子供たちの宴
今回も短く四話完結です。よろしくお願いします。
エルフの商人であるギードは、商国という名の商会の代表を務めている。
夏の盛り、彼のところに一通の蝋封された豪華な招待状が届いた。
自身の眷属で風の最上位精霊のリンに手渡され、封も切らずに溜め息を吐く。
「断ってもいいかな?」
商国は今、新たな石切り場の完成で人の出入りが激しく忙しい。
先日ようやく闘技場用の石材をギードの影収納と移転魔法で納品し終わったばかりである。
「ギードさま、船の件もありますし。ここは我慢なさって」
特産となる石材を海上輸送しようと思い立ったギードは、現在この招待状の差出人を唆し、交易用の船を建造中なのだ。
やさしいお姉さんエルフ風のリンに諭され、彼は何度目かの溜め息を吐く。
招待状を見た妻は久しぶりにドレスを新調すると言って、末娘を連れて早々に王都の実家へ行ってしまった。
王都の服飾の老舗である彼女の実家には、去年の春からすでにギード夫婦の長子である双子が世話になっている。
(あれから一年半か。タミちゃんも双子がいない生活にそろそろ限界なんだろうなあ)
双子は秋の収穫後に行われるドラゴンを招待しての祭りには一旦戻って来たものの、その冬の七歳の誕生日は王都で過ごしていた。
やはり母親としては寂しかったのだろう。王都の実家にほとんど帰ることがなかったタミリアの自主的な里帰りだ。
(ご両親が喜んでくれるから、まあいいか)
ギードは妻に自分の服も適当に見つくろってもらえるように頼んでおいた。
ギードは『商国』に住んではいるが『王国』に隣接するエルフの森の民である。
妻で人族の魔法剣士であるタミリアは王都の出身で、ふたりは王国の辺境の地『始まりの町』で知り合った。
あれから十年以上が過ぎ、今は旅先であるこの商国で子供たちと共に暮らしている。
この大陸のほとんどの国では、一年は季節によって四つに分けられ、春夏秋冬それぞれ三ヶ月ある。
一年は春の一月に始まり、冬の三月に終わる。
今は秋の一月。
うだるような残暑の季節にも関わらず、王宮の湖周辺には涼しい風が吹き渡る。
「こくおうへいか、おまねきありがとうございます」
招待した国王が、小さな紳士淑女たちの挨拶に目を細めていた。
「ありゃあ、どうみても自分の孫が一番かわいいと思ってる顔だろう」
毒舌家の白い魔術師が誰にも聞こえないような声でこそっと呟く。それを拾う耳を持つエルフは苦笑いを返す。
「まあ、これはかわいいお孫さんたちの将来のお友達選びでしょうしね」
王宮の庭園に集まった子供たちの周りを、その保護者と従者が囲むように席に着いている。
子供たちの中でも注目されているのは七名。
国の王太子とエルフの妖精王の子との間に生まれたセシュリ王女は、エルフで三歳になる。
国王の娘であるシャルネと傭兵イヴォンとの間に生まれた娘キーナはダークエルフで、王女と同じ歳。
このふたりに一番近いといわれているのが、上級貴族と同等の位を持つ勇者と女性騎士の息子であるヨデヴァス。五歳。
国の実力者の中でも最強といわれる白い魔術師ハクレイのひとり息子のフウレンは六歳になった。
エルフでは初の実力者として知られているギードと、王国では初の魔法剣士となった人族であるタミリアの実力者夫婦には、七歳の男女の双子、エルフのユイリと人族のミキリアがいる。
その下に四歳の娘のナティリアがいるが、この子は精霊族であり、普通の子供とは言えないのは内緒だ。
一年ほど前、名士や上流貴族の家から子供を選抜し、その親に対して子供を王宮にと打診があった。
国王のふたりの孫娘のお友達として気軽に遊びに来て欲しいなどと言われても、誰もそれを本気にしない。
その『お友達』が何を意味するのか。王族の周辺で働く者や、貴族などからすればわかり切っている。
「うちのヨディに関しては、王宮勤めなんぞ無理だぞ」
勇者サンダナに擬態している妖精ガンコナーのサガンは、にやりと口元を歪める。
息子のヨデヴァスは暗赤色の髪が示す通り、母親に似て周りの言うことなど聞かない脳筋一直線な男の子だ。
しかも勇者の家系自体に強大な力があるため、国に仕えることを強制出来ない。
「フウレンはまだまだ修行中の身なので拒否する」
ハクレイのきっぱりした宣言は予想通りである。
「その時はおそらくハクレイも専属魔術師として、一緒に王宮に招集されるだろうがね」
元ダークエルフ傭兵隊長のイヴォンが口を挟んだ。
イヴォンがシャルネの夫であることは公然の秘密であり、その指抜きの手袋の下には豪華な金の指輪が隠れている。
彼は警備用の制服で来ているが、ちゃっかり保護者席に座っている。イヴォンとシャルネの娘は一応王族の一人となるが外戚の身分であり継承権はない。
だが、イヴォンはダークエルフの族長でもある。子供には将来の族長を期待されているが、結婚自体を公表しておらず曖昧にしている。
「ギードさま、ユイリさんとミキリアさんはすでに王都で修行中とかお聞きしておりますが」
もうひとり、護衛のふりをして保護者に混ざっているのがスレヴィだ。最近、ギードに対して言葉遣いがいやに丁寧になっている。
妖精王の実子である彼女はいろいろ事情があり、エルフで王太子妃の姿とダークエルフの傭兵の姿を変装の魔道具で使い分けている。
王太子もこちらの席に混ざりたそうにしているが、他の若い貴族たちに囲まれ身動きできない状態になっているのが見える。
「そういうつもりで王都へ出したわけではないのですがねえ」
ギードはそう言って、ちらりと子供たちのほうを見た。
今回のお茶会は王族の姫たちの世話係も出来る子供の『お友達』の確保が目的である。
個々の能力を見るため、使用人たちはなるべく手を出さないようにと言われていた。
しかし三歳から十歳ほどの子供が二十人近くいれば、それは戦場のようなものである。思い思いに動き回っており、子供とはいえお互いに相性が悪い相手もいる。
何事もなく終わればいいが。
王宮の使用人たちや、各家の従者たちははらはらしながら見守るしかないのである。




