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勇者と勇者、良い天気




 荒野での決戦より数日後、俺は王都の湖の畔でぼうっと湖面を眺めていた。

 小さな花が咲く草の絨毯に尻を乗せ、雲一つ無い真っ青に晴れた青空を見上げる。

 さらさらと、風が心地よく吹くのを肌で感じながら、目を瞑って想いを馳せる。

 決戦から帰還した数日前、そしてさっきまでの日々を。



 あの戦が終わり、人類軍が帰還した王都はお祭り騒ぎとなった。

 同数では敵わないとされていた魔族軍に大勝利を収めたのだから、当然と言えば当然だ。

 魔族との戦争、王都の空襲、そして今回の荒野の決戦。

 暗いニュースが続いていた日々に、やっと差した光明だった。

 さしもの俺も誇らしさで胸が一杯だったなぁ。悲願であった仲間の死をやっと止めることが出来たんだ。嬉しいに決まっている。

 その後、暫くお祭り騒ぎが続き、それぞれ街の復興に戻った。

 とはいっても、今残っているのは仕上げでしか無い。

 後幾らかすれば、国王から復興宣言が出されるだろう。


 ……戦死者の葬式も行われた。

 今回の戦で死んだのはほとんど義勇兵、召集まで一般人だった筈の人々だ。

 彼らが頑張ってくれたおかげで勝てたとはいえ、非人道的という誹りは免れない。後世の歴史では、間違いなく罵られる戦いだったろう。

 それでも、市民たちは黙っている。せっかくの戦勝ムードを壊したくない気持ちもあったろうし、魔族相手ではそれぐらいしないと勝てないという諦めもあったかもしれない。


 嬉しさと、やるせなさ。

 その二つの気持ちをどうにか冷まそうと、俺は一人湖畔の傍で足を投げ出していた。




 ただ遠くを眺めていた俺の元へ、近づいてくる足音が聞こえる。

 足音を聞いただけで誰かが判別付くなんて技能は持ち合せていないが、何故かこの足音の主だけ分かるような気がした。

 当たり前かもな。自分の足音なんて自分が一番よく聞いている。


「……男女でも足音って似通うんだな」


「不思議な話ね、身長も体重も大分違うでしょうに」


 足音の主――ジェラルディンは俺の横に腰を下ろした。


「よく分かったな?」


「まぁ、自分ですから。何となく足が向いた方へ向かったら、貴方が居た」


「道理だな」


 そんな会話をしてから、暫く黙って湖面を見続ける。

 風が凪いで、草を撫でる。湖も波打ち、鮮やかな模様を描き出す。

 湖面を跳ねる魚。天高くを飛ぶ白鳥。穏やかな時間が過ぎていく。

 いつまでも、いつまでもここに居られそうだった。


 ……不思議な感覚だ。

 隣に居るのは自分な訳だから、感じる感覚は孤独、が妥当だと思っていた。

 だけど、何故だか奇妙な安らぎを感じる。

 自分がナルシストだとは思いたくないが……

 あれだ、家族との団欒。そんなイメージだ。


 ……家族、か。


「……もっと早くこっちの世界に来れなかったの?」


 同じ思考で、同じことを考えていたようだ。

 確かに、俺がこの世界のもっと過去に転移していたら、両親も救えたかもしれない。

 無意識に、腰のポシェットに入ったダイスを握り締めている。父の思い出が残る唯一の代物。

 神様は、俺の願いがきっちり叶えられる世界に転移させてくれた筈だ。神様なんだから、俺の思考なんて完璧に把握していただろう。

 なのに、今、この時間の世界に転移させた。

 つまるところ、そう――


「整理がついているんだろうな」


「整理?」


「気持ちの整理さ」


 そうだ、俺はもう、両親の事は諦めが付いている。

 無論、両親を殺した魔族は憎いし、両親を悼む気持ちだってある。

 これから先、もしかしたらかつての家族の思い出に泣くかもしれない。

