入学
目の前を光が覆っている。
赤、青、緑、黄、白、黒、、、ほかにも様々な色が混ざり合い溶け合い光を発している。
手を置いている大きな水晶玉に魔力を込めると、さらに強い輝きを放ちながらその周りにつけられている魔石たちが反応し輝きを放った。
これが魔力測定をするための魔道具だ。
どのような魔道具かを説明すると少し難しいのだが、雪の結晶のような形をした仕掛けのある大きな壁掛けの魔道具で、中心に様々な色が混ざった大きな魔水晶がある。
そこから上下三方向に、魔力回路が伸びており、その伸びた先にそれぞれの属性を宿している高純度の属性玉があしらわれている。
上三つが、左から、緑、白、赤。
つまり風、光、火の属性玉。
下三つが、同じく左から、黄、黒、青。
地、闇、水の属性玉である。
また、中心から先端へ伸びる魔力回路の途中には、無色透明の少し大きめの珠が埋め込まれており、さらにその無色珠と属性玉との間には、同じく無色透明でひし形をした魔石が三つ、二つの珠玉に挟まれるように並んでいる。
そして、特徴的なのが魔力回路のつながりが、無色珠で一度切れているという点だ。
中央の魔水晶に魔力を通すと、水晶がフィルターのように入ってきた魔力を各属性に分別し、回路を通りながらそれぞれ対応した属性玉の方へと導く。
次に属性ごとに分別された魔力が、その先の無色珠の中でビットを形成する。
すると外側にある属性玉に内包された、各属性の魔力がビットへ引っ張られるように反応して、無色珠のほうへ集まろうとする。
ビットに集まろうとした属性玉側の魔力は、無色の魔石まで回路を通ってくるのだが、線が途中で切れているので、最高でも魔石の三つ目までで止まる。…止まるように設計しているらしい。
魔法形成の基本である、『理を以って形と成す』を利用した計測手段らしい。
イメージ的には磁石に集まる砂鉄だ。
生成されたビットが強ければ強いほど、魔玉珠側の魔力が反応して、真ん中側に集まってくる仕組みである。
魔力検査ではこの魔石を二つ目以上、二種類以上光らすことができれば、ウイバースで一人前として認められて、卒業資格が与えられる。
さらに、中央の魔水晶は、魔力を通している間、その者の適性属性を大小を視覚的にその中に映すようになっている。
より適性の高いものほど中央に色濃く、大きく映し出され、適性の低いものは外縁に映し出される。
この色の強弱がはっきりされた状態を『純化状態』といい、これも適性への一つの判断基準となっている。
適性がはっきりしていても、二つ目の魔石を光らせることができないくらい魔力自体が弱いと、早期卒業資格は与えられないが、適性があるものを伸ばすと、より効率よく魔力が増やせることが判明しているので、純化が進んでいる者は、比較的早く巣立っていくことが多い。
適性は、7歳の時点で純化されているものはそれほど多くなく、七割近いものが半純化状態で、色の強弱がぼやっとしている。
半純化状態にも至っていないものは『灰濁状態』といい、まだどのような適性になるかわからない状態だ。
逆に言うとあらゆる可能性を秘めている事になるので、純化していないことが必ずしも悪いわけではないらしい。
また、天恵-アンプロン-と呼ばれる特別な力を授かっている場合はこの水晶の中央に、魔術文字でそれが啓示される。
天恵の能力は、直接表示させるわけではないが、統計的にリストアップされており、既出のものであれば大体のものはどのような能力なのか、ある程度把握することが可能だ。
もちろん、天恵自体授かることはとても稀なことなのだが、どの天恵も素晴らしい力を秘めているかと言われれば、ものによっては使い方次第的なところはある。
例えば、『威圧』は、戦闘時等には相手の行動を阻害したり、場合によっては格下の相手をパニックに陥れることもできるが、隠密行動をしなければいけない時には、自分の居場所や存在を思いっきりさらけ出すことになってしまう。
交渉ごとの時には、さらに説得力があるように演出することも可能になるが、友人や、気になる異性の前で発動しようものなら途端にその圧迫的な空気にしっぽを巻いてしまうだろう。
天恵は基本的には常時発動しているが、訓練によってオンオフの切り替えが可能になるらしい。
なので、『威圧』の天恵を持っている人でも一応、その力を抑えることで、むやみに周りをすくみ上らせずに済むわけだ。
そして、天恵は必ずしも幼い時に授かるわけではないらしく、ある日突然、気が付いたら授かっていたなんてこともあるらしい。
ちなみに、これらは、孤児院からミッドガルズに向けての道中でシドに聞いた。
シドも何か天恵を持っているの?と、聞いたら、いつものスマイルポーカーフェイスで誤魔化された。
「ちょっと緊張するね。」
前を食い入るように見つめていたら、リリアが声をかけてきた。
ミッドガルズに到着前に僕が肩章をつけてないことをリリアに怒られて、ギリギリで入園の受付をし、会場に入り、学園長の挨拶、幼児クラス担当の先生紹介などなどが終わって、今は魔力検査の順番を待っている最中だ。
検査は入園受付の順番で行っていくらしく、僕たちは最後の最後の方になってしまった。
この魔力検査を行う魔道具-マギ・カーバス-が置かれている場所は【審判の間】と呼ばれているらしく、僕たちはその前に受付順に並んでいる。
正式な式典と聞いていたので、もしかしたら、アイン様も来るかなと思っていたら、どうやら一定の年齢ごとにクラスが分かれているらしく、7歳前後の小児クラスにはどうやら国の重役たちはあまり来ないらしい。
その証拠に入園式自体僕が考えていた以上に簡潔に終わった。
そりゃそうだ、よくよく考えたら、7歳くらいの子供が長々とした大人の話をきちんと待てるかと言われたら、はっきり言って微妙である。
僕は、自分で言うのもなんだけど、年齢の割にはかなり落ち着いてるほうなんだと思う。
もちろん、リリアや、孤児院の子たちとも喧嘩や言い合いはするけど、騒がずに待ったり、話を最後まで聞いたり、そういうことに関しては少しは大人といってもいいと思う。
前に向けていた顔をリリアのほうに向けると珍しく、少し緊張したように少しだけ表情を硬くしていた。
「そうだね。」
だんだんと自分たちの順番が近づいてきている。
自分たちを含めて人数はざっと150人ほどはいるだろうか。
もしかしたらもっと多い人数かもしれない。
そのほとんどが適性属性及び魔力検査、マギ・カーバスを受け終わり列に戻ってこそこそとそれぞれ、どうだったああだったと話している。
「私たちは一番最後に受付しちゃったから、本当に一番最後みたいだね。」
「厳密にいうと、僕が最後にしたから、リリアが最後から二番目で、僕が一番最後だけどね。」
「もー、いちいち細かいんだよー。あ、あの人、もうそろそろ終わるみたいだね。」
再び前を見やると、先ほどマギ・カーバスを受けていた赤髪の男の子と結果が出るところだった。
「アデュアス=レオフ! 適性属性、炎36!水23!地20!光7!闇7!風7! すごいな、完全に純化しているじゃないか!」
