決着、操舵
稲妻の魔剣は振り下ろされ、魔族の肩口を切り裂く。
火花を散らしながら、肉を焦がしながら雷の魔法剣は心臓部まで食い込み……そして宙に拡散した。
後に残されたのは、振り下ろした体勢のエプロムートと、白い煙を胸の中心から立ち昇らせたエアシャカールの姿だけだった。
「がっ……あぁ……」
魔族将軍エアシャカールは最後の気力を振り絞り掌に魔力を生み出そうとするが、形になることは無く、そのまま腕をだらりと下げた。
そのまま力無く膝をつき、事切れる。
お喋りな魔族の断末魔は、特に意味のある言葉を発することは無かった。
「……終わった、か。」
まさかあんな切り札を持っていたなんて……前の世界では見ることは無かったぞ。
だが考えてみれば必要が無かったのだ。鉄を弾く敵なんていなかったし……武器を失う事も無かった。
エプロムートが肩で息をしていることも鑑みれば、消費の大きい技なのだろう。
「念のため首を切り落とす。」
エプロムートは床に転がっていた自分の剣を拾い、死体の首に突き立てる。魔族は復活の魔法を前もって掛けていることがあるため、必要な処置だ。
とはいえ、ここまでの深手では、そういった魔法も無意味だが……
剣は抵抗なくすんなり入り、あっさりと首は胴体と分かたれた。
これで本当に終わった。魔族の将軍をまた一人、討ちとることがが出来た。
「向こうも……終わったか。」
ゴーレムと相対していた空挺中隊の方を向けば、最後のゴーレムの核を砕き、地に落とした所だった。トラヴィスが負傷者の処置を指示しながらこちらに近づいてくる。
「討ったか……ご苦労だった。」
「ああ……そっちの被害は?」
「死傷者6名……魔族将軍を討ち取れたなら、少ない被害だと言えるがな……」
言葉とは裏腹に、悔しげに唇を曲げるトラヴィス。その右手は、皮手袋が破れるほどに握りこまれていた。
……実際、少ない方だろう。一般的な軍団で魔族将軍を倒そうとするならば、千単位の損害は覚悟しなければならない。
今回被害が少なかったのは、直接相手をしたのがゴーレムであったことと……癪だが、エアシャカールが大規模な魔法を扱わなかったことが要因だろう。
対人特化の魔法を、俺たちが食い止めたからこそ、死者がそこまで出なかった。
分かっていても、割り切れないのだろう。
「悪いが、二階に上がらせてもらう!」
エプロムートはそうトラヴィスに断り、階段を駆け上がっていく。
「ああ……オクト!ジャン!エプロムートについて二階の子どもたちを保護しろ!」
「「了解!」」
中隊の中から比較的負傷の軽い兵たちが二人選ばれ、階段を昇っていった。
子どもたちも皆、無事だといいが。
……俺とトラヴィスはこの鯨に乗り込んだ最重要目的について話し合う。
「この鯨……どうするべきだと思う?」
「てっきり、ブリッジに操舵できる何かがあるもんだと思っていたけど……それらしいものが何処にも無いな。」
そう、この鯨を操る手段が見当たらないのだ。
このままでは、この鯨を王都上空から退去させることが出来ない。
「参ったな……王都上空の名物にでもなってもらうか?」
「冗談で言っているならば面白いな。」
半分本気だったりする。
そんなことを話していると、二階から子どもたちを保護し終えたエプロムートと兵士二人が下りてきた。
兵士がトラヴィスに報告する。
「二階にいた子どもたちは五名でした。」
「そうか……それぐらいならば保護しながら脱出できるか。」
あまりに多いと、飛空挺に乗せられる人数をオーバーする恐れもあったが、問題無いようだ。
トラヴィスの姪であるゼナナちゃんらしきツインテールの女の子は、エプロムートに抱きかかえられていた。
「怖かっただろう……大丈夫だからな。」
「おじちゃんありがとう!でもいつもとおはなしのしかた、ちがくない?」
それは君を救うためにシリアスモードだったからね……
思ったよりたくましかったゼナナちゃんを含め、子どもたちに被害は無いようだ。
「……二階に舵輪のような物は無かったか?」
「いえ、確認できませんでした。」
「そうか……」
二階にも無い。
となれば、どこか別の所に操舵室があるのか……?
だがその場合、再び鯨の内部を探し回らなければならない。
子どもたちを連れながらはとても出来ないため、部隊を二分する必要がある。
俺はトラヴィスに問う。
「……魔族は、残っていると思うか?」
「いや……ここまでやって出てくる気配がないなら、もう艦内……鯨内には残っていないと考えていいだろう。」
トラヴィスが答える。
ということは、尋問して舵の場所を聞き出す事も出来ない。
「アイアンゴーレムはどうだろう?」
「残っている可能性はあるな……巡回警備の命令を出されて、我々とまだ会敵していないゴーレム……ありうる。」
ゴーレムは単純な命令ならば動力が続く限り順守しようとし続ける。未だに命令を守って鯨の内部回廊を巡回しているアイアンゴーレムがいる可能性は、無いとは言い切れない。
ならば、部隊を二分するのは危険だ。
そしてゴーレム相手に尋問する事は出来ない……
「ううむ。手詰まりだな。」
「ああ……皇国の大型飛空船ならば、間違い無くブリッジに舵輪があるのだが……」
「こいつを作ったのは魔族だ。俺たちの理解出来ない仕組みがあっても不思議じゃない……」
二人揃って溜息を吐く。
俺たちの様子を見たゼナナちゃんが不思議そうに首を傾げる。
「おじちゃん。二人はなんでこまってるの?」
「それはね、このお船の舵が無くて、動かし方が分からないんだよ。」
エプロムートはのんきにゼナナちゃんに答える。おい……お前の目的は確かに果たされただろうが、こっちは意外と必死にアイデアを絞り出しているんだぞ!
そんなエプロムートの答えを聞いたゼナナちゃんは……
「えー?でもわたし、このお部屋でみたよー?」
爆弾発言をかました。
思わず俺とトラヴィスは顔を見合わせ、ゼナナちゃんに詰め寄る。
「ぜ、ゼナナちゃん、それってどこで!?」
「ちょ、ちょっと教えてほしいんだけど!?」
突然近づいてきた俺たちにびっくりするゼナナちゃん。
叔父の目が危険に光った事で、俺たちは我に返り、出来るだけ柔らかい口調で質問する。
「えっとね、ゼナナちゃん、舵って、舵輪……船によくある輪っかのことだよね?」
「うん。絵本のかいぞくせんとかで、よく見るやつ。」
「この部屋にあったの?でも見当たらないけど?」
俺が聞くとゼナナちゃんは、玉座の様な椅子を指さして、
「あそこの前にあったよ。いすがちょっと前にでてるきがするけど。」
とおっしゃった。
「オクト、ジャン!椅子を下げろ!」
「「イエッサー!!」」
トラヴィスの号令に兵士二人が椅子を動かす。少し動かせばその下に質感の違う床が見え、後ろの方向に動かすと椅子の動きと連動するかのように木製の太い柱がせり上がってくる。
椅子を背面の壁につくまでに移動させれば、そこには小さめの舵輪が付いた柱が立っていた。
それをトラヴィスが興味深そうに見る。
「なるほど……敵に舵輪を発見させず、戦闘にも巻き込まない合理的な発想だ……。」
「関心していないで早く操縦してくれ……。」
操舵法自体は特異なものでは無く、無事に王都のすぐそばにある湖に着水できたことを報告しておく。




