プロローグ
------待って。
淡い光の中、手を伸ばす。
------待って。
消えていくその姿に手を伸ばす。
------待って。
なぜか、ただ漠然と、失ってはいけないと思った。
必ず救って見せると、抱き留めてみせると、掴んでみせると、そう誓った。
------待って。
薄れていくその人は、まるで、蛍たちが一斉に飛び立つように、光を散らしながら、こちらの願いとは裏腹にどんどん遠くなる。
------------待って。
それでも、手を伸ばした。
そして、
「・・・って、よ。」
掴んだのは真夜中の冷たい空気だった。
何度か瞬きをする。
「またあの夢か・・・。」
気が付くと、布団から天井に向かって手を伸ばしている状態であった。
そのまま伸ばした手をゆっくりとおろし、頬を流れる涙をぬぐう。
たまに不思議な夢を見る。
それは、全然見覚えもない、景色と人が出てくる夢。
見たこともない街並みや、聞いたこともないような言葉、この世界とは全く違う文化の営みを描いた夢。
でも、どんな夢だったか、起きた瞬間ははっきりと覚えていたはずのそれらも、目が覚めると、波打ち際に作った文字のように、すぐに消えて、忘れて、思い出せなくなる。
ただ、一つ覚えているのは、いつも誰かが決まって、こちらに向かって微笑んでいたこと。
涙を流しながら、待っているとそうつぶやいていること。
そして、決まってこの夢から目が覚めた時は、とても胸が切なくて、気がつくと自分の頬にも雫が流れていることだった。
「・・・明日は入園式なのになあ。」
濡れた指を見て、ため息交じりにつぶやく。
周りの子を起こさないように、布団をどけ、木製のベットを降り部屋をでてすぐ斜め向かいにある洗面所に入る。
ここは身寄りのない子供たちが集められる孤児院だ。
大体一部屋に数人の子供たちが一緒にまとめられている。
僕もその中の一人だ。
ここの孤児院は石造りの建物で、夏はある程度涼しくていいのだが、冬はそれはそれはとても寒い。
扉を開けて廊下に出ると吐く息が白くなって自然と首が縮んだ。
刺すような寒さを我慢しながら手洗い場に備え付けられた小さな鏡で自分の顔を見る。
黒髪で極端に短くもない髪、黒の瞳、肌は特別白いわけでも、日焼けをしたような黒さもない。
特別美形でもなければ、極端に痩せていたり太ったりしているわけでもない。
一言で言うなら黒髪の中性的な平均顔の男の子。
それが自分に対しての見た目の評価だ。
しかし今はその黒目の周りが、ほんのり赤く染まり腫れぼったくなっている。
間違いなくさっきの夢のせいだとおもう。
たまにみる、あの夢のあとは決まってこうなっている。
物心ついたときには、すでに見ていたような気がするこの夢は、毎度僕の両目を赤く染める。
まわりに見られたときは、寝起き開口一番で泣き虫と揶揄われたものだ。
今もたまに言われるけど。
「朝には引いてるといいなぁ。」
眉をハの字にしながら、瞼を触る。
今年で7歳になる僕は、明日から就労者養成学園【雛鳥の揺り籠】、、、通称学園と呼ばれる施設に入園することが決まっている。
7歳になる年にみんな一度この学園に入園して、魔力適性検査という魔道具を使った検査を受けて、そこから自分たちの可能性に向けて色々と勉強などをして大人の仲間入りを目指すらしい。
力さえ認められれば、どんなに小さい子でも一人前として認められて、大人たちの仲間入りができるらしいので、この年になると、それはもう皆ワクワクが止まらない。
まあさすがに入園早々に卒業なんてした人は、かの『栄光の魔術師』として知られるあの人くらいだろう。
『栄光の魔術師アイン=ゾオール』。入学初日に同年代世界歴代最高魔力量・魔法適正をたたき出し、さらにその数値自体、成長期を過ぎた大人たち顔負けの数値だったという、半ば化け物のような魔術師のことだ。
