1-3-19(第69話) 新たな仲間、【牛人】
は?
いや待て。俺の頭がおかしくなったのか?
一度整理しよう。
俺達は馬と馬車を求めてこの店に入った。
そして、その馬っていうのが、
「モー」
さっきから鳴いているこの女性?ってことなのか?
…。
さすが異世界。この店員が何を言っているのか、理解できない。
まず、一つ、突っ込ませてほしい。
馬じゃないの!?
俺は馬を購入したいと言ったはずなのに。
それなのに、この女性?を紹介してきやがった。
しかも店員が俺にお薦めだと言ってくる。
何これ?ドッキリなの?実はどこかに隠しカメラがあるんじゃないのか?
俺がこんなに驚いているのに、イブは…驚いているな。
そりゃそうだろう。馬を紹介するのかと思ったら、女性?を紹介されたのだから。
ルリは…無反応だ。
「…驚いた。まさか【牛人】に会えるなんて…」
「そこのお嬢さん、実にお目が高い!そうです!この娘、【牛人】なんです!」
「【牛人】?なんだそれ?」
あまりに非常識なことが起きていたために、【牛人】という単語を聞き流すところだった。
今はしっかりと聞いておこう。
「牛人は、馬よりスタミナと力があり、人の言葉を理解する種族です」
そりゃそうでしょ!だって人だもの!人の言葉ぐらい理解したって不思議じゃない。
…それはそうと、聞くだけだと確かに有能そうだ。
だが、俺は今までその牛人とやらを一度も見たことがない。
それ程珍しい種族なのか?
だとしても、なぜ俺に売ろうとしている?
…こういうことを考えるのはあまり得意じゃないな。これはイブの意見を聞こう。
「イブ。どう思う?」
「………買っておいて損はないと思う。ただ、アヤトが嫌なら、買わなくてもいい」
「…そうか…」
正直、何故こんなにこの女性?を薦めるのか気になる。
「おい店員さん。何故その女性?を俺に薦める?俺は馬を購入したいと言ったはずだが?」
俺は少し強めに言ってみる。
何事も始めが肝心だ。ここで舐められたら、後々悪影響が出るかもしれないからな。
「…私は、王城で働いている執事さんと知り合いでしてね。そこで貴方のことを色々と聞いていたのですよ。私自身、あのエン公爵に恨みがありましたので、ぶっ飛ばしてくれたお礼も兼ねているのですよ」
あの決闘、知っていたのかよ。
それに、そんなことを言われると恥ずかしいのだが…。
「あれ?お兄ちゃん、なんで顔が赤くなっているの?」
「…そんなことより店員さん。この牛人のデメリットはなんだ?」
「…好き嫌いが激しいことです」
「好き嫌い?」
どういうことだ?
俺にだって、食べ物の好き嫌いはあるし、人の好き嫌いもある。
まぁ、好き嫌いするほど、他の人と交流できた試しがないがな。
…俺のことはどうでもいいな。
「どのくらいだ?」
「好きなら、生涯一生かけてでも、あなたに尽くすでしょう。しかし、嫌われた場合は、一生、あなたに蹴り等の暴行を加えたり、命令無視をしたり、様々な嫌がらせをしてくるでしょう」
…なにその大博打?
成功しても、失敗しても、一生俺に付きまとってくるの?
タチが悪いストーカーじゃないか!?
そうだな…。こんなことでこの女性?の一生を決めるのは悪そうだし、今回はやめておくか。最悪、俺が馬車を引くのも考えておこう。まぁ、訓練だと思えばいいか。地球だったら、何その罰ゲーム?ってなると思うけど。
「えっと…、今回は買わない、ということでいいです。馬車だけ見せてください」
「んモゥ!??」
「ええ!?いいんですかい?こんな機会、滅多にないですぜ?」
「まぁ、俺は牛人が見ることができて満足です。それに、一生嫌がらせされるのは流石に…」
「…まぁ、あんたがそう言うのなら仕方ないけど…」
「モー!?モーー!!モーーー!!!」
「…あの、もう一度、検討してくれないですかね?」
「と言ってもな…」
俺はできれば博打なんてしたくない。いつだって安全に安心、そして楽したいのだ。こんな大博打するくらいなら、しないほうがいいと思うんだけどな。
…さっきから、俺の事をじっと見つめてくる牛人。
そんなに俺の事が気になるのか?
