綺麗な王都、汚い仕事
今回大変お見苦しい描写があります。
食事中の閲覧はお気をつけください。
ジークフリード王国の首都である王都ラインは、湖の畔に建てられた絢爛豪華な大都市だ。
黒ずみ一つない真っ白な城壁。中に入れば、大理石で出来た町並みが来訪者を迎え入れてくれる。
整備された水路によって豊富な水が循環しており、住民は人工の河を小舟で渡って移動することもある。
そして中央に聳え立つは、世界最大とも謳われる王宮、ノートゥング白亜宮だ。
宮殿の周りに広がる貴族街。その一角の高級ホテルの一室で俺は寛いでいた。
複雑な模様の描かれたカーペットが敷かれた開放感のある広い部屋の一角、しわ一つないベッドに寝転がって俺はひとりごちる。
「う~ん。こんな贅沢が出来るのも、国の支援を受けられる間だけだよなぁ。」
国々に見捨てられたあとはホントひもじかった……木の根を食べる程じゃなかったけど、宿屋に泊る金も無くて馬小屋の一角を借りて寝ていた。
それと比べればここは天国か……いや別世界クラスだな。
「そういや別世界だった……」
さて無事に王都へ到着した。道中に大した危険も無く、現在一行は指示されたホテルでパーティーまでの時間待機している。
パーティーで命の危険は無いが……後の仲間二人との初顔合わせがある。パーティーに招待された外国の人間として。
一人は帝国の竜騎士ニパルタック・タイフーン。
相棒である騎竜ミートクを駆る若手の竜騎士で、今回のパーティーでは帝国の王子お付きとして参加する。
騎士道を信奉する実直な青年で、頑固なところはあったが正義感の強い男だった。
もう一人は皇国の貴族トラヴィス・ルイス・ロンバルディ。
銀の長髪のイケメンであり、皇国銃士隊のエース。今回は南方貴族の代表として出席する。
銃という皇国だけが製造できる武器を扱い、空飛ぶ魔族の頭すらも一発で撃ち抜く凄腕の射手だ。弓の扱いも一流。
愛の狩人を自称する変わり者だが、実は男装の麗人である。
ニパルタックは帝王の勅命で旅に同行し、トラヴィスは他の皇国出身の仲間の護衛として一行に加わる。
どちらも非常に優秀な戦士だ。この世界でもぜひ仲間にしたい。
だからジェラルディンをサポートするためにパーティーに参加したいのだが……
「盲点だったぜ、礼服か……」
俺はパーティー参加するための礼服を持っていなかった。他の四人は予め参加することが分かっていたため、王国側で用意されている。だが突如一行に参加した俺は、王国にとっては寝耳に水だ。
当然ながら礼服など用意されているはずもない。
「自分で用意しなきゃか……」
王宮で行うパーティーともなれば、当然相応しいドレスコードが存在する。今の服装のまま参加は当然出来ず、服飾店で見つくろわなければならないのだが……
「金も無い……」
魔王城突入前には殆どの資金を使いきっていたため、こちらの世界に持ち込んだ金も僅かなものだ。そしてその銭貨もチェインメイルとカイトシールドに消えた。
王宮に参城出来るだけの礼服は高級服飾店で無ければ扱われておらず、貴族向けの値段設定がされているため当然高い。さらにそう言った店では店の品格を保つために値切り交渉や下取りも断っている。
何とかして金を稼がなくてはならない。幸い、パーティーまでは何日かある。
「ま、王都ならば仕事は腐るほどあるだろう。」
そう思い俺は街に繰り出す事にした。
だが俺は理解していなかった。この世界に存在しない俺は……やる事なす事全てがイレギュラーである事を。
ついでに、自分がこの世界の王国市民では無いことを。
◇ ◇ ◇
「……相変わらず市民権の無い人間にはとことん厳しいな。」
