氷の責任、鉄よりも硬い意志
すっかり日が落ちた森に、未だ少年の面影が残る声が響く。
「こっちだよ!鳥頭!」
エドはトレントの死体から飛び出し、サンダーバードを煽った。
まさか言葉が通じた訳では無いだろうが、雷鳥はエドの挑発に怒り狂ったかのように雷をまき散らす。
数条の稲妻が地を焼き、エドは己を目掛けて落ちてきた雷を飛びこむようにして躱す。
「あっぶな!……なんてな!こっちだよデカ烏!」
左手のバックラーをひらひらと振り、なおも挑発するエド。
サンダーバードは雷が当たらないことに業を煮やしたのか、先程以上に雷を滅茶苦茶に放ちまくる。
そのいずれもエドはおろかトレントの死体にすら当たること無く、ひたすら地面を焦がし続けた。
エド……まったく、もう体力も限界近いはずなのに、自ら囮役を立候補するなんてな……
『時間を稼ぐ必要があるわぁ。私とロジャーから注意を逸らす役が必要ねぇ……』
『なら、それは俺がやるぜ。』
『でも、エド、お前体力は大丈夫なのか?』
『なんなら一晩中走りまわってやるさ。……姉貴を傷つけたアイツを俺は許すわけにはいかないからな。』
エドの決意に答えるためにも、この秘策は成功させねばならない。
エプロムートもまた飛び出して行く。万が一にでも無防備なジェラルディンに攻撃を当てない為のフォロー役だ。
「きばれよ!」
声を掛けてエプロムートはサンダーバードと気絶しているジェラルディンの間に走り出す。
雷がもしジェラルディンに向かえば、エプロムートが止める。
二人を見送り、トレントの影に隠れている俺と、隣のフランメリーは準備を始めた。
「――【連鎖氷結】。」
唱えたのはいくつかの氷塊を生み出す魔法だ。
エアシャカールも使用していたが、奴が生み出す氷塊が5~6個であるのに対し、フランメリーが生み出した氷塊はきっかり10個だ。
フランメリーは魔力は魔族には及ばない。その分一度に魔法に込める魔力をなるべく節約し、最高効率で魔法を扱えるように研鑽を積んでいる。
ムラ無く、集中して生み出された氷塊は正方形で、フランメリーの秘めた几帳面さが表れているかのようだった。
フランメリーは続けて唱える。
「【連鎖氷結】、【連鎖氷結】。」
フランメリーが呪文を唱える度に周囲に浮かぶ氷は数を増してゆく。20、30……
「……くっ、【連鎖……氷結】。」
苦しげに顔を歪めながらも、フランメリーは40個の氷を作り出した。
そこで魔力に限界が訪れたようで詠唱を止めてしまう。
「……はぁ、はぁ、うぅ……」
限界を超えて魔力を絞り出したのだろうか、フランメリーの意識が少し遠のいている様子だった。
息も絶え絶えなフランメリーの肩に手を置き、俺も魔法を使う。
「【魔力譲渡】。」
俺の手に光が灯り、その光はフランメリーに吸い込まれるように消える。
光が完全に吸収されると、フランメリーは意識をはっきりと取り戻し、俺に礼を言った。
「……ありがとう。楽になったわ。」
若干息が整ったフランメリーは続けて氷塊を生み出す作業に戻る。
俺が行った魔法は魔力譲渡。すなわち自身の魔力を他人に移植する魔法だ。
自分の魔力をそのまま渡す事が出来るわけでは無く、他人に渡す事が出来るように変換の工程が必要になる。
この変換の工程が上手いか下手かで魔力の消費量が決まる。
俺はあまり上手くないので、正直他人に魔力を渡すと属性魔法10発撃てる分が7発ぐらいになってしまう。
しかし今から行おうとする魔法はフランメリーフランメリーにしか扱えないため、多少のロスには目を瞑る。
「【連鎖……氷結】!終わったぁ!」
フランメリーは氷塊を生み出し続けて、周囲に浮かんだ氷の数は丁度100個になっていた。
これで下準備は終わりだ、本番の工程に入る。
杖に体を寄りかからせたフランメリーが俺に頼む。
「魔力を頂戴。ここからさらに気合を入れなきゃ。」
「……無理をするな、とは言えない状況だな、【魔力譲渡】。」
再び俺の手から発せられた光がフランメリーの中に吸い込まれる。
魔法が完了した瞬間、フランメリーは突如口を押さえ、震えだす。
「フランメリー!?」
「うっ、うぇ、おえっ!!」
嘔吐した。
体中から汗を噴き出し、体の中のものを全て出してしまうのではと錯覚するほどに吐き出す。。
魔力の中毒症状だ。今はまだ酷い乗り物酔い程度だが、より酷くなると体の中の臓器が狂い出し、最悪心臓が破裂して死に至る。
涙を流しながら、胃の内容物を吐き続け、それでも周囲の氷塊の維持は解かない。
フランメリーの体を支え、背中をさする。
俺は前言を撤回しフランメリーに問いかける。
「もうヤバいんじゃないか!?撤退して、出なおした方がいいんじゃ……」
「だ、駄目よ。サンダーバードに手を出したんだもの、逃げ切れても今度は王都に襲来するかもしれない……」
ここは王都の近郊だ。馬で半日ほどの距離ならば、空を飛べば一瞬だ。
そうでなくても、気絶したジェラルディンを抱えて逃げるには、俺たちは消耗しすぎている。
「こ、ここで決着をつけるわ……」
フランメリーは口を拭い、不調を押して魔法を行使する。
その瞳には、責任感が浮かんでいた。
作戦の提案者だからか。
あるいは戦闘の指揮者故にか。
――まったく。こいつはいつも人一倍背負っているな。
俺の世界での最期もそうだった。一人で責任を負い、村に残り軍勢に一人で戦った。
勝ち目はどこにも無くて、自分の命を賭しても時間稼ぎにしか成らないことは明白で、
それでも最後の瞬間まで自分の役目を果たし続けた。
自分が死ぬかもしれなくても、誰よりも辛い役目を背負い続ける。
――だから、みんな俺より先に死んじまうんだ。
あるいは逆説的に、俺が一番非道な人間なのかも知れない。
仲間をみんな殺して、自分だけ生き残った。
何度も悔い、憎み、そして泣いた。
だから、だからこそ、
――こんな奴らだからこそ、生き残るべきだと、思ったんだ。
フランメリーが真打の魔法を唱え始める。
「邪悪を封じ、無垢なる者たちに平穏を齎す神々の叡智よ。」
百の氷が共鳴し合い、フランメリーの周囲を螺旋状に廻る。
氷塊は形を変え、輪の形に変ずる。
「恐れに震える我らに今一度の鍛造を許したまえ!」
やがて一匹蛇のようにうねり、連結した氷たちは、フランメリーの周りを取り巻く一本の輪になる。
神話にも現われる戒めの象徴たるそれは、
「邪なる者を縛らん!――【縛鎖加工】!」
一本の鎖だった。
「さあ――引き摺り下ろしてあげましょう!」




