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救済、ここから




 目の前に落ちた犬の牙を見つめ、俺たちは強張らせた体の緊張を少しずつ解く。


「終わった……のか?」


 俺は思わずそう零す。周囲を確認しても、三首の犬の姿は見えなかった。

 ジェラルディンが残心から直り、聖剣を払う。

 血はこびりついていない筈だが、何故だか輝きが明るくなったような気がする。


 ジェラルディンが振り向くと、俺たちの背後からどよめきが上がる。

 俺もチラリと横目で振り返ると、戦闘を終えた兵士たちがこちらを見つめていた。

 どうやら、俺たちが戦っている間に決着がついたらしい。

 魔族たちの気配を感じない。包囲殲滅戦も、騎兵の戦いも無事に終わったようだ。

 王国、皇国、帝国の三国の兵士たちが、栄えある王国騎兵たちが、リカルドが率いる空挺中隊がこちらを見つめる。それはまるで何かを待っているかのようだった。

 その視線を受けたジェラルディンは、聖剣を天に掲げ、宣言した。


「……魔族将軍、及び幻獣は、勇者が討伐した!――我々の、勝利だ!!」


 ジェラルディンのその言葉に、兵士たちは湧き立つ。隣の人間の肩を叩く者、武器を捨て歓喜の声を上げる者、生き残った事を神に感謝する者。それぞれだが、共通していることは唯一つ。

 皆、勝利を喜んでいた。

 リカルドも息を吐き、遠方に見える国王も、安堵の表情だ。帝国の将軍も、麾下兵士たちと喜びを分かち合っている。

 散っていった義勇兵には悪いが、彼らのおかげで王国の重鎮や、皇国帝国の将が命を落とさずに済んだ。彼らには感謝してもしきれない。


 戦争は、人間側の勝利で終わった。


 エプロムートと、エドもジェラルディンの下に駆け寄る。


「おう、終わったな」


「姉貴!すげぇ剣技だったぜ!!」


 エプロムートはくたびれた様子で、エドは興奮した様子でジェラルディンに話しかける。

 ジェラルディンはそんな二人に苦笑いして答えた。


「ははは……でも、このチャンスを作ってくれたのは、ロジャーだよ。そうだよね?……ロジャー?」


 ジェラルディンが俺に声を掛けるが、そちらの方を見ている暇は俺には無い。

 何故なら俺は、ヘルハウンドを倒した瞬間からずっと倒れ伏した魔族将軍ガーメイルを見つめているのだから。


 地に伏した、鎧を着た魔族の体。

 脇から流れる血は止まっている。だが、体から流れる血が尽きたのか、それとも何らかの手段で止血をしたのかは判別がつかない。

 ヘルハウンドの封印を解いた際、黒い霧に襲われて苦悶の末に倒れた。……そう、倒れただけだ。首が吹き飛んだわけでも、体が変にねじ曲がったわけでもない。

 誰も死体だとは、断定できない。


 剣を構え、近づいていく。

 こいつはヘルハウンドに闇の瘴気を吸い取られただけで、止めは誰も刺していない。前の世界でも、それに気付ければよかったのに。

 だけど今は、見逃さない。


 ガーメイルも、俺が気付いて近づいて来ることを察知したのか、僅かに指先が動く。やはり倒れて隙を窺っていたのか。

 まったく、大した死んだふりだよ。オポッサムのような無様っぷりだ。笑いと感心が同時に沸き起こるぜ。

 ジェラルディンたちも異常に気がついたのか、俺の方を注視する。まぁ、みんなの出番は無いよ。俺がこいつを止める……!


