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天襲、谷の戦い




 すぐにでも打ち倒したい衝動に駆られるが、ぐっと抑えて拳を握る。

 今俺が飛び出せば連れて来たリカルドたちに迷惑がかかる。

 それに今の俺の本分は偵察。仕事を忘れるわけにはいかない。

 隣で双眼鏡を覗きこむリカルドに小声で訊く。


「……総計でどのくらいいる?」


「巨人は計りずらいが、恐らくはざっと三万」


 三万か……


「王国軍はどのくらい集められると思う?」


「……二万ぐらいか。我ら空挺中隊を始めとする王都に駐留している皇国の軍隊。それに帝国からの義勇軍を加えたところで二万……八千ぐらいか」


「迫れるが、厳しいな」


「ああ、素のスペックで追いつけていない以上、数で負けているのはまずい」


 人間と魔族では身体機能に大きな開きがある。

 長槍をもった子鬼なら人間とさほど変わらないかもしれないが……

 唯の兵士が巨人を倒す為には三人がかりで挑む必要がある。

 これは1.5倍の巨人を元に割り出した計算で、更に巨大な巨人だとどのくらいになるか分からない。

 少ないということは無いだろう。


「将軍格、準将軍格はどのくらいいるんだ?」


「待ってくれ……五百騎ぐらいいるな」


「多いな……厳しすぎる」


 魔族将軍。そしてそれに轡を並べることが出来る魔族は人間とは別格だ。

 人の形に押し込められた災害と言っても過言ではない。

 特に将軍格が放つ大魔法は恐ろしい。


 圧倒的な戦力差だった。


「だが勇者がいるだろう?」


 リカルドは双眼鏡から目を離し聞いてくる。

 確かに、勇者は魔族に対して優位に立てるが……


「五百騎を押さえるので精一杯だな。それでも奥の手を持っていたら厳しい」


 俺は奴――魔族将軍ガーメイルの奥の手を知っている。

 幻獣ヘルハウンド。

 魔物の中でも長く生き、強力な力を蓄えた存在だ。

 魔族以上の力を持ち、知能もある彼らは、魔族と契約を結んでいる。

 自身の魔力を糧に呼び出すことが可能なのだ。

 魔王軍の間では召喚魔法と呼ばれていた。


 前の世界では魔王軍の総大将であった魔族将軍ガーメイルを討ち取り、統制が乱れたところを王国軍が一気呵成に攻め勝敗を決した。

 こちら側の被害も相当だったが、一応国防には成功することが出来た。


 前の世界ではそうすることしかできなかった。

 だがこの世界でなら違う。現に今先んじて敵を発見することが出来た。

 ならば、まだ変えられる余地がある。


 俺はリカルドに訊く。


「何か、奴らの弱点は分析できないか?」


「弱点?」


「そうだ。何かつけ込む隙を見つけることが出来れば、勝てるかもしれない」


 無論、そうしなくても勝てることを俺は知っている。ギリギリではあったが、王国軍は勝利できる。

 更にこの世界ではジェラルディンは負傷を負っていない。俺の時よりも優位に立てることは間違い無かった。

 だけどそれでエドが死ぬ未来が完全に途絶えたかと言えば、そうではない。戦で不利な限り、エドが――もしくは他の仲間が死ぬ確率は存在する。

 それを可能な限り避けたい。そのためリカルドたちを連れて来た。

 軍人の視点ならば、俺の気付けないことでも見つけてくれるかもしれない。


 リカルドは再び双眼鏡を覗きこみ、魔王軍を観察する。


「……弓兵がいないな」


「……そうか、飛び道具は魔法だけなのか……」


 考えてみれば当たり前の話だ。魔族は魔法が得意で、他の飛び道具を作る必要が無い。

 弓は魔族社会に存在しないのか。


「ロングボウなら、魔法の射程を上回れるか?」


「可能だろうな。だがいくらか削れても決定打にはならないんじゃないか?」


「そうか……」


 弓の威力は、確かに魔法に比べたら弱いだろう。

 だけど数を撃ち続けられれば……それでも決定打に欠ける。

 しかし、弓のある強みを生かした作戦を使いたい。




 考えに没頭して注意が散漫になっていた。

 だがそれでも気付けたかどうかは怪しいだろう。

 下と、周囲を確認していた中で……

 そいつは上から現われたのだから。


「ケケケーーー!!」


「なっ……ぐわぁ!!」


 突如として上がる悲鳴。

 崖下を確認していた俺とリカルドはその声に振り返る。

 そこには血を流して倒れている一人の兵士と、

 鷲の頭、一対の翼を持った魔族が鉤爪から血を滴らせて滞空していた。


「魔族!?」


「退屈だから空を飛んで暇つぶしをしていたが……ヒャヒャヒャ、久しぶりの血だぜぇ!」


 しまった……空を飛べる魔族か!