アインは卒業後、様々な国や、ギルド(複数のパーティや自治機関から認可が降りている公的な団体もしくはその俗称)等の団体から勧誘を受けて、現在はこの孤児院から南西に位置する、中央都市国家ミッドガルズを治めている【栄光の頂き】と呼ばれるギルドの長をしている。
中央都市国家ミッドガルズは、大陸のほぼ中央、その周辺に正三角を形作るように位置している3つの大ダンジョン(通称:中央三大魔塔)の真ん中に位置しており、それら三大ダンジョンの攻略や、攻略にあたっての消耗品販売、宿の提供などをベースにした、つまるところ冒険者の町として発展してきた。
ギルドとは、冒険者たちがそれぞれのコミュニティ…パーティやサークルなどを持ち、それがさらに大きくなっていったもので、中央都市国家ミッドガルズは、そこからさらに多くの冒険者が集まり、いくつものギルドが乱立していき、それらをまとめ上げてできている。
要は密集したギルドの集まり、それらを束ねた国である。
国として束ねられたといってもギルドは、国の一部となったもののそれぞれ独立して健在であり、何名ものギルドマスターがいるため、都市国家の長としてのギルドマスターを便宜上、国王と呼ぶ事とした。
政治の主権を握る国王としてのギルドマスターは、ミッドガルズに在住するすべての市民から定年ごとに投票で選ばれる。
人望や功績などすべてを評価され、選ばれたものがこの都市の長、国王となるのだ。
そして近年、栄光の魔術師アイン=ゾオールはその功績と人望、とてつもない強さを持ってその座に就任したのであった。
「明日からはどんなことが待ってるんだろう。僕はどんなふうに…。」
自分の瞳の奥に問いかけるように、呟く。
入園式が終わった後に行う適性検査で、ひとまずではあるが、個人の大まかな方向性が決まってくるらしい。
昨晩、孤児院の院長にそれを教えてもらった。
ある意味明日が人生の分岐点にもなる。その舞台となる適性検査は、みんなの前で公開的に行われるらしい。
腫れぼったい目をしていくのは、正直、恥ずかしかった。
「明日の検査、ちゃんとできるかな…。」
期待と不安、いろんな思いを抱きながら自分の瞳の中にどんな色があるのか探るように、見つめる。
孤児院で過ごしたこの7年間、正確に物心ついたのはいつからだったか定かではないが、みんなと色んな時間を過ごしてきた。
遊びの中でも基礎魔法が使えるようになったり、それだけでもみんなで大いに盛り上がったものだ。
中でも僕は、結構早い段階で、いろんな属性の魔法が使えていた。同い年の子でも微弱な属性基礎魔法をせいぜい二つほど。
そして僕は、同じく微弱な魔法であるものの4種類の属性を使えていた。
ただ、さすがに扱える属性が多いせいなのか、使うとすごく疲れた。
それでも、周りの大人たちも、僕くらいの若さで4属性を扱えるのはかなり珍しい!とすごく期待をしてくれていた。
定かではないが、自分に秘められた何かがあるのかもしれない。
それが明らかになる明日が楽しみで仕方なかった。
「僕にはどんなことがでるんだろう。…なんだか目が冴えてしまったなぁ。ちょっとだけいつものしようかな。」
あれこれ考えていたら、だんだんと眠気が覚めてしまった。
明日に向けて高鳴るわくとわくと冷めてしまった眠気に、せっかくならと普段から行っている魔法の初歩練習をすることにした。
視線を落とし、手を開き、目を閉じて、自分の中の『流れ』に意識を集中する。
深呼吸をして、息を整え、丁度胸のあたり、みぞおちあたりだろうか、そのさらに奥へ意識を向けると、自分の身体の中から何かが静かに溢れる様に、零れるように、虹の色を纏いながら、指先に向かってる流れていくのを感じる。
そしてその流れは、開いた掌からキラキラと光の粒子の様に放出され、渦を巻きながら、何かが集まる様な収束音と共に、4つの小さな球体を形作っていく。
最後にポウッっと赤、青、緑、黄色の4つの微光の玉が浮かび上がり、辺りを薄く照らした。
「よし、今日も出だしは順調だ。」
反対の手で小さくガッツポーズをとる。
