4-2-49(第323話) 黄の国での決闘~その6~
「あ」
そういえば、ザッハに勝てた喜びのあまり、マーハンの事を忘れていたわ。うっかりしていた。
「…?どうかした?」
「いや、あの女はどこかと・・・?」
あれ?さっきまでいた場所を見てみたのだが、既にいなくなっているな。
(もしかしなくとも逃げたか?)
自分の全てを手放したくないからって逃げるとか、意地の悪いことをしやがる。これじゃああいつの資産や権利が獲得できないじゃないか!ま、店の権利をもらったところで上手く経営出来る自信はないのだが。お金だけもらいたい。そして少しだけギャンブルで溶かしたい。たまには豪遊してみたいお年頃なのである。
「いやー流石ですね」
と、拍手の音をさせながら決闘場中央に現れたのはマーハンだった。こいつ、今からありとあらゆるものを失うというのに随分と余裕だな。
「お前、今の状況を分かっているのか?」
俺は改めてマーハンに確認する。まさか、約束をすっぽかすつもりじゃないだろうな?
「いえいえ。それにしても、まさかこちらの最強冒険者が負けるとは思いませんでした。流石です」
と、マーハンは笑顔を作り、俺に見せてくる。なんか、怖いな。俺の気のせい?
「それでは第6回戦を始めるとしますか」
「「「・・・は???」」」
まさかのマーハンの言葉に、俺達全員は言葉を揃える。
こいつ、何を言っているんだ?
第6回戦?そんなの無いに決まっているだろう?3対2で俺達の勝ち。そして、マーハンの負け。それで終わりのはずだ。それに、第6回戦をし、マーハンが勝ったところで引き分けじゃないか。そんな決闘誰が受けるっていうんだ?
「そんなのやるわけがないだろう?第一、誰が出るというんだ?」
おそらく、マーハン側で最も強いのはザッハだろう。それ以上に強い奴はこの場にいないはず。俺の見立てが間違っていなければ、ではあるがな。
「私があなた達の相手をしましょう」
と、マーハンははっきり言ってきた。
・・・え?こいつ、もしかしなくとも俺らに勝つつもり、なのか?俺の見立てでは、ルリやクロミルはもちろんのこと、リーフ、クリム、イブでも勝てるだろう。そんな人がどうやって勝つつもりなんだ?相手を指名するのか?
「相手は私と・・・、」
マーハンは周囲に目線を送ると、続々と決闘場場外から武装した人間達が数多く出現した。こいつら、いつの間に!?
「やはり来ましたか」
「めんど~い」
リーフ達は既に事態を飲み込んだのか、戦闘態勢に入っていた。ルリも文句を言いつつも、戦闘態勢に入っていた。・・・ねぇ?なんでそんなにみなさん臨機応変に対応できているの?俺、事態についていけていないんだけど?
「そして、あなた方の勝利条件は、私達全員を倒すこと。そして敗北条件は、あなた達全員が倒れる事よ」
まぁ、なんとも不利な事。どう見ても俺達より人数多いじゃないか。きったねー。俺もこんな大人にはなりたくないものだ。
「さて、それでは決闘を・・・、」
マーハンは何やらポケットから小瓶を取り出した。何あれ?色が紫とか、如何にも怪しい…てあいつ、飲みやがったぞ!?紫色の液体を飲むとか勇気あるな。いや、実はあの液体、美味しいのかもしれない。そういえば栄養ドリンクも変なにおいがしたり、変な味がしたりしていたな。そういう類のものなのか?
「始めましょうか?」
マーハンがそう言った瞬間、周囲にいた冒険者達が俺達に襲い掛かってきた。
(やば!?)
俺は今、万全の状態ではない。むしろ、まだ痛みが引いておらず、右手が痛む。左手だけでも戦って・・・、
「!」
「ぐ!?」
俺に襲い掛かろうとした冒険者は、何者かに吹っ飛ばされていた。
「まったく。負傷している我が主を狙うとは。私がご主人様に対する攻撃を許すと思っているのですか?」
「あ、わりぃ、クロミル」
俺を助けてくれたのはクロミルだった。
「いえ。これぐらいたいしたことではございません」
クロミルは未だ立ち上がっていない俺に手を差しのべ、立たせてくれた。
「ここは私達に任せて、ご主人様はあの者の元へ向かってください」
「ルリも一緒に守るよ~」
そう言った二人は、今もヤヤ、ユユ、ヨヨを守っているイブ、クリム、リーフの元へ向かった。あの6人の周りには二十以上いそうだからな。味方が多いことに越したことはないだろう。
「分かった。二人とも気をつけてな」
「は!」
「うん!」
さて、マーハンのところへ向かうとするか。
そういえば、マーハンは何処へ?さっきいきなり決闘場の中央に出てきたかと思ったら急にいなくなっているな。急に出てきた冒険者共に視線を奪われて気づかなかったわ。さてさてどこへ・・・て、いた。
(だがしかし、何故マーハンはザッハの元へ向かったんだ?)
