『星の二つ名』
遅くなってすみません!!
「化け物、怪物。なんでお前は! 禁忌をそう簡単に犯せるんだ! これじゃあリーの言った通りじゃないか。こんなクズにお礼なんていうんじゃなかったんだ。私が最初に引き込んでしまったみたいなものだよな……どうやって償えばいいんだ!」
依然、青い顔で肩まで震わせているが言葉遣いや語気からは怒りを感じる。
多分、僕の『二つ名』に関係がある、『星の二つ名』というやらに。
「どうしてそんなに怒っているんですか……。それに禁忌って。『星の二つ名』が何かは知らないですけど、危険なものなのでしょうか?」
僕はなるべく丁寧にメルさんを刺激しないように情報を得ようとする。
「ハッ、笑わせてくれますね。お前はまさか、自分につけられた『二つ名』の意味さえ、知らないとか抜かすんですか?」
馬鹿にしたような、諦めたような乾いた笑いを浮かべながら、深く探るような瞳で僕を見つめる。
…………。
「……はい、残念なことに全く状況も意味も分からないです。だって、僕はずーっと農家の子で勉強だってしてこなかったし、村から逃げた後も人とは関わってきませんでしたから」
僕は見極めるような目をしっかりと見つめ返し、真剣にはっきりとした口調で答えた。
しばらくの間、視線が絡み合う。一方的に暴かれていくように。
「……ふーん、じゃあ、一つ質問に答えてくださいよ」
ついさっきまで怒っていたのにも関わらず、あっけらかんとした表情に戻りながら言った。
何かが分かったのだろうか? 今の視線のやり取りで。前に心を読んだように。
もしそうなら、急に怒りを抑えた理由には、十分になる。
(……『ポラリス《北極星》』より、二度の不自然な魔力の動きから、隠蔽魔法の存在を探知……)
(……『ポラリス《北極星》』より、隠蔽されていた魔法は中級魔法:覗心読心のアレンジ魔法だと推測……)
『ポラリス《北極星》』の防衛機構が自動で演算処理を終え、結果を導き出す。
なるほど、魔法で心を読まれていたわけだ。
まあ、別に読まれて困ることもないし、むしろ読んでくれるならありがたいな。
もしかしたら、僕の置かれている捻じれに捻じれた状況を理解してくれるのかもしれないのだから。
「いいですよ。何でも聞いてください、僕の無実というか、僕がこれから付き合っていかなくてはいけない『星の二つ名』について知るために」
そのために僕はハイト博士を探してきたのだしね。自分の置かれた現実を知るために。
「じゃあ、先に言っておくよ、嘘を付いても私にはバレるからね。そういう『真名』の持ち主なんだ。では、質問。お前が生まれた村の名前は?」
嘘を付いても見破られてしまうのは本当だが、『真名』とはさらっと嘘を付くな……。メルさん。
でも、村の名前か。懐かしいというか、両親との思い出とか村の人たちとの思い出とかも一杯あって……。――――悪夢の始まりでもあったけど。
「アンファングです。アンファングの村。そう呼ばれていました」
村の名前を聞いたメルさんは納得のいったという表情で、僕に対しての怒りをほとんど収めたのだった。
「お前って言って悪かった。なるほど、本当に何も知らなかったんだよね、君は」
申し訳ないといった表情で髪を少し掻いて大きく瞬きをする。
目に力を入れて気合を込め直すような。
「まあ、さっき、弟子入りを断ったときに言いましたけど、僕は農家の子供ですから……。もう、だいぶ昔の話ですけどね」
だから、僕は何も知らないということはないけれど、著しく常識が欠落しているはずだ。
無知って怖い。
「じゃあ、お詫びに『二つ名』について私の知っていることを教えてあげるよ。知っていることと言っても所詮は、街の子供なら誰でも知っていることだけどね」
「ありがとうございます。別にお詫びなんていらないんですけどね。恩の貸し借りほど面倒くさいことはありませんから」
その言葉を聞いてメルさんは「お前が言うか」といったような呆れた顔をする。
「なら、私が勝手に話したってことで。まず、最初に『二つ名』ってどんなものか知って――――いや、知らないだろうね。でも、今の『剣聖』ぐらいは分かるでしょう? 『知識欲』を知らなかった君でも」
お! 『剣聖』。昔、お母さんに読んでもらったお伽噺の中に『剣聖』がよく出てきたけれど、本当に『剣聖』の『二つ名』は存在するのか。
「知っていますよ、流石に。えーっと……、確か、『エオン・シュヴェールト』でしたっけ」
その言葉を聞いて、いっそう呆れと哀れな眼差しをメルさんが僕に送る。
「いつの話をしているんですか……。それ、100年前の『大英雄物語』の主人公の名前ですよ、確かに実在した人物で『剣聖』でもあったらしいですけど。今の『剣聖』は『ミスラ・ワルフラーン』だよ。そうだな、ここまで何も知らないとなると何から話せばいいのか全く見当もつかないけど……」
メルさんはそう言って暫く唸るように考え込んで、とりあえず星教の聖典からこう切り出したのだった。あとで知ったのだが、この国では星教という宗教があるらしい。そして、
――――星教曰く、人の『二つ名』に『星の二つ名』を付けるのは禁忌である。
「私も意味はよく分からないけど、星の名前を二つ名として人に名付けることは星を神様と崇める国教の星教としては認められないらしいね。だから、」
メルさんはそこで意味ありげに区切って次の句を発声しようとするのだが、僕の顔をみて言い淀む。
大変言いにくいことらしい。だから、僕は気にするなという顔で堂々とメルさんに視線を送る。
「……だから、君はこれからずっと、ずーっと、聖騎士に狙われ続ける。君が死ぬまで。禁忌を犯した人間は看過できないから」
僕はこの瞬間に、憧れて惚れて恋した聖騎士と、並んで空を駆けることが出来ないことを理解したのだった。
一生、永遠に、あの君に告白することを出来ないことも。