少しくらい、話を聞いてからでもいいか。
「えっと…、お前はなんで俺に固執するんだ?俺じゃなくてもいいだろ?」
「モゥ!?モーモーモー!」
…首を懸命に横に振っている。
おそらく、俺じゃなきゃダメだという理由があるのか?
だが、理由を聞こうにも、モーモーと鳴くだけでは、俺には何を言っているのだか、さっぱりわからない。
「お兄ちゃん。この娘、お兄ちゃんに運命を感じたんだって」
「運命?そうなのか?」
「モゥ!!」
今度は首を縦に振る。
…さて、どうしようか。
メリットは、馬車を引っ張る足として、今後使えることだ。
一方、デメリットは、一生付きまとってくることだ。
後は俺に嫌がらせをするかもしれないことだ。
これは直接確認するか。
「おい、牛人。これは確認なんだが、俺がお前を買ったとして、一生俺に嫌がらせをしないか?しないんだったら…」
「モゥモゥモゥ!!!」
またも首を何度も縦に振る。
「…アヤト。ここまで牛人が素直なのは珍しい」
「そうなのか?」
「…本来、牛人はひねくれた性格で、決して本心を見せない種族だと聞いておりましたが、ここまで人の言うことに答えることはほとんどありませんよ?」
本来はひねくれているだと?
それじゃあ、今の返事も嘘をついている可能性があるってことか!?
あぶねー。危うく騙されるところだったわ。
なんか本気っぽいきはしたが、それも演技ってことか。
まったく、地球もこの世界もやることはたいして変わらないのか。
だとしたら、俺のやることは1つだ。
「やっぱ買わない。この牛人が嘘ついているかもしれないからな。この場で嘘つくやつは俺達の旅に要らない」
「んモゥ!??」
「…アヤト、いいの?」
「いいよ。だってひねくれているんだろ?だったら今までのが全部演技だとしたら辻褄が合う」
何故俺をそこまで買い被るのか、これで説明がつく。
要するに、あの牛人は俺にも、自分の心にも嘘をついていたのだ。
なんでそんなことをするのかは知らないが、俺はそんな奴は信用できない。
だから、連れて行かない。
「モー…」
「お兄ちゃん、あの娘、悲しんでいるよ」
「それも演技じゃないのか?」
俺はこの店を後にしようと、牛人に背を向け、歩き出そうとすると、
「…お願いします。私を、買ってください…」
か細い声で、牛人がおれに話しかけてきたのだ。
あれ?こいつ、モーと鳴くことしかできないんじゃないのか?
話せるんだったら、最初から話してほしかったな。
そして、牛人が話を吹っ掛けてきたことに、全員、牛人の方を向いて、驚いていた。
「…まさか、牛人が自ら話を切りだすなんて…」
「こんな光景を見られるなんて、私は幸せ者です」
「へぇー。この娘、話せたんだぁ」
俺としては、話ができるのなら、それに越したことはない。
だからと言って、この女性?を買うつもりはないがな。
「…アヤト、この娘は買うべき」
「…なんでそう思うんだ?」
この女性?が自分から話をし始めた途端、急にこの女性?を薦め始めた。
何故だ?もしかして、この女性?が喋ったことに関係しているのか?
