三人の暴漢、ドレスの貴婦人
前話と同様に下品な描写が多々あります。
閲覧にはご注意ください。
「おら!」
「きゃっ……!」
三人の荒くれ者たちに連れられ、路地裏の壁に追い込まれる【私】。
男達は下卑た笑みを浮かべて私の体を舐めまわすように視線を這わせる。
「けけけ……!上等なドレスに見えるが……名前を名乗れないとはなぁ……」
事の発端は男たちがナンパしてきたことだ。男たちはしつこく、私は適当に会話してあしらおうとした。
失敗したのは男たちが名前を聞いてきたときだ。私は思わず言葉に詰まってしまった。そして男たちはそれを見逃さず、私のことを路地裏に連れ込んだ。
裕福な身なりをしながらも名前を言おうとしないという事は、何か弱みがあるということ他ならない。名前とは地位を示し、地位は権力を示す。
即ち使えば簡単に火の粉を払う事の出来る自らの権力をあえて振りかざさないのだ。当然使えない事情があるに決まっている。
そういった人間は、何か被害に遭っても黙っておく事が多い。たとえば今の私は自国の取り巻きたちを撒いて、お忍びで城下を散策していたのだ。【外国の貴族】である私がそんなことしていると明るみに出たら、国交に影響が出るかもしれない。
そういった人間につけ込み、食い物にする人間が数多くいる街……王都の噂は聞いていたが、本当だとは思わなかった。
(自業自得だ、耐えるしかない……!)
ドレスの裾に手を掛けられ、体を強張らせる。普段とは違い、今の私はか弱い女の身だ。身を守る術は持っていないし、ドレスでは逃げ切ることも不可能だろう。
つくづく平和ボケしていたと後悔する。今までこういった目に遭わなかったのは、ひとえに暮らしていた街が平和だったこと、そして普段の私が武装をしていたからに過ぎない。
私は、これからの自分の運命を受け入れる覚悟をした。目を瞑り、感触を感じないように努める……
「おいおい、ちょっと待てよ荒くれモンどもよぉ!」
「なんだお前…うわ臭!!」
その時だった。私の目の前に【彼】が現れたのは。
彼は一見休暇中の騎士にも見える装束を身に纏い……しかしとても臭かった。
◇ ◇ ◇
「うるせぇ!臭いのは分かってんだよ!」
糞のたっぷり詰まった袋を抱えて、なおかつ両手からも臭っているんだからなぁ。勿論自分の鼻はとっくに麻痺している。
暴漢に襲われた女性を助けるという格好いいシチュエーションに、これ程似合わない状況も無いだろう。
見れば三人の男たちと一緒に女性も鼻をつまんでいる。無理も無いとは思うけど……!
「おうおう!寄ってたかって女性に無体な真似をしようとするたぁ、ふてぇ奴らだなぁ!」
「んだとうんこ野郎!」
「ぐ、言い返せないけどストレートに傷つく。」
傷心はしたが返って冷静になり状況確認。悪漢どもは武装はなし。労働者なのか体格は良い。
路地裏は行き止まりで、出口は今俺がやって来た表通りに続く道だけだ。家屋を解体した後の資材置き場なのか、角材や瓦礫が周囲に散らばっている。
襲われている女性は深緑のドレスに身を包んだ明るい髪の女性だった。月の光を映したかのような長髪が幻想的だ。肌も白く高貴な生まれに見えなくもないが……?