俺はそんな疑問を持ちながら、マーハンとザッハの元へ気持ち駆けった。
マーハンとザッハとの距離が近づいていくなか、二人の会話が少しだが聞こえてきた。
「・・・どうした?負けるはずの無い男が負けて、気でも狂ったか?」
「確かに、あなたが負けたことは驚きました。ですが、これもいずれは来るだろうと思っていました」
「?どういうことだ?」
「あなたが負ける時も踏まえ、ある計画を練っていたのですが、正解でした♪」
その時、マーハンは笑っていた。笑っていたのだが、成人男性が思わず二度見三度見してしまいそうな薄気味悪さを帯びていた。
「・・・どういう、ことだ?」
ザッハはさきほどと同じ問いを繰り返す。
「そんなことよりあなた、生き別れた母親と妹達を探しているそうですねぇ?」
「あ?あ、ああ」
ザッハは何故いきなり消息不明になった身内に関する話になったのか分からず、空返事する。
「何でも、魔獣共が急に襲ってきたのだとか」
「あ、ああ」
「それ、私」
「は?」
ザッハは思わず呆けてしまう。何せ、目の前の女性、マーハンが何を言っているのか理解不能なのだから。
「だから私が、魔獣共をたきつけた張本人であり、あなたの母親よ」
そのマーハンの言葉に、
「・・・は?え?お?は?」
自分でも何を言っているのか分からず、まともな文を述べずに発音する。
「だから、私があなたを独りにした張本人なの」
マーハンが独り、という言葉を使って、ザッハにさきほど言った内容を簡単に伝える。
「!?」
そして、ザッハはようやくマーハンの言っている内容を理解することが出来、驚き、怒り、疑惑、様々な感情が湧き出る。
「・・・例え今のお前の言葉が全て真実だとしても、それを何故俺に言った?そもそも、さっきの内容は全て本当なのか!?」
ザッハは思っていることを、怒気を込めながら発言する。
「ええ。なんなら魔紋認証してみる?きっと血の繋がりが証明されるわよ?」
マーハンが言う、血の繋がりの言葉の意味が分からないほど、ザッハは鈍感ではない。マーハンの言葉を聞き、ザッハには怒りと疑惑の感情が膨れ上がる。
「・・・なんで、なんであの時、俺達兄妹を引き裂き、父親を見殺しにした!?」
「そんなもの、あいつの遺産目当てに決まっているじゃない」
「え?」
「あいつ、普段は質素に生活していたものだから、資産は潤沢だったのよねぇ」
「・・・それだけ、じゃないよな?」
「それだけよ?あんたの父親の遺産目当てに魔獣を襲わせ、あいつを亡き者にし、遺産を持ち逃げして、事業を起こしたの。それが大成功して、今はこうして商王として君臨できているの」
「・・・」
ザッハはもう、何も言えなかった。
確かに父親の死にざまを目の前で見た。だが、母親の亡骸を直接見たわけではない。だから、母親が生きている可能性もあった。だが、まさかこんなところで、今まで探し続けてきた身内がこんな身近にいるとは誰が思うだろうか。
「なんで、なんで今になってそんな事実を告白した!?今までだって言える時があったんじゃないか!!??」
ザッハとマーハンは、今日が初対面ではない。
それまでに何度も何度も対面してきた。それも、マーハンがザッハに指名依頼をするくらい、密接な関係を築いていた。
「何でって、あなたが無敗で無敵だと思っていたのに、今日負けたからよ。負けたから、私の信頼を裏切った」
「・・・」
ザッハは今回の依頼、ザッハが勝つ前提で受けている。そう言う意味では、ザッハは依頼遂行に失敗し、マーハンの信頼を裏切った。その認識がザッハにあったから、ザッハは何も言えなかった。
「だから私がやるの。あなたが出来なかったことを」
ザッハは、その出来なかったこととは、彩人との決闘に勝つことだと判断した。さきほどザッハは彩人と決闘し、敗北した。だからそうなのだと判断する。
「ああ。ちなみに言っておくと、あそこにいる三姉妹、あなたが探していた妹達本人よ」
マーハンはザッハの元へ爆弾を投げつける。その爆弾は、今も意気消沈しているザッハの起爆剤となる。
「・・・え?」