街に出た俺は斡旋所にて仕事にありつく事は出来た。だがそれは低賃金でありながら重労働な清掃業務であった。
絢爛豪華な王都だが、その裏には、市民権という闇が存在する。
王国の法律上奴隷は認められていない。かつて存在した英雄が、奴隷解放を国王に上奏したからだ。その英雄が打ちたてた功績は玉座に匹敵したとさえ噂され、当時の国王はその要求を呑むしか無かった。
以来この国に奴隷は存在しないことになっている……法律上は。
しかし、街を歩む人々の中には簡素な服に身を包み物言わず荷物を運ぶ人間がいる。辺境の農園では従業者の勝手な移住や婚姻は許されていない。鉱山で働かされる鉱夫たちは逃亡防止のため就寝する場合は牢屋に閉じ込められる。これらの人間は実質奴隷と言っていいだろう。
何故そんな区別が存在するのか?それは市民権の有無だ。
国に認められ市民権を与えられていない人間は国の庇護を受ける資格は無い、とされているのだ。つまり奴隷と同一の扱いをしても問題は無い。そんな常識が王国ではまかり通っている。
他国の人間が行き交うクエスト・リガではこういった風潮は薄い。冒険の拠点として活用していたのはかの交易都市であり、序盤にしか寄らなかった王都のこの空気は忘れかけていたが……
「迫害される側として思いだすことになるとは……」
この世界に転移してきた俺も、当然市民権を得てはいない。一応、向こうの王国で貰った、権利を示す木片のタグは持っているが……
それにはブランシャールの名字が刻まれているのだ。この国では人頭税などを徴税するために辺境の村々でもきっちり名簿を記録している。勇者と同姓を名乗り、名簿に記録されていない人間。……良くて投獄、悪くて縛り首だろう。
「仕方ないとはいえ、きつい仕事だ……!」
渡された専用のゴミ袋に道端の汚物を片付けて行く。割れた瓶などはかなりマシな方で、回収するゴミのほとんどは馬糞や吐瀉物だ。支給されたトングで拾えれば御の字であり、拾いきれなければ直接手で掬わばければならない。
匂いも感触も辛すぎる……!
「おい非国民の豚野郎!さっさと片付けろ!」
「…ッチ。はい!ただいま!」
市民権の無い人間は道行く人にこんな罵声を掛けられても仕方のないことなのだ。それはそれとして顔は覚えておく。魔王討伐を成し遂げたら復讐してやる……!
匂いを嗅がないように機械的に作業する。現実世界の事を忘れるために脳内で別の事を考えよう。
そしてふと疑問に思う。市民権の無い人間が高級服飾店に入店できるのかという根本的な問題だ。
答えはおそらくNOだ。貴族向けの店はプライドが高い傾向があるし、そんな人間を店に入れて悪評が立つことを恐れるだろう。
……あれこれ詰んでね?いや詰んでなくとも今やってる作業は意味無くね?
「ちょっとそこの~!ラッシュちゃんのうんち片付けてちょうだ~い。」
「はいただいま~!」
ペットであろう犬を連れたマダムの元へ向かう。落ち着け平常心を保て……!変なことは考えずにこの仕事は終わらせるんだ。さもなくば心が折れてしまう!
お犬様の便を袋の中にしまう。今の俺は犬畜生以下か……やばい泣けてきた。
うっすらと涙を流しながら作業をしていると、街の喧騒とは具合の違う音が聞こえた。
嗅覚を鈍らせるためにそれ以外の五感に集中していたためか、俺の耳に自分へ向けた罵倒ではない、しかし険呑な声がしっかり届く。
「おらぁ!さっさとこっちに来い!」
「きゃあ!やめてください……!」
声の方へ視線をやれば、三人の男が若い女性を路地裏へ連れ込もうとしている光景だった。
……ふふふ。これは神が俺に与えたチャンスに違いが無い!
人助けを理由に仕事から逃れて良いという天啓だ!