マギ・カーバスの隣に立っている、検査員が出た結果を読み上げていく。
適性属性の純化は人族亜人族の多くは、高い数字でも合計で大体100ぐらいになるらしい。
そして魔族や天族の幻生種になるとその限りでないらしいが、基本的に世界の生き物たちの適性値は100ぐらいの中で収まっている。
そして、まさに今、すでに完全に純化された数字が出たのがアデュアスと呼ばれた獣人族-ベーティア-の男の子だった。
青髪の少し襟足が長いレイヤースタイル、少し日焼けたような小麦色の肌、静かな闘志を宿したような琥珀色の切れ長の瞳、体系は僕と同じくらいの背格好、そしておでこ真ん中あたりから鼻筋にかけてに縦長の白い模様がある。
「あの感じからすると、あの子は狼か、犬の獣人族かな?」
周りが彼の検査結果にどよめいている中、リリアがすごーいと拍手しながらつぶやく。
「だろうね、少し灰みがかった毛並みの耳と、尻尾、、、多分狼の方じゃないかな?」
そう、獣人族-ベーティア-にはその身体のどこかに、血筋である獣の特徴が現れる。
そしてその特徴を顕著に体に宿している者は別名で凶獣人-ワービーストと呼ばれる。
名前の通り、比較的気性が荒い者が多く、すぐに暴力的な騒ぎに発展するためこの名前が付いたらしい。
彼は、普通のベーティアのようで、パッと見た感じも耳と尻尾くらいしか獣の部分が見当たらない。
ワービーストと呼ばれるベーティアは、おおよそ体の半分近くが獣の体となっている。
「ちっ!なんだよ、もう少し魔力量もいくとおもったのによー。」
マギ・カーバスの魔石のところを見ると、適性の高い火のところで一つと少しくらい反応しているくらいだった。
「やー、それでもまさか完全に純化している子は久しぶりだよ。これからウイバースでしっかりと色んなことを学びながら成長していきなさい。」
「おう!任せとけよ!この中で一番強えー男になってみせるぜ!」
純化していても、必ずしも魔力が伴うとは限らない。
だが純化が進んで適性傾向が判るとその分野で魔力を伸ばしやすくなる。
彼はこれからぐんぐん成長していくだろう。
「はっはっは!期待しているよ。」
検査員の人も、きっとそんな風に思っているだろう。
笑顔でアデュアスがマギ・カーバスの傍を離れていくところを見送った。
「あの子、きっと火はもちろん、水属性の授業とるよね。私、授業一緒になりそうだなぁ。」
「そっか、リリアは『彩人族-プリズマー-』だから、適正属性が体でわかるんだよね。」
「うん、私の髪の色、水色でしょ?これって水と光属性の影響だからねー。」
そう、リリアも実は亜人族なのだ。
族名は彩人族-プリズマー-。
彼らは自分の適性属性が己の体に現れる。
炎属性の適性が高いものは体の多くが赤色に、風属性の適性が高いものは体の大部分が緑色になる。
故にプリズマーの町に行くと、それはもう色鮮やかな街並み、人波を見ることができる。
彼らは色に対するセンスがとても高く、歴史に名を遺す芸術品の多くや、ハイセンスでファッショナブルなものは彼らが手掛けたものがその大多数を誇る。
リリアはその身体的特徴から、おそらく、光と水の適性が高く、次いで風と地属性の適性が高いことがわかる。
逆に炎と闇の属性はほぼ適性がないのが一目瞭然だ。
「なんだか、そう思うとリリアは適性属性は飛ばして、魔力量だけ測定すればよさそうだよね。」
改めて、リリアの容姿を見てそう思う。
絹のような水色の髪と柔らかそうな長い睫毛、雪のように白い肌、黄緑色の大きな瞳。
目が合うと吸い込まれるようにドキドキする。
「んー、まあそうかもだけど、ほらもしかしたら、アンプロン授かってるかもしれないでしょ?」
話をして少し緊張が解けてきたのか、幾分か柔らかくなったその表情で笑いかけてくる。
いつまで経っても、高鳴ってしまうこの胸は、果たして何なのか。
自分の気持ちに気付いていないわけではないが、それ以外に彼女に特別な力があるのじゃないかと、本当に思ってしまう。
「はいはい、リリアにアンプロンがあるなら僕にだってきっとあるよーだ。」
無理やり視線をはがすように、あまのじゃくなことを言いながら顔をそらす。
「もー、なんだよー。ちょっとは乗ってくれたっていいじゃない。もしすごいアンプロンがあったら、私もウイバースで一番とか目指しちゃおっかなー?」
逸らした視線を追うようにリリアが顔を傾けてくる。
うん、どうやらだいぶ緊張が解けたようだ。
目をキラキラさせながらいつものように僕に追い打ちしてくる。
「リリア=セフィロス!」
そこでリリアの名前が呼ばれた。
次はリリアの番だ。
「はい!、、、ありがと、いってくるね。」
名前を呼ばれたリリアは、あわてたように気を付けをして、返事をする。
そして、ニコッと微笑んで、マギ・カーバスの方へと進んでいく。
「うん、いってらっしゃい。」
マギ・カーバスに向かうリリアの背中を見送る。
僕は、なぜだか無性に、その背中に手を伸ばしたくなった。
※
「リリア=セフィロスだな。」
「はい。」
壇上に上がったリリアに、検査官が再び確認をとる。
「では、マギ・カーバスの前に進みなさい。」
「はい。」
リリアが魔力測定器マギ・カーバスの前へと進む。
マギ・カーバスの目の前には、浮遊石で作られているのだろうか、昇降板があり、そこに乗って中央の水晶のところまで行くみたいだ。
検査官とともに、昇降板に乗り、リリアがマギ・カーバスを上がっていく。
審判の間の奥に備えられた壇上のさらにその上へ昇降板が動き、リリアの姿が皆の眼前に晒されると、なぜか周りが少し静かになった気がした。
(周りの人たちも、やっぱりリリアに目が奪われるのかな?)
検査を受けている中には、同じくプリズマーの人たちも何人かいたけれど、その時とは、リリアの見る、周りの目が少し違うように感じた。
「それでは、これよりリリア=セフィロスの属性適性検査及び魔力量計測検査を始める!君、準備はいいかね?」
「大丈夫です。お願いします。」
「うむ、それでは、水晶に手を添えて魔力を流し込むのだ。」
水晶の中央部分まで昇り終え、検査官が確認をとり、リリアに魔力を流すように促す。
水晶にリリアが手を伸ばし、目をつむる。
するとポウッっと水晶が淡く反応を始めた。
そして水晶の中に様々な色の光が生まれ、混ざり合いながらさらに強く光を放っていく。
「よし、魔力の分別が始まった。そのまましばらく魔力を流し続けて。」
「はい。」
リリアは眩しそうに、でもしっかりと水晶の中を見据えるように魔力を流し続けている。
流されている魔力はやがてマーブル状に渦を巻きながら色ごとに分かれていく。
まずほぼ同量の青と白の光が混ざり合いながら大きく水晶中の約半分近くを占め、そしてその周りを黄と緑の光が帯状に同じく混ざり合いながら青と白の光の周りを縁取り、最後にうっすらと暗い臙脂色の光がそのすべてを覆った形になった。
それと同時に、水晶から伸びた六方向の無色玉にビットがそれぞれ形成され、マギ・カーバスの先端部分に取り付けられた属性珠たちが輝きを放ち始めた。
「おお!これはっ!」
隣で検査官が驚きの声を上げる。
(なんだ!?)
