2-1-10(第82話) 大切だからこそ…。
ちょっと暗めのスタートですが、最後まで読んでみて欲しいです。
重たい空気のまま馬車を走らせ、もう2日。
距離もだいぶ稼げて、あと10キロちょいってところだ。
明日も順調に進めば明日には着くだろう。
だが、
「「「「「「………………」」」」」」
食事時のこの静かな時間がちょっと辛い。
原因を作った俺が悪いのだが、あれは仕方がない。
ルリを死なすわけにはいかないからな。
「…ふぅ。ごちそうさま。それじゃ、俺はもう休む。夜の見張りは任せた」
「お兄ちゃん!」
「…何だ?明日も朝早いから、夜の見張り番の人以外はさっさと…」
「話があるの。ルリと…」
「「「私達が!!!」」」
「お、おぉ…」
何だ?何か怒っているような…?
でも何に対してだ?
確かに空気を重くした張本人だから、多少怒られてもしょうがないとは思うが、そんなに怒ることなのか?
「あ、牛人さんはもう寝ていて大丈夫だよ♪お休みなさい」
「え?でも…」
「そうです!明日のためにも、休息は必要です!」
「…ん。早く休む」
「わ、分かりました」
そう言って、牛人を馬車の中に入れる。
すると、一瞬で空気が変わる。
重くなっていた空気が冷たくなる。
「ルリちゃんから全て聞きました。アヤトが何故、ブラックメイキンジャーと1対1で戦おうとしているのか。そして、黒い一つ目巨人のことも…」
「え!」
俺はルリを見る。
途端、ルリは頷く。
「ルリちゃんを責めないでください。私達がどうしても知りたかったことだったので、ルリちゃんは悪くないです」
俺がルリを見たことで、俺がルリを非難すると思ったのか、リーフはルリの正当性を語る。
別に俺はルリを非難するつもりはなかったんだけどな。
「あの戦争でアヤトとルリちゃん、白竜皇と黒竜帝の4人?だけが私達とは比べものにならないほどの大怪我をしていました。その時は白ランクの魔獣の大軍にやられたのかと思いましたが、違うんですよね?」
「…」
俺はリーフの的を射る発言に何も言い返せない。
「そして、ルリちゃんから、黒い一つ目巨人がどれほど強いのかも聞きました。全力で魔力障壁を張っても破られ、ただの拳で竜巻を起こせるほどの怪力だと。それをアヤトは機転を利かせてようやく倒せたことも」
「……」
俺はクリムの発言をただ黙って聞いていた。
「…そして、アヤトがまだ何か隠していることもなんとなく察しがついている」
「………」
イブの発言に俺は3人の目をまともに見ることが出来なくなり、目を逸らす。
だが、それを3人は許さない。
俺が視線を外そうとすると、リーフ、クリム、イブのいずれかが必ず視線に入るように移動する。
そして、俺は視線を外すことが無理だと分かり、目を瞑ろうとすると、3人はあの手この手で俺の行動を妨害する。
まるで、俺のすることが全部分かっているみたいだった。
「アヤト。教えてくれませんか?」
「…悪いが、教えるわけにはいかない」
きっと、教えたらこの3人はそのブラックメイキンジャーと戦うつもりだろう。そして、それは死を意味する。
俺だって、ここにいる全員を死なせたくはない。
だから、1番可能性のある俺が1人で行くことで全部解決する。
そのはずだ。
それなのに、なんでこんなに心が苦しい?
「お兄ちゃん…ここにいる人達は大切な人達だよね?だから、お姉ちゃん達を守ろうとしているんだよね?」
「…ああ」
恥ずかしながら、その通りだ。
俺は真っ向から自分の気持ちや思いを言えるほど、できた人間じゃない。
ましてや、俺はボッチだ。だから、自分の考えはともかく、気持ちを伝えるのは苦手だ。
「でもさ、守られているお姉ちゃん達も苦しそうだよ?それでもお姉ちゃん達を守っているって言える?」
「それは…」
「それに、お兄ちゃんも苦しそうだよ。なんで?」
「え?」
「お兄ちゃんは気付いてないかもしれないけど、2日前からずっと苦しそうな顔しているよ?」
まったく気付かなかった。
自分の表情なんて気にしたことなんてあまり無かったからな。
「お姉ちゃん達だって同じだよ。お兄ちゃんのそんな辛そうな顔を見れば、何か助けにならないか、必死に考えるんだよ?でも今回は分からなかったから、直接聞いているんだよ?」
「…俺は、それでも…」
教えるわけにはいかない。
もし教えた後、この中の内誰か1人でも死んだら、俺は自分を激しく責めるし、後悔もするだろう。
だから…!
