雷鳴、悲鳴
空の羽ばたきの音に気付いた時には、既に私の体は雷に貫かれていた。
「ジェラルディン!」
ロジャーの声が何処か遠くに聞こえる。
返事をしようとするが唇が痺れて動かない。
視界が傾いていく。剣を取り落としたのが分かる。四肢の感覚も分からなかった。
傾きが止まった時、自分が地面に倒れ伏したのだと分かる。
薄れゆく意識の中、静かに思う。
(やられたのが、私でよかった……)
闇に落ちる直前、愛しい仲間の姿を目に焼き付ける。
次に目覚めたときにも、みんなと会えますようにと願いながら。
◇ ◇ ◇
雷に打たれたジェラルディンが倒れる。
その様子を見たフランメリーは悲鳴を上げる。
「そんな!ジェラルディン!」
「くそっ!」
俺は急いで駆け寄った。息はしている。だが意識は完全に無く、体からは焦げたような臭いが漂っていた。
すぐさま回復魔法を唱える。
「【回復】!」
ジェラルディンの体を光が包み、外傷を癒す。だが雷撃によるダメージは深いのか、目覚める気配は無かった。
(より強い回復魔法を使うか?)
一瞬そう考えたが、頭を振って考えを改める。
より強力な回復魔法は存在するが、本職では無い俺が十全に扱えるのかと言えば話は違う。
失敗すれば、アンデッドのような肉塊になってしまう恐れすらある。
自然に目が覚めることを祈ってマントで枕を作って仰向けに寝かせた。
くそっ!前の世界と同じことが起こってしまった。
前の世界でもトレントの相手をしている最中にサンダーバードが乱入し、俺は気絶させられてしまっていた。今回はこの世界の俺のポジションであるジェラルディンが狙われた。
俺が起きた時には傷だらけの仲間が息も絶え絶えにトレントの骸を盾にサンダーバードと戦っていた。
それを見た俺は立ち上がり、ボロボロの体を押して聖剣の力を解き放つが、それが祟り暫くの間ダメージが残ってしまった。
そしてその直後に起こる魔族の進軍で……
とにかく仲間に状況を伝える。
「生きているが、目が覚めん!庇いながら戦うしかない!」
「退路は断たれたってことかよ……!」
エプロムートが頭上のサンダーバードを睨みつけながら溢す。
トレントならばともかく、空を飛んで雷を放ってくるサンダーバードから逃走するのは難しい。
そのトレントも森の中に入れば植物を操って攻撃してくる。
それ以前に森の中にトレントを逃がせば、他の植物から栄養を吸収して回復してしまうかもしれない。
そうなれば元の黙阿弥だ。
「どうするフランメリー!」
俺はフランメリーに指示を仰ぐ。
基本的にパーティのリーダーはジェラルディン(前の世界では俺)だが、戦術を指揮するのはフランメリーが多かった。
フランメリーは魔力を回復する薬を飲みほして指示を出す。
「皮鎧のエプロムートがサンダーバードを引きつけて!ロジャーは私と共にトレントに攻撃続行。エド、まだやれる!?」
「避け続けるだけならばまだ何とかなる!」
「なら現状維持!先にトレントを倒してその後サンダーバードを相手にするわ!」
フランメリーはエプロムートをサンダーバードに当てて足止めし、残りのメンバーで一気に手負いのトレントを倒してしまう作戦のようだ。
金属が雷を通す性質上、金属鎧の俺はサンダーバードの相手に向いていない。一方エプロムートは皮鎧にワイバーンの盾を持っているため雷に対して高い耐性を持つ。
ジェラルディンの着ていたマンティコアの鎧は魔法に対して高い耐性を持つが……
サンダーバードの放つ雷は自然現象に近い。闇の瘴気で体内の環境を操作し、小規模の雷雲を発生させているというのがサンダーバードの戦い方だ。
魔法に抵抗ができる原理は、術式の有無。
炎の塊や光の塊が相手に向かって飛んで行くのは、魔法を構築する術式によって『そう在れ』と命じられているからだ。
マンティコアの皮鎧はそういった術式を触れた瞬間解体する力があるため、魔法を防ぐことが出来る。
とにかく、エプロムートに任せておけばサンダーバードは安心だ。倒す事は出来無くても、やられることも無いだろう。
その隙にトレントを一気に倒す!
