勇者たちの趣味と、最初の仲間たち
「というわけでお前の旅に同行させてほしい」
「それはいいけど、皆になんて言って説明するの?」
おっと。それは確かにそうだ。突然、『私の同一存在です!』などとのたまったら、頭の病気を心配されてしまう。
とはいえ、身分を作るのは簡単だ。故郷の話はほとんどしなかったからな。
「実は生きていた兄……でいいだろう」
「は?弟じゃないの?」
「は?」
「は?」
……………
「いや、俺の方が背が高いだろう!?どう見ても兄だろう!!」
「男女の姉弟ならそれぐらい良くあることでしょう!?」
「いやだけどお前姉らしい性格じゃないだろ!」
「それ自分にも返ってくるって気付いてる?」
くっ、まさかこんな所で揉めるなんて。
だがわざわざ兄の立場を譲るわけにはいかない!何が悲しくて自分に弟扱いをされなければならないんだ。
考えることは向こうも同じようで、ジェラルディンも譲る気はないようだ。
「!!この世界に元々いたのは私なんだから、私に主導権があるのは当たり前なんじゃない!?」
「あっ!てめぇ!」
それを言われると苦しい!この世界に無理やり割り込んだのは確かに自分だからだ!
だが!起死回生の一手はある!
「まてまて、お前今何回目のクエスト・リガだ?」
「?三回目だけど」
よし、当たり前だけど俺が魔王に挑んだ時より大分前だ。仲間も皆生きている。
たぶん、王国の依頼で古代水路のネズミ退治を終えた所だろう。これは勇者が対処しなければならないな、と納得出来たくらい手強かった。ボスネズミなんかは魔法を覚えていたからな……苦労したよ、ホント。
兎に角、今の時系列は把握した。序盤の終わりってところか。
「俺は魔王と戦うところまで行った!その分こちらより時間が進んでいる!つまり俺の方が!年上!」
「む、むむむむ!」
ジェラルディンも痛いところを突かれたという表情をする。だがこの事実は先のジェラルディンの主張を打ち消すぐらいにしかならないだろう。つまりは互角の条件。
そして奴が俺ならば、するべきことは唯一つ。俺は静かに右手を後ろに回す。
向こうも承知しているようだ。腰の聖剣に手を掛ける。
お互い至近距離、やるべきことは分かっている。
緊張が高まる。俺たちは今、自分の命すらもかかった闘いを始めようとしている……!
頭上の木が風に揺れ、二人の間に葉が落ちた。
それを合図に、俺たちは同時に動き出す。
ジェラルディンは『鞘ごと』剣を抜き、俺はマントの留め具を外し地面に広げる。つまりはシート扱い。
聖剣がマントの上に重石として置かれ、もう一端に今度は俺の剣を置く。
そして腰にしまった父の形見を二人同時に取り出した……!
「「ダイスバトルだ!!」」
――拝啓、天国の父さん母さん。今、息子と娘は、
大切な故郷のマントをシート代わりに、神聖な聖剣を重石代わりして、その上でサイコロ遊びをしています。
責任の一端は父さんの博打好きにあるので、母さんはたっぷり叱ってやってください。
「「うおおおおお!!ダイスロール!!!」」
◇ ◇ ◇
交易都市クエスト・リガはジークフリード王国北東にある王国の第二都市だ。
東方にある皇国、西方にある帝国を繋ぐ大陸往路の丁度中央に位置し、王国も含めた三国の流通の中心地となっている。
『大陸に存在する全てのものが揃う』と豪語する町並みは、三国の首都を除けば最も豪華な景観だろう。
昼を過ぎ、空に赤みが差してきた空の下で大理石の建物たちが茜色に染まる。
俺たちはその一つ、石造りの宿屋にいた。
「おうジェラルディン。どうかしたのか?随分疲れた顔をして……そっちはだれだ?」
「……うん、紹介するよ。私の【従兄弟】のロジャーよ」
……何故だ。何故五十回連続で同値なんだ……!
つまる所、俺とジェラルディンは同一存在であるが故、運も全く一緒という事なのだろう。
運の総量があらかじめ決まっているという俗説は、こんなところで正しいと証明されてしまった……!
折れた勇者ズは、従兄弟、ということにして妥協したのだった。
俺は仲間達に引き合わせてもらうため、ジェラルディンに連れられて勇者一行が毎回お世話になっている宿屋にやって来ていた。
仲間たちは皆、宿屋のロビーで寛いでいたところのようだった。
「ほら、ロジャー」
「お、おう。紹介に与かったロジャーだ……」
おっと。そろそろ現実を見ないとな。
俺はジェラルディンに肘で突かれて慌てて自己紹介をする。
名字を貰えるのは騎士に叙勲された家だけだからな。従兄弟ということならば名字を伏せなければ。
それにしても。
――ああ、懐かしいな。
目の前に並んだ顔ぶれを見て、俺はそんな感想を抱いた。
ジェラルディンに話しかけたのは魔法剣士のエプロムート。くすんだ金髪をオールバックに撫でつけて、無精ひげを生やした中年のおっさんだ。鍛えた体の上には皮の鎧を身に纏って、左手に装備した鱗の盾は使いこまれて傷だらけだ。
ソファに腰掛けながら、氷の入ったグラスに蒸留酒を注いでいる。さてはあの氷、魔法で作りだしたな。相変わらず横着な人だ。
……俺の世界では、強襲してきた邪龍タイラントサウロのブレスから仲間を守り、消し炭になった。後に残ったのは、彼が妹へ送るはずだったイヤリングだけだった。
「あら、そっくりね。まるで双子みたい」
今ちょっとドキリとすることを言ったのは、黒魔道士のフランメリー。緩やかなウェーブを描いた桃色の髪からは甘い香りが漂って来るようで、色っぽい唇には薄い紅が塗られている。豊満な体は黒いローブでは隠し切れていない。
木製のテーブルにしなだれかかって、メロンの様に大きな胸が潰れている。かつては湧いてくる雑念に頭を悩ませたものだ。今?やっぱり気になるっすね。
……魔族の策に引っ掛った馬鹿な俺の代わりに、一人で村を守って命を散らした。仲間を失い焦っていた俺に、幾つかの魔法を教えてくれた師でもある。
「へー。姉貴、身内がいたんすね。知らなかったなぁ」
ジェラルディンを姉貴と呼ぶのは、かつて不良少年だった戦士、エドことエドフリードだ。短く刈り込んだ茶髪はともかく、顔はまだ生意気盛りの少年といった感じだが、左頬にある一筋の傷は決して遊んで出来た生傷では無く、勇敢に敵に立ち向かっていった証の刀傷である。
行儀悪くテーブルに腰掛けているが、軽装だからか本人の背が低いからか、テーブルは全く軋んでいない。
……敵の奥の手である幻獣ヘルハウンドを倒して油断していた俺を、魔族の凶刃から庇った大馬鹿野郎。そして最初に失った仲間だ。
懐かしい。旅の中で共に戦った仲間はまだいるけれど、最初の仲間と言えばこの三人だろう。
王命で共に旅立ったエプロムート。
一緒にワイバーンを倒した縁で仲間になったフランメリー。
町でスリの疑いを掛けられて、投獄されそうになった所を助けたエド。
俺の冒険のルーツは、全て彼らと共にある。
――俺は、彼らを死なせないために此処に戻って来たんだ。
「初めまして。……これからよろしく」
さあ、やり直しを始めよう。
仲間を全員生き残らせて、魔王を今度こそブッ倒す!