しかし幾ら学が無くとも貴族の女性を積極的に襲うとは考えられない。恐らくは女性側に何か問題があるのだ……
例えば、事情があって名乗れない場合。王都に本来いないことになっている場合など、名乗るわけにはいかない。貴族の義務として出来うる限り自分の居場所を明確にするという条例が存在するのだ。実は全く別の場所にいたことが明るみに出た場合、詐称の罪で最悪領地没収の刑だ。
もしくはかつては裕福な貴族だったが、財産や市民権を没収されていた場合。名乗っても末路は同じため、この状況にも納得がいく。
いずれにせよ、ここにいる三人のチンピラどもは女性の弱みにつけ込む(今現在の、少なくとも表面上の)俺以上の糞野郎という事だ。
「おらぁ!そのご婦人を解放しやがれぇ!」
「ちっ!うぜぇ奴だ、畳んじまえ!」
交戦の意思見せた俺に三人の暴漢たちがかかってくる。俺はその機先を突くようにトングを振るった。
「うわきったねぇ!」
「おらぁ!」
「げぶっ!」
当然三人はトングを大きく避け、その隙に一人の男へドロップキックを喰らわせる。顎にクリーンヒットした男は、そのまま昏倒して起き上がらなかった。
「こ、このうんこ野郎!」
「残念ながらゲロ野郎でもあるんだよなぁ!」
「は、はや、」
キック後の着地を狙った悪漢だったが、生憎遅すぎだ。俺は即座に体勢を直し、喉に肘打ちを叩きこんだ。
「ぐえっ」
蛙の様な悲鳴を上げてこの男も気絶した。呼吸が急に止まれば誰だって気絶する。どんなに臭くても人は呼吸を止めてはいけないんだ……!
気絶した男が倒れ込んだ瞬間、最後の一人が襲いかかってくる。
「おおお!!」
「ぬお!あぶねぇ!」
なんと最後の一人は瓦礫で殴りかかってきた。どうやら最近王国で導入が進んでいるセメントという奴らしい。
石とどっちが重いのか知らんが、当たったらただでは済まなさそうだな。
だが、テンション上がりっぱなしの俺には関係ねぇ!
「凶器攻撃を解禁しやがったな。」
悪漢は両手で瓦礫を振りかぶり、そのまま俺に叩きつけにきた。恐ろしい威力の攻撃だが……
「あいにくエドより遅い!」
前の世界の頃の鍛錬で、そしてこの世界に来て久々に受けた振り下ろしを思い浮かべ、それと比べれば随分とノロマな暴漢の攻撃を躱す。
「凶器攻撃をされたら、凶器攻撃で返さないとなぁ!」
振り下ろしをはずして低姿勢になった暴漢に、俺は凶器をお見舞いすることにした。
俺が今持っている最も凶悪な武器と言えば……!
「え、いやまさか。」
後ろで引いた様な声が聞こえるが、憂さ晴らしにハイになった俺は気にしない。
「相応しくしてやるよぉ!糞野郎!」
俺はトングとは反対の手で持った……【ゴミ袋】を口を向けて相手の頭に叩き込んだ。
当然中身も一緒だ。馬糞と吐瀉物と時々人糞という最悪の中身もな!
「むぐおぉぉぉ!!!???」
哀れ男は頭から袋を被る形となった。くぐもった悲鳴と共にゆっくりと倒れ伏す。
臭いのあまり自ら気絶したか……無理も無い。
「我ながらなんと残酷な仕打ちだ。」
「ほ、本当にそうですね……」
後ろで女性がこっそりと呟く。声を大にして言わないのは助けてもらった自覚があるからか。正直言われても仕方のないことと格好だと自覚している。
女性に外傷や痛がっている様子は無いが、一応確認しておかないとな。
「あー、お怪我は無いですかご婦人?」
「あ、はい。大丈夫です。」
どうやら暴漢どもが何かをする前に乱入出来たようで、衣服の乱れも左程ない。どうやら一件落着のようだ。
路地裏故に、騒ぎが表通りまで届いたとは思わないが、このまま現場にいて衛兵に捕まってしまえばとてもパーティーには出られないだろう。下手したら勇者一行を追放まであり得る。
さっさと退散することにしよう。
「じゃ、俺はこれで……」
「ま、待って下さい!」
去ろうとした俺に、女性から声を掛けられる。なにかあったのだろうか?
「あ、あの……」
女性はまるで気力を振り絞るかのようにタメを作って言葉を出した。
「お、お礼をさせてください……!」
まじかよ勇気あるな!!