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剣の舞、氷の舞


 鋭い一閃が空を裂き、大気に一瞬の瑕疵を作る。剣が振るわれるたび、その現象は絶えず繰り返される。

 エプロムートの振るう剣は、エアシャカールに一度も届いていなかった。


「くそっ!なんでだ!」


「おやおやぁ、鍛錬不足じゃないですかぁ?」


 嘲るエアシャカールの声が、焦るエプロムートを苛立たせる。

 剣技は精彩を欠き、無駄な魔法剣によってエプロムートは消耗していく。


「ははは!風が心地よいですねぇ!当艦の団扇扇ぎ係に任命して差し上げましょうかぁ?」


「うおおぉぉぉ!!氷結アメジス付与プラセ斬裂加工ハバキリ!――氷結魔法剣シュネーシュツルム!!」


 ダメ元で魔法剣を放つ。紫氷を纏った剣は例外なく逸らされ、床を切り裂き凍らせ、虚しく霧散する。

 魔法剣士であるエプロムートは魔法を一度に複数扱いながらも剣を振るうことに長けていたが、一方その維持は不得意であった。一撃で魔法剣に纏った魔力は消えてしまう。


 エアシャカールは外れた魔法剣を見下ろしなおも煽る。


「ふふふ……よく冷えた風だぁ……ますます気持ちがいい!」


「この魔族がぁ……!」


「あなたのその表情もいい……あまりにも無様で私の心が満たされる!」


 あまりの屈辱に言葉すらも失ったエプロムートは、歯ぎしりをしながら連撃を再開しようと構える。

 それを余裕の表情で見つめるエアシャカールだったが……故に反応出来なかった。


 背後より襲いかかったもう一人の剣士に。

 完全な不意を突いた一撃。

 だが振り返る必要すらも無い事は、その剣士は知らなかった。

 その一閃もまた、偏向されあらぬ宙に往くのだから。



 ◇ ◇ ◇



 魔族将軍の隙を突き、後ろから躍りかかるも、剣閃は例外なく逸らされ空を切る。

 嘘だろ!本人の意識外でも対応できるのかよ!


「おおっと……危ないですねぇ。まったく恐ろしいです。」


 冷や汗を拭う演技をするエアシャカールにイラッとくる。

 だがそれも相手の計算の内……冷静さを保たなければ。

 さて……あの攻撃偏向はどんなカラクリだ?遠近両方の攻撃に対し通用し、意識外からの攻撃も逸らす。正直弱点が見つからないが……

 魔法として発動しているのならば、発動者の魔力切れを待てばよいのだが、相手は魔族だ。


 魔族は……というより、闇の瘴気に触れた存在は大量の魔力を保持する。それは、闇の瘴気自体が魔力を保有しているからである。

 魔力……魔法を扱うのに必要なリソースは、生物の内からしか発生しない。闇の瘴気も、魔力を蓄えておけるというだけである。

 闇の瘴気という魔力タンクを持った魔物や魔族は、そのほとんどが魔法に長けた存在というわけだ。


 要するに、魔力切れで魔法が途切れるのを待つのは愚策というわけだ。

 魔法自体の欠陥を見つけ出すしかない……


「エプロムート、属性は全部試したか!?」


「俺が使えるものは全部試した!」


 エプロムートが使える魔法剣は、火、氷、雷、風……それから幾つかの特殊な魔法剣。

 それらを試して通じないなら……やはり魔法剣での攻撃は通用しないと見ていいだろう。


「二人でやるぞ!」


「おう!」


 エプロムートと連携して切りかかる。俺が左から迫り、エプロムートは右に迫る。二方向から同時にはどうだ!

 俺の剣は、上空へと逸らされる。エプロムートの剣は……だめだ、下に逸らされた。

 同時に切り込んでもだめか。


「ふふふ……それでは、そろそろ反撃に転じましょうかねぇ!」


 エアシャカールは詠唱する。


氷結アメジス針加工アンタレス!」


 掌に生み出された氷は、針状に削られ、こちらに向けて放たれた。

 氷針弾ひょうしんだん、基本的な魔法の一つで、左程集中が要らないことや、出が早い事も相まって、対人を主とする魔道士の間では好まれて使用される魔法だ。


 剣で弾くが、攻勢は止まらない。


連鎖氷結アメジセン!」


 エアシャカールの周りに小さな氷塊が幾つも浮遊する。

 これも魔道士でよく見る手法だ。俺の知っている戦法ならば、これを……


針加工アンタレス針加工アンタレス針加工アンタレス!」


 針状に変えて連続で打ち出す。氷針の連射!

