捕食者の覚醒、森の王
「エド!後ろだ!」
俺の警告にエドは振り返り、自身に迫る緑の顎を目撃する。
「うおっ!?」
エドは腰に佩いた剣を抜きながら斬り払う。
ハエトリグサは真っ二つに切り裂かれ、地に落ちた。
だが蔦はまだ蠢き、エドに向かって触手の様に伸びる。
「何だこいつ!?」
蔦を切りつけながらこちらに下がってくるエド。俺たちも駆け寄り迎撃の体勢を整えるが、蔦は広場の中心までは追ってこず、再び草むらの中に引っ込んだ。
あれは見覚えがある……やっと思い出した、この森がどういう状況下にあるか。
「……植物型の魔物……」
「くそっ、そういうことかよ。ホラーウルフたちはアレから逃げてたってわけか。」
エプロムートが悪態を吐く。
闇の瘴気が取りつくのは基本的に動物だが、死体に取りつきアンデッドになるように絶対ではない。
植物に取りつき植物型の魔物となることもある。
普通は狭間からあふれ出た瘴気などによって発生するが、例外もあった。
「どういうことだ?そこまで闇の瘴気は濃くないだろう。」
「狭間が発生しているってこと?」
エプロムートとジェラルディンが疑問の声を上げるが、そうじゃない。
恐らくは……
「トレント……ね。」
「その可能性が高いな。」
フランメリーの言葉に同意する。
「トレントって?」
エドが聞いてくる。フランメリーがその質問に答える。
「トレントは大木から生まれる魔物よぉ。恐らくはサンダーバードが止まり木か何かに使用した木がそのまま闇の瘴気に取り憑かれて魔物化したんでしょうね。」
「そいつからさらに植物型の魔物が生まれたってことか?」
「いえ、違うわぁ。トレントは自分の領域下の植物を操る能力を持っているの。自在に動かすことも出来れば、栄養を過剰に供給して巨大化させることも出来るわぁ。さっきの食虫植物はそう言う事でしょうね。」
「森を支配下に置いているってことか……」
「たぶん木の成長が早いのもトレントの仕業でしょうねぇ。」
「あん?何でだ?」
エプロムートが首を傾げる。
それには俺が答えた。
「トレントは動く分、大量にエネルギーを必要とする。動物から派生した他の魔物とは違い闇の瘴気でも賄えない。そのため、自分と同種の木から栄養を吸い取ることがある。」
トレントは植物の栄養を土を通じて自在に操れる。自分に吸収したり、他の植物に移動させたり出来る。
その際、自分と似通った植物からなら効率良くエネルギーが摂取できるようだ。
「……なら逆じゃないか?栄養が吸い取られたなら、木は枯れる筈だ。」
「溜めているのさ。いざという時のためにね。」
はやにえ、という習性がある。
鳥が自分の獲物をいざという時のためのおやつとして木の枝などに刺しておく行為だ。
トレントの場合はそれとは少し異なるが、ようするに保存食ということだ。
「その栄養はどっからとってきたんだ。」
「この森の生き物を皆殺しにして……だろうな。」
森の動物を殺しつくしたのはサンダーバードでもアンデッドでも無かった。森全域を支配するトレントの仕業だった。
元が木のトレントにとって草食動物も肉食動物も関係が無い。全て等しく自分たちの肥料だ。
「なるほどな……ってことは、ここは安全地帯ってことか。」
「だな。ホラーウルフがここに逃げ込んできたのは、そういうことだろう。」
アンデッドにしては知能が残っていたようだ。植物が進出できないこの場所は、トレントにとっては知覚出来ないステルスゾーンだ。
とはいえずっとここにいるわけにもいかない。俺たちの目的を考えれば、トレントも討伐対象だ。
「どうするフランメリー?どうやってトレントを探す?」
「う~ん……必要無いんじゃないかしら?」
「え?なんでだ?」
トレントは討伐対象じゃないってか?いや、探す必要はないってことか?
フランメリーは杖で地面を掻きながら解説する。
「自身の操った植物が斬られたなら、この場所に何かがいるってことは分かると思うわぁ。植物が入り込むことの出来ない場所があるとも。」
「……それは、そうだな。」
壁の穴の中に手探りで手を伸ばした時、噛まれれば何かがそこにいるという事は分かる。
だけどそれがどうして探さなくてもいい理由になるんだ?
「でもこの場所は植物は根を伸ばせないけど、歩いて侵入は出来るわぁ。私たちみたいに。」
「当たり前だろう?」
何を当然のことを。この広場は特殊な結界が張ってあるわけでも、なにか遮るものがあるわけでもない。土壌の違いで植物が進出出来ない普通の土地だ。
「そうねぇ。だから歩いてくればいい。」
「え?」
「……!何か来るわ!」
呆けた俺を余所に、ジェラルディンが警告の声を上げる。
やがて耳をすませずとも、ずしん、ずしんと重々しい足音が聞こえてくる。
象ですらここまでの重量感は出せない。まるで建物が歩いているかの様だ。
……いや、つまり、その建物の材料が歩いているという事だ。
木々をなぎ倒し、広間に向かってその巨体が現われる。
周りの木と大きさは変わらない。だが太さが段違いだ。二倍……いや三倍はあった。
根の部分は四つに分かれ、それぞれが地面に立ち巨体を支える。
木の枝の内二本が腕の様に蠢き、俺たちに向かって伸ばされている。
幹には口の様に裂けた洞と……眼のの位置に琥珀が飾られていた。
トレント。
植物の王にして、森の支配者。
「本人のお出ましってわけか!」
「それをいうなら本木じゃないか?」
隣でエプロムートがどうでもいい返しをするが、反論している場合じゃない。
トレントはその両腕を伸ばし、こちらへと近づいてくる。
「どうする……!?」
「ま、普通こうだろ。……【火炎】!」
エプロムートが右手で炎を作り、剣に当てる。そうか!魔法剣なら!
「【付与】、【斬裂加工】!」
エプロムートは煌々と燃え盛る魔法剣を構え、トレントに向けて突進する。
トレントは両腕で阻止しようとするがその動きは緩慢で、エプロムートを捉えることは出来ない。
容易に根元まで辿りつき、四つの脚のうちの一つを切りつける。
「火炎魔法剣!」
炎の剣はトレントの足を断ち、炎は燃え上がって木の体を焼きつくす――ことは無かった。
「なっ!?」
エプロムートの魔法剣はトレントの足の半ばで勢いを失い、炎は斬りつけた箇所を焦がすだけで一向に燃え広がらない。
エプロムートが剣に力を込めてどうにか足を断とうと苦戦していると、トレントの腕の動きが追いつく。
「エプロムート!上だ!」
俺の警告にエプロムートは上から振り下ろされようとしている腕に気付いたが、剣を抜こうとして一瞬引っかかり、動きだしが遅れてしまう。
その一瞬が命取り。
剣を抜くことには成功したが腕の直撃を受けてエプロムートは弾き飛ばされた。
「がっ!」
辛うじて盾で受け止めたが防ぎきれたとは言い難く、そのまま吹き飛んで地面に倒れ込む。
炎が効かないなんて……どうすりゃこの巨体を倒せるんだ?