 だけど、運命を捻じ曲げてまでも、二人を救いたいかというと、それは違うのだろう。

 悔やんでも、あの場所では何もできなかっただろうし、村人たちも、どうしようもなかった。

 いくら思っても、所詮は過去の事にしか思えない。


「……仲間は?」


「ん?」


「仲間は、違ったの?」


 ジェラルディンが、空を眺めながら俺に問いかけてくる。

 俺もまた、空を見上げながら答えた。


「……違った、んだろうな」


 俺の中で、仲間たちの死はいつまで経っても過去にはならなかった。

 ずっと引き摺り続けて、悩み続けて、最後まで抱えていた。

 魔王の魔法に灼かれるあの瞬間まで、俺は仲間を救えたはずだと悔やんでいた。

 そして、消滅して、尚。


「だから、今俺は此処にいる」


 仲間を救いたい。

 初めて仲間を喪った時から、エドがガーメイルに殺された瞬間から、俺はそれだけを考えて生きてきた。

 やるべきことは魔王の討伐だと理解しながら、勇者の使命に身を焦がされながら、

 俺、ロジャー・ブランシャールという存在はただそれだけをずぅっと考えていた。

 そして、新たな世界でただのロジャーになっても。


「……少し、耳を塞いでいてくれ」


「?分かったけど……」


 怪訝な顔をしてジェラルディンは耳を塞ぐ。

 約束があるから、これから仲間になる筈の奴らの名前を聞かせる訳にはいかないからな。

 大きく息を吸い込んで、ゆっくり吐きながら言葉を紡ぐ。

 それは祈りで、哀悼で、宣誓だった。


「エプロムート、フランメリー、エド、トラヴィス、ニパルタック、リンデンバウム、トウハ!それからシャハーブとプラシドの親父!」


 仲間の名前を空に上げる。

 青空に消えて、俺の世界へ届くように。

 もう呼べない、彼らの名前を天に捧げる。


「俺は!この世界で!」


 勝手なことだ、死人は何も答えない。だからこそ、俺はこの世界の仲間を救おうとしている。

 だけど、それでも、


「……ロジャーとして、やりたいことをやっている!」


 そうだ。

 所詮誰かの為でも、結局は自分のしたいようにしているだけだ。

 誰かを喪いたくないと思っても、それは自分がそうしたくないから。

 だから勝手だ。

 俺は、世界で一番自分勝手だ。

 だから勝手に、答えない空に向かって、誰も聞いていない言葉を告げる。


「最後まで、俺は俺じゃ無かった!だから、俺は俺になる!」


 あの世界では、俺は勇者だった。

 勇者だから、みんなに会えたし、勇者だから、生き残れた。

 でも最後まで俺は勇者で、仲間の死を悔やむロジャーはずっと心の奥底に沈殿するだけだった。

 この世界では違う。

 勇者はジェラルディンで、俺はロジャーだ。

 この世界では、俺は仲間を救いたいロジャーだ。


 天に拳を突き上げ、最後の言葉を放つ。


「だから、俺は、ロジャーは!」


 俺の世界と、よく似たこの世界で、






「仲間全員と、魔王を倒す!」






 あの世界で足りなかったのは、俺の力だけだと。

 それを証明するために俺は人生を捧げる。





「……もういいぞ」


 勝手に叫び始めた俺を見て、耳を塞いでポカーンとしているジェラルディンにハンドサインで合図する。

 力を入れ過ぎたのか、真っ赤になっている耳をゆっくり開きながら口を開く。


「……頑張って聞かないようにしたけど、何だったの?」


「悪いな、何となく」


 不思議そうな顔をしたジェラルディンにクスリと笑って、俺は空を眺めなおす。


「ああ、良い天気だ」


 その感想だけは、前の世界からも、この世界までもずっと変わらない言葉だった。










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