 剣で払い、避け、チェインメイルで一発受ける。衝撃で内臓にダメージが入るが、貫通していなければ問題は無い。

 だがこれは……


 魔族将軍エアシャカールの戦闘方法は意外にも一般的な魔道士のスタイルそのものだ。

 小回りの効く魔法を相手の射程外から連射して仕留める。大魔法を使う必要が無ければ、非常に有効だ。

 この戦法は、周囲に浮かべた魔法を維持しなければならず、あまり大きく動くことが出来ないという欠点が存在するが……

 奴の場合は動く必要が無い。なぜなら相手の攻撃は当たらないのだから。


「どうしましたぁ?早く動かないと……こうなりますよ!針加工アンタレス!」


「――何!?しまった!」


 相手の氷針を剣で払おうと構えるが、敵の魔法は俺の胴体では無く、足を狙って打ち出された。

 既に剣を構えて足に踏ん張りを利かせていた俺は、その攻撃を避けられず、足を針で貫かれる。


「くっ!」


 針と言っても人差し指くらいの太さはある。そんな針に貫かれた痛みも酷いが、何より厳しいのが床に縫いつけられてしまったことだ。

 氷の纏った冷気はすぐさま俺の足を凍らせ、足を抜くことが出来ない。


「もう二度と動けませんねぇ。」


「お前を倒して解凍するさ……!」


「それが……出来ないと言っているんですよ!針加工アンタレス!」


 今度は顔面を狙って放たれた氷針を、剣で打ち払う。だが相手は構わず連射。

 受け切れるか……?俺の脳裏を、一瞬絶望が過ぎるが、


「俺を忘れるなよ!」


 俺とエアシャカールの間に、エプロムートが割り込む。エプロムートは、構えた盾で氷の針を弾く。


「む……連鎖氷結アメジセン針加工アンタレス。」


 エアシャカールは残弾が少なくなった氷塊を補充し直し、再び氷針弾を撃つが、盾に阻まれる。

 亜竜で出来たエプロムートの【ワイバーンの盾】は、生半可な魔法では射抜けなかった。

 再び足に向けて魔法を放つが、巧みな盾捌きによって弾かれた。


「すまないエプロムート……」


「礼はいい。それよりもこのままじゃジリ貧だぞ……!」


 盾で相手の攻撃は防げるが、こっちは相手への決定打が無い。

 耐え続けて相手の魔力切れを待つという選択肢だが、これも無い。相手の魔力が尽きるよりも早く、こちらの気力が切れる。


 ……いや待てよ?何で相手は魔法を使った攻撃しかしないんだ?

 魔法に長けた魔族だとしても、攻撃を曲げる魔法と、攻撃をする魔法を使えば、消費は激しいはずだ。

 いくら魔族の魔力量が多くても、わざわざ魔力切れのリスクを負うのか?

 どうせ攻撃が当たらないのならば、剣を振るって戦った方が効率はいい気がする。


 ――つまり、ここだ。

 ここに突破口が隠されている。


 もしかして攻撃を曲げる魔法は制御できないんじゃないか?それで剣は攻撃偏向魔法の影響下じゃ振るえないのか?敵の剣撃を問答無用で逸らすだけでは無く、自分の剣も影響を受けてしまうのか?

 一度考え始めれば疑問は次々湧いて出る。駄目だ、思考を制御しろ。時間は無限じゃない。

 ……魔法は?奴は魔法をバンバン撃っている。魔法は影響しない?

 だけど、銃弾は曲げられた。遠距離の攻撃を逸らせるならば、魔法を逸らすことだって出来るだろう。しない理由が無い。


 ……剣の攻撃と、銃の攻撃を分けて考えてはいけないのか?

 銃と剣の攻撃の共通点……それは、




 剣と銃弾は、鉄で出来ている。




「――聖光クリスタ!」


 魔法で生み出した光を、そのままエアシャカールに向けて放つ。

 盾を破ろうと腐心していたエアシャカールは気付かない。あるいは、慢心していたのか。

 この場には、剣に魔法を纏わせて戦う魔法剣士と、銃を撃つ兵士しか存在しないと。




 光の魔法は、無敵だった魔族将軍の右肩に命中し、翼の付け根を灼いた。





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