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黒犬、暴走





 三首の黒犬が魔法を放ち暴れまくる。中央の首は炎を吐き、右の首は氷を牙に纏わせ倍以上に長く鋭く変える。左の首が吠えると雷が渦巻き、自在に操る。

 雷は俺のすぐ横を掠め、炎は地上に広がり荒野を焼き、氷の牙はガチガチと不気味な音を鳴らす。

 手始めとして、空挺中隊と死闘を繰り広げていた虫足の騎兵に喰らいついた。

 突然の事に避けることが出来ず、無防備にヘルハウンドの攻撃を受ける虫足。雷に打たれ動きを止めた瞬間、氷の牙に喉元を貫かれ、抵抗しようと振り上げた槍は炎に焼かれた。

 だらりと力無く崩れ落ちた虫足の騎兵を地に押し付け、咀嚼を始める。

 幻獣ヘルハウンドは現われると同時に脅威を振りまいた。


 幻獣とは、長く生きた魔物の事である。魔族の中にも百年以上生きる個体も存在するが、幻獣は比にならない。五百、千年生きた個体だけが幻獣になれるのだ。

 そして強靭で、凶暴だ。自分のテリトリーに入った相手には容赦なく襲いかかり侵入者を灰燼も残さず消し去るという。魔法を操る技能も高く、モノによっては島一つを地図上から完全に滅ぼす事が出来ると言われていた。

 そして幻獣は、死ぬことがまず無い。肉体的に滅ぼしたとしても、数年経てば復活する。学者の一説によれば、僅かに神の領域に至っているからだという。


 狂暴性の高い魔物は、数百年も生き残ることはまず無い。積極的に人間や動物に襲いかかる魔物だが、そういった相手がいなくなれば、お互いに争い始める。結果、強力な魔物が少数残り、脅威を感じた人間に討たれる。それが大抵の魔物の末路だ。

 魔族とて、例外ではなかった。魔族は魔物に襲われない訳では無い。魔物同士が争うならば、魔族だけが例外になれる道理は無い。魔族も自分たちが生き残るために魔物を討伐する。

 結果として、何百年も生き残る魔物は少ない。だが皆無では無かった。その一つが、目の前で暴れているヘルハウンドだ。


 魔族には、幻獣を利用する魔法が伝わっていた。

 殺した幻獣の一部を携帯し、それを触媒に幻獣を呼び出す術だ。

 幻獣の特性を利用し、幻獣を呼び出す事が出来る。

 必要なのは封印の魔法陣が刻まれた木像。その中に幻獣の一部を閉じ込めることによって復活を妨げる。

 木像を壊せば、封印が解かれ、幻獣はその場に復活するというわけだ。幻獣は手近な闇の瘴気を吸収し、顕現する。

 だが強力な幻獣を使役する術は無い。一度封印を解けば、後は封印前のように暴れる。

 そのため、これは俗に言う――最後の手段だった。


「ジェラルディン!」


 俺はすぐさまジェラルディンに駆け寄った。突如現れた黒い猛威に、若干混乱している様子が見て取れた。


「ロ、ロジャー、あれは一体!?」


「あれはヘルハウンド。幻獣だ」


「幻獣!?」


 驚いた様子で俺に振り返る。通常、幻獣はお伽噺の中だけの存在で、人間世界で幻獣は僻地で誰にも触れられず存在している。というより、幻獣の近くに人類が進出出来ないだけとも言える。

 だから当然、ジェラルディンにも討伐経験はない。


「だけどあれは、幻獣そのものじゃない。一部だ」


「一部?」


 魔族の幻獣召喚の術は、幻獣の一部を復活させるという都合、蘇る幻獣も討伐される前に振るった全盛の力を振るうことは出来なかった。

 その為、目の前のヘルハウンドは、本当はヘルハウンドの限定顕現体と言うべきものだ。

 だが、一部とはいえ、幻獣は幻獣だ。


「一部とはいえ、強力だ。……そして一つ目の元凶(・・・・・・)だ」


 その言葉にジェラルディンはハッと息を飲む。エプロムートとエドが近くに居る都合上、言葉を濁したが、俺の言いたいことは伝わったようだ。

 そう。俺が前の世界で一人目の仲間――エドを失った要因の一つだ。ヘルハウンドの討伐に消耗し、生きていたガーメイルの攻撃を避けきれなかった。

 その元凶の一つであるガーメイルは、傍目には既に死んでいるように思えた。血だまりの上に倒れ伏し、ピクリとも動かない。だが前の世界でも一見は死んでいるように思えたのだから、油断は出来ない。出来れば、止めを刺しておきたいところだが……


