出陣、両軍突撃
眼下に広がる荒野を、三万一千の王国軍が進軍していた。
軍の中核は国王ゲオルギウスが直々に率いる騎兵隊。体の要所のみを覆う鎧を纏った軽装騎兵が悍馬を走らせ邁進する。
国王は芦毛の馬に跨り白銀の鎧を着込み、先頭のやや後ろに立って進む。騎兵隊の指揮を取っているように見えるが、実際の戦闘で前線に立つわけでは無く、戦場が近付けば後方に下がる。
しかし国王が直々に参戦し、全体の指揮を取るということは変わり無く、国王がこの戦に全てを賭けていることを如実に表していた。
軍勢の中で一番多いのは鎧を着た歩兵だ。灰色の兜や胸甲に身を包み、長槍やロングボウを持った兵士たちが右翼と、中央の後方にバランス良く分かれて並ぶ。訓練された彼らは一糸乱れぬ行軍を実行している。
通常の編成と比べ、ロングボウを持った弓兵の比率が多かった。
左翼を構成するのは皇国軍。トラヴィスが本来指揮をする部隊ではあるが、何故か空挺中隊そのものが不在だった。
頭半分を覆うヘルメット状の兜、胸甲を付けている以外は制服の近代的な装備。
皇国の生産する小銃を半数が持ち、それを守るように槍兵が前衛に立っていた。
軍の中央前方に存在する兵士は、両翼の兵士や先陣を切る騎兵たちと比べて随分と見劣りする。
鎧は纏っている兵士はほとんどおらず、服装も統一感の無いまちまちの軍勢だ。
唯一共通しているのは長槍を持っていることだけだろう。
彼らは昨日の夜から今日の午前まで募集していた義勇兵……つまり民間人だ。
護国の為に義を持って参戦した……というよりは、王都をこれ以上荒らされて生活が立ち行かなくなることを恐れたり、食い扶持が無くなってしまったため、仕方無く参加している兵士がほとんどだった。
士気の低さ反映したその歩みは遅いが、後ろの歩兵たちにせっつかれる形で前に足を進めていた。
その後詰めを務めるのは帝国の義勇軍。『王国支援義勇軍』として戦災復興までの護衛や支援を目的として結成された部隊は、本来の目的とは若干ずれた攻撃的な目的の為に動いている。しかしそれを非難するような人間は軍に、いや帝国に存在しておらず、むしろ待ちに待った戦の機会に武者震いしていた。
異国情緒の漂う朱色の鎧に身を包み、その半数は竹で出来たロングボウより巨大な弓、長弓を背負っている。
先頭で率いているのは髭面の将。朱と金によって彩られた豪奢な防具を纏い、鹿毛の馬に跨って巨大な薙刀を背負っていた。
王国騎士五千。槍兵七千。弓兵八千。義勇兵三千。皇国軍四千八百。帝国義勇軍三千五百。
合計約三万一千三百。兵士たちを支援する輜重隊を除き、これが現在の王都が絞り出せる全兵力だった。
但しこれには、若干の欺瞞が含まれている。
地響きすら鳴らす勢いで進軍していた王国軍は、指揮の喇叭の音で足を止めた。
眼前には、谷を抜け、布陣を終えたところの魔王軍の姿があった。
騎兵隊が大小二手に分かれる。小さい方が軍勢の後ろに、大きい方は左翼に。
それに呼応するように帝国義勇軍も反対側の右翼に付く。
再び鳴り響く喇叭の音。軍勢がまた進み始めた。
魔王軍も一拍遅れ、進軍を始める。
谷から離れ、広い荒野にお互い布陣する。
体勢を整えていない敵に奇襲をかけようとして、体勢の整っていない自軍で攻めてもろくな結果にならない。お互いの将もそれが分かっているためか、お互いそれなりの時間をかけながら軍勢を整える。
味方の軍容は先と変わらず、騎兵に動きがあったのみだ。
魔王軍は、先日の偵察通りの様相だった。
最前衛に、子鬼の槍隊。
数が多く、もしかしたら二万近く存在するかもしれない。
背の低い子鬼の後ろから見えるのは、巨人の部隊。
上半身裸で大した武装は付けていないが、その巨体だけで十分な凶器になる生まれながらの強兵。