ビットに反応した属性珠の魔力が、無色玉の中で作られたビットに引き寄せられ集まろうとして、その途中の魔石に光を灯してゆく。
予想していた通り、炎と闇の属性の魔石はほとんど光っておらず、逆に光と水の魔石が大きく反応を示していた。
しかしそれでも魔石の一つ目が完全に灯るか灯らないか。
これくらいの灯り具合なら、既に検査を終えたものたちの中にも多くいた。
事実、先ほどのアデュアスと呼ばれていた獣人族の男の子のほうが、一つ目を完全に超えていたのだから魔力量で言うなら凄かった。
それなのになぜ検査官が驚きの声を上げたのか。
その答えは彼の目線の先、魔力を流し込んで光を放っている、魔水晶の中に答えがあった。
「え、なにこれ。」
リリアは目をぱちぱちさせながら、それを凝視している。
「ちょ、ちょっと、そのまま!そのままでいてくれ。今、なんと書いてあるのか解読する。」
検査官が懐から何やら小さい辞書のようなものと望遠鏡のようなルーペを取り出し、さらに被検査者の検査結果などを記録しているのだろうか?水晶と辞書を見比べるようにしながら羊皮紙に何かを書き込んでいく。
「えーっと、、、。確かこの記号が、、、これで、、、これが、、これで、、、。」
羊皮紙に書き込んだ何かを、新発見でもした子供のような顔で辞書をめくっていく。
「もしかして、、、」
僕は思わず声を出してしまった。
そう、本当にリリアは授かっていたみたいだ。
天恵、アンプロンを。
「光、、、の、、、加護。そうか、わかったぞ!【光の加護】だ!リリア=セフィロス!適性属性!火5!闇5!風、地、共に10~20!水25~35!そして!おめでとう!君は【光の加護】という天恵を授かっている!光属性の適性値、25~55!!魔力の総量はまだまだだが、これはすごいぞ!今年一番の秀才になるやもしれん!」
おおおおおお!
試験官の発表に一気に会場がどよめいた。
「え、ちょっと待てよ、すごいっていうか、これ合計値100超えてないか?」
「確かに、光と水属性だけで約80は越えてるな。光の加護…アンプロンの影響か?それとも、もしかして、人間じゃない…?」
「確かに…白い肌、つややかな髪、とても同じ人間には思えないわ。」
「ほんとよね、例えるなら、、、そう、、天使。おとぎ話で小さいときに聞かされた天使様みたいだわ。」
ざわざわと、周りの大人たちの会話も聞こえてくる。
そう、シドが教えてくれた通り、普通は人間族、亜人族は適性合計が通常100を超えることはない。
幻生種でもない限りは。
リリアが水晶から目を離し、検査官の方を向く。
「リリア=セフィロス。 おめでとう!これからの学園生活、しっかりと励んでいくのだぞ!」
検査官は興奮収まらぬ表情でリリアに拍手を送りながら、うんうんを頷いている。
リリアは、何が何やらわからないような表情で壇上から会場を見回す。
それに答えるように周りからの拍手や称賛の音が強くなった。
一通り会場を見回したリリアは、僕の方を見て、やっと実感が湧いてきたのか、そっと水晶から手を離し、何かに安堵したかのように笑みを浮かべた。
手を離され、反応を終えたマギ・カーバスから散った魔力の残滓がまるで本当に天使の羽根のように僕には見えた。
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「それでは、これよりリリア=セフィロスの属性適性検査及び魔力量計測検査を始める!君、準備はいいかね?」
「大丈夫です。お願いします。」
(さっきクルナと少しだけお話して、ちょっぴり気がほぐれたけど、やっぱり緊張するなあ。)
わたしは、今、マギ・カーバスの前に立っている。
クルナを背に壇上に上がり、浮遊板に乗って水晶の前まで来た。
名前を呼ばれて、再び顔や気持ちがこわばっていくのを感じていた。
「うむ、それでは、水晶に手を添えて魔力を流し込むのだ。」
一度だけ頷き、検査官の人に促されるまま、水晶に手をそっと当てて、自分の中の魔力を流していく。
この魔力検査のために、孤児院でみんなでたくさん練習をつんだ。
失敗することはまずないだろう。
(そういえばクルナは皆よりビット作るのが上手かったなぁ。)
皆で、よく遊んでいたが、ある日その遊びの中で誰かが魔術を使い始めたのが事のきっかけだった。
それから競うように、ビットの生成をしたり、遊びの中で、すごーく簡単な魔術を使ってみたり。
あ、そういえば、クルナが一度だけマインドアウトして泡吹いてたことがあったかな。
「ふふっ。」
思わず笑みがこぼれてしまった。
クルナとは物心ついた時から一緒にいる。
兄妹みたいに育って、自分たちの間柄でも仲良しだといえるくらいの自信がある。
だが、他の子たちと違って、なぜかクルナからは、目が離せなくて、いつも気になって、クルナの事を思い返すと、なぜかいつも心が温かくなっていた。もちろん本人にはとてもそんな事言えないけれど。
今もこうして、さっきまでの緊張が徐々に取れつつあるのを実感できる。
「よし、魔力の分別が始まった。そのまましばらく魔力を流し続けて。」
「はい。」
また検査官の事務的な堅い声が聞こえるけど、今は自然体のまま魔力を水晶に籠めることができる。
目の前を、様々な色の光が生まれては混ざり消えて、また生まれてを繰り返している。
まるで、虹が無限に生まれてくるその光景は、時や、時空を超えているような、もしくはこの世界の始まりに立ち会っているかのようなそんな感覚に陥った。
『・・・・・・て・・・・・。』
不意に誰かの声が聞こえた気がした。
「おお!これはっ!」
同時に隣で検査官は大きな声を上げたのが聞こえた。
だがそれどころではなかった。
「え、なにこれ。」
『・・・・れ・・・・た・・・・て・・・・。』
(誰なの!?何を言っているの!?)
再び、声が聞こえるが、自分の声が出なくなっていることに気付いた。
さらに、それだけではない。
気が付くと、極光の中にいた。
正確に言うと、声が聞こえたと思ったら、先ほどまで目の前で見ていた水晶の光が、視界すべてを覆ったといった方がいいのか。
そして、突然、目の前には、真っ白な光に包まれた、三対の翼を持つ天使が現れた。
顔や表情は全然見えないけど、真っ白な長い髪。
すらっと伸びた細く可憐な脚は、美しく揃えられ、手はおそらく祈るように胸の前で組まれていた。
わたしは瞬きは出来るものの、天使様から目が離せなくなった。
「ちょ、、、っと、その、、、、くれ。今、な、、、、、ある、か、解、、、る。」
検査官の声がやたらと遠くに聞こえる。
そして、代わりに鐘の音ような、鈴の音のような、澄んだ金属の音が世界を包んでいく。
『、、、、、い、れを、、す、、、、、。』
耳を澄ますと、声は天使から聞こえてくるようだった。
だけど、金属音が邪魔をして何を言っているのかあまり聞き来れない。
目の前の天使は現れたままの姿でただひたすら静止している。
(なにこれ、どうなってるの!?)
