木人対勇者、そして乱入
「エプロムート!大丈夫か!?」
吹き飛ばされて倒れ込んだエプロムートに向かって駆け寄る。
エプロムートは苦しげではあるがハッキリと返事を返した。
「くっ……左腕が折れたみたいだ……治せるか?」
「あんまりやると骨が弱るが、大丈夫だ、繋げられる。」
エプロムートの左腕に手を当て、呪文を唱える。
「肉を支える白き柱よ、我は汝を癒し、繋げる。――【接骨回復】。」
慣れない魔法故に一応呪文を唱えたが、魔法は無事発動しエプロムートの腕を光が包む。
エプロムートは腕を回して具合を確認すると、俺に向かって頷いた。
「治った。さすがだな。」
「そう何度も直せないがな、さて……」
俺たちはトレントへ向き直る。
やはりというべきか、動きは鈍いようでエプロムートを吹き飛ばした後はなんのアクションも起こしてはいなかった。
フランメリーが魔法を行使する。
「【火炎】、【矢加工】!」
フランメリーは生み出した炎を矢の形に変え、トレントに向けて放つ。
狙いはトレントの幹にある琥珀の瞳の中間……即ち眉間。
違わずに炎の矢は突き刺さるが、やはり燃え広がること無く鎮火した。
「ちっ、どういうことだ?木のくせに燃えないなんて……」
エドが舌打ちするが、こっちだって分からない。
思いだそうとするが、出て来ない。トレントとやりあった記憶はあるが、具体的にどう戦ったかというと、中々頭に浮かんでこない。
確かなのは前の世界でこいつは倒す事が出来た。つまり今いるメンバーで倒すことは出来る筈だ。
そんな事を考えているとトレントの腕が振り下ろされ一番前に出ているエドに向かって叩きつけられた。
「うおっ!」
あまり素早い動きではなかったため、エドは余裕を持って横に避けた。だが、トレントの打撃によって地面にはくっきりとした破壊の痕が刻まれる。まるで地割れの様だ。
あんなものをもろに喰らったらひとたまりも無いぞ……
エドに向かって腕が振るわれた隙を狙いエプロムートが斬りかかる。
今度は足では無く背中を狙うようだ。
魔法を詠唱しながら剣を振るう。
「雷撃魔法剣!」
炎が駄目ならば、という意図だったのだろうか、雷の魔法剣はトレントの背後に傷を付けたが、トレントは意に介すことも無く目の前のエドを執拗に狙う。
「なんで俺!?」
「あ、ハエトリグサ斬ったからかしらぁ?」
「それで!?」
涙目になりながらトレントの両腕を避け続けるエド。
エドが狙われている間にジェラルディンと俺が攻撃してみるが、効果はあまり無いように思える。
元が木だから痛覚が無いのか?