手のひらに灯した小さな光は、エレメンタルビットという。
魔力が属性を纏い視覚化した時に形状される魔力の粒子、それを意図的に集めたものだ。
赤色が火、青色が水、緑が、風、そして黄色が土の属性を司っているとされる。
僕は出す事ができないけれど、あと2つ代表的なものとして、白色の光、黒色の闇属性があると言われている。
魔力検査の時は、特別な魔道具に触れながら、その魔道具にこの魔力球を作る要領で魔力を注ぐと良いと院長におしえてもらった。
「でも相変わらず、光と闇のビットは出し方がわからないなあ。」
こうやって度々鍛錬を行う時にどうにか残り二つも出してみようとするのだけれど、これがどうにも、うまくいかない。
周りにも扱える人を見たことがなくて、なんとか自分の力で出来ないものかと頑張ってみては居たのだが。
「まあ、いいや。学園にいけばきっとそう言うのも教えてくれるとおもうし。とりあえずこのまま意識を集中して、、と、。」
再び目を閉じ、さらに深く集中する。
送る魔力の量が増え、それに呼応するようにビットはさらに明るさを増した。
そうやって、しばらく魔力を放出し、集め、ビットの形成をどのくらいしていただろうか。
「、、、ッ、、。」
体が急速に怠くなってきた。
それと同時に息が上がり頭がグラグラし始める。
「は、あぁ、、もう、、すこし、、」
しんどさで自然と眉間に皺がより、ジワっと汗が滲む。
魔力切れの前兆、マインドダウンだ。
魔力を完全に使いきってしまうと、マインドゼロ、使い切っているにも関わらず使おうとするとマインドアウト言う状態になる。
一度みんなとの遊びの中で、魔力を使い切ってしまい、マインドゼロになった事がある。
どんな症状か簡単に言ってしまうと、マインドダウンが酸欠、マインドゼロが失神、マインドアウトが卒倒だ。
その時も今みたいにいくつかの属性を使って遊んでいたので、多分複数の魔力を同時に扱うと、バテやすいのかなって思ってる。
その日以来、少しでも体力もとい魔力をつけようと、夜中目が覚めてしまった時や、元気の有り余っている日の寝る前にはこうして、マインドダウンギリギリまで、魔力を使ってトレーニングをしている。
しかし、今日はもう限界が来たようだ。
手のひらに集めたビットを霧散させるように払い、息を整える。
四つの光は残滓を残しながら空気に溶けるように消えた。
「はあ、、はあ、、やっぱり、同時に4つは、、しんどいなぁ。」
額の汗を拭いながら苦笑う。
毎日ではないものの、こうして鍛錬を積んでいるが、実感としてなかなか成果は感じられない。
通常、最大魔力量は、一般的に思春期に大きく伸びると言われおり、体力と同様で、日々のトレーニングである程度は鍛えられる。
だが、実際の成長速度諸々は人それぞれ、種族それぞれで異なるらしい。
このトレーニングが全く身を結ばないわけではないだろうが、しっかりとした実感を得るには、気長に待たないといけないかもしれない。
ふう、っと浅く息を吐き、もう一度鏡を見た。
(明日からウイバースでの生活が始まる。僕に何が出来るかはまだわからないけど、とにかく色々頑張っていこっと。)
明日からの日々に想いを馳せた自分の瞳は、先ほどより清々しくて綺麗な気がした。
「、、の、ためにも今日はもう寝るとしよう。ふあああぁぁ、、、。」
大口で欠伸をしながら、んーっと背伸びをして、布団に戻った。
先ほどのトレーニングのお陰か、先ほどの『冴え』とは裏腹にすんなりと眠る事ができた。
*-----------------------------------------------*
「、、よー、、てー、、l
遠くで誰かの声が聞こえる気がする。
よー、てー?、、予定か?なんのことだろうか。
よくわからない、だが、僕には関係ないと思う。
、、あぁ、なんだかとても心地良いし、眠い。
「、、っと、、きてよー、、」
再び誰かの声が聞こえる。
きてよー?誰かと待ち合わせでもしているのか?
