森からの帰還、公認病棟連合
白い天井、白いベッド。
清潔感が漂う一室は王都の一角に存在する公認病棟連合の病室だ。
公認病棟連合はその名の通り王国に認められた病院群による建物の集合体だ。
医者の地位が低かった時代、当時新たに設立された国家試験によって資格を得ることが出来た医者たちは、しかし病院を開業しようにも資金が足りなかった。
そんな医者たちは寄り集まって一つの病院を作る。最初は小さな民家程度だった診療所と変わらない規模の病院は、民衆に寄り添うひたむきな姿勢で次第に大きくなっていった。そして他の開業できない医者が集まり、さらに拡大していく。
それぞれが扱う医術を病棟によって細分化し、様々な分野に対応可能な大病院と化した病院の集合体は、しかしそれでも互いの連携を密にした。対応できない患者にはすぐに適当な病棟を紹介し、難病が流行った際にはそれぞれの得意分野で治療法や発生源を模索する。
常に協力し、患者の為の最善の医療を尽くす。
公認病棟連合は、世界に誇ることの出来る人類世界一の大病院だった。
俺は部屋を見回しながらしきりに感心する。何度来てもここはすごい設備だ。
薬や消毒液は言うまでも無く、掃除は行き届き、体にメスを入れる最新の医術にまで精通している。
この病院で治らない病は、どこに行っても治らないだろう。
この世界での医術の地位は、日々向上していた。
それと反対に、回復魔法の地位は反比例して下降してしまっている。
理由は二つ。
回復魔法はあくまで応急処置にしかならないこと。自然治癒力を促進させたり、体の中の栄養を無理やり引っ張り出すため、結果的に寿命を縮めてしまう。
無論、戦闘の時はそんなことを言っていられない。即効性が何より尊ばれる。
しかし日々を暮らす民にとっては寿命が短くなるなど真っ平ご免だろう。
理由のもう一つは医術が日々発展し続けていること。
魔法は十年に一度新しい呪文が開発されればいい方だ。しかも体系として残すことは敵わないことが多く、弟子の誰もが習得出来ず、再現性が無いとされ歴史の闇に葬られた魔法も無数に存在する。
反対に医術は日進月歩で研究が進んでいる。
不潔な軟膏の改良。(昔の軟膏はマムシの糞や蛙の油などが使われていた)
空気感染の発見。(病気にかかるのは、神への信仰が足りなかったりする所為だとされていた)
最近で一番大きな進歩は、人の体に切り込みを入れて、患部を直接取り除く外科医療の発達だ。
未だ民衆の拒否感は晴れないが、今まで治療不可とされてきた数々の難病に希望の光が差し込んでいた。
また、魔法のように才能で全てが決定付けられる分野でもない為、努力と学びによって技術は伝授される。
後進を重視する公認病棟連合には専用の学校まで有るほどだ。
以上の事から、最近は白魔道士の集う大聖堂よりも、病院の方が民衆に頼られた。
俺たちがジェラルディンをここに担ぎこんだのも同じ理由だ。
俺たちは森を脱出し、目を覚ましても意識が朦朧としたまま戻らないジェラルディンを抱え王都に帰還した。
依頼の達成を達成を告げる為エプロムートと別れ、ジェラルディンを担いだエドと、魔力中毒症状でふらふらのフランメリーを支えた俺は公認病棟連合に駆けこんだ……というわけだ。
それから三日。
目の前のベッドで眠るジェラルディンは未だ目を覚まさない。
正確に言えば起床はするものの、ハッキリとした意識は無く、すぐさま再び寝込んでしまう有り様だった。
雷に撃たれたダメージは深く、医者の見立てでは脳に障害が残る可能性があるとまで言われた。
とはいえ、俺はそこまで心配していない。
なにせ俺は前の世界で脳にダメージは無かったのだから。
確かに森での出来事などは記憶から飛んだが、それだけだ。
俺の世界では弱った体で聖剣を振るうという無茶をしでかしたおかげで暫くダメージが残ったが、こちらの勇者――ジェラルディンはそんなことはしていない。
程なく目覚めるだろうと思っていた。
俺はジェラルディンから目を離し、隣のベッドに腰を掛けた奴に話しかける。
「お前はもう治っただろう?」
「まだだるいのよねぇ~……」