体格は個々によってまちまちだが、いずれにしても人間に劣った体格のものはいなかった。
そして右翼に布陣したのはトカゲに乗った騎兵だ。
巨人のような巨大な体は持っていない。外見も人に近い者が多いだろう。
しかし、この軍勢の中で一番の強者。その確信を与える空気を纏っていた。
その反対、左翼には……騎兵、なのだろうか。
虫の節足のような四本の足を備えた下半身、上半身を爬虫類のような鱗に覆われた異形の魔族が集結している。
手には槍、右手には盾を持ち、布陣の様からもやはり騎兵の扱いなのだろう。
そしてその背後で軍勢を指揮するのは魔族将軍ガーメイル。
手に持った杖を掲げ、先端に魔力を集める。
同時に王国軍の陣でも、国王が傍にいる喇叭手に命じた。
魔王軍の頭上に杖から放たれた魔法の光が輝き、
王国軍には喇叭の音が鳴り響く。
人類世界の未来を決める、一大決戦が始まった。
鬨の声を上げ、両軍前進する。
互いの軍勢が相手に迫らんと突撃を開始した。
一番最初に接触したのは騎兵だ。
足の速い騎兵は、相手にぶつかるまでの時間も当然短い。
互いに突進力を生かし、馬を、トカゲを、槍をぶつけ合う。
魔族は魔法が得意とはいえ、騎乗した状態で魔力を練り上げるのは困難だ。そのためこの時ばかりは両者は平等だ。
だが混線し、動きが鈍くなれば魔族は魔法を使い始める。
槍に魔法を纏わせるもの、自身の筋力を強化するもの、魔族の使う魔法は様々だ。
圧倒的に数に劣る魔王軍だが、魔法を使い始めればその優位は簡単に逆転するだろう。
それに対し、王国の騎兵隊が選んだのは逃げだった。
魔族が魔法の構えを取ると騎兵の将が号令し、一斉に逃げ出す。
騎兵魔族はそれぞれの魔法を空振りし、怒りや疑問の表情を顔に浮かべた。
しかし歴戦の魔族たちはすぐさま切り替え、逃げた騎兵たちを魔法で追撃せんと魔力の集中を始める。
するとそれを阻害するように、騎兵たちはするりと集結し、再び突撃を仕掛けて来た。
心構えの出来ていない魔族たちはその突撃をもろに受ける形になった。
それでも魔法を強行する魔族もいた。
放たれた魔法は人間を討つが、至近距離で扱ったため自身にもダメージを与えた。
人間の騎兵はその隙を突く――ことはせず、突撃の勢いそのままに過ぎ去った。
ここで魔族は気付く。
敵はこちらに遠距離魔法を使わせないつもりだと。
遠距離魔法を撃つには時間が必要だ。
属性魔法で弾を作り、加工魔法で武器に変える。その数拍を狙い、人間の騎兵は突撃してくる。
ならば、と魔族騎兵は戦法を改める。
魔族側も突撃を実行した。
それを見た人間の騎兵たちは、踵を反し逃げ出す。
予想外の行動に驚く魔族だが、突撃している最中に魔法は使えない。
逃げる人間と、それに突撃する魔族。
戦場で突如始まった追いかけっこは、戦場の両翼で展開されていた。
翻って、歩兵たちの、中央、右翼、左翼。
王国側は、押し込まれていた。
特に、中央の義勇兵たちに敵が殺到している。
最初に当たった瞬間に、敵の脆い部分に気付いたのだろう。
子鬼の槍兵たちは、こぞって中央の敵に向かった。
前の子鬼たちが中央に向かえば、巨人たちもそちらに流れる。
結果、義勇兵たちは惨憺たる有り様だった。
義勇兵は押し込まれ、その後ろに控えていた王国兵士や帝国義勇軍も後退し、どんどん下がっていく。
『中央、後退』の喇叭が吹き鳴らされ、中央はどんどん押しこまれ、真っ直ぐ一本だった王国側の陣容は凹型に歪んでいく。
意気揚々と攻め込む子鬼。それに追従する巨人。
そして完全に戦場がU字型に成り、義勇兵たちが全滅しかけた時。
中央に殺到した魔王軍に目掛けて、弓矢の嵐が降り注いだ。




