勇者は訴え、神は告げる
確かに、よく似た世界ならば、【俺】がいてもおかしくは無い。
というか、俺の仲間達が存在している世界ならば、起点となった俺の存在が無ければおかしいのだから、当たり前と言えば当たり前の話だ。
だが何故女なんだ!?
俺は困惑するが、目の前の女勇者――ジェラルディンも混乱している。その様子に俺は少しだけ冷静になれた。よく考えればこちらは世界を移動したことを知っているが、向こうは知らないのだ。寝耳に水に自分の男版が現れたのだから、混乱度合いは向こうさんの方が数倍上だろう。
女勇者がハッと我に返る。
「ど、ドッペルゲンガー!?」
「落ち着け、それは魔神の神殿でなければ出て来ないぞ」
冒険の序盤に立ち寄った神の成り損ないを祀った神殿。そこでは記憶すらも複写するドッペルゲンガーという魔物が存在した。仲間達も真似られて、随分と苦戦した覚えがある。
「それになんでわざわざ男に変える必要がある?」
「う、それはそうだけど、じゃあ、じゃあ、な、なんで」
「落ち着け」
うーむ。これは事情を説明するよりも俺が俺であることを説明した方が良いだろうか。
「父はジョナサン、母はマーシャ」
「!!」
「兄弟は無し。故郷はスレイプニールズ。騎士を引退して故郷に戻った父は、農家の息子として俺を育てた・・・お前からすれば、娘という認識なんだろうが」
「そ、それぐらいなら」
『それぐらいなら誰でも調べられる』か?俺しか知らないことか、うーん。
「母に内緒で鳥に餌をあげてたっけな。心の中で付けた名前は『シグルドリーヴァ』」
「……」
「元ネタは父が王宮務めだった頃に買ったっていう戯曲の本だったな。今思えばあれって結構高かったんじゃないか?」
口を魚みたいにパクパクさせてやがる。この辺の話は男でも女でも変わらないらしいな。
初恋の人は……さすがに男女で違うだろう。俺の場合は隣のお姉さんのアインマリーだったが、女だったらアインマリーと結婚したユイシスか?ああでも、衛兵のプレストンはかっこよかったなぁ。あっちかもしれん。
とりあえず言葉で出来る証明はこの辺が限界か。
「信じてもらえたか?」
「……信じる、けど」
「うん?」
「なんで?」
まぁ、それが一番気になるよな。
「俺は、この世界とよく似た世界で勇者をしていた……だけど魔王に負けてしまってな」
「……不吉な…」
おっと確かに。『未来のあなたは負けますよ。』と言っているようなものか。
「未練たらたらだった俺を、神様が憐れんでやり直させてくれたってわけだ。――お前さんの世界で」
「……なんだって私のいるの世界で?」
「神様の事情らしい。俺の事情でもある」
俺は顔を真剣な表情に変えて告げる。
「……俺の仲間はみんな死んだ」
「!!」
「俺を庇って死んだ奴がいた。俺の不注意で死んだ奴がいた。みんな、俺が助けられた命だった」
「そんな……」
「だから、未来を変えられるのならば、変えたいんだ」
「……このままじゃ、みんな死ぬ?」
ジェラルディンは、見るからに怯えた表情をして震える。……俺でも同じように恐れるだろう。仲間は俺の全てだ。……全てだった。
故郷は、スレイプニールズは、魔王軍によって燃やされた。立ち向かったプレストンは真っ先に切り殺され、両親は俺を庇って死に、結婚したばかりのアインマリーもユイシスも焼き殺された。手柄を立てられなかった一部の魔族に、名目だけでも功績を上げさせるという、くだらない理由で。
俺は全てを失った。
唯一焼け残った故郷のマントを纏って旅立った勇者は、もう何も失いたくないはずだ。きっと俺と同じはずだ。
俺は止めと言わんばかりに、腰に差した剣を抜く。
「この剣は見覚えあるだろう。王に下賜されて、聖剣を手に入れるまで使っていた」
「……そうね。聖剣に認められた後は、エドにあげたわ」
「エドも、死んだんだ」
「……」
エド、エドフリードは不良少年だった。とある町で助けたことによって懐かれて、いつの間にか一緒に旅をするようになった。
旅を続けるうちに戦士として成長し、俺が聖剣を手に入れた後はお下がりとして今まで使っていた剣をあげた。質は良かったがどうみてもお古なそれを、エドは大喜びで受け取ってくれた。
エドフリードは最期、戦士として散った。俺を庇い、魔族の将軍と刺し違えた。
「頼む」
この世界が、俺のいた世界じゃないと分かっている。
俺のいた世界は変わらず、仲間達が生き返るわけじゃない。
でも、同じ姿、同じ魂を持った仲間達が何処かで生きていてくれたら、生き残れたなら、
それは俺にとって何よりの救いになるから。
「仲間を、皆を救いたいんだ……!」
俺の必死の訴えに、
ジェラルディンは、俺の写し身は、勇者は、
真っ直ぐと俺の目を見て答えた。
「……仲間達を、死なせずに済むならば」
――ああ、彼女は、
やはり俺と全く同じ存在なのだろう。
「ブランシャールの名に誓い、あなたを信じましょう」
仲間のために、全てを賭けようとする姿は、
俺の在ろうとした、勇者の姿そのものだった。
◇ ◇ ◇
「……何者だ」
暗き室内に誰何の声が響く。彼の者は玉座に座り、紫の鎧を身に纏っていた。
名は秘され、ただ魔王と称された。
魔王の玉座の隣に、白い靄が現れる。
靄は次第に人型に変わり、本来口が在るべき個所には丸い穴が開いていた。
穴はまるで口の様に動き、言葉を紡いだ。
「君の前に姿を現すのは初めてだけど……」
「神か」
「――さすがだね、今は神としての気配を現していないのに」
魔王は白い影を一瞥もせず会話を続ける。
「何の用だ。お前に跪くつもりは無い」
「必要無いよ。君にその役割は期待していない」
「ならば――」
「この世界に干渉したことだけ伝えておこうと思って」
魔王は押し黙る。玉座の間に沈黙が下りた。
暫く後、魔王は再び口を開く。
「……勇者か」
「鋭いね」
「魔王である我に関係のある事柄など、そのくらいだろう」
「そうだね。……勇者を一人増やしたよ。一応伝えておこうかと思って」
「摂理を捻じ曲げたか。神らしい」
溜息を一つ吐いた魔王は、玉座から立ち上がり白い影の方へ向いた。
「我のやることは変わらない。魔族の世界を。ただそれだけだ」
「……うん。それが君に期待した通りの役割だ」
その言葉を口にした途端、白い影は霧散して闇に溶けた。
魔王は虚空を見上げ、呟く。
「勇者か……願わくば、我らが鍵であらんことを」
紫の魔王は再び玉座に座る。
彼の待つ運命が来たるその日まで。