それとも誰かを呼んでいるのだろうか?
何度も声を掛けているようだ。
一体誰を呼んでいるのか。
分からないけど、僕には関係ないと思う。
、、とりあえず、眠い。
「、、ぇっ、、!、、ちょ、、!、、きてる、、!?」
「、、うぅーん、、」
なんだか、誰かをしつこく呼びかけているみたいだ。
、、、、もしかしてさっきから聞こえる声は僕を呼んでいるのか?
でも、きっと気のせい、、だろう、だってまだ、、こんなにも、、眠い、、ん、だ、、も、の、、。
「おはよー!朝だよ!ちょっと!?クルナ、起きて!」
「んが!?、、、寒っ!」
大声と共にガバッと布団がめくられ、朝日と寒さが身を包んだ。
思わず身を縮めて両手を身体に回した。
何事かと思い、眩しさと寒さに顔を顰めながら声の方に向き直ると、僕の掛け布団を万歳のようなポーズで剥ぎ取ったまま、こちらを見下ろしている女の子がそこにはいた。
「なんだ、リリアかぁ。びっくりさせないでよぉ。」
へなへなと、頭を枕に戻しながら、詰まった息を吐いた。
雪のように白く柔らかい肌。
若葉の様な瑞々しさを持った黄色と緑がマーブルされた様な薄緑の大きな瞳。
鎖骨程まで伸びた空を映したような透き通る水色の絹髪。
同じ色をした長い睫毛。
薄く桜色を帯びている頰と唇。
まるで特別な力でも働いているかの様に、一度でも彼女目を合わせてしまうと、その瞳に心を奪われてしまう。
そんな彼女は同じ孤児院で育ってきた僕の幼馴染でもある。
物心ついた時には一緒にいた僕でさえ、今もなお目が合うとドキドキしてしまう。
…だから、長時間目をあんまり合さないようにしてるのは秘密だ。
いつもの様に少しドキドキしながら目を逸らしつつも彼女をもう一度見る。
窓からの朝日を浴び、真珠のようにきらめいて見える彼女。
しかしそのリリアは先ほどのポーズのまま、貴族の人が着るような黒っぽい上着と、大きめのプリーツが入った膝丈ほどの黒い柔らかそうなスカートを合わせた制服姿でピタッと固まっている。
首元は白色のレースの様なふわふわした襟が上着の中から覗いており、スカートの下は黒のガーターベルトに包まれている。…う~ん、なんとも眼福である。
いつもは僕と同じく孤児院で配られている白色の綿で作られたラフな格好をしているのだが、それが今日は見たことのない、、いや、、どこかで見た事があるよな制服だ。
…制服?
「リリア、どうしたの、その格好、何でそんな格好してるの?ん?、、あれ?」
目を点にして、しかし後半にかけて何か大事なことを思い出し掛けているような感覚を味わいながら聞くと、リリアは僕の発言をゆっくり飲み込むように、何度か目を瞬く。
そして、顔を赤くしながらふるふると震え始めた。
「、、え?」
何やら嫌な予感がして、首の裏をツゥーっと冷たい汗が伝った気がした。
「今日はウイバースへの入園式でしょ!クルナがいつまで経っても起きてこないから私が起こしに来たんだよ!いいからはやく着替えて準備しなさ~~いっ!!」
朝の晴れ空に雷が落ちた。
*-----------------------------------------------*
「わー!!急げ急げー!」
ベットから飛び起きて、大急ぎで身支度を整えていく。
リリアが、はあーっとため息をつき、急いでよねーっと部屋を出て行った。
なんてっこった、まさかの寝坊をした挙句に、昨日あれほど楽しみにしていた入園式の事もすっかり忘れていた。
きっといつも見る変な夢見た事と、寝れなさそうな気がして行った夜更かし鍛錬のせいもあるだろう。
昨日の自分が恨めしい。
顔を洗って、寝癖を直し、歯磨きをしつつ、昨日と同じ洗面台で自分の顔を見る。
赤く腫れていた瞼は今はもう完全に元どおりになっていた。
大抵の場合、あの夢を見ると何故か起きた直後疲れを感じることが多かったのだが、昨日は色々考え事をしていて気づかなかったのか、それを感じることもなかった。