「ジェラルディン!聖剣の効果は!?」
「体が大きすぎて体の中の瘴気まで届いてない!見た目に反して保有している瘴気は少ないのかも……」
「くそっアンデッドより厄介だな。」
アンデッドは全身に瘴気が張り巡らされている分どこを切っても聖剣の効果がある。だがトレントや先日の爆撃空鯨のような大型の魔物は瘴気が全体をカバー出来ない為、脳や心臓の一部分だけに瘴気が巣食っていることが多い。トレントの場合は、恐らくは幹の芯か。
……どうするか。木を倒す方法として真っ先に思い浮かぶのは木こりの様に横から真っ二つにしてしまう事だ。しかし動きは鈍いものの同じ箇所を何度も斬り続けることは困難だし、斧の様に深く切り込む武器も無い。当たり前だが剣は木を切るのに向いていないな……
「ん?」
ふとトレントの足元を見ると、砂地の地面に斑点が出来ている。続けてエプロムートが斬りつけたトレントの足を見れば、傷口から水が滴り落ちていた。
サボテンや草花ならともかく、木としては明らかにおかしい水分量だ。
つまり燃えない仕掛けは、至極簡単。
「自身にたっぷり水分を含ませて、鎮火させているのか……!」
他の植物から栄養を奪える力、植物にとって最も重要なものといえばやはり水だ。
徴収した水を体に溜めて循環させているようだ。
今のように火に対する耐性も高められる、成程合理的かもしれない。
「なるほどねぇ。それなら、【烈風】!」
俺の言葉を受けたフランメリーは自身の杖の先に竜巻を発生させる。魔力を帯びている風は若干見えにくいものの透明では無く、僅かに白っぽい色が付いている。
「【剃刀加工】!」
竜巻は刃の形に姿を変え、トレントの元へ飛んでいく。
エプロムートの使う【斬裂加工】よりも切れ味を重視した加工魔法【剃刀加工】は風の属性魔法に最も相性のいい魔法だ。
トレントの表皮を過たず切り裂き、傷口から水が漏れ出す。
それを見たジェラルディンとエプロムートがフランメリーの狙いに気付く。
「そうか、水を全部吐き出させてしまえば……!」
「生木が燃えないなら、乾かして薪にしてしまえばいいってことか!」
エプロムートも同じように風の魔法剣を発動させて斬りかかる。
「烈風魔法剣!」
風によって切れ味を強化された魔法剣はトレントの木の皮を切り刻み水を漏れださせる。
「よっしゃ!」
エプロムートは自らの戦果にガッツポーズする。
ジェラルディンも剣の力の込め方を変え、浅く大きい傷をつける戦い方にシフトしていた。
よし……この戦いの最適解が見えてきた。
「エドを囮にトレントを傷だらけにするぞ!」
「おま……!お前覚えておけよ!」
エドが必死にトレントの攻撃を避けながらこっちを睨みつける。
やばい、また高感度下がったかも……
そろそろ飯でも奢った方がいいかもなぁ。
正直楽勝ムードが流れていた。
炎が効かないのは面を喰らったが、動きは鈍いし攻撃も避けやすい。
エドは災難だが文句を言いつつも避け役に徹して被弾する様子は無い。
攻略法が分かれば後は安全に時間を掛けて倒すだけだ。
だがこの『時間がかかる』ということがどれほど危険なことだったか……
この直後身を以て思い知らされた。
――日が少し暮れてきたな。
エドがもう何度目かになるトレントの振り下ろし攻撃を避けたのを見た俺は、少し空を見上げてそんな感想を抱いた。
空は茜色に染まり、戦闘開始の頃は天頂近くにあった太陽は、すっかり西に傾いていた。
その間にトレントの動きは目に見えて悪くなっていた。人間で言えば切り傷を無数に作られてじわじわと失血させられているようなものだ……自分で言っておいて寒気がする。
一方俺たちの方の動きも陰りが見え始めていた。特にトレントの攻撃を避け続けているエドの表情は疲労の色も濃く、動きも若干精彩を欠いていた。交代をしてやりたいが、トレントの標的は最初にエプロムートに向けて放った一撃以降ずっとエドのままだった。
とはいえまだ攻撃を避けられなくなる程疲れている訳じゃない。このままのペースでいけば先にトレントが倒れる。
……筈だった。
空が陰る。
夜陰にはまだ早いと違和感を覚えた俺は再び空を見上げる。
空に在ったのは雷雲。
黒い体から稲妻を垣間見させる姿。だがそれは錯覚だと気付く。
雷雲は翼を持ち、爪を持ち、そして紅い双眸を持っていた。
前の世界の記憶が呼び起こされる。
雷鳥、サンダーバード。
サンダーバード、夕暮れ、森、トレント。
間欠泉のように記憶が溢れ出て、俺はこの後の出来事をハッキリと思いだす。
なんで、俺にこの森の記憶が無かったのか――
「ジェ――」
ジェラルディンに警告しようとするが、もう遅い。
空より放たれた雷撃は、過たずジェラルディンを貫いた。




