子供たちの夢
最後に舞台に上がったのはフウレンだった。
軽く挨拶した後、結界で自分の身丈と同じような大きさの透明な細長い箱を作りだす。
(あれは母親のエルフに付いていた上位精霊かな)
フウレンには土の守護精霊がいる。その精霊の祝福による結界だ。
そして透明な箱の中にぴかぴかと光る雷を魔法でたくさん発生させた。
精霊魔法と魔術、ふたつを同時に扱える者はあまりいない。
「きれいねえ」「うんうん」
タミリアと自分の順番が終わった双子は、ギードの側に来ていっしょに見ている。
「うーん、周りが明るいせいで光がいまいち見ずらいわ」
もったいないとタミリアが呟く。
妻の言葉にギードは立ち上がり、フウレンの側に移動した。
「少し暗くしますね」
ギードはフウレンと観客たちに向かって言うと、空に向かってすっと片手を上げる。
ギードの手から闇が生まれる。
黒いもやが壁のように舞台の背後から広がり、やがて半球状に会場全体を覆って薄暗くした。
小さなざわめきが起こる。闇属性のハイエルフの力を初めて見る者も多かった。
ギードは気にする様子もなく、フウレンに頷いてみせる。
「ありがとうございます」
にっこり笑ったフウレンの、結界の中の光がさらに鮮やかにきらめく。
「おお、これは美しいな」
背景が暗いほうが光りが映える。
国王も納得して褒め称え、しばらくの間、皆無言でその光を眺めていた。
ギードはフウレンの姿に、今は亡きハクレイの妻だったエルフの女性を思い出していた。
やわらかな雰囲気を持つ、大人の女性だった。
何があったのかは知らないが、彼女もまたエルフの森での生活を嫌い、長く人族の中で暮らしていた。
母親の精霊魔法と父親の魔術の共演。ハクレイも彼女を思い出すのか、ただじっとその光を見つめていた
フウレンの魔力切れで演技が終了する。
ハクレイは駆け寄ったフウレンを抱き上げて褒めていた。
「母上の精霊魔法にそっくりだったぞ」
ハクレイは、妻だったエルフの女性を失って辛い想いを抱えているのは自分だけではないことに、ようやく気づいた。
今まで自分だけが辛いと思い込んでいた。だが、二つの魔法を使ってみせたこの息子は、同じように彼女を失った悲しみを背負っている。
あの魔法は、顔も覚えていない母親に対する彼の愛情だ。
父親の目には涙が浮かんでいたが、もうそれを息子に隠そうとはしなかった。
しかしフウレンの魔術の師匠でもあるハクレイは、ダメ出しも忘れない。
「母上の結界はな。こう、丸くて、ほんわりと黄金色をしているんだ。まだまだだな」
「はい、父上。がんばります」
うれしそうな白い魔術師親子の姿に、ギードとタミリアは顔を見合わせて微笑んだ。
大人たちからすべての子供たちに、惜しみない拍手が送られた。
「さて、そろそろ帰りましょうか」
名残惜しそうに話し込む子供たちや、社交辞令に忙しい大人たちを横目に席を立つ。
ギードは湖の神に向かって礼を取り、膝を折る。
うっすらと湖に浮かぶ離宮の中から神の気配がしていたからだ。
その隣でギードの眷属である水の最上位精霊のルンが手を振っているのが見えた。
今日は昼間の宴のため正装ではないギードだが、ルンの姿を見た泉の神が嬉しそうにしているのを感じた。
王宮の中で移転魔法を使うのはあまり好ましくないということで、友人らと家族連れでぞろぞろと外へ向かって歩き出す。
子供たちは皆、お菓子などのお土産をもらいうれしそうだ。
国王からは後日何か言ってくるだろうが、ギードは完全無視をすでに決めている。
「なあなあ、あの炎の出るやつ、教えてくれよー」
王宮の廊下を歩きながら、何故かミキリアがヨデヴァスに絡まれていた。
「あんた、精霊見えないでしょ。だから無理」
振られたようだ。腹いせにヨデヴァスが叫ぶ。
「お前は見えるのかよー」
歳下にお前呼ばわりされたことにミキリアが切れかかっている。
「当たり前じゃない。あたしはギドちゃんの娘よ!」
ミキリアが誇らしげな顔でヨデヴァスを見下ろした。
半泣きになった暗赤色の髪の幼子が、母親の服を摘まんでいる。
母親のヨメイアもこればっかりはどうしようもないので困った顔になった。
「もっと修行を積まなくてはな」
そう言って息子の頭を撫でている。
「強くなったら剣から炎、出る?」
息子は涙を拭きながら顔を上げて母親の顔を見た。
「あー、うー、それはなあ」
父親であるサガンは、その様子を楽しげに眺めているだけだったが、
「それは父様に聞いてみればいいんじゃないかな」
母親から唐突に話を振られた。
サガンはヨデヴァスを抱き上げた。
「ヨディ、炎は無理かも知れん」
仕方ないという父親の言葉にヨデヴァスはまた泣きそうな顔になった。
「しかし、お前にはそれ以上のものがあるかも知れないぞ」
だから修行しろと話しているようだ。
「あー、そうだー」
その話を聞いて思い出したギードはサガンに声をかける。
忙しくて忘れていたが、ヨデヴァスの魔力を調べなければならないのだ。
「一度ご家族で商国へ来てください」
ギードはゆっくり滞在して欲しいと提案した。
「そうか、それはありがたいな」
実をいうと、いつまでも『始まりの町』の領主館に世話になっているわけにもいかないとサガンは考えていた。
「王都の実家のじいが引退することになってな」
勇者サンダナを子供のころから世話していた老執事、兼、私兵の長だった「じい」がとうとう引退するらしい。
「じいを引き取って、どこかで一緒に隠居生活でもしようかと思っていたところだ」
老執事は生涯を勇者の家に捧げた男性で、仕事一筋だったため結婚もしていない。
「ご家族用の家を用意しますよ」
ギードは誇り高い精霊ガンコナー族のサガンを尊敬している。出来るだけ彼の力になりたいと思っていた。
「いつでも遊びに来てください」
王都の勇者の家系は、ヨデヴァスを後継にしようとしている派と、それに反発する派に分かれている。
サガンはそんな大人の勝手な争いから息子を遠ざけたいと思っていた。
「そうだな。近いうちにそちらに行こう」
そんな大人たちの横で、暗赤色の髪の幼子は炎の剣の少女をじっと見ていた。
〜完〜
お付き合いくださり、ありがとうございました。