金縛りにあったかのように身動きも取れず、綺麗で澄んだ金属音はどこか心地よい気もするのに、状況が状況なだけに恐怖を感じざるを得なかった。
(こわい、、こわいよ、、助けて、、助けて、、、クルナ、、。)
身動きも、眼球すら動かせず、この状況の中で思い浮かぶのは、クルナの顔だった。
彼を思いだすとなぜか心が温かくなる。
何とかなる気がする。
涙があふれそうになるのを堪えながら、身動きのできないまま天使に目を奪われていると、組まれていた手が少しだけ下がり、その瞳がこちらを見た気がした。
見えないはずの、その口元も、なぜだかはっきりと動いているのがわかった。
(・・・え・・?)
その唇が何を言っているのか、見えてもいないのに、なんというか、テレパシーのような感覚ではっきりと伝わってきた。
それと同時に、視界が、世界を覆っていた光が急速に水晶玉に吸収されるように晴れていった。
「光、、、の、、、加護。そうか、わかったぞ!【光の加護】だ!リリア=セフィロス!適性属性!火5!闇5!風、地、共に10~20!水25~35!そして!おめでとう!君は【光の加護】という天恵を授かっている!光属性の適性値、25~55!!魔力の総量はまだまだだが、これはすごいぞ!今年一番の秀才になるやもしれん!」
おおおおおお!
びくっと、肩を震わせ、突然聞こえてきた声に振り向く。
気が付くと、再び会場にいた。
「リリア=セフィロス。 おめでとう!これからの学園生活、しっかりと励んでいくのだぞ!」
すべてが突然で、何が起きたのかわからず、一度試験官に見て、後ろの会場を見回した。
なぜだかわからないけど、みんなが声をかけてくれている。
拍手や、歓声の中、おめでとう、すごいぞ!など、称賛を浴びているのが、だんだんと分かってきた。
ぼんやりとその光景をまるで夢を見ているかのように眺めていると、列の一番後ろ、あたしが元々いた場所からクルナがこちらを見ているのがわかった。
(クルナ・・・。)
心の中が温かくなっていくのを感じる。
全身に血が巡り、自分の魔力検査が終わったことを悟った。
何が起きたは、よくわからないけど、とにかくほっとして、すっと水晶から手を離した。
※
「まさか本当にアンプロンを授かっていただなんて、、、。」
リリアが壇上から降段してくるのを見ながら、クルナは思わず呟いた。
マギ・カーバスの傍に立つ検査官や、役員達、学生達もリリアが来た道を戻っていくのを目で追っている。
騒めき立つ周りに軽くはにかみながら、ゆっくりと僕のところまで来ると、何かを堪えるような表情をした。
が、それも一瞬で、次の瞬間にはニカっと笑って席につく。
「どう、クルナ、やってやったよ?」
いつもの眩しくて清々しいドヤ顔を僕に向けて来た。
「やってやったって、その場でなんとか出来るもんでも無いと思うんだけど。」
戻ってきたリリアにクルナは苦笑いながらやんわりと指摘した。
天恵:アンプロンは神の気まぐれによって、運命によって、与えられるものだ。努力すれば授かるものではないし、欲しいと思って手に入るものでももちろんない。
ましてや、今この瞬間、なにかをしたところでどうこうなるわけではない。
現に僕たちが今参加しているこの魔力検査中もアンプロンを授かっている子はリリアを含めて少数名しかいないのだから。
「とにかく、おめでとうリリア。やっぱりリリアはアンプロンを授かっていたんだね。」
『天恵』と呼ばれるだけの力がアンプロンにはある。
前にも言ったかも知れないが、その性質や用途には色々あるものの、基本的には特別な力なのだ。
リリアの『光の加護』がどんな物なのかは、おおよそ予測がつく。
その名の通り、多分ではあるが光属性に対して大きな補助が入る類の天恵だ。
これなら彼女の適正属性値の高さや、透き通るような肌の色にも説明がいく。
彩人族は自分の適正属性がそのまま外見に現れるからだ。
だが光の加護を保持していて、かつ同等くらい水属性値が高いと言うことはリリアは元来、全体的に青い彩人族ということになる。
今の色白のリリアからはとても想像出来ない見た目だ。
他にも、もしかしたら色々と効果があるかも知れないが、それ以前に彼女の空気感に何かしらの天恵を授かっている事をなんとなく察していた。
「あら、やたらと素直だね。もっとクルナなら悔しがると思ってたのに。それにやっぱりって、まるで私がアンプロンを授かってたのが分かってたみたいじゃない。」
拍子抜けだ言わんばかり目を丸くする。
どうやら僕の反応がやたらとあっさりしていてつまらなかったらしい。
「いやいや、まさか。でも、何となく、そんな気がしていたというか、信じていたんだ、リリアはきっと特別な子なんだろうなって。」
やんわりと首を振りつつ、しかし特別な何かを感じていた事は否定しない。
「な、なによそれ、どう言う意味よ。」
「そのまんまの意味だよ。僕には君が、、」
「クルナ=セフィロス!」
言葉を続けようとしたときだった。
僕の名前が呼ばれて、壇上にくるように検査官が目で促す。
「あ、僕の番が来ちゃったみたいたいだ。」
はい、と返事をして席を立つ。
「え、あ、、。」
続きをいいなさいよ!と目の奥が語っていると同時に何やら困惑の色を映していた。
僕には君が天使の様に見えたと続けようとしたけど、そんなことを言えばきっと変な目で見られるに違いないし、なんだかそんなクサイことを言おうとした自分が気恥ずかしくて、誤魔化すのに少し微笑んで、濁すように壇上へ足を向けた。
「いってくるね。僕にもあるかな、アンプロン。」
そして緊張を紛らわすかの様に、少しおちゃらけながら言う。
「もうっ、そんなの知らない!ほら、早く行っておいでよ。」
そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、リリアはいつもの様にぷいっと、そっぽを向き、片目と顎で行ってこいと僕を促した。
※
席を立ち、通路を渡り、他の入園者や来賓の前を横切り、僕はマギ・カーバスの傍に待機している検査官の前まで来た。
「クルナ=セフィロスだな。さっきの子のお兄さんか、弟くんかな?」
検査官は僕がやってくると、名簿を見ながら昇降板に乗る前に他の子にもしていた本人確認と、先程までこの質問は無かったのだが、リリアと肉親なのかどうかを聞いてきた。
「いえ、同じ孤児院のものですが?」
「ほう、孤児院の。なるほど、そうか。」
「何かありましたか?」
片眉を上げて、1人納得している検査官に違和感を感じて質問の内容を伺った。
「いやなに、兄妹のいずれかがアンプロンを授かっていた場合、自分も授かっているはずだと後で騒ぐものも居るものでね。同じ家名の子だったから少し聞いてみてたんだ。」
手にした名簿に検査結果などを書き込んでいるのか、添えつけてあるペンで困ったように頭を掻きながら説明してくれた。
「なるほど、たしかに授かってないほうが騒いで検査の再診を申し立てたり、酷かったら、貴族の場合、名門である我が一族がどうのこうの言ってきそうですものね。」
