2-3-33(第158話) カオーガの病気。そして旅立ち。
いよいよこれで『第2色 青の国』編が終わりです。
「…どういうことだ?」
もしかして、自分の息子が機能不能、ということなのか?
いや、もしかたら別の理由が?
「兄は生まれつき、子供が非常に出来にくい体で生まれてきたらしく、様々な人と子づくりしていたそうですが、一向に成果がなく…」
「…」
恐らく、無精子症、に近い症状だったのかもしれないな。
人より精製される精子の数が少なくて子が出来づらいって、前にどこかで聞いたことがあったようななかったような。あいつ、そんな病気にかかっていたのか。
それにしても、これは本人の墓の前で話していい内容なのか?それでもって、色々な人とその、あれをしていたのか。
「それに、兄は我がグラント家次期当主だったので、後継ぎが必要ということで余計焦っていたのだと思います」
「焦って、か…」
確かに、人間、動揺してしてしまうとどうしても視野が狭くなりがちだ。ソースは俺。昔焦って階段で…。いや、これは今、関係ないか。
「それで、兄は一時期家に閉じこもり、閃いたそうなんです」
「何をだ?」
いや、この流れだと大体予想がつくけど、一応聞いておこう。
「こんな思いを誰かにさせてはダメだ。だから、他の人には常に子供に恵まれた環境にすべきだ!そう考えた結果が…」
「あのおかしな計画の発端だと」
「そう、日記に書いてあった」
「日記?」
あいつ、日誌なんて書いていたのか。まったく見えなかった。人は見かけによらず、か。
「そう。兄はちょくちょく日記に愚痴や子供を欲する気持ち、今自分が抱えている不満をつづった日記を最近発見して、それで今回のことが分かったんだ」
「なるほどな」
「…兄は俺と違い、とても優秀だったのに、まさか悩みがあっただなんて…!」
「…」
確かに、あいつのしたことが消えるわけではないが、生まれつき、病気を患っていたことには同情する。俺はそういう病気とはほとんど無縁だったからな。辛さはいまいち分からないが、ここでお悔やみ申しあげよう。
「…ところで、カオーガの病気になんで気づかなかったんだ?」
常に一緒に生活しているのなら、気づくきがするが、俺の気のせいか?
「俺は昔から兄と違い、離れで隔離されていたから、兄の細かいことまでは分からなかったんだ。ま、今となっては言い訳にしか聞こえないだろうけど」
「ふ~ん…」
なるほど、家庭の事情、か。
俺は家庭じゃなくて俺自身に問題があったからな。そういう事情はよく分からない。
こういう時は、変に同情するのではなく、話題を変える方がいい、気がする。なんとなくだが。
「…そういえば、お前、結婚していたんだっけか?」
「え?あ、はい。今は妻と執事、メイド達と過ごしていますよ。それが何か?」
こいつ。なんて勝ち組な生活なんだ。
執事やメイドのいる生活。一度は体験してみたいものだ。
そんな生活に嫉妬したのかどうかは分からない。
「…嫁さん。大切にしろよ」
自然とこんなことを口走っていた。
皮肉に聞こえるかもしれない。
心が全然こもっていなかったかもしれない。
だが、これはある意味、俺の本心だ。
大切な人を失うのは、誰だって辛いし。
「…はい、もちろんです。もう、愛を与えてもらいましたから」
「??そ、そうか?」
愛を与えてもらった、だと?
どういうことだ?愛って形、あったっけ?
「それに、“お互い”、大切にしていきましょうよ?」
お互い、だと?
「おい。一体何の話をしているんだ?」
俺は結婚なんかしていいなから、嫁なんていないはずだぞ!?
「そうですね。“お互い”頑張りましょうか?」
おい!なんでラピスはこいつの言いたいことがわかるんだ!?
「さ~て。何でしょうね?」
カイーガはさっきまでの重苦しい雰囲気とは真逆の、にこやかで明るい雰囲気をまとっていた。
ところで、なんで俺が墓参りをすると、カオーガが喜ぶと思ったのだろうか。謎だ~。
途中でカイーガと別れ、俺は集合場所に戻ってくる。
時間は、1時間くらい経過したかな。
その場所に行ってみると、
「…あ!?アヤトさ~ん!」
クリムが手を振ってきた。
(もしかして、俺が最後か?)