 先日倒した魔族将軍エアシャカールのように翼を持ち、空を飛ぶ魔族は珍しくない。

 だが空を飛ぶには不適正な体を持つことが多い魔族は、飛行に魔力を多く消費する。

 いくら魔力の蓄積総量が多いとはいえ、消費が激しい飛行を積極的に行う魔族は少なかった。


 だけど俺は忘れていた。

 少ないということは絶対ではないと言う事を……!


「くっ、総員、発砲じゅ……」


「待て!」


 俺は部下に銃の発砲を命じようとするリカルドを肩を掴んで止める。

 俺の制止に、抗議するリカルド。


「何をする!部下が一人やられたんだぞ!」


「だけどここで発砲すれば下まで聞こえかねない!俺たちの本分は偵察だ!」


「こいつに見つかった時点で……!」


「倒せばいい!ここで!」


 俺はリカルドを押し止め、鷲の魔族に向かって飛び出した。

 剣を抜き払いながら挑発する。


「おい鳥頭!一人殺しただけでお終いか?」


 盾を捨て、空いた手で手招きをする。

 防御を捨て、明らかな挑発であるサイン。

 俺の舐めた態度に鷲の魔族はすぐさま逆上した。


「テ、テメェ!馬鹿にしやがって!!」


 鷲の魔族は急降下し俺に向かって鉤爪を振るう。

 俺はそれをいなし、内心でほくそ笑む。


 ――よし、やっぱりこいつらに仲間意識は薄い!

 魔族は我が強いものが多い分、横の連携が細い。

 魔王を始めとして縦の関係性は重視するが、基本的に連携をあまり考えない。


 人間であれば敵を発見した報告を携えて本陣に戻る所を、強襲をかけて来た所がその証拠だ。

 他人に手柄を横取りされるより、自分で仕掛ける。それが魔族の習性。

 つまりこいつを倒せば発見されたことにはならない!


 迫る鉤爪を躱し、続く蹴りを左手の甲で払う。

 空中での動きはいいが、滞空に集中して魔法が扱えないなら楽だな。


「こいつ!」


 一向に攻撃が当たらない俺に業を煮やしたのか、鷲の魔族は一旦空中へ浮きあがり距離を取る。そして俺に向かって鉤爪を向けながら急降下してきた。


「これでお陀仏だ!喰らいやがれぇ!」


 確かにこれをまともに受けたらひとたまりも無いだろう。

 勿論、まともに受けるつもりも無い。


「【聖光クリスタ】!」


 俺の右手に生まれた光が、鷲の魔族目掛けて飛んでいく。

 こちらに向かっているのだから、当てるのに苦労はしない。

 光は見事鷲の魔族の顔面にぶち当たった。


「がぁ!目がぁ!!」


 空中で視界を失った魔族はそのまま宙で一回転し、そのまま地面に叩きつけられる。

 地べたで這いずる魔族へ向けて剣を逆手に構え、喉笛に向かって突き降ろす。


「ぐぇっ!…………」


 首を貫かれ、血を溢れ出させた鷲の魔族はみるみる生気を失い、やがて事切れた。

 そのまま剣をスライドさせて首を切り取り、一息つく。


 振り返り、リカルドに向けてサムズアップしてみせる。


「ふぅ……これでばれないだろう?」


「無茶だな。だが、正解だったか……」


 リカルドは苦い顔で部下に撤収を命じる。

 鉤爪に切られた部下は一命を取り留めており、俺が回復魔法で応急処置をした。

 完全に回復はしない。深手を負った場合、一気に回復すると失血によるショックや栄養失調が発生してしまうからだ。


 俺たちは怪我をした兵士を庇いながら谷から離脱する。

 幸い、他に飛行していた魔族は発見できなかった。

 その後は何事も無く王都に帰還した。


 さて……持ち帰った情報でどこまで対策出来るか……







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