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戦災、秘密の茶会



 王都空襲より三日。街には復興のために忙しなく動く人々の姿があった。

 空襲によって残された爪痕は大きく、城は半壊、貧民街は全焼。貴族街と工房地区は比較的損害は軽微だったが、いずれの地域でも無視できない数の死傷者が出た。

 焼け落ちた建物を直す大工。避難所に物資を配る衛兵。彼らは人々に希望を与えんと努力している。

 だが死体袋の前で咽び泣く者。無くなった自分の右腕を呆然と見つめる者。母を求めて何かを堪えている様子の父親に泣きつく子ども……絶望から立ち直れない人間は多い。


 そして白亜宮の一角、被害を受けなかった中庭のテラスにて、俺はトラヴィスと会っていた。

 同席しているのは副長のリカルド、そしてフランメリーだった。

 エプロムートは妹や怪我をした義弟、そして姪の面倒を看ることで忙しい。家が焼けてしまったわけだし、仕方がないと言えば仕方がない。

 何故フランメリーがいるのかといえば、お目付役だ。



 ◇ ◇ ◇



 爆撃空鯨を湖に着水させ脱出した後、俺とエプロムートは勇者ジェラルディンにひどく叱られた。

 勇者からしてみれば、仲間の家族を保護しに行ったはずなのに、いつの間にか敵の本拠地に乗り込んで壊滅させているのだから怒るのも無理は無い。

 魔族将軍を相手にしたと話すと、ますます怒りを強めた。

 何故自分を呼ばなかったんだと激しく憤るジェラルディンだったが、それはさすがに理由がある。


 鯨に乗り込むのはゼナナちゃんを救うという点でも、空襲の元凶を断つという点でも意義のある行動だ。だが、同じくらいに民間人の救助活動は大切なことだ。

 そのためにフランメリーの魔法は必要だったし、勇者が指示すれば衛兵の士気も上がる。エドはその怪力で瓦礫の除去に大変役立ったそうだ。

 空挺中隊も一緒だったし、鯨も下から見上げる分にはあまり大きく見えなかったし……

 魔族将軍がいたのは完全な誤算だ。海上に現われる魔族海軍の軍船の船長でさえ、将軍の地位からは程遠い。巨大な航空戦力とはいえ、まさか将軍位にいる魔族が指揮していたなんて思わなかった。