なんだそんなことか、と言うふうに返してくるクルナに試験官は目を丸くしながら返答した。
「あぁ、今までの魔力検査で実際に、貴族家系の双子や兄弟で、片方だけアンプロンを授かっていて、片方にはなかったなどの事例があってな、その際には検査の再診をしろと後程親が騒ぎ立てたり、平民の、しかも貧困層の子供がアンプロンを、中でも希少なものを授かっていて、それを嫉んだ特に貴族の子供が駄々をこねたり、いじめなどを起こしたりなど、アンプロンの所持が明らかになった子供のあとには割と問題が起きやすいから、そのたびにそのあとの子供たちに軽くフォロー入れてるんだが。」
実際、兄弟姉妹でこの検査がきっかけで仲違いになる子たちも少なくはないらしい。
こういった話も事前にシドに聞いていた。
「安心してください。僕は町外れの村にあるセフィラ孤児院出身のただのクルナです。自分に天恵が無くても、リリアや他のアンプロン持ちの人、ましてや検査官のあなたを恨む様な事はしません。リリアの前の子、先程の獣人族の子のように純化が起きてなくても大丈夫です。」
検査官がさらに目を丸くした。
二人とも特別な力を授かっているかもしれないし、授かっていないかもしれない。
最初から他人より優れているかもしれないし、劣っているかもしれない。
だけど大事なのは、与えられた力や、備わっているものではない。
これから君たちが世に出て、自分たちの夢や誰かのため、みんなのために何ができるのか、そういうことをしっかりと考えて、明るく楽しく元気に、将来を設計して、そして自分の人生を自分の意志で力一杯歩いていくことが大事なんだ。
これから君たちはウイバースに行ったら、色んな事を経験して、いろんな思いをすると思う。
だからこそ、自分と他人を比べて、引け目を感じたり、嫌な優越感に浸らないようにするんだよ。
シドはそんな話を僕たちにしてくれて、僕はそれにひどく感銘を受けた。
だからこそ、
「全てはここから。努力して道を切り開いて行く為に、ここにきたんですから。」
言い切ると、検査官は一瞬呆気に取られた後に、盛大に笑った。
「はっはっは!君は面白い子だな。いや、そんなことわ、言えるだなんて本当に子どもか?」
「良く言われます。でも僕は、らしからぬ言葉使いと、すこーし他の子たちより無駄な知識を多く持っているだけのただの子どもです。ちなみに、さっきの文言は孤児院の院長からの受け入りなのです。」
「ははっ、そうかそうか。これなら心配は要らないな。先程の二人の後だったから、緊張していないかと思ったのだが、杞憂に終わったみたいだ。さっそく始めるとしよう。」
「はい、お気遣いどうもありがとうございます。それではよろしくお願いします。」
「うむ。それでは、マギ・カーバスの前に進みなさい。」
「はい。」
昇降板の方に進むように促される。
僕はそれに従い、浮遊石で作られた昇降板に乗った。
よく見るとその表面は幾何学模様の文様(神代文字や魔術文字と言われるらしい)が描かれており、どうやらそれが何かの効果を持っているのか、浮遊石の力を高めているようだった。
隣に来た検査官がマギ・カーバスの中心を見上げ、魔力を込めると文様が光り、昇降板が浮上した。
やがて、中央の魔水晶に前までやってきた。
改めて眼前にくると、7歳の僕からすると、もはや飲み込まれそうなほどに水晶が大きかった。
「これよりクルナ=セフィロスの属性適性検査及び魔力量計測試験を始める!準備は良いか?」
「はい、いつでも大丈夫です。よろしくお願いします。」
検査官が壇上から生徒の方に向き直り高らかに宣言し、ついに検査が始まった。
「よし、それではこれまでの者と同様に、マギ・カーバスの水晶に触れて魔力を込めてくれ。」
「わかりました。」
一番最後なので、もう同じ文句は何度も聞いていたが、後ろから見ているのと、実際目の前にきてやるのはやはり違うものだ。
健気に頷いたものの、水晶に触れた手のひらには、じわっと汗が滲んでいた。
大衆の目を集めていることと、自分の中の力に対する期待と不安、これからのことなどを様々な言葉を考えて逸る心臓の鼓動を感じながら僕は一度深く鼻から息を吸い、長く口から吐いていく。
やることはいつも布団でやっていたのと変わらない。
大丈夫、僕はできる。
緊張のあまり硬くなっていた体をほぐすように呼吸し、目を閉じる。
自分の中、中心に意識を向ける。
そしてイメージする。
その胸の奥、黒より深い深淵。
そこに眠っている光。
その虹色の光に意識を向け、それを光を水晶に触れている左手の方に流していく。
そして、左手から水晶の中へ、エレメンタルビットを作る時の要領で、己の光、魔力を流していく。
「ん。。。?」
そしてしばらくすると、それまで何の抵抗もなくすいすいと進んでいた感覚が、まるで急に水の中に飛び込んだかのように、粘性の高い何かに足をとられるように流れが悪くなった。
「、、っ、、んんっ、、」
負けじと流し込む魔力の量を上げていく。
じりじりと、ゆっくりと虹色の光、魔力は水晶の中に満ちていき、マギ・カーバスが光を放ち始めた。
「よし、魔力の分別が始まった。そのまましばらく魔力を流し続けて。」
「なっ!?、、くっそ、、、おぉ、、、。」
検査官は、反応が始まったのを確認すると、お決まりのセリフを言う。
(これ、こんなにしんどいのかよっ、、、!)
リリアやほかの生徒たちは魔力を込めている間、涼しい顔をしていたから、今かなりの気合を込めて魔力を注ぎ込んでいる僕は、こんなにしんどいものなのかと信じられず、余裕がなくて返事をすることができなかった。
その間もマギ・カーバスは光を強めていく。
そして魔玉珠の光がじんわりと光を放ち始めたと同時に、目の前の水晶に異変が生じた。
「こ、これはっ、、!!」
「なん、、だ、、これ、、っ」
歯を食いしばりながら魔力を注ぎ続けていく。
流れ込んだ魔力を受け、水晶の中では様々な色の光が溶け合い放つ光を強めていき、そして突如として、
世界が黒に染まった。
※
暗い。
暗い。
暗い。
ただひたすらに暗く。
深い。
深い。
深い。
どこまでも底無しに深く。
右も左も、上も下も、何も見えず。
浮いているのか、足が付いているのかも分からない。
蜘蛛の巣に掛かった虫の様に、縛られたように、吊るされたように、手も足も動かない。
「(、、っ!、、どこだ、ここはっ!、、いっ、一体なにが起きた!?どうなっている!?)」
世界が暗転した瞬間、突如として別世界に飛ばされたように、何も分からなくなり、さらには身体から一切の自由が失せていた。
指先から足の先まで、更には瞼まで、まるでその動かし方を忘れてしまったのように、瞼がそもそもあるのかさえ分からないくらいに、身体の感覚、その全てが感じられ無い。
匂いも、光も、感覚さえない。
自分の身体の中の一切合切が感じられない。
自分が呼吸をしているのか、心臓は鼓動しているのか分からない。
無。
完全なる無。
例えるなら、そう、コレは、死。
いや、例えるならではなく、これはまごうこと無き、死だ。
死んでいる?