ちょっとゆっくりしすぎたか?そんなことを考えながらみんなに近づく。
「…アヤトが最後。はいこれ」
「これはなんだ?」
「え?これはマグロンの赤身ロールですよ。この国の名産らしく、とても人気なんです」
「それにすごく美味しいから、もう何本でもいけちゃうんです!」
「ふっふっふー。お兄ちゃん!ルリはね、もう9本も食べたんだよ。すごいでしょ?」
「…ふ。まだまだルリは甘い。私はこれ15本目」
ちなみに、このマグロンの赤身ロールは、にぎりこぶしくらいの太さで、大きいもので80センチはあるというとても大きな巻きずしである。俺も前に食べたが、これより一回り小さい細巻きサイズのものだったな。
「…ほんとにこの2人はすごいですね」
「ほんと。今もこうしてがぶりついているし」
「ね?」
「だな」
二人の底なしの食欲に呆れた4人である。
そして、これが青の国最後の食事となるだろう。
俺はこの巻きずしを食いながら、この美味しさをゆっくり噛みしめた。
「…ねぇ?本当に行っちゃうの?」
「あ?何を今さらのように言っているんだ?そんなの当たり前だろ」
何故ここまできて引き留めることが出来ると思っているのやら。
「バイバイ、ラピスお姉ちゃん」
「長いこと、あの別荘にはお世話になりました」
「いい鍛錬が出来ました」
「…あのベッドには感心した」
「ううぅ…。寂しいです…」
「…そうか?」
俺は別にそこまで悲しくはない。むしろ、なんでそこまで感傷的になっているのか不思議なくらいだ。もしかして、俺がおかしいのか?
「だって、せっかくいい人達と巡り合えたのに、ここでお別れするなんて…」
と、ラピスは泣き出す。もはやその顔に男だった背景は灰のように吹き飛んでいたようだ。元男とは思えないほど泣いていた。もしかして、元々こんな性格だったのか?
「大丈夫だよ、ラピスお姉ちゃん!また来るから!」
「ルリちゃん…」
「ね?そうでしょ、お兄ちゃん?」
「…そうだな。またいつか、な」
もしかしたら、またいつか会えると確信しているのかもしれないな。
いつでも会える。だから、そんなに落ち込まず、悲しむ必要もない。
そんなことを無意識のうちに思っているのかもしれないな。
そんな証拠はどこにもないが。
「…分かりました。最後にこれを」
と、ラピスは青い…玉?球?のようなものを差し出してきた。
大きさはテニスボールくらいか。
「それは?」
「いざという時のため、一瞬でこの青の国に飛んでいける宝珠です」
「…いいのか?」
これってものすごい価値があるんじゃないか?
おそらく、どんな場所でも、これを使えば一瞬で青の国に行けるなんて。これで戦争に使ったりしたら、相手国は不意打ちにタジタジだろう。ま、俺はそんなことには使わないが。使い道か。例えば…。
「うん。それを使って、いつでも遊びに来て。いつでも大歓迎だから」
「…分かった。大事にするよ」
「うん!」
「ご主人様。そろそろ行かないと…」
「おっと。そうだな」
俺はラピスに背を向ける。それを皮切りに、一言述べてから背を向けるみんな。
それに、
「ありがとう。ありがとう。ありがとう…」
今、ラピスが込められるだけの感謝を乗せて言う。
その感謝の言葉に耳を澄ましながら、牛車に乗り込む一同。
「それでは、行きます!」
…ゴロ。ゴロ、ゴロ。ゴロゴロゴロ…。
タイヤが回りだす。その速度はゆっくりであったが、
「さ、それじゃあ、次の国に向かいますか」
「「「「はい(うん)!!!!」」」」
次の国に向かうため、話し合いを始める。
その歩みは止めなかった。
「あ~あ。本当に行っちゃうなんて…」
彩人達を見送ったラピスは誰が見ても一目でわかるくらい落ち込む。
「…お前?ほんとは行きたかったんじゃないのか?」
「もう!そんな口の利き方は失礼でしょ!すいません、うちの馬鹿が…」
「ふん!王族だろうと一人の人間だろうが!俺は、自分が認めたやつにしか話し方を改める気はしねぇんだよ!」
「…本当にすいません」
「あ、いえいえ。そんなの気にしないでください」
と、ラピスはひょっこりと姿を現した二人組の冒険者、ドナットとガナッツは聞く。
「それより、本当のところはどうなのでしょうか?」
「…出来ることなら、僕も一緒に行きたかった、かな」
そう柔らかく笑うラピス。だが、その笑みには何か負の感情が含まれているようだった。
「でも、アヤトに言われたから」
「え?あいつに何を言われたんだ?」
「だから!もう!」
「…この国がもっと良くなったら、また来たいと思えるようになったら来るって」
「は?今だってかなり住みやすいはずだぞ?あいつ、高望みしすぎじゃないか?」
「確かに、先月よりかなり安心安全になっていますし、魔獣の数も減ってきているという報告もあります。今でも十分だと思いますが…?」
「それでも、これで満足する気はないよ」
ラピスは手を空高く上げ、
「いつか、アヤトさんに、“俺、一生ここに住む”って言わせるんだから!」
そう誓いながら、拳を強く握りしめた。
次回から新たな国のお話になります。
来週をお楽しみください。
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