ジェラルディンが抜けた今余裕は無い。
少々無茶でも一気に攻める。
「だりゃああああ!!」
トレントに向かって駆けだし、股を抜けながら足の一本をすれ違いながらに斬る。浅くならないように力を込める。
股を駆け抜けたら反転し、今度は突き刺す。何度も斬りつけているおかげでどの辺りに水の流れている管があるかは何となく分かる。
さすがに足元でうろちょろされるのは鬱陶しいのか、トレントはこちらに向かって手を伸ばす。
俺はすぐさま離脱し、距離を開けた。
足元からいなくなった邪魔者には興味を失ったのか、再び標的をエドに戻す。
トレントの動きは、あまり賢く無い。
一度決めた行動を変える柔軟性は持ち合わせていないようだった。
俺は再びトレントの足元を傷つけてこちらにトレントの注意が向いた瞬間離脱するを繰り返す。
足を俺が斬りつけ、胴体は、
「【連鎖烈風】、【剃刀加工】、【剃刀加工】!」
フランメリーが攻撃する。
自身の周囲に小さな竜巻を幾つか作りだし、それを剃刀状に変えて打ち出す。
トレントの太い幹は外しようが無く、幾つもの傷をつける。
だがまだ倒れる気配は無くエドを執拗に狙い続けている。
なんてタフな野郎だ……
チラリとエプロムートの方を盗み見れば苦戦していた。
エプロムートの攻撃手段は全て剣に依存したものだ。エアシャカールに止めを刺した魔法のみの魔法剣であっても攻撃手段は手に持って切りつけるだけだった。
だがサンダーバードは空を飛んでいる。降りてきた一瞬を狙い斬りつけて自身に狙いを集中させることは出来たが、それ以降に手傷を加えることは出来ていないようだった。
トレントを倒すまでの時間稼ぎが目的なためダメージを与えられていないこと自体は問題ないが、空を飛んで剣が届かないというのは厄介だ。
遠距離攻撃が可能な手合いはフランメリーしかいない。
俺とエドもエプロムートと大差ない為、苦戦は確実だった。
――俺の世界のみんなも、こんな苦戦をしたのか。
確かにこれは苦しい戦いだったが、俺は何処か喜びも感じていた。
かつての仲間たちが経験したことを、俺も追体験しているような気分になっていた。
無論、それではいけないという事は分かっている。
少なくとも、ジェラルディンに無理をさせて勇者が後に残るような手傷を負うことは避けなければならない。
だから俺が変えて見せる。
旅立ちの時は特に何も無かった。
空襲の時は前の世界で経験が無い出来事だった。
だけど、今、
俺は歴史を変えることが出来る!
そのためにまずトレントに止めを刺す。
ここまで滅多刺しにすればあとひと押しで行けるだろう。
剣を鞘に納め、中腰に構える。
足は開き、右手は柄に、左手は鞘を抑える。
何処か遠くの国で、師匠が見た『イアイ』の構え。
「エド!寄せてくれ!」
俺の発言にこちらを垣間見たエドは、構えを見て察する。
やはりジェラルディンも使っているよな。
こちらに走ってくるエドを追いかけ、迫るトレント。
剣を握る手に力を込め、体のばねを使って力を溜める。
鞘を体に隠して間合いを分からなくする技術もあるが、今回は使用しない。
トレントが迫る。
エドと擦れ違う。
トレントが迫る。
振動が身を振るわせる。
トレントが――間合いに入る。
俺は剣を抜き放ち、そのままトレントの幹を両断する。
音を置き去りにした神速の剣は、光と空気を切り裂き赤い剣跡を残した。
「――紅蓮剣。」
かつて魔王に通じなかった俺の一太刀が、魔王に続く最初の一歩を踏み出す。
誰にも伝わらない……俺だけの宣戦布告だった。




