表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

肌寒い夜

 肌寒くなった夜。ぼくは、バイトの帰りだった。

 普段は通らない土手を通っていたときの話だ。


「綺麗な満月ね」


 走っている最中、ふと通りかかった女性に話しかけられた。

 振り返ると女性は立ったまま、ぼくにもう一度聞かれた。


「綺麗な満月ね」


 言葉を返してほしいのかと思ったぼくは


「ええ綺麗な満月ですね」


 と言った。そうしたら見知らず女性がクスっと笑ったのが見えた。女性はぼくに指をさしながら


「今日、暇?」


 と聞かれたので、「ええ」と答えてしまった。


 普段なら見知らぬ人に聞かれても「この後…」とかつけてごまかしたりして帰るのだが、この日は違った。やけに水の底から月の光を見つめるかのような冷たくて落ち着くかのような感覚に包まれたのだ。その女性の話に乗った方がいいって誰かに告げられたかのような。


「なら、ついてきて」


 女性に言われるまま、ぼくは女性の後を追った。見知らぬ赤の他人なのに、なぜかこの時はこの人の後を追った方がいい、心配だという気持ちがあったのだ。


 女性はぼくの速度に構わずぐいぐいと進んでいく。まるで我が家に帰る時の子供がはしるような速さだ。女性は決して走ってはいない。だけど、不思議と付いていくのがやっとだった。


「ここよ」


 と指をさされた場所の先には小さな家があった。一階建ての平屋なのだが、前にも来たことがあったような懐かしい気持ちになる。ぼくは女性が「さあ、入って」と言わんばかりに、その女性のお宅へお座ました。


 女性はぼくに言った。


「寒かったでしょう、すぐ暖炉に火を入れるね」


 部屋の隅に小さな暖炉がある。畳八畳ほどの広さの部屋だ。木製の机に椅子、棚と部屋の隅に置かれており、なぜか中央には手のひらサイズの雪だるまが置いてあった。


「こんなところに雪ダルマ?」


 触ろうとすると女性が「触らないで!」と叫んだ。ぼくは思わず手を引っこ抜き女性がその雪だるまを大事そうに奥の部屋にもっていった。


 暖炉に火がつき、少しずつ温まっていたとき女性が奥の部屋から戻ってきた。


「怒鳴って、ごめんなさいね」


「いえ、ぼくが勝手に触れようとしたんもんで」


 女性が「あ」と思い出したかのように、再び奥の部屋に行ってしまった。ぼくは、このまま帰ろうかと思っていた。見知らぬ女性の家に勝手に上がり込んで、このままいてもいいのだろうかと思っていたからだ。


 このまま帰るのも失礼な気がする。ぼくは持ってきた仕事の用のメモ帳から一枚紙を切り、ペンで書く。“両親が心配するのですみませんが、帰ります”と書いていると、不意に服を誰かが引っ張る感じがした。


 その方向へ目を向けると先ほどの雪だるまがいた。引っ張っていたのは雪だるまだった。しかも手のひらほどのサイズだ。ぐいぐいと紐を引っ張るかのようにぼくの服を引っ張っている。


「うひゃ」


 飛ぶ抜く。ちょうど飛んだ先にあった机の角に頭をぶつけてしまった。ぐわんぐわんと視界がゆがみ、ぼくはそのまま気を失ってしまった。


 目が覚めると、女性と思わしき人がぼくを抱いているところだった。


「寒ッ!」


 眠ってしまっていたのだろうか。頭の鈍い痛みにハッと我に返る。

 そうだ、頭にぶつけてしまってそのまま…。


 女性に抱かれていたことに気付き、ぼくは「すみません」と謝りながら女性の手から離れるかのように振り下りた。女性は不思議そうに「こちらこそすみません。ちゃんと見ていなかったからこんなことになってしまって…」と逆に謝られた。


 なんで謝られるのか不思議だったが、すぐにあの雪だるまのせいだと気づいた。


「あの子、まだ生まれてから一日しかたっていないもんで、お友達が来ると聴いてはしゃいでしまったのかもしれません」


 お友達? 一日で生まれた? 雪だるま?


 理解できない不明点が頭に横切る。


 ぼくは再度聞こうと顔を上げるとそこには女性の姿がなかった。あるのは静かな肌寒い土手。土手の奥には町の明るみと賑わう人々が見えるだけで、女性を見つけることができなかった。


 帰宅したのはバイトから帰ってからまだ10分もしていなかった。家からバイト先まで7分ほどのところにある。つまりまだ2分しかたっていないということなのだ。


 腑に落ちない部分がいくつかあるがあれは結局、夢だったのかと思い、ぼくは布団の中に潜り込んだ。きれいな女性と不思議な家、まるで夢の世界のような懐かしいにおいがする家だった。


「あれは…夢だったのかな?」


「あれは夢じゃないよ!」


 誰かに否定された。その声の行方を追っていくと勉強机の上に手のひらサイズの雪だるまがちょこんと座ってぼくの方へ目を向けながら「きちゃった」と子供が初めてお泊りに来た時のように言った。


 思わず口をパクパクとしながら腰を抜かす。手のひらほどの雪だるまが机の上に座り、手で頭の帽子を直す不思議な生物が目の前にいることに。


 ぼくは、再度会うことがなかった女性、小堺さんに再び会わなくてはならないキッカケを得てしまった。この“喋る雪だるま”を。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