え、なぜ?
なんで?
なんで
なん、、
、、、。
段々とその思考さえも止まっていくの感じる。
いや、感じているのかさえ分からない。
思考をしていたのかさえわからない。
全てが止まる。
黒に蝕まれて。
引き釣り込まれて。
黒の更に奥へ。
その裏側にでも届きそうなほどの漆黒に。
そしてーーーーー。
「、、、ロス、、セフィ、、、クルナ=セフィロス!!」
「え?」
視界が激しく揺さぶられる。
ハッと気がつくと、目の前に検査官の顔がドアップに迫っていた。
両肩をがっしりと掴まれ、その表情は険しいものだったが、顔を向けると幾分か柔らかくなる。
「おい、君、大丈夫か!?」
「一体何が、、?」
「マインドアウトだよ。」
「、、マ、マインドアウト?」
「そうだ、魔力を極端に消費して、マインドゼロよりもひどい状態になると起きる症状だ。君は検査の途中で気を失って崩れ落ちたんだ。この検査でマインドアウトを起こすほど通常は魔力を使うことはないと思うのだが。」
段々と自分の置かれている状況が飲み込めてきた。
今僕はマギ・カーバスの水晶の前で膝を付いている。
それはどうやら検査中に僕がマインドアウト起こしたことが原因らしい。
そして検査官がそれに気付き、僕を介抱してくれている、という訳だ。
「えっと、、僕は、、」
水晶に触れて違和感を感じてからの記憶が曖昧だ。
確か、マギ・カーバスに魔力を籠めて…。
ねっとりとした沼地にハマってしまって身動きが取れないような、そんな感覚に陥り息切れして来て、ダメだ、思い出せない。
思い出せないと言うことは、どうやらそこでマインドアウトしたらしい。
「、、まさか、検査に失敗するだなんて、、」
魔力の分別が完全に行われる前に意識を失ったという事は、多分ビットを生成するまでに至らなかった筈だ。
孤児院で密かに練習していたあの時間は、一体なんだったのか。
まさか、こんな、みんなの前で、リリアの後に、こんな大恥をかくなんて。
暗い感情がだんだんと心を覆っていく。
「なぜそんな顔をしているんだ、マインドアウトを起こしたとはいえ君はとんでもない結果を残したぞ。」
情けなくて顔を伏せていると、試験官が予想外の言葉をかけてきた。
「どう言うこと、ですか?」
興奮気味の試験官の様子に訳が分からずに聞き返す。
「安心したまえ、検査自体は無事に終了している。」
「えっ」
「もう一度マギ・カーバスに触れて水晶に魔力を込めれれば話が早いが、、またマインドアウトを起こしても大変だ。結果は記録してある。ひとまず、このまま式典を進行させ、結果を発表しよう。」
試験官はそう言ってクルナを立ち上がらせる。
伏せていた顔を上げて周りを見渡すと、やたらと周りが騒めいているのに気が付いた。
え、なにあれ?
大丈夫かしら。
まさか倒れるなんて。
なんだよアイツ、だっせー。
何が起きたの?
、、、。
さまざまな声が聞こえる気がする。
それはそうだ。
まさかこの程度の魔力消費で、失神状態になるなんてどれだけ脆弱な魔力、もしくは精神のものなのかと検査を終えた者たちからすると思えるであろう。
「静粛に!鎮まりたまえ!」
ざわざわと騒ついている生徒たちに検査官が一喝する。
「これよりクルナ=セフィロスの検査結果を発表する!」
検査官の声が試練の間の響き渡ると、ざわつきが一転して、しんとなる。
「クルナ=セフィロス、適正属性は魔力完全灰濁状態の為、適正値不明!魔力量も微弱。残念ながら、合格ラインには遠く及ばないものだ。しかし、、、本日、天恵書に新たなアンプロンが刻まれる事となった!!」
検査官はもはや興奮を抑えきることが出来ずに、その手にグッと力を込めながら高らかに宣言する。
「、、、えっ?」
結果の半分ほどまで聞いたところで、現実なんてこんなもんかと半ば自笑気味に遠い世界に旅立っていた意識が、その後半の言葉で電光石火の如く戻ってきた。
「彼のアンプロンは魔法文字で【Binah】と記されている!効果については、この度、初検出の為不明!彼の力については今後明らかとなって行くだろう!!」
、、、うおおおおおお!!
一緒の静寂の後、会場全体から驚きの喚声が上がった。
クルナは驚きのあまり、検査官が言った事が咄嗟に理解できなかった。
「クルナ=セフィロス、おめでとう。まさかこのように立て続けに稀人が見つかるなんて、正直思っても見なかった。」
呆けた顔をしているクルナに試験官が再び向き直る。
「まれ、、びと??」
「あぁ。本日の検査でも幾人か天恵を授かっている者がいたと思うが、それらの者をヒトは【稀人】と言う。」
試験官はクルナの問いに応えながら、マギ・カーバスから降りるために再び昇降板に魔力を込めた。
昇降板の紋様が再び淡く光を放ち、ゆっくりと地面に向かっていく。
「稀人。。」
「そうだ。そしてさらに稀人は【誉人】と【疎人】に分かれる。前者は稀人の中でも、その特性を以って偉大な功績を残した者や、称賛を多く得た者に、後者は逆に忌み嫌われ、世とは隔たりができた者がそう呼ばれている。」
「誉人と疎人、、、。」
「うむ。かの誉人、【栄光の魔術師】アイン=ゾオール様のように数多の功績と名誉を残せるよう、その力を高めるように!アンプロンは授かっているが、君の場合は適正属性や総魔力量に関してまだまだこれからみたいだからな、期待しているぞ!クルナ=セフィロス!」
「は、はい、ありがとうございます。」
検査官が未だ地に足つかぬクルナの魂を呼び戻すかのように朗らかにバシバシと肩を叩く。
程なくして昇降板が地面に着き、同時に先人たちと同じく、待機中の他の子どもたちなどから拍手や称賛、もちろん嫉妬なども混ざっているが様々な声を掛けられた。
「ひとまず席に戻りたまえ。これにてこの会は締めになる。」
「分かりました。」
一緒に降り立った試験官が元いた場所をチラリと見やり、席に戻るように促した。
クルナはそれに、うなずき。
歓声の中を歩いていく。
「《テレパス》」
その歓声の中、試験官が呟くように無属性第二位階思念伝達魔法≪テレパス≫を使った。
「私だ。、、、、大変な事が起きた。」
クルナを見送るその目が兎を狩る虎の様な目付きをしていたことには誰も気付かなかった。
※
「クルナっ、大丈夫?」
「え、、わっ!」
気がつくとリリアの顔が目と鼻の先にあった。
「なになになになになに!!?」
思わずのけ反って距離をとる。
「なになになに、じゃないよ。クルナ、マギ・カーバスから戻ってきたと思ったら壊れたお人形さんみたいに、フニャンフニャンの無反応おばけになってるんだもの。」
「ほえ?」
「もー、さっきからそうやって、ずーっと適当な返事なんだから!」
「ご、ごめん、ってあれからなにがどうなったんだっけ?」
そんなクルナの様子にリリアは呆気に取られたように2、3度瞬きをして浅くため息をつく。
「はー、、。あれから、審判の間からみんな移動して自由にしてる。今は所属するクラスの発表待ちだからね。魂抜け放題のクルナにフラフラされたら困るから私たちは中庭に来てベンチに座っている。理解した??」
悪態をつきながらもなにがどうなってここにいるのか、身振り手振りしながらリリアが説明する。