フランメリーは手に開いた魔術書から目を離さず俺に答える。
魔力中毒に陥ったフランメリーもまた、この病院に入院していた。
魔力中毒症状は魔力そのものが原因のため、魔法で治す事が出来ない。
もし魔法をかければより一層症状が酷くなるだろう。
それ故魔道士にとって魔力中毒は魔法を扱う上で最も注意しなければならない事項だった。
かつては魔法が通じない事象は、即ち不治とされていたのだから。
だがここでも医術の発展は目覚ましく。
公認病棟連合は魔力中毒を緩和する薬の精製に成功していた。
高価な上、副作用として強烈な眠気が襲う事が厄介だが……
「人間の進歩はすごいわねぇ~。出来ないと思っていたことが、あっという間に可能になっちゃう」
「魔法だって衰えるばかりじゃないだろう」
「でもいずれ不要になるかもしれないわぁ……銃なんてものが出来たし」
医術に立場を追われているのは回復魔法だけであって、他の魔法は関係ない。
だけどそれ以外の分野においても魔法は次第に追い落とされつつあった。
例えば銃の登場。
呪文を唱える必要は無く、魔力を操る才能も不要で、誰にでも持てる武器だ。
今は皇国だけで使われているが、いずれ普及すれば攻撃魔法は衰退する時が来るかもしれない。
例えば羅針盤や活版印刷の開発。
かつては船の方向や本の量産等の仕事も魔法で行われていた。
占星の魔法は天候によっては使用不可だし、印刷の魔法も脱字や色の間違いが頻繁に起きた。
それを人の手で、しかもより正確に出来るならば、廃れるのも仕方のない事だ。
声を大にして言う人間は少ないが、魔法は確実に衰退期に入りつつあった。
「ま、私たちは精々魔物の相手をしていればいいわねぇ~」
「大事な仕事だろうよ……」
発展し続ける技術だが、それでもなお魔法に追い付けていない所がある。
それは即効性だ。医術は回復までに時間がかかるし、執刀するのにも場所や時間が必要だ。
その点回復魔法は一瞬で出来る。
最もその分、使い過ぎると寿命を縮める恐れがあるが……
戦場でならば関係の無い事だ。
攻撃魔法も同じだ。銃は弾を込める時間が必要だし、そもそも悪天候では使えない時も多かった。
魔法ならばそういった不安とは無縁で、連射も出来る。
銃弾を消費する銃に対し、魔法に必要な魔力は休んでいれば湧いて出てくる。
戦場においてはまだまだ魔法の方が優秀であった。
「んぅ…………」
「おっ」
フランメリーと他愛のない話をしているとジェラルディンが呻く。
もぞもぞとブランケットの中で蠢き、寝返りをうつとパチリと目を覚ました。
天井を見回し、視線を下げて俺と目が合う。
「あれ……ここは……」
「目を覚ましたか。ここは公認病棟連合だ」
「……そうだ、私は確か……!!」
なにがあったか思い出した様子のジェラルディンは、ガバリと勢いよく起き上がり俺に問いかける。
「みんなは無事!?」
「安心しろ。全員無事だ」
俺の言葉にジェラルディンはホッと安心したように息を吐いた。
「よ、よかった~」
「冷や冷やしたぜ……」
フランメリーの手前そう言っておく。
実際戦場では戦々恐々だったしな。上手くいって良かった。
「はぁ~不甲斐ない。気絶しちゃうなんて……」
「仕方ないだろう。不意に撃たれた雷を避けることなんてできないし……」
エドが避けてたのはあくまで自分に向けられた雷だけだ。
無作為に撃たれた雷は避けてはいない……はず。
避けてたらその勘は未来予知級だ。
「とりあえず後一日は養生してろ。明後日で飛空船が出来上がるそうだ」
「わぁ、ついに……!分かった、寝て治す!」
「その意気だ……俺は用事を済ませてくる。話し相手にはさっきから気付いてもらえなくて凹んでいるフランメリーがしてくれるだろうよ」
「え!?……ご、ごめ~ん!フランメリー!」
「凹んでないし……いじけてないしぃ~」
「ご、ごめんってば~」
膝を抱えて唇を尖らせるフランメリーと、慌てて弁明するジェラルディンを尻目に俺は病室を退室した。
用事を済ませに行く。そう……
もう間近に迫っているであろう、魔王軍の大軍を見つけに行く。