そして、完全燃焼してから寝たお陰なのか、寝坊するまで寝ていたお陰なのか、今日はなんだかやたらと身体が軽い気がした。
「よし!後は制服を着れば準備完了だ!」
軽く頰をパンと叩き、洗面所を出る。
部屋に戻り、着ていたいつもの白い服を脱ぎ去り、ウイバースの制服に身を包む。
驚きなのがこの制服、半オーダーメイドで各生徒ごとにデザインを選択することができるらしい。
インナーは白か黒色の生地で、V字ネックや、タートルネック、フリルなどの種類がいくつもある。
ギリギリ胸が見えないくらいの位置、肩の付け根あたりを境に外側面がシースルーのメッシュ素材で作られており身体が透けて見える。そして内側が不透明性の素材で隠されるべきをきちんと隠している、ちょっとセクシーなインナーだ。
上着は貴族服の様な、軍服の様な黒地のジャケットで、袖や肩、首や前開け周辺に銀色の刺繍で羽毛と葉のついた植物の蔓のデザインが施されており、この刺繍はボトムも共通している。
ちなみにこのデザインには実りと巣立ちと言う意味が込められているらしい。
ジャケットとボトムは、インナーと違い基本色は黒で統一されてはいるが、デザインに関してはやはり、それぞれかなりのバリエーションがあった。
何故こんなにも個人個人に合わせているのかと言うと、他にも理由はあるのかもしれないけど、単に個人を尊重している、と言うことが事前の発注書にかいてあった。
僕はインナーは黒のぴったりと身体に沿うタートルネックの長袖で、同じくジャケットはハイネックで二の腕辺りに少し余裕のあるデザイン、ボトムはワイドタイプのズボンを選んだ。
上下ともに制服姿に着替え終わり、部屋の備え付きの鏡の前でどこかおかしいところが無いか確かめる。
「これで、オッケーかな。」
最後に襟元をピシッと整え、忘れ物が無いのを確認してから、ぐるりと部屋を見渡した。
…次にこの場所を訪れのはきっと、ウイバースを出て一人前になった時だろう。
そしてその頃には、この部屋には新しい子が入居していると思う。
自分と同じように、自分に何が出来るのか、考えている子もいるかもしれない。
帰ってきたらそんな子達に、ウイバースでの事を沢山話してあげよう。
僕が一人前になるまでに間に体験した事を教えてあげよう。
これからこんなにも素晴らしい日々が待っていると。
きっと素晴らしい仲間たちが待っていると。
沢山の事を経験して、自分にしか出来ない事を必ず見つけられるよと。
笑顔で話してあげよう。
(うん、そのためにも頑張っていかなきゃね!その時まで、さようなら!)
静かそんな決意を胸に、僕は部屋を後にした。
*-----------------------------------------------*
「もう、いつまでかかってるんだよー!」
部屋を出て、廊下を渡り、慣れ親しんだ孤児院の中を出口に向かって、ちょっとした感傷に浸りながら、歩いていると、玄関側からリリアの声がした。
どうやら待ちきれなくて、もとい時間が迫っているのか再度催促しに来たらしい。
「ごめんごめん!遅くなっちゃった!」
駆け足で玄関まで向かう。
いつもニコニコと優しい表情を浮かべている院長が玄関から少し出たところで、その表情を少しだけ困ったようにさせながら、顔を指でかきつつ立っている。
ちなみに院長は男性で、名前はシド=セフィラという。
その隣で、しびれを切らせたように頬を膨らませて、リリアが腰に手を当て、僕を待っていた。
制服姿の姿のリリアは、いつもの彼女と違ってなんだかとても大人っぽく見える。
孤児院支給の白色の服は本当に簡素なもので、生活感はあるものの、おしゃれなどには程遠い。
まあ、支給している服にそこまでお金をかけられるような余裕は、あまりないのは理解している。
だからこそ、僕とリリアも、それぞれあーだこーだいいながら、自分たちのコーディネートを入学前に入念に決めた。
ところでなんでそんなに子供らしからぬ言葉づかいをしたり出来るかって?
