図書館、歴史の確認
王都が空襲で受けた被害は大きいが、重要な建物の全てが倒壊したわけじゃない。最重要施設である白亜宮も半壊程度で済んでいる。
これは、おそらく魔族側の王都のリサーチが出来ていなかったためだと思われる。目立つ建物を空から確認して、適当にアイアンゴーレムを投下した結果だろう。
現に、立派な外観を持った大聖堂はほぼ全壊で、小さな建物の集合体である公認病棟連合の被害は軽微だ。
損害が軽度だった建物の一つが、国立図書館だ。
古ぼけてはいるが巨大な建物で、三つの棟から成っている人類最大の図書館だ。
羊皮紙や植物紙で書物が作られ始めたのが比較的近代であるため、他にまともな図書館が無いだけとも言える。(国立図書館の蔵書も二割が巻物だ)
その内の一棟が全焼した……甚大な損害に思えるが、国立図書館の蔵書のほとんどは地下に保管されている。
もっとも、燃えた一棟存在した図書も永遠に失われてしまったと考えれば歴史的な被害ではあるが……
破壊は免れたものの、振動によって蔵書のほとんどは本棚から落ちて散らばってしまった。
片付ける必要があるが……人命や住居の復興が最優先のため、あまり人手を割くことが出来ない。
そのため、勇者一行の中でも知名度が一番低い俺、ロジャーが手伝いに借りだされた。
◇ ◇ ◇
「いやぁ。回復魔法が使える人がいると助かります。」
「本職程ではありませんが、手伝いになれば幸いです。」
職員の人に案内されて、幾つもの書物が大きな机に置かれた部屋に導かれる。
ここにある本は全て羊皮紙で出来ている。中には破れた紙がファイリングされただけのものもある。
この部屋には、本棚から落ちてしまった際、破損してしまった羊皮紙の本が集められていた。
職員は俺に椅子を勧めて、自らは退出する。
「出来る範囲でよいので、『治して』おいてくださいね。」
「ええ。」
職員を見送って、俺は目の前の本を一冊とって表紙を眺める。
あちこちが破れ、中を捲ってみるとページが数枚折れたり破れたりしている。
タイトルは『属性魔法の反発作用』。魔法理論の基礎について書かれた本のようだ。
もう知っている内容だな……手早く治すか。
「【補修】。」
表紙に手を添えて魔力を流す。破れたページは瞬く間に繋がり、褪せたインクまでもが鮮やかになる。
回復魔法の一種、【補修】。効果は皮膚や爪といった人体の表面を回復する魔法だ。
この魔法、実は羊皮紙にも聞く。同じ皮だからか、それとも羊の皮と人の皮は似通っているからか。
何故か刺青などもある程度治す事の出来るこの魔法は、本の補修にも役立っていた。
もっとも、破れて失われた文字などが完璧に治るわけでは無いので、後から修正が必要になったりするが……
この魔法が存在するおかげで、『書物生命論』なる説を唱える人間もいるくらいだ。
「次は……勇者の本か。」
タイトルは『勇者という存在』。著者は不明。写本のようだ。
補修個所を見定めるがてら、中身を拝見する。
勇者とは、この世界に溢れる【闇の瘴気】の流入を止める存在である。
闇の瘴気は世界のいたるところに現われる空間の切れ目、通称【狭間】と呼ばれる個所からこの世界に入り込む。
この瘴気が果たして異世界より流れ込んだものなのか、はたまたこの世界の何かを要因とした病気なのか、それは解明されていない。
少なくとも解っているのは、瘴気は生物の持つ魔力を溜めておける性質があることと、闇の瘴気に触れた動物は、死ぬか、魔物に変ずるかの二択であるという事だ。
魔物は狂暴化し、他の動物を無差別に襲う。自分のかつての同族であってもお構いなしだ。
捕食することは少ない。闇の瘴気に溜めておいた魔力を生命維持に回すことによって生きながらえることが出来る。
魔力が生物の内からしか発生しない理由は解ってはいないが、魔物になると魔力の発生量が増えるようだ。
魔物が他の動物を襲う理由については、まだ解明されていない。
魔物の中で知性を獲得したものは魔族と呼ばれる。
魔族は人間並みの知性を持つが、必ずしも人間から変化した魔物だけが魔族になるわけではない。
虫から転じた魔物であっても、魔族として数えられた例は記録に存在する。
魔族が知性を持つこと以外に特筆すべき特徴は……繁殖が可能であるという点である。
魔物は通常、繁殖能力を持たない。中には瘴気を流し込んで自分の同族に変える魔物がいるが、自ら子どもを産むことは無い。
その点魔族は、自分と姿が似通った魔族と交配し、新たな子をなす事が出来る。
魔族は、種として確立するのだ。
知性を持つ魔族と人間は和解出来るのでは?という意見も存在するが、答えは否だ。
魔物や魔族が纏う闇の瘴気が触れれば、魔物に変じてしまう。そうでなくとも死に至る。
闇の瘴気は生物のなんらかを媒介にして増殖する。魔物や魔族が纏う事の出来る瘴気の量には限界値があるが、他の生物に移植することによってその量を増やす。
魔族が生きているだけで、魔物は増え、生物は常に死のリスクを背負う。
共存は、絶対に不可能だ。
勇者は、人類に残された闇の瘴気に対抗する唯一の希望だ。
その能力は、狭間を消滅させる力、瘴気を浄化する力だ。
他にも勇者にしか扱えない魔法の習得などがあるが、先に挙げた二つの能力に比べればおまけに過ぎない。
世界に点在する狭間は、勇者の能力を持ってしか完全消滅させることが出来ない。ただの人間が取れる手段は、立ち入り禁止の看板を立てるなどの物理的な閉鎖だ。
闇の瘴気は、生物に寄生するか、狭間が近くに無ければやがて消滅するが、勇者の能力ならば魔物の内部に存在する瘴気であっても消し去ることが可能だ。
勇者は、世界を救う希望だ。
勇者の発生条件は解明されていない。
ある日突然、この世界――人類が唯一生存しているとされる大陸に現われる。
勇者は体のどこかに刺青の様な虹色に見える痣が現れ、魔法や能力を習得する。
世界中ランダムであるため、発見は困難であるが、どんな時代であっても最低一人は勇者が存在するため、時によって勇者が全く存在しないということはあり得ない。
複数の勇者が現れる時もあるが、大抵は一人で、過去発見された同時代の最大人数は三人である。
勇者として選ばれた者は、その生涯を通じて狭間塞ぎと魔物退治に命を懸ける。
国々は、勇者を支援する義務がある。政治的に利用しようとする国もあったが、歴史的に見れば支援することが一般的だ。
得難い存在である勇者は、人類の至宝だ。
勇者は聖剣に■ばれ、■■■ることもある。そ■際、■■■ことも■■■■――
「うーん。こっからは破れた個所が多くて読めないか……【補修】っと。」
手から流した魔力によって羊皮紙の傷は塞がり、インクもある程度復活する。しかしそれでも先程破れて見え無かった部分は読めそうも無かった。
「後日司書さんが修復してくれるのを待つしかないか……」
とはいえ、既に知っている知識だった。あまり未練は無い。
「それよりも、他のを治さないとな。」
積まれた書物は山ほどある。今日中に治せる物はなるべく治したい。
「おっと……これは『野菜サンドの歴史』……?」
……うん!気になる!
これは念入りに治さなくては!中身をチェックして完璧に治さなくちゃな!
この日俺が補修出来た本は十冊だった。