「…今のお話し、本当ですか?」
「え?」
俺は驚いた。
何せ、寝ていると思っていた牛人が馬車から出てきたのだから。
「…どこまで聞いた?」
「えっと…、黒い一つ目巨人がどうとか、そのあたりからです」
「最初から聞いていたのか…」
だがまだ大丈夫だ。
俺はまだ肝心な事は言っていない。
まだ、引き返せるんだ。
「もうこれ以上は聞かない方が…」
「ご主人様は、どうやったら、笑ってくれますか?」
「は?」
こいつ、急に何を言っているんだ?
「ご主人様は言いました。「お前がそんな顔をするな。そんな顔されちゃ、俺だって辛くなる」と。今のご主人様は、見ていてとても辛そうな顔をしています。それを何とかしたいと思うのは私達のわがままでしょうか?」
「…」
確かに自分が言った手前、そうじゃない、とは否定できない。
「ご主人様が私達の笑顔を見たいように、私達も、ご主人様の笑顔を見たいのです。だから、」
牛人は俺に近づき、そっと手を握り、
「いつもみたいに笑ってもらうために、私達はどうすればいいのか、教えてくれませんか?」
「…だったら、もう何も聞かないで…」
「それだと、ご主人様が笑ってくれないので却下です」
出来れば最後まで言わせてほしい。
「それでしたら、私が案をだします」
「案、だと?」
「はい。ご主人様が抱え込んでいる事を私達に全部言うことです。そうすればきっと楽になれます」
「そんなことをすれば…!」
もう後には引き返せなくなる。
下手すれば、狙われる可能性だってある。
「考えていることはわかりますが、そう悲観的に考えないでください。私達が協力すれば、きっと解決策は見つかるはずです」
「…」
「…戸惑う気持ちも分かります。私もルリ様に言われて、勇気を出して言えたのですから」
「…ルリが?」
俺は思わずルリを見る。
「うん。牛人のお姉ちゃんが今のお兄ちゃんみたいな顔していたから…」
「そうなのか…」
俺はそんなに辛そうな顔をしていたのか。
「「「アヤト!!!」」」
「な、なんだ?」
俺は3人が急に声を上げたことに驚く。
「そんなに、そんなに私達が頼りないですか?」
「そうです!私達3人が協力すれば、黒ランク相当の魔獣だって倒して見せますよ!」
「…まだ足りない?」
「…そうじゃない。ただ、」
「「「ただ???」」」
「…俺は…怖いんだと思う。このことを教えたせいでこの中の内、誰か1人でも死んだらと思うと俺は…!」
すると突然、誰かの手が俺の手を握り始める。
それは、クリム、リーフ、イブの3人だった。
「そんなもしもの事を考えても仕方ないと思います」
「そうです!それはその時に考えましょうよ!」
「…今は上を向いて歩こう」
「?上じゃなくて前を向くんじゃないの、イブお姉ちゃん?」
「…間違えた」
わざとなんじゃないかと思えるその間違い方に俺は思わず、
「ぷっ」
笑ってしまった。
「「「「あ!笑った!!!!」」」」
俺が笑うことがそんなにおかしいのか。
だが、すぐにそんなことはどうでもよくなった。
それより今は、
「みんな、ありがとう」
みんなに感謝の気持ちを伝えたかった。
「それじゃあお兄ちゃん…」
「ああ。言うよ。でも、この件が終わってからでいいか?」
これは今の俺ができる最大限の譲歩だ。
もし、このことを知って、戦いに集中できなくなったら意味が無いからな。
「…分かった。ヘタレのアヤトにしては頑張ったと思う」
「確かにアヤトはヘタレですからね」
「ですね~」
「?お兄ちゃんはヘタレなの?」
「ご主人様はヘタレなのですか?」
「…」
意義を申したいところだが、心当たりがないわけじゃないので、言い返せない。
「…とりあえず、今日はもう休もう」
「「「「「はい!!!!!」」」」」
今日は久々にぐっすり眠れた。
今週の投稿はこれで終了です。
来週も投稿します。
次回からは、牛人の村での戦いです。