最も、もう驚き過ぎて疲れているのか、起爆するのに時間がかかる。
「・・・もしかして俺は・・・だとすれば・・・」
ザッハは最初、マーハンの言っていることが嘘であると推測したが、魔紋認証すれば家族であるか否か判断できるので、そんなことで嘘をつかないだろうと判断する。
であればザッハは、自分は今、妹達の全てを奪おうとしていたことになると、今知った。危うく、妹達の人生を食いつぶすところであったと。いくら知らなかったこととはいえ、ザッハの心に絶大な後悔が生み出される。その後悔と共に、知っていながら兄妹二人を対立させた張本人、マーハンにこれまで以上の怒りを向ける。
「マーハン!てめぇ!!どうして俺をここまで煽るんだ!?どうして今の今まで・・・!?」
ザッハは今まで自分が行ってきたことを振り返る。
それは、自身が戦い、勝利してきたことで、他の者達の人生を全て食いつぶし、台無しにしてしまったのではないか。そんな後悔が、妹達と対立してしまったことで考えてしまう。そして、ザッハは、マーハンがザッハを煽っていると判断した。彩人との決闘で敗北という今までにない辛さが新鮮に残っている。その辛さに相乗効果が伴うかのように、マーハンから今まで追い求めてきた自身の身に起きた惨劇の真実。脳に蓄積可能な記憶情報が限界を超えそうだった。
「どうしてって、これも計画の一つだからよ」
「計画、だと?」
「ええ。この計画には、強い人間の激しい怒り、後悔、哀しみ。そういった感情が必要なの」
「?どういうことだ?」
ザッハは、マーハンが何を言っているのか分からず、マーハンに質問する。
「そして、そういった感情を帯びている強い人間の体の一部を触媒にするの」
「しょく、ばい・・・?」
ザッハは、マーハンが言った触媒という言葉に疑問を持つ。
「つまり、あなたの体の一部を取り込む必要があるの」
「取り、込む!?」
「こんな風に、ね?」
瞬間、ザッハの左上が消える。消えた代わりに、赤い飛沫が出現する。その出現には、ザッハの痛みが伴う。
「!?」
ザッハは、今自分が何をされたのか分からず、ただ左腕の激しい痛みに、右手で左腕を触る。触れた感触に、自身の肌の感触は存在せず、粘性のある液体の感触があった。そして、マーハンの口元に赤い何かが飛び散っている。その光景を、自分の身に起きた何かを理解するのに、そう時間はかからなかった。
「てめぇ!俺の腕を食ったのか!?」
「ええ。これも計画に必要なの」
「計画計画って、一体お前は何をするつもりなんだ!?」
ザッハは失った左腕の部分を抑えながら叫ぶ。
「そうですね。もう完了したので教えるとしましょう」
そう言い、マーハンは口元に飛び散っているザッハの液体を舐める。
「私があなた以上に強い人間になり、あなたに勝った者を、その人間に関わった者をみな殺しにすることよ」
そう言った後、マーハンは不敵に笑う。そのマーハンの背中からは、普通の人間なら生えるはずのない黒い何かが生える。
「!?」
ザッハは、マーハンの身に何が起きているの分からず、ただ驚くことしか出来ない。ザッハが驚いている間も、マーハンの身に変化が起き始める。
背中に生えた黒い何かは、少しずつ形を変え、細長くなり、翼となる。体の色は肌色から黒く染まり、黒人以上に肌が黒くなる。爪の長さも獣並みに伸びる。最早、人間とは呼べない生物へと、マーハンは変貌を遂げる。
「お前、その姿は・・・!?」
そのマーハンの変貌ぶりに驚くザッハだが、変貌を遂げたマーハンの姿に再び驚く。何せ、ザッハはマーハンの現在の姿に、ある言葉が連想出来たのだから。
「まさか、【黒い悪魔現象】!?」
それは、かつて彩人達が目撃した【黒い悪魔現象】であった。
次回予告
『4-2-50(第324話) 黄の国での決闘~その7~』
マーハンから考えたこともない話を聞かされてザッハは驚く。その話を聞いていたのはザッハだけではなかった。
こんな感じの次回予告となりましたが、どうでしょうか。
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