子供たちの姿
子供たちの中で一番の年長の者は十歳くらいだろうか。
お互いに顔を知り、相手を探る。それは子供でも変わらない。
今日は兄弟の少ない子供たちが多く、幼子の扱いに困っている者が多かった。
七歳になった双子は知らず知らずのうちに幼子たちの面倒を見ている。
妹のナティリアといっしょにいたら他の子供が寄って来たので、ついでに巻きこんで遊んでいるといった感じだった。
案外、ユイリよりもミキリアのほうが上手に相手をしている。ユイリはどちらかというと他の子供たちからは遠巻きにされていて、幼馴染のフウレンと話をしている。
ミキリアはこの日、祖父母が丹精込めて作ってくれた大人しげな令嬢に見える衣装に身を包んでいた。
髪は左右の耳の上でふたつに結んでいる。会場が屋外ということで、動きやすさも考慮された軽い生地。薄い黄色に白いレースを多くあしらった裾が膝くらいのドレスだった。
ギードの希望で目立たないことに主眼を置いているが、見る者の目が確かであればその生地の素晴らしさに気づいただろう。
(あれもこれもおいしそう)
ミキリアは先ほどからずっと会場の隅に置かれている料理の乗ったテーブルをちらちらと見ている。
この宴はすでに昼食が終わった時間に始まったので、用意されている料理はお菓子を中心とした軽いものだ。
忙しそうに料理人たちが立ち働いていて、まだ子供たちのテーブルには配られていない。
おそらく、大人しく待つという行儀作法も王宮の担当の者に見られているのだろう。
小さな子たちが料理人の傍で催促している姿も見えるが、ミキリアは祖父母の家でかなり厳しく作法を習ったのでぐっと我慢している。
ひとりっ子であるフウレンはユイリを兄のように慕っている。今日もべったりだ。
フウレンはハクレイの白いローブの子供版を身につけていた。まるでハクレイがそのまま子供になったような姿である。
ユイリの服は、大人しそうなゆったりとした生成りの上着の中に白いシャツ、上着と同色でくるぶし丈の短めのズボンである。
質素な装いであるにも関わらず、彼自身がエルフであるため身長も外見も同年代の中では頭一つ飛び出している。
「ユイリ、もしかして父上から魔道具を?」
ふたりは子供たちの塊から一歩離れた椅子に座っている。
「あー、うん。あの認識阻害の魔道具ね。誕生日にもらった」
ユイリは、ありがとうと言いながら微妙な顔になる。
ハクレイが作った子供用の魔道具は、行動を阻害せず、身に付けていることも悟られないという優れモノ。
「まさか下着とは思ってなかったー」
ユイリはそれを渡された時、脱力しかけた。
しかし親から見ればそれは最良の選択かも知れない。
外からは見えず、裸になる以外に身から離すことがないのだ。これくらいの年齢になれば、どんなに暑かろうと下まで脱ぐことはないだろう。
身体の成長が止まれば耳飾りや指輪など、本人の意思で付け外しが出来るものになっていくはずだ。
「どうせ身体の成長に合わせて作り直さなければならないなら、大量に作ってしまえ」
と、ハクレイは様々な大きさで下着を作って持って来た。
生地と同色で刻印された魔法陣は一目ではわかりにくくなっている。
「魔力や容姿を判別しにくくし、人混みならば特に気配を消すことが可能」
家族や本人を良く知っている者には効果はないが、多少の知り合い程度ならば効果はあるそうだ。
「女の子の下着は初めてだったからシャルネに色々教えてもらいながら作ったんだが」
おかげでイヴォンに何枚か献上させられたようだった。
「傭兵隊で使うからって大人用も大量に作らされたよ」
ハクレイはうんざりした顔でイヴォンを睨んでいた。
ギードとしては、たとえ仕事でも変装用の魔道具を使わなくて済むなら、それはいいことだと思えた。
「感謝してますよ。本当に助かりました」
当然、王都での双子の生活に役立った。身軽になり、ある程度は外出が可能になったのである。
わあっと子供たちの歓声があがり、お菓子が配られ始める。
「これ、いけるわ」
元近衛の数少ない女性騎士だったヨメイアは、同じテーブルの友人たちに菓子を勧めていた。
「そうねえ。でもギドちゃんのお菓子のほうが美味しいかも」
タミリアはそう言いながらも次々と口に放り込んでいる。
「うふふ、タミちゃんはギドちゃんの作るものが好きですもんね」
辺境の地を治める領主であるシャルネは、気の置けない友達だけの時は砕けた口調になる。
しかし、他の者が近くにいる場合はちゃんと『さん』付けをしている。
ヨメイアもタミリアも、知り会った頃は少女だったシャルネも大人になったなあと思う。
「ギドちゃんってさ、子供にも『ちゃん付け』で呼ばれてるんだって?」
ヨメイアの夫は勇者であるが、その中身は女性を誑かすといわれる妖精ガンコナーである。
落とす対象ではない女性に対しては割と容赦がない。息子のヨデヴァスに対してもかなり厳しいと聞いている。
夫や父親を『ちゃん』付けなどもってのほかである。
「私も『タミちゃん』だよー」
とタミリアは何故か偉そうに微笑む。
「つくづく常識とはかけ離れたご家族ですね」
シャルネは不思議でしょうがないという顔をしている。
「そういうイヴォンさんはどうなの?」
公表されていない夫婦に気を使い、自然とイヴォンの名前は小さくなる。
ヨメイアとタミリアに顔を寄せられ、シャルネはたじたじとなってしまう。
ふたりにとってイヴォンはダークエルフの傭兵隊長であり、剣の師匠である。夫婦生活など想像も出来ない。
シャルネはふたりの顔を見比べ、ぐっと顔を寄せた。
「本当に聞きたいですか?」
ヨメイアとタミリアはお互いに顔を見合わせ、
「やめとく」
と答えた。あとが怖いと気づいたのである。
そんな母親たちの会話をよそに、子供たちの周りでは道化が現れ、愉快な動きで笑いを誘っている。
王都の劇場で一番の歌姫が歌い、近衛兵の若者が剣舞を披露する。
男の子も女の子も目を輝かせている。
ユイリも音楽を楽しみ、ミキリアもお菓子を食べながら兵士の動きを目で追っている。
「では、そろそろ皆にも何か見せてもらいたい」
温厚な年寄りの顔を見せて、国王が子供たちに声をかける。
(そらきた)
予想通りの展開にギードは苦い顔になった。




