猛犬、魔犬
ジェラルディンの攻撃をなんとかアイツに届かせると作戦を決めたはいいけど、どうすればいいのか具体的な目途は立っていない。
俺の世界で使った作戦があるが……残念ながらその時はフランメリーがいた。今回は使えない。
とりあえず、ジェラルディンが倒れることだけは阻止しなくてはならない。その為には、俺とエプロムート、盾役の俺たちがしっかり立ち回る必要がある。
「こっちだ犬ッコロ!」
言葉は通じているとは思えないが、挑発は欠かさない。僅かな可能性があればやる価値はある。
挑発の成果かどうかは分からないが、ヘルハウンドは俺目掛けて雷を打ち出した。
「っとぉ!」
木製の盾は表面に焦げ目がつくが耐えきる。一般の品にしてはかなり丈夫だ。結構奮発した甲斐があったってものだ。
その隙を狙ってエドが斬り込むが、他の首に邪魔をされて近づけなかった。
炎の息を避けたエドが舌打ちをする。
「ちっ!……厄介だな、三つの首って……」
「本当だな……」
ヘルハウンドの厄介なところは三つの首がそれぞれ独立して機能していることだ。三つの首はそれぞれに視界を持っているから、攻撃の察知能力が高い。加えて、魔法も撃てる。
極端に隙が少ない。それでいて犬らしい素早さも持っている。
前の世界では、フランメリーの魔法で足を止めたが……
「……【聖光】!」
試しに魔法を放つが、雷の網に阻まれて霧散した。
やはり俺の魔法では攻撃力が足らない。
「フランメリーの回復を待つしかない、か?」
フランメリーは今、雲へのカモフラージュに使った魔力を回復させるために絶賛休憩中だ。本人は魔力の回復薬を飲んで即座に戦線に復帰すると言っていたが、もちろん全員で止めた。
つい先日魔力中毒で吐き戻しているのだ。日も開けず同じことをしたら、今度は血を吐くかもしれない。
だから今は、ジルシュタイン号の中で自然回復中だ。魔力は体力と同じように、栄養を取って大人しくしていれば自然と湧き出る。
ジルシュタイン号では指揮を執りながらトラヴィスが見張っていてくれるはずだから、無茶はしないと思うけど……
とにかく、フランメリーが参加するまではもうしばらくかかる筈だった。
それまで戦線が持つ保証は無い。
ヘルハウンドがジェラルディンに火を吹く。ジェラルディンは慌てた様子も無く聖剣を構え横に振り払う。
「禍払い!」
剣聖によって伝授された技の一つ、剣風によって霧や瘴気を払う技だ。闇の瘴気に対する対抗策を持っていなかった剣聖が、一時だけでも場所を開けるために編み出した技。
風によって炎は吹き散らされ、ジェラルディンに届いたのは火の粉のひとかけらだけだった。
ヘルハウンドはその様子に歯噛みしたように唸る。
……ヘルハウンドは執拗にジェラルディンを狙っている。恐らくは、聖剣をそれだけ警戒しているのだ。
過去の文献には、聖剣に選ばれた勇者が、幻獣を討伐した記録がある。勇者は必ずしも聖剣を扱える訳ではないが、それでも浄化の力を持つ勇者は幻獣に対して有利だ。
それに翻って、他の三人は左程脅威ではない。
エドの剣は深く差し込まれても大したダメージにならないし、俺の魔法もいとも容易く防がれた。
エプロムートにはまだ魔法剣があるが、それもどれ程有効か……
もしかしたら、ヘルハウンドの本体、オリジナルは聖剣に苦汁を嘗めさせられたことがあるのかもしれない。先代か更に前か……いずれにせよ本当の事は分からない。
ヘルハウンドが吠え、雷が渦巻く。
何条もの雷が周囲に拡散し、無差別に襲った。
中には人類軍に当たってしまった雷撃もあった。
「……早く倒さないと!」
ジェラルディンが焦ったような声を上げる。
この場にいる全員がそれを承知しているが、打開策が見いだせない。
ヘルハウンドは強力な幻獣で、隙が無い。
中でも雷の魔法が厄介だ。網状にして防御に生かし、光の速さの雷撃は正確無比に飛び、範囲攻撃もお手の物だ。
どうにかあの雷撃を押さえなくては勝ち目は無い。
……いや、そうか。
血こそ出ないが剣は通るんだ。斬りつけて流血で消耗させることだけが剣の戦い方では無い。
だったら、こうすればいい。
「――命の源よ、心の育まれる肉の森よ、我が造りし写し身と成りて脈動せよ」
呪文を紡ぐ。