 そう弁解すると、ジェラルディンは、反論できず黙ってしまった。

 自分が勇者の立場として、救助の前線を離れることが出来なかったと理解している。

 だが、仲間に危機に立ち会えなかったことを悔やんでいた。


 勇者の立場というのは、辛い。

 今代の勇者は特にそうだ。魔王を倒す使命を受け、誰よりも前に立つことを望まれながら、命を落とすことは許されていない。

 仲間よりも、人々を守ることを優先しなければならない場面がいくつもある。

 板ばさみにされ、苦しんで……その果てに俺は全てを失って死んだ。


 だからこの世界では、俺が仲間を守ればいい。

 此処では俺は、勇者では無いのだから。


 そんな事を思っていたら、黙ってしまったジェラルディンに代わってフランメリーが注意する。

 『今後、爆撃空鯨に関することには、私か、ジェラルディンに報告すること。』

 『王様や空挺中隊に呼び出された時には、同じく私かジェラルディンを同行させること。』

 この二つを約束させられた。



 ◇ ◇ ◇



 そして今、その約束を履行しているところだ。

 勇者は、復興支援の顔役になる役目がある。エドもお付きで一緒にいる。

 エプロムートは今頃平民用の避難所で妹家族と一緒にいるだろう。

 そのため、勇者一行からは俺とフランメリーだけが、今回の茶会・・に出席していた。

 そう、茶会である。

 勇者一行の戦士を皇国の軍人が呼び立てる口実として開かれた、文字通りの茶番だ。


 何せ爆撃空鯨を落としたのは皇国軍の空挺中隊であり、俺とエプロムートは関わっていないのだから。


 少なくとも、表向きはそうなった。

 どうやら皇国ではトラヴィスは冷遇されているらしい。

 新兵科である銃士であることに加え、まだ若い。皇国貴族や、騎兵を始めとする他兵科の軍人に受けが悪かった。

 だが参謀局は評価していた。今後の戦争では銃士こそが覇権を握ると考えており、銃士の中で一番の実力者であるトラヴィスを大隊長にしたかった。

 しかし今現在の発言力では周囲の反対を押し切ることは出来ず……やむなく特殊な中隊を率いる中隊長に収まっていた。

 今回空挺中隊が王国にやって来たのは、地道な功績作りの一環らしい。


 そんな折、今回の一件が起こり……チャンスとばかりに、皇国本国の参謀たちは空挺中隊と王国上層部に打診した。

 爆撃空鯨を落とした功績を、空挺中隊――トラヴィスのみの手柄にしてほしいと。

 王国の危機を救う程の戦果ならば、誰も文句を言えない大手柄だからだ。

 協力者には申し訳ないが、公式の記録からは存在を抹消させて欲しいという嘆願だった。


 という事を鯨から脱出し、王国に報告した翌日・・に、申し訳なさそうな顔をしたトラヴィスから聞かされた。

 本国からの指令がこんな短期間で届くのか……?と疑問に思ったが、皇国の発展した工業力を持ってすれば、可能やも知れない。


 俺とエプロムートは快諾した。元より俺自身はこの世界の名誉に興味は無いし、エプロムートも姪の救出のみが目的だったのだから、問題は何もなかった。

 王国も了承した。これが勇者が関わっていたともなれば断固として反対しただろうが、勇者の仲間で、しかも一人は新人の無名の剣士ともなれば、左程こだわることも無い。

 むしろ皇国に恩を売れると大喜びだろう。

 というより復興に注力したいというのが恐らくは本音だ。


 何の障害も無く了承された皇国の打診だったが、異を唱えたのはトラヴィスだった。

 本国からの通達と、トラヴィス自身の栄達に関わるとはいえ、本人にとっては不本意だったらしい。

 しかして軍人として上官に逆らうわけにもいかず……せめてもの礼を言いたくて、茶会を開いた。


 以上が俺が今此処にいる経緯だった。

 政治って難しいなぁ、と思い名目上とはいえ実際に出された紅茶を啜る。

 飲んだことのない味だ。ストレートのはずだが、僅かに甘味があり、逆に渋みは薄い。


「……これ、紅茶か?」


「うむ、政治的に使用するつもりだった高級茶葉だ。味は変だったか?」


「高級……!?そんなものを野良の剣士に出したのか!?」


「何を言う!君は中隊に協力してくれた恩人じゃないか!それなのに記録から抹消せざるを得なくなってしまった……!少しでも報いたいんだ!」


 トラヴィスはテーブルを叩きながら熱烈に語る。なんでそんな子どもみたいな行為をするんだ。

 いや、だけど……


「そもそも発端は俺たちが鯨に乗り込みたいといったからだろう?むしろ中隊は被害まで出てとばっちりじゃあ……」


「割り込むようで悪いが、」


 黙っていたリカルドが会話に入り込む。


「我々は鯨に乗り込むという発想にのみ共感し、そのアイデアの報酬として君たちを隊に組み込んだ。君たちの事情に興味は無く、空挺中隊だけで乗り込んだのも、ジルシュタイン号で運搬できる最大単位だったからだ。」


 そこで言葉を切り、真剣な表情でこちらを見つめながら続ける。


「ようするに、我々が爆撃空鯨に吶喊したのは空挺中隊全体の総意であり、お前たちの判断で損害を被ったというのは、我らジルコニア空挺中隊への侮辱他ならないということだ。」


 パキリ、と音が鳴り、リカルドの持っていたカップの取っ手が割れる。

 リカルドの放つ静かな怒りに、俺は思わず押し黙ってしまった。

 トラヴィスが場を取りなす。


「その辺にしておけリカルド副長。ロジャー殿、副長はこう言っているが、つまるところは『そんなつまらない事は気にしなくてもいい』と言っているんだ。我々は、我々の判断で鯨に乗り込んだのだから。」


「……わかった。」


 頷かざるを得ない。

 だが考えてみれば、仲間の死を自分以外の責任にしたくないという思いには共感できた。

 俺も、仲間の死は全て自分の所為だと思っている。


 トラヴィスが話題を変える。


「しかし……ロジャー殿もエプロムート殿も、名高い勇者のパーティの一員だったとは。」


「え?……言ったっけ?」


「そちらにいるフランメリー殿を見ればわかる。」


 トラヴィスは俺の隣でずっと紅茶を飲んでいるフランメリーに水を向ける。


 成程、そう言えば夜会ではジェラルディンの隣にいた。勇者の情報を少しでも知っていれば、少なくともエプロムートの正体には勘付くだろう。


 ただでさえ甘い紅茶にこれでもかと砂糖を入れて飲んでいたフランメリーは、澄まし顔で答えた。


「あら……夜会では挨拶はしませんでしたが。」


「顔を覚えるのは得意なんだ。名前はさすがに、ここで紹介されるまでは知らなかったが。」


「ふふ……光栄ですね。茶会に招待も無く参加して申し訳ありませんでした。」


「いやいや!こちらこそ申し訳ない!勇者殿の一行であると知っていたならば、全員を招待したものの……」


「勇者は残念ながら、復興に尽力しているので……」


「あ……そうでしたか。申し訳ない。」


 トラヴィスのテンションが乱高下する。

 とはいえ空挺中隊も復興に協力しているのだから、なんら恥じることは無い。

 実際、隣のリカルドは何の後ろめたさも無く手掴みで取っての無いカップを取り、中身を飲み干している。……まだ冷めてはいないと思うんだが、熱くないか?それ。


「コホン……ええと、とにかく我々ジルコニア空挺中隊……もとい、皇国軍を代表して御礼申し上げる。ありがとう。」


「いや……大したことはしてないさ。」


 その言葉で、茶会を終える。

 空挺中隊との共闘は、これで終了した。




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