僕もはっきりとしたことは言えないんだけど、いつも見る奇妙な夢を見るたびに、なぜか色々と知識が増えてるみたいなんだ。
肝心な夢の内容については、ほんと、すぐに忘れちゃうんだけどね。
おかげで周りの人からもクルナ君は、頭がいいねぇ、とよく言われる。
院長にもどこでそんなことを知ったんだい?と事あるごとに聞かれていた。
正直に夢の中で~、と説明するもうまく説明できないため、適当に誤魔化してやり過ごしていた。
話が逸れた、リリアはインナーは白色のハイネックで、レースとフリルが首から胸当たりのところまでと、手首のところについたものを選んでいる。
そして、その上に黒色で軍服のような貴族服のようなジャケット、両胸の前に、羽根と植物の葉っぱがデザインされた銀色のボタンが縦に並んでついているのに加え、肩のところには金色の肩章といわれるひらひらしたものがついている。
ちなみにこの肩章というものは着脱が可能で、式典の時に必ず着用するようにとのことだ。
普段は外していても構わないらしい。
今日はウイバースへの入園式と、魔力適性検査等の正式な行事があるため、着用して出席するように言われている。
ボトムは大きめのプリーツが入った膝丈ほどの、黒のフレアっぽいワイドなスカートを履いている。
動くたびにひらひらと動くスカートはきれいなリリアに、とてもよく似合っていた。
「誰かさんが寝坊したおかげで結構時間押してるんだよ!早くいかなきゃ遅刻しちゃう!初日から遅刻するなんて、私は嫌だからね!」
そう、僕が寝坊したせいで入園式の時間がなかなかに迫っている。
ここセフィラ孤児院がある村はミッドガルズの東北に位置しており、ウイバースまでは馬車で移動しなければならない。
この辺りはポツポツと農家や民家があるだけの、一言で言いうとド田舎という表現がふさわしい感じの場所だ。
ミッドガルズまでは、正確にどのくらいかかるかは聞いていないが、早めの時間に出ないと間に合わないかも知れないとだけは聞いていた。
現在、外は明るい。
「そうですねえ、これは馬車を引くモコにも頑張ってもらわないといけませんねえ。」
院長が笑顔のまま敷地外に向かう門のほうに目をやる。
そこには一台の荷馬車につながれた真っ白な羽毛に全身覆われた二足歩行の竜種がいた。
名前はモコ。
竜種といっても、凶暴な感じはなくむしろ可愛らしい。
ショートテールラビットドラゴンという種らしいのだが、全身が鱗ではなく、その名の通りウサギのような真っ白の毛並みにおおわれており、申し訳程度についた黒色の二本の小さな角、顔ほどある長く大きな耳に、発達した後ろ足、短めのふさふさのしっぽが特徴的だ。
基本的に憶病な性格をしており、食性は、一応雑食性だが、モコは植物を好んで食べる。
中でもキャルの実というオレンジ色のほのかに甘みのある果物と野菜の間のような実と、ベキャの葉という真ん丸に育っていく植物の葉が大好物だ。
モコは僕が、物心ついたころからいて、僕がこの孤児院に来る少し前に、院長がどこからか連れてきたらしい。
僕と同じで、モコも今年で推定7歳になるのだが、僕とは違って大きく育っていて、今ではミッドガルズまで買い出しに出るときのに人を乗せてよく荷馬車を引いている程だ。
孤児院の子供たちにもちろんとっても人気だが、なぜか僕とリリアにとってもよく懐いてくれていた。
そんなモコがその藍色の目で、まだ行かないのか?と訴えるような目でこちらを見ていた。
「だから謝ってるじゃないかー!…昨日、また変な夢を見て夜中に目が覚めちゃったんだよー。」
「夢って、いっつも泣いてるやつ??…なあに、また怖い夢でも見たの?」
3人?にバツが悪くて顔をそらしながらつぶやくと、追い打ちをかけるようにリリアがニヤついていう。
「だから違うって!てか怖い夢見たからっていちいち泣かないよ!」