「Gurururur……」


 虫足を食べ終えたヘルハウンドがこちらを振り向く。どうやら次の標的は俺たちらしい。

 俺は空挺中隊に指示を飛ばす。


「こいつは俺たち勇者一行で相手する!空挺中隊は騎兵の援護を!」


 リカルドは俺の言葉に一瞬顔をしかめるが、了承のハンドサインを返して中隊を翻す。どうやら俺の言葉に異を唱えようとしたが、騎兵に救援が必要であることも理解した為、しぶしぶ指示に従ったようだ。

 了承してくれて助かった。実際騎兵がそろそろ限界なのは確かだし、それにいかに屈強な空挺中隊といえども、こいつの相手は死人が出る恐れがあった。


 俺は拾っておいたカイトシールドを構え、ヘルハウンドと対峙する。


「……来いよ、イヌ公」


 盾を振り挑発すると、こちらの言ったことを理解している訳ではないだろうが、後ろ足に力を込めて飛びかかって来た。

 氷の牙が迫り、冷気を纏ったそれを盾で受け止める。

 腕に衝撃が走り、腕の骨が軋む。


鬼岩突きがんづき!」


 俺を助けるためにジェラルディンが鋭い突きを放つが、中央の首が張った雷の網に弾かれてしまった。


「嘘、雷の盾!?」


 そして追撃と言わんばかりに右の首が口を開き、炎がちらつく。

 受ける覚悟をしたジェラルディンだが、炎が迸る瞬間、盾を持ったエプロムートが割り込む。


「おっと!悪いがそろそろ活躍させてもらうぜ!」


 ワイバーンの盾は炎を通さず、見事に受け止める。ジェラルディンはその隙に後退し、体勢を立て直す。

 俺はエプロムートと目を合わせ、同時に掛け声を出す。


「3、2、1!今!」


 俺とエプロムートは同時に盾を押し、ヘルハウンドの体を弾く。氷の顎門は外れ、炎吐いていた口は真正面から盾の激突を受けた。


「Gyau!」


 ヘルハウンドは思わず悲鳴を上げるが、怯んだのは一瞬。攻撃を受けていない中央の首が雷を飛ばさんと雷を渦巻かせる。


「させっかよ!」


 雷撃を撃つ為に身構えていたヘルハウンドの胴体に、突進していたエドの剣が突き刺さった。横からの腹部への深々とした突き込み、だが並みの生物では致命傷なそれも、ヘルハウンドの動きを一瞬阻害したに過ぎない。

 一声吠えると、帯電していた雷をエドに向けて飛ばす。咄嗟にエドが飛び退かなければ、黒焦げになっていただろう。


「ちっ、堪えてねぇ……」


 飛び退く寸前に引き抜くことが出来た直剣を片手に、エドが呟く。

 その言葉通り、腹に剣の穴が開いたヘルハウンドだが全く気にする素振りを見せない。血すら出ていなかった。代わりに、闇の瘴気が細い煙のように立ち昇っている。

 どうやら、闇の瘴気の集合体みたいだな。だから虫足の騎兵を真っ先に狙い、闇の瘴気を吸収しよとしたのか……

 要するに、闇の瘴気が切れない限り致命傷は無いということだ。


「……そうか。さっきジェラルディンの剣を防いだのは聖剣が効くからか」


 闇の瘴気で体が構成されているということは、それを浄化する聖剣は天敵ということだ。

 つまりこちらの作戦は簡単だ。


「よし、ジェラルディンを援護するぞ!」






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