 奴に向かって走り出そうと大きく足を踏み出した瞬間。頭上に巨大な影が覆いかぶさる。

 見上げればすぐに正体が知れた。飛空挺だ。おそらくは決着がついたことを確認したフランメリーたちが合流するために降りて来たのだろう。

 突然現れた影に、誰もが見上げざるを得ない。


 だがただ一人、例外が存在する。

 最早限界を迎えて周囲を気にする余裕の無い、唯一つの目的のために命を賭そうとしている魔族将軍ガーメイルは、影に気がつかない。

 だが、周囲の動きが止まった瞬間を好機とばかりに、ジェラルディンに向かって駆けだす。


 手にはナイフ。魔道士が最後の手段として携帯していることが多い、魔力によって切れ味を増幅する魔道具だ。

 大した代物では無いとはいえ、動きやすいように開けている革鎧の腹部分に刺されば十分致命傷になりうる。

 奴はそれを腰だめに構え、真っ直ぐジェラルディンに向かって走ってゆく。


 遮るのは、エド、エドフリート。

 空を見上げて気付かない勇者より早く気付き、立ちはだかった。

 剣を抜く暇は無い、体を使って、体当たりで止めようと構える。

 ……そうだな。お前は勘の鋭い奴だ。だからこそ、ここで勇者を庇おうとするのはいつもお前なんだろうな。


 ガーメイルは俺に背を向ける形で走り出し、エドはその先で立ち向かう。ガーメイルを捕まえることも、エドを突き飛ばす事も出来ない位置関係だ。

 剣は届かない。魔法も、【持続回復リジェネレイト】の所為で魔力が枯渇してしまい、うまく引き出せない。


 届かない。ここに居ても、狙われていなくても、勇者が万全に近い状態でも、運命は前の世界と同じように流れる。

 まるで激流の中でもがく羽虫の如くだ。一度呑み込まれたら、どうあがいても逃げられない。




 ――だが、まだ俺には手があった。

 この結末を変えるために俺はなんでもやった。その結果、前の世界と比べて色々状況が好転したように思えるし、逆に何故か悪化してしまったこともあった。

 だけど全ては、仲間を救うため。ここは、その第一歩だ。

 ここで躓いたら、全てが無に帰す。俺がこの世界に来た意味も、これからのジェラルディンの旅路も、全てが悲劇に変わる。


 そんなものは認められない。俺は、俺たちは今度こそ――


「全員で、魔王を倒すんだ!!」


 腰のポシェットに差した武器・・を引き抜いた。

 標準を合わせる暇は無い。体のどこにでもいいから当たってくれと引き金(・・・)を引く。

 反動、俺の手が大きくぶれる。奴の背中に銃口・・を向けた筈だが、弾がどこに向かったか、素人の俺には分からない。


 祈る。当たってくれと。

 この一発が、運命を変える、【銀の弾丸(シルバーバレット)】で在ってくれと――


 願いの成果か、それとも偶然の贈り物か。

 弾丸は、ガーメイルの肩を貫いた。

 血飛沫を撒き散らし、ガーメイルは足をもつれさせその場で倒れる。

 砂埃を上げて大きく転ぶガーメイルに、俺はようやく追いついた。


「がっ!……が、ぐぅ、あぁぁ……」


 息も絶え絶えに、苦悶の息を吐き続ける魔族将軍。

 最早、立ち上がる力も残されてはいないのだろう。

 俺は、ガーメイルの鼻先に銃口を突き付けた。


「……そ、それ、は」


 微かに残った意識で、自らに引導を渡さんとする武器の正体を尋ねる。

 恐らくは、これが最後の言葉だろう。いや、俺が最後の言葉にしてみせる。


「……皇国式試製短銃(・・)、だとさ」


 俺は躊躇なく引き金を引いた。

 弾丸がガーメイルの額を貫き、脳漿を飛び散らせた。

 無論、死んだふりをしていた相手だ。一発では安心しない。

 二発、三発、四発……

 弾丸は顎を貫き、耳を削ぎ、鼻を砕いた。


 グシャグシャになった顔面を更に踏み砕いて、俺はようやく溜息を吐く。

 右手にぶら下げた、皇国式試製短銃が白い一筋の煙を静かに立ち昇らせていた。


 俺は空挺中隊と懇意にしていた。

 計算したものでは無かったし、仲間であるトラヴィスの事を利用しようとするのは気が引けたため、弱みにつけ込んで何かをねだることは無かった。

 だがトラヴィスはそれでは済まないと、いつも申し訳なさそうな態度を取る。

 そこで俺は、前の世界の記憶から、一つのアイテムを見つけ出した。

 それが、皇国式試製短銃だった。

 前の世界で、トラヴィスが懐刀的に扱っていた事を思い出したのだ。

 小銃ならともかく、短銃程度の大きさなら普段から持ち歩ける。魔力が尽きた場合に役立つかもしれない。

 そう思って俺はトラヴィスに手に入らないかとお願いした。

 トラヴィスは少し驚いたような表情をしていたが、快く用意してくれた。

 これが、俺が短銃を保有していた理由だ。

 素人だから、使うつもりは無かったが、まさか切り札になるなんてな。






 ……長かった。

 前の世界で魔王に敗れ、この世界に放り出された。何故か女な自分自身と出会って、久方ぶりの仲間と再会し、前の世界では無かったトラブルに巻き込まれた。

 火の海を越え、空を往き、森を拓き、そして今、ここにいる。

 見上げた空は青く、荒野らしい強い日差しが世界を照らしていた。


「……ははは」


 晴れやかな気分だ。復讐を成し遂げたからではない。

 俺は、変えたのだ。失われてしまう命を、運命のレールを。

 そうだ、俺は、やったのだ。


「……見てるかよ、エド」


 隣に駆けつけたエドが不思議そうな顔をするが、言わずにはいられない。


「やったぜ。お前は、最高の戦士だってことを、この世界で証明できる」






 俺は、ようやっと仲間の未来を、救う事が出来た。









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