中々使う機会の無い魔法だ。なにせ燃費が悪すぎる。
いざという時の為魔力はなるべく残しておきたいが、そういいながら有効打を逃し続けては元も子もない。
「見えぬ心臓よ!我に戦うための血を与えよ!――【持続回復】!」
魔力が渦巻き、俺の体を僅かに輝かせる。
試しに手を開いて握ったりしてみるが、効力は実感できない。まあ、これは実際に働かないと分からないだろう。
準備は出来た。後は実行だ。
「おりゃああぁぁぁ!!」
盾を構え、ヘルハウンドに真正面から突っ込んで行く。
「な、おい!」
それに気付いたエプロムートが制止しようとするが、俺は止まらずに加速した。
目の前から迫ってくる相手に警戒したヘルハウンドは魔法を発動させ、俺の体は火に炙られる。
「おい、ロジャー!」
その様子を見たエプロムートが俺を案ずる声を上げるが、俺は返事の代わりに体の炎を振り払った。
皮膚は重度のやけどに火膨れているが、光が脈動したかと思えば、すぐに体の表面は真新しい肌に包まれていた。
よし、魔法は順調に作動しているな。
俺の使った魔法、【持続回復】は魔法で構成した回復機関を用いて、継続的に体を回復させる魔法だ。傷付けば本人の意思関係無く回復し、効果時間中ならば不死身と言っても過言ではない。
強力に思える魔法だが、無論弱点もある。
むしろそちらの方が多くて厄介だ。
まず、燃費が悪い。通常の【回復】が魔力の消費が1とするならば、【持続回復】は20必要だ。
そして長時間傷付かず、魔力で造られた回復機関だけが動き続ければ魔力中毒になってしまう。つまりこの魔法の時間中は傷付き続けなくてはならない。
加えて、痛みは特に遮断しない。通常の回復魔法は痛みも和らげるが、この【持続回復】はそんな優しさを持ってはいない。癒された傷の痛みは残り、新たな痛みが上乗せされる。それに我慢できない場合沈痛魔法が必要になる。だけど沈痛魔法は一回切りなため、ただでさえ悪い燃費を更に加速させることになってしまう。
欠点だらけの魔法だが、それでも利点は存在する。
この魔法を使っている間、回復魔法をいちいち唱える必要が無いということだ。戦闘にのみ集中出来る。
魔法を使うには魔力を操るための集中がどうしても必要になるため、戦闘に集中力を割くことは難しい。
その点、この魔法は勝手に動き続けるため集中は必要なかった。
火傷の痛みに顔が歪むが、おかげで肉薄出来た。
右側からせまる氷の牙を避け、雷を放つ中央の頭に剣を突き立てる。
雷が感電して俺の体の内側から焼くが、ギリギリ回復速度の方が上回り、黒焦げになることは無い。
「あががががが」
凄まじく痺れる感触があるが。
それでも俺は突き立てた剣を離さず、中央の首に突き刺し続け、少しずつ動かして行く。
まるで痛みを感じていない様子のヘルハウンドも、さすがに勘付いたのか引き剥がそうと再び氷の牙を剥く。
だがその牙に炎を纏った魔法剣が叩きつけられた。
「火炎魔法剣!」
エプロムートの紅蓮の魔法剣が迸り、氷の牙を叩き折る。
炎を吐くの頭が動く気配もあるが、そちらにはエドの投げナイフが突き刺さり目を潰した。
「GYau!?」
「効かなくても見えなくはなるだろ!」
エドとエプロムートが稼いでくれた時間だ。無駄には出来ない!
俺は剣を握る力を更に籠める。
「だりゃあああああ!!」
切り込みは広がり、やがてヘルハウンドの中央の首を半周した。
自重に耐えきれなくなって、首が地に落ちる。
いくら血が流れずとも、瘴気がある限り不死身でも、物理的に無力化されればその首は機能しない。
そして雷の首を落とせば、最早遮るものは何もない!
「はあああああああ!!」
ジェラルディンが吠え、俺の肩を蹴り跳躍する。
そしてヘルハウンドに向かって落下しつつ、聖剣を振り下ろした。
「地落とし唐竹割り!!」
落下速度を乗せた剣技は凄まじい勢いを伴って繰り出された。
聖剣がヘルハウンドの体を裂き、胴体を真っ二つに切り裂いた。その名の通りまるで竹を割る如く。
ヘルハウンドの体は左右に傾ぎ、そして地に倒れる。
地に落ちた幻獣の体は、聖剣の力によって霧のように消える。闇の瘴気の浄化だ。
その場に残ったのは、触媒と思しき犬の牙だけだった。




