激戦、そして決戦へ
決着は一瞬……とはいかなかった。魔族はほとんど倒すか、重傷を負わせることが出来たが、アイアンゴーレムたちは手足が機能不全に陥っていたりしても機能停止に追い込まれたゴーレムはいなかった。黒いゴーレムに至っては無傷だ。
銃は貫通力があり生物には効果的だが、内部に対して大きなダメージを与えることは出来ないため、機械には損傷を与えることは難しかった。
とはいえ、それはある程度分かってはいた。
「前衛突撃ー!!」
トラヴィスの号令に、剣を構えた俺たちが突貫する。
足を射抜かれて動けなくなっているアイアンゴーレムの懐に潜り込んで核に剣を突き刺す。
エプロムートは黒いゴーレムと相対し、他の兵士たちは俺と同じようにアイアンゴーレムのコアを破壊したり、まだ息がある魔族に止めを刺したりしていた。
「一人は確保しろ!情報を吐かせる!」
再びトラヴィスの指示が飛び、兵士の一人が飛び出す。戦線から逃げ出して奥の方へ去ろうとしていた魔族の首根っこをひっ捕まえて、容赦なく足の腱を切り裂いた。
魔族の絶叫が上がるが、兵士たちの雄叫びに掻き消される。
ゴーレムは一体、また一体と機能を停止し、時折爆発が起きる。魔族はほとんど何も出来ず、まともに戦えているのは黒いゴーレム一体だけだった。そしてそれも優れた魔法剣士であるエプロムートの敵では無い。
戦況は優勢、いや最早決着は時間の問題だった。
やがて黒いゴーレムをエプロムートが炎の魔法剣で打ち倒し、戦闘は終了した。
トラヴィスが部隊の状況を確認する。
「損害報告!負傷者は!」
「魔族の反撃を受けて腕部に切り傷を負った者が一名。アイアンゴーレムを誤って自爆させ火傷を負った者が二名。怪我の処置は完了しています。死亡者はありません。」
「よし。魔族の尋問を開始する。」
空挺中隊が魔族への詰問を開始したのを尻目に、エプロムートに近づく。
「黒い奴、どんな手ごたえだった。」
「ああ……硬かったな。だが魔法の通りは良かった。俺なら対処できる。」
「物理防御特化のゴーレムか……銃で射抜けないようだし、複数出てきたら応戦は厳しいな……」
「なるべく早く倒すようにはするが……被害を受けないように時間稼ぎをしてもらう必要があるかも知れないかもな。」
俺とエプロムートが相談を終えると、丁度魔族への尋問が終わったのか、トラヴィスが部隊の隊列を整えた後、こちらに近寄って来た。
トラヴィスは俺に尋問の成果を開示する。
「ルートは判明した。上に向かえば良いらしい。」
「脳か?」
「いや、鼻……天辺にブリッジがあるらしい。」
鯨の鼻は背中にある。成程……船の役割をさせるならば、見通しの良い場所に指揮所を作るのは理にかなっている。
「案内させるのか?」
「いや……逃がさないために足の腱を切ったからな。行軍速度に支障が出ると思い、殺した。」
「そうか。俺たちに影響が出ても危ないしな。」
冷酷な判断に思えるが、自分たちの命が大事だし、魔族と行動を共にすると、体調に異変が起こる可能性もある。
人類と魔族は不倶戴天の敵同士だが、それは歴史的な軋轢だけでは無くて、絶対に共存が出来ない理由がある。
それは、闇の瘴気の存在だ。魔族は闇の瘴気を浴びた生物が、知能を獲得し、近似種と交配をすることで確立した種族だ。
分類的にいえば魔物であり、闇の瘴気をその身に宿した生き物である。常に闇の瘴気を纏っていると言っても良いだろう。
闇の瘴気を浴びた生物は魔物になるが、全てでは無い。適応できなかった生き物は体調に異変をきたし、多くの場合死んでしまうのだ。
そして、その可能性は、魔物に変質してしまう確率より高い。
故に人間は魔族を敵対し、滅ぼそうとする。
全ては人類の存続のために。
だからこそ、攫われたマーデさんの娘、ゼナナちゃんを一刻も早く救出しなければならない。
「そういえば、鯨の中は瘴気は少ないな。」
トラヴィスが疑問を口にする。俺はその答えを知っていた。
「ああ、大型の魔物ほど身に纏う瘴気は少ないんだ。瘴気の絶対量と比較して体が大きいから、撹拌されて薄くしか纏えない。」
「成程……王国の魔物の研究は進んでるな。」
「あー……」
いや、これは皇国の研究成果なんだよなぁ……
冒険の中盤以降、勇者一行は皇国の研究機関と密接な関係になる。魔物や魔族の生態を報告することで、弱点等の分析を任せていた。
その研究結果の一つだったのだが……まぁ、うっかり言ってしまったものは仕方ない。
……俺もトラヴィスの事は言えないぐらいにドジっ子だな。
先の陣形を再び組んで進む。途中で何度か敵襲に会ったが、奇襲を受けることは無く、被害は軽微に抑えられた。
着実に敵の親玉に近づいていくが、同時にこちらも疲弊していく。
何度も敵に突撃する剣兵たちの疲労も気になるが、より気になるのが、
「弾薬は足りるか?」
「半分は消費してしまった。あまり余裕は無いな。」
銃の弱点一つ、弾薬だった。
弓矢は戦闘後、折れたり深く刺さっていない矢を回収することが出来るが、火薬を消費する銃弾はそうはいかない。
補給を受けられない現状、銃弾の残数は深刻だ。
それもこれも、
「この鯨、想定よりも広い……」
下から見上げ、飛空艇によって接近した為、鯨の正確な尺が図れていなかった。
思ったよりも相当、大きかったのだ。
「普通のガレー船の、三倍はあるな……」
思わずといった具合にトラヴィスが漏らす。
その様子をみたリカルド副長が窘める。
「中隊長、あまり後ろ向きな発言は……」
「今のくらいはいいだろう。皆もさっさと敵将を討ち倒し、冷えたエールでも飲みたい気分だろう?」
そういってトラヴィスは周囲の兵士たちに笑いかけ、兵士たちも苦笑したり同意の声を上げたりと様々な反応を返した。
指揮官をやっているトラヴィスは新鮮だな。こんな一面もあったのか。
……俺の世界のトラヴィスも、生きていればこんな姿を見せてくれたのかもな……
「……どうした、ロジャー?」
隣を歩くエプロムートが気にかけてくる。余裕の無いエプロムートに心配させるなんて……変なことを考えている場合じゃないな。
「いや、俺たちも奢ってもらえるのか、気になっていただけさ。」
木製の通路を走り、鉄骨の階段を昇り、遭遇した敵を撃破する。
弾薬の残りが本格的に心配になって来た頃、その時は訪れた。
「……外に出ました!風が強いですが、足場はしっかりしています!」
「そうか、敵の指揮所らしきものは?」
「木造の建造物がありました。扉の先はそこまで繋がる甲板のような構造になっています。」
「よし、情報通りだな。」
情報通りならば鯨の頭上に出るという扉を前に、念のために飛ばした斥候。その報告で、ついに目的の場所を発見する。
「突撃するぞ!銃兵、着剣!」
トラヴィスの号令に、銃を持った兵士たちが小銃の先に剣を取りつける。
今までの様に銃撃で敵を足止めした後、剣兵で止めを刺す形ではなく、敵の指揮所へ総員で雪崩れ込み、一気に勝負を決める構えだ。
俺たちも剣に付着した血や脂をふき取り、準備をする。
……この悪夢を、終わらせる時だ。