「はー、毎回そんなに意地張らなくていいじゃない。いっつも目、赤くして。」
「違うって!だから、自分でもよくわかないけど、ああなっちゃうんだって!」
「そうだねー、どれだけ怖いのか知らないけど、夢の内容も全然おしえてくれないんだもんねー?」
「だって、実際にあんまり覚えてないんだもん!仕方ないだろ!」
やれやれとニヤけ顔でリリアが首を振り、僕もそっぽを向く。
これが毎回繰り返されるいつものパターンだ。
夢の内容をうまく説明できないため、いつも怖い夢を見て泣いていると思われている。
これが揶揄われる理由だ。
「それだけじゃなくて、昨日はいろいろ考え事してたら、眠れなくなっちゃったんだ。今日の事とか、これからの事とか。」
唇を尖らさせたままぼそぼそとつぶやく。
「んー、たしかにそれはわからなくもないけど。」
「だろー?それで目が冴えちゃって、いつものやつをしてたんだ。そしたら、いい感じに疲れて眠くなったんだけど、、、。」
「それでお寝坊さんになっちゃったの? まったくもー、そうやって努力するところは本当にすごいなーって思うけど、昔っからクルナって考えなしに行動しちゃうよね。ホント子供なんだから。」
「なっ!自分だって、昨日は届いた制服みて、はしゃぎ回ってたじゃないか!」
再びやれやれと、いじわるするようにリリアが首を振るので言い返してやる。
「なんだってー!私はクルナみたいに誰かに迷惑かけてないんだよ!それくらいいじゃない!」
「「~~~~~っ!」」
「はいはい、二人ともそこまで。ひとまず、荷馬車に乗ってください。そろそろ出発しないと本当に遅刻になってしまいますよ。」
シドがパンパンと手を叩き、おでこがぶつかりそうな勢いで切迫していた僕らを止めに入った。
「キュー」
モコもシドに同意するかのように鳴き声を上げる。
「そうだよ!こんなことをしている場合じゃないの!もう時間がないんだから、とりあえず出発しなくちゃだよ!急いでよ、クルナ!」
わかってるよっ!と皆からの総攻撃を受けながら、ズンズンと大股でリリアの隣を過ぎ荷馬車のほうに向かう。
リリアは可愛い。
まだ7歳ではあるが本当に可憐でいて美しい。
なのだが、なぜか僕に対しては色々とツンケンした言動をとることがある。
まあそれも、たいてい的を得ているから余計に僕は言い返せないのだけど。
「やっと出発できるね、モコ!ミッドガルズまで誰かさんのせいで時間があまりなくなっちゃったから、急ぎ足でお願いね!」
シドが操縦席につき、続いて僕とリリアも後ろの荷台に乗った。
今年うちの孤児院からウイバースへ入園するのは僕ら二人だ。
まあこの孤児院自体そこまで大きいほうではないので、毎年多くても10人ほどまでなのだけど。
「キュー!」
「クルナお兄ちゃーん!リリアお姉ちゃーん!」
まだ追い打ちをかけてくるリリアにモコが任せておけというように返事をして馬車が動き出す。
そんな二人?をジト目で見ていると、院の方から僕らを呼ぶ声がした。
「気を付けていってきてねー!」
「またなー!」
「・・・・・・。」
見やると、3人の子供たちが玄関からそれぞれに手を振っているのが見えた。
この子たちは僕たちよりも何歳か下の子たちだ。
明るくなってきたとは言え、まだみんな本来は寝ている時間なのに、3人はどうやら見送りに来てくれたようだ。
お別れの言葉は昨日の晩御飯のあとに告げていたので、あえて言葉は返さず、僕らは手を振り返してそれに応えた。
「、、、寂しくなりますねえ。」
遠くなる孤児院と3人、見えなくなるまで手を降りつづけている僕たちの様子をシドが眩しそうに、目を細めて見ていた。
オリジナルファンタジー小説
『ovelion of binah-始原と統合の魔術師-』
初執筆初投稿によりのんびりと更新していきます。
サイト自体使い慣れていないので、いろいろと不備があると思いますが
よろしくお願いします。