そして最後に念押しか、確認か、ズイッと再びクルナの眼前にその瞳を近づける。
「り、理解した!理解したから少し離れてっ!」
空色の長い睫毛に縁取られた若葉色の瞳から、頬を赤めた自分の顔が遠ざかる。
(壊れた人形って、、、)
あまりの言われように思わず苦笑いをしてしまう。
どうやらあまりに予想外な検査結果に放心状態に陥っていたらしい。
先程、審判の間で前代未聞のアンプロンの顕現を確認して、、検査官に先に戻るように言われて、、途中色々何か言われていた気もするけど、、そのあたりから覚えていない。
どうやら先ほどからリリアが何かしらのたびに話しかけてくれていたみたいだが、全て生返事を返していたようだ。
今僕たちは中庭のベンチにいる。
中庭は、中央に大きな噴水があり、その噴水を囲むように花や木が植えられており、ベンチが幾重かに円状に並べられている。
ほかの生徒たちもたくさんいて、同様にベンチに座って話をしていたり、少し離れた場所で追いかけっこしたりなど、思い思い過ごしているようだった。
「ほんとに!ちゃんと!理解したの!?」
現状確認をと思いぼんやり見渡していると、今度こそほんとに意識があるのか確認するかのように再度リリアは僕の顔を覗き込んでくる。
「ち、近い近い近いー!」
それに対して僕はまたさらに大きく身を仰け反らす。
「ごめんって!ちょっとぼーっとしていただけだからっ。」
あまりの勢いに僕はてんやわんやしながらなんとか体勢を整えた。
「、、、むう、まあちゃんと会話になってきたし、よしとするよ。、、、で、本当に大丈夫??」
肩でため息をつき、リリアは改めてクルナの様子をうかがう。
「うん、、もう大丈夫だよ、多分。正直検査の途中からあんまりいろいろと覚えてなくて。僕、あの時どうなってたの?」
「それ、大丈夫っていうのかなぁ。えーっとね、、、」
クルナの返答に眉をひそめながらもさっきの様子を教えてくれた。
「クルナの検査が始まって、ビット生成の要領で水晶に魔力を込めるよね?で、真ん中の水晶が光を放って、魔力の分割??が始まって、、クルナの純化具合がどれくらい純化していたかって言われたらね、ほっとんど灰色だったよ。それはもう曇り空を渦巻にしたみたいなどんよりした感じ。」
「う、、うん、それで? (ほんとに完全な灰濁状態じゃん。)」
純化していることの方が珍しいので期待してはいなかったが、そこまで言われると引き笑ってしまう。ひとまず先を促す。
「うん、で、水晶が光を放ち始めて、そしたら、多分ほかの天恵を持ってた人とおなじ、試験官が慌て始めて、、あの時試験官の人も言ってたと思うけど、多分今まで見たことない天恵だったからかな??すっごい念入りに水晶の中と、持ってる辞書?みたいなのをひっきりなしに見比べてたね。」
「リリアやほかの人の時もそんな感じだったね。」
「んー、わたしは自分の時がどれくらい時間がかかってたかわからないけど、クルナはほかの人よりすごく時間がかかってたと思うよ。それで、そしたら、クルナの体がふらふらしてきて、そのまま倒れちゃったの。その時水晶から手が離れちゃったから、マギ・カーバスの反応がそこで途切れちゃったんだと思う。試験官の人の人も、解読に夢中になってたのかな?クルナが倒れてマギ・カーバスの反応がなくなって、水晶の方の光も急になくなっちゃったから、え!?って感じで固まってたよ。でも、はっ!てなってクルナを抱き起して、大丈夫かー!って肩を揺らしてたね。」
「なるほど、、。時間がかかってたから僕はマインドアウトを起こしてしまったのかな。」
「それは、、あるかも知れないね。わたしも途中から意識がぼんやりし始めて、でも試験官が騒いでる声がなんとなく聞こえて来てたから、水晶に天恵が書き出された時だと思うんだけど、なんて言うか、変な感じがしたと言うか、変なものを見たと言うか、、。」
身振り手振り、ジェスチャーを交えながら説明をしていたリリアがゆっくりと歯切れの悪い口調になる。
「変なもの??」
「うん、、クルナは何か、、見なかったの?誰かと、、会わなかった?」
「え、、?いや、、僕は、、何も、、」
ーーズキッ
そんなリリアに首を傾げ、検査の時の事を深く思い出そうとしたその時だった。
不意に突き刺すような痛みが頭に走った。
「ーグッ。」
まるで雷撃をこめかみに受けたかのような、もしくは目の奥が破裂するかのような衝撃的な痛みに思わず頭を押さえた。
「え、なにっ、どうしたの?」
クルナの様子に、リリアが少し狼狽える。
「、、いや、、何か、ちょっと思いだ、、しっ!」
ーーズキッ!
再び閃光が走ったかのように頭が痛む。
まるで脳がこれ以上は思い出すべきではないとでもいうように、マギ・カーバスでの出来事を思い出そうとするたびに目の奥が破裂しそうになり、思わず体を折りそうになる。
「ちょっと!?」
さらに痛みに伴い、体が警告を発するかのように、視界がちかちかし始める。
先程のこともあるせいか、リリアが顔を青くしてクルナの肩に手をやった。
「や、なんでも、、ない。、、大丈夫だよ。…けど、ごめん、ちょっとやっぱり思い出せないみたい。そう言うリリアは何か変わったことがあったの??」
無理矢理に笑顔を作って右手で軽く額を抑えながら体を起こし自分の話からリリアのほうに話題を転換する。
すると、目のちかちかが徐々に引いていくのが分かった。
「わ、私?…私は、その…。」
クルナの様子を心配しつつも、リリアは問われて戸惑いをあらわにする。
「なんだよ、人に聞いておいて、自分は隠し事ー?さっき何か見ただの誰かにあっただの言ってなかったー?」
まだ頭が少し痛むけれど、日ごろのお返しをしてやろうと狼狽えるリリアにわざとちょけて追い打ちをかける。
「わ、私は、わたしは・・・。」
「あーーー!こんなところに居やがった!!」
複雑な表情でリリアが何か言いかけた時だった。
甲高い遠吠えのような大きな声が轟いた。
あまりの声量に、身をすくませながら、声のほうを振り返ると、そこには青髪に犬のようにとがった耳、同じく青色の尻尾、獲物を見張るような切れ長の琥珀色の瞳、そして特徴的な額から鼻先にかけて奔る白の筋。
リリアの前にマギ・カーバスを受けて、完全純化状態を披露させた、青狼の獣人族:ベーティア、アデュアス=レオフが目を見開き肩で息をしながらこちらを指差した状態でそこにいた。
「やっと見つけたぞ、こんちくしょー!」
「「え!?」」
アディアスはそのまま、指を差したままの状態で、ずんずんと二人に近づいていく。
服装は前が大きく空いた丈の短い短ランのようなジャケットで、袖は肩章がギリギリつくくらいの短い袖丈。
首元には緑色をした小さな宝石が嵌め込んであるチョーカー。
インナーも腕がわざと露出するかのように袖が短い黒色。
ボトムはクルナと同じデザインの、ワイドで膝丈ほどの短めのズボン。
全体的に手足の自由度が高い服装だった。
「テメェら、俺様の晴れ舞台を霞ませやがって!なに、俺様より目立ちやがってんだ、こんちくしょー!」
そして目の前に来たかと思うと、そのまま噛み付くかの勢いで二人に食って掛かった。
((ええーーーー!?!?))
