一話 矢矧紅零と天羅という同級生
本気で書くつもりの小説です
どうぞ、ごらんあれ
矢矧紅零は屋上から空を見上げていた
六月十一日午前十一時四十五分。たった今授業が終わり、昼休みとなったばかりの普通科高校生だ
「空はあんなに蒼いのに…」
『曇ってるけどな』
紅零のつぶやきに答えたのは、紅零の裏人格だった
紅零は「解離性同一性障害」であると医師に診断された。妹の紗奈も同様に「解離性同一性障害」との診断を受けている
そんな紅零たちを疎ましく思ったのか、紅零たちの両親は紅零たちに一軒家を与え、行方をくらませた
それでも家のお金と通信費、学費と生活費は両親がおいていったという口座に振り込まれているというのだから驚きだ
「クロガネ、今何時?」
『十一時五十分。授業終わりから五分しかたってない』
「かー、昼休みが長すぎて暇だー!」
紅零は周りに人がいないことを前提に声をあげた
が、そんな紅零の思惑は外れてしまう
「そんなに長いかしら?」
「!…委員長か、何の用だ」
ぶすっとした顔で、唐突な来訪者にぶっきらぼうに問いかけた紅零は、飲み終えたいちごミルクの紙パックを握りつぶした
よほどこの「委員長」がいやなのだろう
「いつまでも貯水塔の上にいないで、私の目の前に来なさい?」
「断る。お前は俺に何をするかわからん」
「あら。それでも私を「お前」と呼ぶのね。信頼してくれてるのかしら?」
「勝手にそう思っておけ」
委員長は、今のところ、唯一本人たち以外で紅零と紗奈の「解離性同一性障害」の正体を知っている人物だ
だからこそ、紅零は警戒している
―――いつか裏切られるんじゃないか、と
紅零はブレザーの裏ポケットから少し大きめのナイフを取り出した
それは、世の電気工事を担う電気工事士が使う電工ナイフと呼ばれる折り畳み式ナイフだった
「まだあの子の遺品持ってたのね、紅零」
「ああ、捨てられないんだ。なんでかはわかんないけどな」
紅零は手の中で慎重かつ大胆に展開したナイフを回した
そのナイフは、紅零の元同級生で、近くの工業高校の女子生徒が自殺した後に郵送されてきた遺品で、紅零は遺族に返そうとしたが、「持っていてあげてほしい」と言われてもらってきたものだ
「原因なんてわかってるわよ。紅零の甘えでしょ」
「そうかもな」
『初恋の人にもらったものが捨てられない、か。ヒャハハハ、笑うしかねぇなぁ?』
クロガネの独特な笑い方に、内心イラっとしながらも紅零はナイフを折りたたんで仕舞った
「で、本当は何しに来たんだよ、神楽坂莉琉?」
「お昼誘ってあげようと思ったのよ。ほら、出てきなさいよ、五葉天羅」
「なんで今紹介するみたいに名前言ったんだお前」
莉琉が視線を向けたのは屋上への唯一の出入り口であるドアだ
文句を言いつつも、紅零の視線もドアに向けられた
「こ、こんにちは…」
「よう、五葉。また神楽坂に何かされたのか?」
「またってなによまたって」
「う、ううん。今回のこれは私が莉琉ちゃんにお願いしてやってもらったの…」
紅零は、この大人締めな天羅という少女が好きだった
もっとも、人間的な好き、ということだが
「五葉が…神楽坂に…?」
「ご、ごめんね…?」
「いや、別に構わないが…」
紅零は視線で莉琉に事情説明を要求したが、莉琉もまた視線で後にするよう要求し、紅零はその要求をのんだ
「で、どうしたんだ?勉強のことはほかの奴に聞いた方が早いぞ?」
「勉強のことじゃなくて…その…」
「勇気出しなさいよ、天羅」
「う、うん。紅零君、明日の土曜日…その…予定ある…?」
「あー、無かったと思うぞ。スケジュール表教室だから確実とは言えないけど」
紅零はなんとなく「予定ないんじゃね?」という勘で答えた
莉琉はおそらくそれを察したのだろう。天羅にはきこえず、紅零には聞こえるようにため息をついた
「じゃ、じゃあ…明日、お買い物行かない…?」
「構わないけど、五葉部活は?」
「部活のものを買いに行くのよ。それくらい察してあげなさい」
「?まあいいや、わかった。集合場所と時間だけ教えてくれな。あとでメアド教えるから」
「う、うん。ありがと…!」
天羅は嬉しそうにほほ笑んだ