聞いてみるか。
「…なんでだ?」
「牛人が話を切り出した人。その人はその牛人にとって、一生仕えるべき主だと認めた、ということ。だから、連れていくべき。これは種族の掟だから、嘘をつくことはない」
…つまり、この牛人は、俺が仕える主だと決めて、俺に話しかけてきたってことか。そして、それは紛れもなく本心だということ。
う~ん。どうするか。
買うべきか、買わないべきか。
………買うか。
案ずるより生むが安しって言うし、買っておいて損は無いだろう。
「…店員さん。こいつはいくらだ?」
「はい!この牛人は200万円となっております。」
「200万!?」
俺はこの世界に車で、普通に過ごしてきた。
だからこそ、この大金を使う買い物はどうも慣れない。
ましてや今回の買い物は人の命だ。人の命は金にはできないと、学校では習ったが、やはり異世界、普通に値段がつけられているな。こういうことが今後、あるかもしれないからな、慣れておかないと。
「あの…不満ですか?」
「いや、買い物にこんな大金を使うのは初めてでな、驚いただけだ」
「そうですか。でも、今回は大サービスですからね?」
「?どういうことだ?」
「…牛人は普通、もっと高額で取引される」
俺が店員の言う“大サービス”に疑問を持っていると、イブが俺に言ってきた。
「牛人は普通、億単位で取引される。今回、この店員は大赤字覚悟でアヤトにこの牛人を売ろうとしている」
「お、億ぅ!?」
えぇ!?まじで!?こいつ、こんなに高かったのか!?
それにしても、1億以上する商品を200万円で売るとか、赤字レベルなのか?下手したら、店をたたむ事態になってもおかしくないと思うんだけど…?そうまでして、何故、俺にこの牛人を売ろうとする?ただの恩返しだけじゃない気がするな。
「…おい、俺に恩を売って、何が目的だ?」
「目的なんかありません。ただのお礼です」
「…本当か?」
俺はヤのつく職業の人のごとく睨みをきかす。
「本当です」
それに対し、店員は俺の睨みを真正面から見て、ピクリともせずに返事を返してきた。
こいつ、本気で…。俺は軽く深呼吸をして、
「悪い。ちょっとやり過ぎた」
「いえ、気にしておりませんので」
「そうか、それじゃ…はい」
俺はアイテムボックスから200万円を取り出し、そのまま渡す。
「…さすがですね。魔法鞄まで持っているとは…」
魔法鞄?それが何なのか知りたいところだが、ごまかしておこう。
「…まぁな」
「…はい。確かに200万円受け取りました。そして、これが契約書となっております。どうぞお確かめを」
「お、おぉ」
…なんか家を買うときに書かされる契約書を彷彿とさせた。だがその契約書には、俺がこの牛人の所有者であることをつらつらと書かれている。そして一番下には、名前を書く欄があった。
「内容が確認できたら、この契約書と、この書類にサインをお願いします」
「…おぉ」
また新しい書類が店員の袖から出てくる。
読んでみると、領収書とその控えみたいな物だった。こんな物にもサインは必要なのかと考えながら、俺は「アヤト」とサインをする。これで問題は無いだろう。
「これでいいか?」
「…はい、大丈夫です!これでこの牛人はあなたの物です。大切にしてくださいね?」
「…わかったよ。それじゃ、行こうか、えっと…?」
「名前はご主人様が決めてください」
「…わかった。とりあえず後で考えておく。それまでは牛人って呼ぶからな?」
「はい!」
そう言って、牛人は俺に微笑んだ。
だが、ある人を除く全員は気づいていなかった。
その牛人の笑顔がぎこちなく、どこか寂しさを感じていたことを。
そして、唯一気づいた者、ルリは、
(?あの娘、もしかして、…気のせいか)
考えてみたものの、結局気のせいだと思い、流してしまう。
果たして、その行動が吉とでるか、凶とでるか、それはまだ、誰もわからない…。
ちなみに、馬車も一番大きいのを選んだが、400万円近くした。
…この牛人が二人買えたな、なんて考えたのはみんなに言わないでおこう。
「あ、そうそう。近くにある装備屋の店員もお礼がしたいって言っていましたよ。是非、立ち寄ってあげてください」
「え?…わかった…」
あんな恥ずかしい思いをまたしなくちゃいけないのか…。
俺は気を落としながら、この店を後にする。
この牛人の名前を募集したいと思います。
一応、「白」と「黒」をイメージしてつけてくれるとありがたいです。
感想と一緒にお待ちしております。
無ければ自分で考えます。
今頃ですが、名前付けって難しいです…。




