかけていた間にラッドが割って入った。
なるほどペトラは先のやり取りでどうも心が折れたらしく、ラッドが先ほどまでいた場所でほかの生徒に泣きついていた。
「ふむ、にしても困ったな。ペトラが本来地属性の代表として、アデュアス氏と戦ってもらう予定だったが、これは選出を改めなければならないな。」
そして、意味深にちらちらと二人を見やる。
その執拗異常な視線の意図に気づいたアデュアスはその顔を徐々に悪い笑みに、クルナは引きつった笑みに変えていった。
「先生!それならこいつを代表にしろ!そしたら俺様の力を存っ分に見せてやるぜ!」
そう言って気合が入ったのか、シュッシュッとシャドーを始めるオオカミ少年。
「えー、、っていっても僕、属性適性値が代表というにはほど遠いと思うのですが…。」
対してクルナは、自分が選ばれるのはどうなのかと疑問を呈した。
そう、今名前を挙げられた4名は、明らかに各属性への適性値がほかの皆よりもずば抜けており、それが選出理由の大部分を担っていると思われた。
対して、クルナの属性適性は灰濁状態にあり、すくなくともどの属性クラスの代表からもほど遠いものであった。
「う~む、しっかしそうだなぁ。どうにもアデュアス氏の気迫?熱?に皆がビビってしまっているようでなぁ。」
と、ラッドが頭を掻きながらすこし大げさに周りを見渡す。
同じように皆を見ると、どの子もアデュアスから距離をとり離れていた。
「まぁ、クルナ氏も今回大注目の生徒なのは間違いないのだし、君さえよければ、今回は特別に代表として模擬戦に推薦したいとおもうのだがどうだい?」
ペトラの代わりにも地属性適格者は居るだろうが、この状況だ。
恐らく自分がやると言わなければ、またほかの生徒が騒ぎ出しかねない。
なんとなくそんな予想がたってしまって、クルナは断りの意を示しにくくなった。
「は、はぁ…。」
「よし!じゃあ決定だ、俺様とこのクソ貧弱やろうを戦わせろ!そうしたら俺様はこれ以上文句を言うのをやめてやってもいい。」
「もー、アデュアス君、さっきの話、全然治ってないんだよ。」
「ぐっ。い、いいんだよ、こいつだけはこれでいいんだ。」
「はぁ・・・。クルナさんホントごめんなさい。また今度きつ~く躾けさせていただくから、今日だけは許してちょうだい。」
大仰にのけぞりながらクルナに宣戦布告しているアデュアスに、リリアもナナリーもそれぞれ注意するが、やはりクルナにだけは態度が改まらず、ナナリーに至っては、もう今日はこの件でこいつに構うのはやめようという諦めの色さえ伺えた。
「も、もういいよ。仕方がない、じゃあ僕がやります。できる範囲で頑張るってことでもいいですか?」
ナナリーの苦労と、そのまま地面に後ろ頭が付くんじゃないかってくらい、ふんぞり返っているアデュアスに苦笑いしながらクルナは模擬戦への参加を承諾した。
「そうかそうか!それは助かる!では、今年のオリエンテーション、クラス対抗戦は水のクラス代表、リリア=セフィロス対、風のクラス代表、ナナリー=アル=シルヴァミリア!火のクラス代表、アデュアス=レオフ対、地のクラス代表、クルナ=セフィロス!1対1の2戦を、以上4名で行うものとする!」
選出者が決まり。改めてラッドが4名の名前を高らかに宣言した。
それに応えるように拍手が自然とおこる。
自分が選ばれなくてよかったと安堵していそうな生徒の顔もちらほらあった。
逆に、決まってしまうとそれはそれで、悔しそうにしている生徒もいた。
「それでは4人は先生と一緒についてきてくれ。一緒に模擬戦の準備をしよう。ほかの生徒たちは、別の先生が引率してくれるはずだがら、その先生のいうことを聞くようになー。それまでここに待機だー。」
いいかー?というと生徒たちは例にならってはーい。と答えた。
その反応にうんうんとうなずくと、ラッドは4人の方に向き直ってついてこいと合図した。