「せっかく俺様が、初日から、完全純化状態を周りに見せつけて、これから筆頭生候補として、目立ちまくってやろうと、思って、いろいろ準備していたのに!どういうつもりだ、おら!答えろ!なんとか言えー!!」
((めちゃくちゃ理不尽!?!?))
がるるる!とまくし立てるように、二人に怒号を浴びせてくるアディアスに対して、二人はごもっとな心情を内に漏らす。
「ちょ、ちょっと、急に何なのかな?私たちが何したって言うんだよ。」
あまりにも無茶苦茶な物言いにリリアが前へ出る。
「俺様の後にひょこひょこ出てきて、俺様より目立ちやがった!しかも二人とも特別な力をもってやがる!なのにその片割れときたら、途中で気絶しやがった!女!オメェはまだいいぜ!魔力量は俺様に遠く及ばねえが、最後まできちんとやり切ってやがった!褒めてやるぜ!」
アデュアスは、二人を交互に指差しながら、その小さな体で高圧的に話を続ける。
そして最後に腕組みをしながらリリアに軽くウィンクをした。
「は、はぁ。(遠くって、宝石半分も違わないじゃない!)」
散々罵倒を浴びせていたのに、手のひらを返したようにリリアのことだけ認めはじめたアデュアスにリリアは引くつき内心でツッコミを入れながら抜けた返事を返す。
「だっが!オメェは認めねえぜ、気絶野郎!」
「な!!」
そしてクルナの方に向き直り、再びびしっと指をさす。
「ものスゲー珍しい力かなんだか知らねえが、途中で気絶する弱虫野郎なんかに俺様が劣るわけがねえ!」
「ちょっ、誰が弱虫野郎だ!いきなり出てきてその物言いはあんまりだぞ、お前!」
「いきなり出てきたのは、オッメーの方だよ、んの貧弱野郎!」
「~~~!なんだとー!」
「やんのこら、ゴラァ!」
「「~~~~~~~!!!」」
「二人ともおやめなさい!」
「!?」「げっ!!」
一発触発。
あと少しでまさに度付き合いの喧嘩になるところだった。
言い合いをしていた二人の間に凛とした声が割って入る。
「誰ですか?」「オ、オメェは…。」
半ば取っ組み合いに入りかけていた二人はそのままの姿勢で声の方を向く。
そこには白に近いブロンドヘア、同じく光に透けると血管が見えてしまうのではないかと思うほど色の白い肌、対して思慮深い色を携えた蒼の瞳、そしてなにより特徴的な長い耳。
俗にクリアエルフと呼ばれる、色白のエルフの女の子がいた。
「あなたたち何をしてるの。」
カツカツと踵を鳴らしながら、彼女は静かに近づいてくる。
その身形は、胸の部分だけ大きく開けたハイネック黒のフリル系のインナーを着込み、ジャケットは左半身が右半身よりも大きく覆われ、対して右は動きやすいような左右非対称のデザインしたアーマージャケット。
おそらくしゃがんだ時に足全体を庇い、且つ踵で踏みつけない丁度の長さであろう丈と幅の、真正面、真後ろの空いたアーマースカート。
そしてショートパンツに、太ももまで覆うロングハイブーツ。
おそらく全生徒中でも特に個性的な装いをしているであろう彼女は、先のマギ・カーバスでクルナたちと同じく、天恵を持っていたエルフの少女であった。
「アデュアス、あなた一人で勝手にどこかに行ったと思ったら、誰の許しを得てこのようなことをしているのかしら?」
「て、てめ、ナナリー!」
ナナリーと呼ばれた少女は髪を耳にかけながら、クルナとアディアスを交互に見やった。
アディアスは突然現れた少女の顔を見るなり表情を青ざめながら、先ほどと同じく悪態をついた
。
「…アデュアス、今あなたなんとおっしゃいました?」
二人を交互に見やっていたその視線が、アデュアスの一声により動きを止める。
そしてゆっくりとアデュアスの方を見やると、その蒼の瞳が静かに光を灯した。
「…っ!。」
それと同時にアデュアスの首元にあるチョーカーの宝石、魔石が蒼の瞳と呼応するように光を放ち、彼はうめき声をあげてそこに手をやった。
「契約を交わした身でありながら、あなた、分を弁えた口の利き方を、教えなかったかしら?」
「くっ、、、ち、ちくしょう、、、。」
「あら、言うべきことはそのような粗相な言葉かしら?」
アデュアスの物言いにナナリーはさらにその目を細め、瞳に力を籠める。
すると魔石はさらに光を強め、アデュアスが血相を変えて首輪を外そうと両手で思いっきりそのひもを引っ張る。
「ぐっ、、かった!わかったから、これを解け!」
「、、、解け?」
「かっ、、と、解いてくれ、お嬢!、、んぐ!」
だが首輪は一向に外れず、それどころかその表情も先ほどより焦ったものに変わっていく。
(おいおい、これちょっとマジでやばいんじゃないか?)
傍らで見ていたいクルナはあまりの様子にさすがにただならぬものを感じ、どうしたらよいか迷っていたが、アデュアスの前に出た。
「ちょ、ちょっと、おい、何してんだよ!」
「なに、あなた。一体何様のつもりかしら?」
「君こそ!あいつもだけど、、、いきなり出てきて何なんだ!苦しがってるだろ!君たちがどういう関係で一体何をしてるのかわからないけど、早くやめろ!」
「・・・・・・。」
そうやって問答を続けていたが、やがてナナリーが軽くため息をつき、そっと目をそらして瞳の力を解除した。
すると、チョーカーは輝きを失いアデュアスは苦しみから解放されたのか、咳き込みながら、地面に倒れこんだ。
ナナリーはクルナ前をそのまま過ぎ、アデュアスの傍らに立つ。
そして、静かに振り向き、言った。
「私は、ナナリー。ナナリー=アル=シルヴァミニア。風の国の王族よ。」