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雷鳥の舞、賭け




 恐らくは遥か太古から生き残って来た古木だったのだろう。

 年月を重ねてきた巨体は幹の中央から分断され、力を失う。

 真っ二つに分かれたトレントは音を立てて地面に崩れ去る。

 長い時間に渡ったトレントとの激戦は幕を閉じた。


 剣を鞘にしまい、息を吐く。

 久しぶりに振るった気がするが……腕は鈍っていないようだな。


 紅蓮剣は俺の扱う剣術の中で最高威力の最強剣だ。

 あまりの早さゆえか、剣の軌跡が赤く輝いていることから名づけられたその剣術は、剣聖が修行の中ライバルたちとの斬り合いの果てに生み出した。

 剣聖は凄腕の剣士だがその真価は心眼であり、敵の剣術を見切り、深い所まで読み取ったという。

 その力でライバルたちの扱った剣術を模倣し作り上げた多くの流派の複合剣術で、鍛えた肉体で放てば岩すら両断する。

 トレントは岩石より硬かったが……今まで全身を傷つけていたおかげで、脆くなっていた。

 俺は止めを刺したに過ぎない。


「お前、姉貴の紅蓮剣を使えたのか……」


「実は剣聖の下にいたのさ、それよりエプロムートに加勢するぞ。」


「お、おう!」


 怪しい所に突っ込んできたエドをあしらい、俺たちはサンダーバードに向かう。

 相も変わらず、サンダーバードは空中から落雷を落としてエプロムートを攻撃していた。


「おっさん!大丈夫か!」


「まだ攻撃は喰らっちゃいねぇ……だが。」


 エプロムートは忌々しげに空を見上げる。

 視線の先には雷を蓄え、悠々と滞空するサンダーバードの姿があった。


「攻撃の当てようがない……か。」


 空にいるサンダーバードに攻撃を当てる方法が、俺たちには存在しない。

 頼みの綱は、フランメリーの魔法だけだった。


「フランメリー、魔力は大丈夫か?」


「ちょっときついわねぇ。薬ももう無いし……」


「俺のを渡す。もっとも大して持っていないがな……」


「助かるわぁ。」


 俺は所持していた魔力の回復を促進する薬をフランメリーに渡す。

 これは人体の魔力の回復効率を高める薬で……使い過ぎると魔力への中毒症状を起こしてしまう危険がある。

 だが今は健康がどうこう言ってられない。

 フランメリーはその場で薬を飲み干す。


「……ふぅ。」


「もう魔力はギリギリなのか?」


「かなりねぇ。でもアイツは落として見せるわぁ。援護よろしくね。」


「あぁ……」


 俺たち剣士はフランメリーの周囲に散開する。相手の注意をフランメリーから逸らして雷撃に巻き込まれる可能性を下げるためだ。

 ジェラルディンは離れたところにいるので、攻撃を受ける可能性は少ない。


 雷撃が迸る。天然の落雷に比べれば威力も速度も遅いはずのそれは、それでも恐ろしい威力を秘めていた。

 雷は俺に向かって落ちてきた。


「ぐっ!」


 雷が俺の盾を打ちすえる。耐火加工をした木製の盾であるカイトシールドは、攻撃を防いだものの表面に黒い焦げ跡を残していた。

 耐火加工をしていなければ、盾は燃え落ちていただろう。

 そう何度も防げるものではない。


「【氷結アメジス】!【矢加工ボルト】!」


 フランメリーが造り出した氷の矢がサンダーバードの羽にめがけて打ち出される。

 空を飛ぶ力を失わせれば、地上で袋叩き出来る!

 だがサンダーバードは己に迫る氷の矢を視認すると、雷を生み出して撃ち落とした。


「……っ!低威力の魔法じゃダメってことね……」


 己に打ち出された魔法に危機感を覚えたのか、標的がフランメリーに移る。

 雷が奔り、フランメリーに迫るが、


「おっと、させるかよ!」


 ワイバーンの盾を構えたエプロムートが間に割り込み、攻撃を受ける。

 俺の盾とは違い、亜竜の鱗で作られた盾は焦げ目すらつかない。


 それでも再度フランメリーに狙いを定めサンダーバードは雷を帯電させる。

 そんなサンダーバードの注意を逸らす為にエドが石を投げた。


「こっちだよ!」


 投石はサンダーバードの翼に当たる。大したダメージではないが……

 それでもサンダーバードの怒りを買ったのか、標的がエドに変わる。

 雷が迸り、エドを貫こうとするがエドは直前で避ける。

 雷撃すら避けるとは……エドのすばしっこさは想像以上だったみたいだ。


 だが長くは続かないだろう……トレントとの連戦でさすがのエドも息が上がっている。

 バックラーしか持っていないエドは、雷を防御する術がない。避けるしかなかった。

 何か、防御するための手段が必要だ。

 雷を遮る、壁……

 俺の脳裏に前の世界での光景が浮かぶ。


「トレントを雷撃の盾にするぞ!」


「おお、いいアイデアだ!」


 俺たちはトレントの死体の影に隠れ、雷撃をやり過ごす。

 サンダーバードはトレントの死体ごと俺たちを雷で貫こうとするが、トレントの体は死んでもなお丈夫で、雷を通さなかった。

 サンダーバードは動いていないものを標的にする習性は無いようで、倒れているジェラルディンを引き込む必要はなさそうだ。


 しかしこれは時間稼ぎにしかならないな……

 トレントの影に隠れている時間を使って、俺たちは作戦会議をすることにした。


「小粒な魔法じゃ雷に撃ち落とされてしまうわぁ。」


「投石は駄目だな。俺の力でも大したダメージは与えられなかった。」


「エプロムート、魔法剣は飛ばせないのか?」


「無茶言うない。そんなこと出来たらとっくにやっているって……ロジャー、お前聖光魔法使えただろう?あれは?」


「使えなくは無いが……俺は加工魔法は扱えないから、威力が出ないんだよなぁ……」


 他の魔法を優先した為、加工魔法は習得していなかった。

 何だかんだいって俺の魔法はサブウェポン程度の力しかないからな……


「……やっぱり、私の魔法しか無いわねぇ。」


「だけど、どうするんだ?氷の矢は撃ち落とされてしまっただろう?」


 矢に加工された氷結魔法は、それなりの速度があった。あれを撃ち落とされてしまうとなると、相当早い魔法じゃないと当てられない。


「……今の私の魔力じゃ……いえ、待って。」


「どうした?」


「ロジャー、【魔力譲渡トランスファー】は使える?」


 ……フランメリーが問いかけてくる。

 その魔法は、一応扱えるが……


「何をする気だ?」


「……少し、賭けをね。貴方の従姉妹が好きそうな、ね?」


 分の悪い賭け……ってか。


「上等だな。俺も嫌いじゃない。」





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